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折れた翼の英雄譚  作者: 猫の人
8章 戦場にて英雄は名を轟かす(王国歴155年)
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幕間:戦術的敗北を受け入れ、戦略的勝利を目指す

 アブーハ公爵側は、ミルグランデとサーベリオンの2公爵を相手に両面作戦を強いられていた。

 単純な戦力差を数字にすると、アブーハ公爵を100とするなら、サーベリオン公爵はせいぜい70でミルグランデ公爵側が60をやや下回る程度と、そのように考えられていた。


 しかし、その前提が覆る。

 ミラルド(イルム)という化け物剣士が現れ、イルムやその弟子、孫弟子たちという魔法使いにより、サーベリオン側の戦力評価は110程度と大幅な修正を余儀なくされた。


 当初の予測を前提に、ミルグランデを早々に下せばサーベリオンを抑え込むことも難しいが不可能ではないと、アブーハ公爵はそのように考えていたのだ。

 それがここを死地とばかりにギリギリ限界すら超える戦いをせねば勝てないとなると、色々と話が違ってくる。

 戦力差はひっくり返され、戦場が大きく広がってしまった。アブーハ公爵領存続の危機かもしれない。戦争の継続は困難であるという考えが鎌首をもたげてくる。


 それにたとえ戦争に勝てたとしても、あまりにギリギリの戦争をしてしまうと、領主としては負けなのだ。後が続かない。まともな領主とは、100年先まで考えながら動ける者を言うのである。



「よく戻ってきた、メルヒオール。お前が無事で良かったよ」

「生き恥をさらしました。この後の事は、御身にお任せします」


 人質交換により、メルヒオールが戻ってきた。

 払われた身代金は決して安いものではなかったが、ここでメルヒオールを見捨てるよりも、手元に戻して使い倒す方が都合がいい。

 メルヒオールは剣士としても指揮官としても優秀であるし、ミラルドと直接対決して生の情報を持っている。敵に捕らわれても公爵が見捨てないとアピールできるのも士気を維持するのには大切な事だ。

 アブーハ公爵は冷静に、そのように判断しただけである。


「ミラルドとかいう男に負けたと聞くが、どうにかすることは可能か?」

「アレは人の姿をした人ならざるものです。勝つ、負ける以前かもしれません。

 それと。あちらにいるときに聞いた話ですが、あの時戦ったのはミラルド、サーベリオンの王女殿下の伴侶ではありません。イルムという、あちらで名の知られた魔術師のようです」


 アブーハ公爵は、まずは厄介な問題を一つ一つ解決すべく、息子(メルヒオール)から生きた情報を引き出そうとした。

 そして聞かされた言葉に大いに困惑し、待ったをかける。


「待て、今の発言は色々とおかしい。

 まず、アレが名の知られた魔術師と言ったな? 名の知られた剣士の間違いではないのか?」

「魔術師、です。間違いありません」

「すると、何か? お前を圧倒する剣士でありながら、魔術師としても大成している事になるぞ。お前ほどの剣士はそうは居らんと言うのに、だ。それでも魔術師というのか、その男は」

「……はい。それも、『フレア・ロスト事件』の関係者、元凶かもしれない男です」


 まず一つ目の問題として、イルムが剣士なのか魔術師なのかと混乱する情報を整理する。

 一般的に、一つの道を究めんと進んだものが他の道で大成することはまずありえない。剣士と魔術師では方向性が違いすぎる。


 しかし、メルヒオールは公爵の困惑をあっさりと否定した。

 どちらでもある、と。

 公爵は考える事を止め、現実を直視することにした。

 色々とおかしいはずなのだが、自分の方が間違っているのだろうと、下の報告を信じることにした。

 現実とは常識で測るものではないのである。



「つまり、名の知られた魔術師でお前でも勝てない剣士でもある、と。

 しかもお前と戦った時は剣だけだったのだよな? 魔法を使わず、手を抜いたとしてもわが軍でも上位に位置するお前に勝てるほどの化け物か。

 ……いや、剣で戦いながら魔法を使える訳も無いか。うむ。剣で挑み抑えることが出来れば魔法を封じる事は可能であるはず、だが……」

「はい。剣で抑え込むことは困難と言わず、不可能と見るべきです」


 公爵はイルムの、メルヒオール戦の様子は既に他の部下から聞いていた。

 ここでしているのは、第三者の意見ではなく当事者の意見を知る事である。


 ただ、実際に剣を交えた者の意見は大切なのだが、その本人から「イルムには勝てないし抑えるのも無理」と言われてしまった。

 出来ないなら出来ないなりに対策を起案するのが優秀な部下なのだが、メルヒオールは残念ながらイルムを押さえつける方法を思い付けなかった。人質から解放されここに来るまでに数日の考える時間があったのだが、それでも無理なものは無理だったようである。

 あの時のイルムには相当余裕があった。自分と戦ってすら消耗させられないのだから武器を消耗させる方が常道となるのだが――その場合、どうやって死兵を確保するのか、どれだけ確保しなければいけないのか分からないので何も言えなかったのである。

 メルヒオールの想定では、100の兵士を当てたとしてもイルム相手では意味が無いとにらんでいる。



「質と物量、どちらでも厳しいか」

「剣に拘る気が無かった場合、数を揃えれば魔法で薙ぎ払われ被害を拡大するだけです」

「うぬぬ……」


 メルヒオールの話を聞くにつれ、公爵の表情はどんどん険しくなる。

 公爵は政治(戦略)の話であれば王国有数の男であったが、戦術となるとそこまで優秀ではなくなる。メルヒオールほど戦場慣れしていないのである。


 部下の意見をまとめ、それを実行させるのに必要な手を打つことならできる。

 しかしその手段が提示されない場合、公爵には打つ手が無かった。





 勝つための絵図を描けないなら戦争などするものではない。

 しかし使者を殺され何もしないというのは、格付けにおいて相手の下に立つと表明するようなものだ。

 アブーハ公爵として、それは許容できる話ではない。



 勝てないが、勝たねばならない。

 これは矛盾しているようで、矛盾した話ではない。


 こういった場合に必要なのは勝利目標の変更と敗北条件の死守である。

 アブーハ公爵は戦術的勝利を諦め、戦略的に勝つために戦争の目的を変えることにした。

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