表と裏の、死の話
イルムが死なねば戦いが終わらない。
いや、和平交渉が出来ないと言うべきか。
例えばどちらかの陣営が相手を滅ぼす勢いで勝利すれば、戦争は終わる。
しかしその場合、待っているのは終わりの見えない反乱軍との戦いだ。
相手の領地内だけで済めばまだ良い方で、人口面でほぼ互角の領地が統合されれば領内全域でテロ行為が横行しかねない。
誰もそんなことは望んでいない。
「まぁ、“死んだこと”にすればいいのだがな」
そこまでイルムを脅した騎士団長は、一転して表情を軟化させる。
対外的にイルムの死亡を演出すればそれでいいと軽く言う。
あたりまえだが、騎士団長はイルムが自分の意思で死んでくれるとは考えてもいない。
騎士団長にしてみれば、イルムの抹殺というのは非常にリスクが高い上にデメリットが大きく、メリットが小さい。あまり考えたくない手段だ。
殺し損ね下手に生き残られては目も当てられないのだから、やらずに済む方法を考えるのは当たり前だった。
嫁や子供には相応の金子を与え辺境に行ってもらうことになるが、そこが互いの妥協点だろうと騎士団長は考えている。
ここまでの話は、サーベリオン公爵が主導している。
ここから先は、騎士団長が聞いていない話だ。
正直なところ、イルムを危険視する動きは公爵側にもあるので、イルムを政治の中央から排除したいという考えがある。
イルムの戦闘能力や魔法関連の知識その他は魅力的だが、イルムから一方的に搾取するわけにもいかないし、かといって功績に見合った地位など与えたくない。
また、イルムは先の大災害、『フレア・ロスト事件』の関係者と思われている。
故意に行ったとは考えていないが、それでもあれだけの災害の引き金を引いたのがイルムだと考える向きは、公爵達に根強く存在する。
魔法による災害だからと、それだけの理由で、である。
イルムの扱いは非常に難しい。
イルムの味方は数少ない。
そしてイルムを恐れている人間は非常に多い。
自分たちのところから追い出すにしても余所に行かれると困るし、敵対など以ての外。だけど味方にもしたくない。
能力があるからこそ、排除したい。
それがサーベリオン領におけるイルムの評価だった。
騎士団長は知らない。
公爵が本気でイルムをどうにかしたいと思っていることを。
その為の準備をしていることを。
今回の戦争でイルムが不在の間、その為の策を練っていたことを。
終わりの日は近い。