イルムと子供達
公爵同士の戦争というのは、交戦範囲が広くなる。
戦線は広がり、守る側は一点でも突破されれば後が苦しくなる……とまではいかないが、それでもどこかで勝ってどこかで負けて、ということを繰り返すことになる。
補給の問題などが無ければ十日分でも進むのが難しいのだ。どうしても進軍はじわじわと布に水が浸透するように進むことになる。
イルムは帰った後も転戦し、戦場を渡り歩くことになった。
戦線を崩す最初の一撃と言うことで、一回魔法を撃つだけの、そこそこ簡単なお仕事だ。弓の射程の外から魔法を使うだけなら危険はあまり無い。
こうして戦場で活躍することで、イルムは自分がサーベリオン公爵にとって有用な人材であるとアピールし、自分の家族を社会的に守っているつもりであった。
初戦の失態を拭う為、汚名返上・名誉挽回だと、上の指示に従っていたのである。
基本的にイルムは社会性を持ち、自身の財産が侵されない限りは常識的に振る舞う人間である。
ただ、貴族にとってはその規格外の能力から「まだ足りない」と思われるものであったのだが。
あれだけの強さを誇るのだから、もっと働け。もっと自分たちに尽くせと、欲に目の眩んだ貴族達は考えているのであった。
自分がその様な扱いを受けていると知らないイルムは、全く家に帰れないというわけではない。
元々「馬よりも速い」と自慢できる足があるので、転戦の合間に嫁や我が子に顔を見せる余裕がある。
と言うより、その余裕があるからこそ、転戦に応じている。
さすがに、生まれて間もない子供を放り出して戦い続けるほど従順な性格をしていない。
……そしてそこが貴族達の不満を煽る。
「あー」
「う?」
「お父さんだぞ、お父さん。分かるかー?」
子供達に顔を忘れられては堪らないと、イルムは仕事の合間に子供二人と戯れる。
その顔は、非常に優しい。
これで「いざとなれば子供だって見捨てる」と言われても説得力が無いぐらいに。
ジャンの報告は傭兵時代の昔のものである為、今とは違ってもおかしくはない。
誰にとっても幸いなことに、イルムの心境の変化はあまり知られていなかった。
イルムにとって残念なことに、子供たちはイルムが父親だと理解できていない。
「この人、誰?」というのが子供たちの素直な感想だろう。不思議そうな顔でイルムを見ている。
これが母親二人であれば笑顔を見せるので、その反応の悪さにイルムは気落ちする。もう少し一緒にいる時間をとることが出来れば、と。
それでもちょっとは慣れてもらおうと、イルムは子供たちをあやしたり、おむつの交換などをする。
このあたりの作業は村にいた頃にやっていたため、わりと手馴れている。昔取った杵柄という奴だ。子供たちの態度も軟化する。
しばらく離れてしまっても、こうやって何度も何度も触れ合う事で子供たちもイルムの事を覚えていくはずである。
貴族たちには面白くない時間――公都に戻ってきたのであれば自分たちに顔を見せ自分たちのために時間を使うべきだと考えている――であったが、イルム本人にとっては何にも代え難い休暇を過ごし、再び戦場に行く気力を補充する。
アブーハ公爵は騎士団長が指摘したようにサーベリオン公爵こそ倒すべきと狙いを定め、じわりじわりと締め付けを行う。
イルム一人で勝てるとまではいかないが、イルムがいる事で多くの戦場がサーベリオンに傾く中で。
それでも、アブーハ公爵は“勝利への一手”を打つのだった。