戦争を終わらせる条件
大将に準ずるメルヒオールを確保したことで、この場での戦いは終わりを告げた。
多大な戦果を期待できる追撃戦に移ってはいたが、それはそれ。専任の部隊がいるのでそちらは追走中である。
多くの兵士はイルムの近くで足を止め、メルヒオールを逃さないように囲んでいる。
彼らは一番の手柄首を逃がさないため、イルムが負けた時に備えて集まっていたのだ。
ちゃんと生きたまま捕らえられたメルヒオールは丁重に護送され、イルムたちは戦意高揚のため、公都で凱旋をすることになった。
「やり過ぎだ」
公都に戻ったイルムを待っていたのは、騎士団長らのお説教である。
「ミラルドの代役としてあの場にいたのだぞ?
魔法を使わなかったのは褒めてやる。だが勝利へ貢献するにしても、やり方というものがある。
素直に魔法で戦えばよかっただろう」
騎士団長は苦い顔でイルムに自制を促す。
イルムとしては戦争を勝利に導くことを前提としつつもあの場で名前を売るような真似をしたくなかったので、ミラルドの名前を借りつつ、確実に勝つための戦いをしたかった。
アブーハ公爵がサーベリオン領に手を出すことを躊躇うような勝ち方をしたかったのだ。
騎士団長の言葉に、容易く頷くことはできない。
だが、騎士団長はイルムの考えを否定する。
「圧倒的な力を見せつけ、それを脅威と感じたアブーハは、これで退くことが出来なくなった」
「え? 勝てない相手にこれ以上の戦いを挑む事などしないでしょう?」
「違う。簡単に勝てない相手がいて、自分たちはすでに戦いを挑んでしまった。自分たちは負け、相手にはまだ戦う力がある。
ならば報復されると考えるのが人間だ。サーベリオンが攻めてくるとアブーハは考えるだろう。
イルム。お前はアブーハを本気にさせたのだ」
騎士団長は語る。
イルムのやったことは逆効果だと。
これでアブーハ公爵は退くに退けなくなっただけだと。
それを指摘されたイルムは、ようやく己の失敗に気が付く。
「“勝てない”などとは思わないだろうな。相手が人間であれば、100の勇者をぶつければ済むと考えるのが普通だ。
足りなければ1000をぶつけ、それでも足りなければまわりから先に潰す。
イルム、お前は一人でどれだけの戦場を支える? 無理だな。一人で出来ることなどたかが知れている。二つの戦場で戦う事は出来ない。
お前独りが勝てたとしても、意味は無いんだ」
とつとつと語る騎士団長の言葉を、イルムは受け止める。
だが、とイルムは反論する。
「ならばアブーハ公爵を討ちましょう。それでお終いにすれば――」
「次のアブーハ公爵が戦いを挑むだけだな」
イルムの反論はすぐさま潰される。
ならば次のアブーハ公爵も、とはイルムでも言えない。
さらに次のアブーハ公爵が立ち上がるだけで、血縁全てを殺し尽くすことになりかねない。
中にはイルムの手を取る者がいるかもしれない。
その可能性は決して低くは無いだろう。
ただ、その後のかじ取りをどうするかで確実に揉める。災いの火種は消えない。
こうなると、戦争を穏便に収めるための最低条件として。
イルムが死ぬこと。
これを外すことが出来ない。