運命の日③
一度に敵全員を相手にすることは絶対に出来ない。
イルムは自分のことを多芸であると思っているが、最強であるとは思っていない。
バルバスと比較し、経験値で劣っていると思い知っているからだ。
なので、バルバスのように囲まれてしまったり、人質を有効に使われてしまえば負けるのが目に見えていた。
仲間達はそれでも勝ってくれるだろうと根拠のない信頼を向けているが、それを出来ないと切り捨てる。
無理をして死ぬつもりがないのだ、イルムには。
イルムは英雄になりたいという思いを持っているが、死んで英雄になるより、凡人扱いでも生きていたいと思っている。
イルムの英雄願望は憧れで、強く執着しているわけではない。前世知識でなれるかもしれないという希望があるから選んだ道と言うだけでしかない。
イルムの考え方は、完全に凡人のそれである。
「イルムさん。奴ら、村から出てきました」
イルム達は獲物を回収すると、村の出入り口が見える場所に見張りを立てた。一応、簡単にはバレないように離れている。
見張りには毛皮をかぶせているので、運悪く見つかっても猪かと勘違いされるだけで済むかもしれない、そんな小細工も弄していた。
その見張りは、金属鎧を着た連中が村から出てきたのを確認すると、急いで、バレないようにイルムの所に報告に来た。
「よし。じゃあこのままここで迎え撃つぞ」
「はい! ……でも、本当にここに来るんですか?」
「ああ、俺たちがここに居ることは、直ぐにバレるだろうから、必ずここに来るさ」
この見張りをしていた少年は、そこまで森での活動に慣れていない。移動の際には盛大にその痕跡を残したことだろう。
だから、その痕跡を見つけてここに来るとイルムは予想を立てた。
「問題は、道案内をさせられている誰かがいる可能性なんだよな。居たように見えたか?」
「あっ! すみません、見てなかったので分からないです」
騎士達にバレないうちに戻ってくるのを優先した少年は、騎士が村の外に出たのを見て、直ぐに戻ってきた。
その為、敵の数もなにもかも分かっていない。人数次第で襲撃するかどうかを決めると言っていたのにもかかわらず、である。
「しょうがないな。
皆は罠よりもう少し奥で隠れていてくれ。俺が見に行く」
兎にも角にも、敵の人数が分からなければ作戦通りに動けない。イルムは騎士達の方に行くことを決めた。
「数が多ければ急いで戻って皆で逃げるよ。
数が少なければここまで釣るから、どちらにせよ、ここには戻ってくるから。だから大人しくしていてくれ」
こうしてイルムは一人、村の方へと駆けていった。
そうして、最悪な光景を目にする。
ところ変わって、村の方。
村に居るアブーハ公爵領の騎士達。
彼らは、見付からない「王家の血を引く娘」の探索を諦めた。
「これ以上ここに止まっていては我らの身が危険だ。この時間まで戻ってこないのを見ると、我らに気が付き逃げたのだろうよ。
村を適当に荒らし、帰るぞ」
「「ハッ!!」」
この騎士団のリーダーは、何が何でもウノを回収するという意気込みではなかった。
下手に時間をかけて自分たちのみを危険にさらせば、娘を連れ帰る時に補足される可能性が高かった。つまり、村を襲った時にウノがいなかった時点で任務は失敗だったのだ。
彼らにとって運が悪いことに、この日に限ってイルムが狩りに連れ出したのは偶然だが、それは普通、予測などできない。
それでもと一縷の望みに賭けて、ウノが戻ってこないかと期待していたが、夕方まで待っても戻ってこない。
これでは娘の確保は無理筋であると、リーダーは撤収を決めた。
今は捉えるのが難しい娘よりも、生きて帰る方がよほど大事だ。
しかし、そうなると彼らはただの無駄働きになってしまう。
なので、せめて行き掛けの駄賃程度に村を荒らすと決めた。
人質に取られていた子供達、彼らの首が切り裂かれる。
叫ぶ村人。
響く怒号。
村は一瞬で阿鼻叫喚の地獄となった。
「よし、あとは家を適当に打ち壊したら撤収するぞ。生き残りが出ても構わん。多少村に生き残りがいた方が負担になるからな」
1時間もしないうちに、村人の大半が殺された。
周囲への発覚を少しでも遅らせるために火などを使わずにだが、家もほとんど壊され、周囲を覆う木の柵を残して村は壊滅した。
あっさりと村一つを潰し、ようやく騎士は撤収をする。
全てが終わったあとの撤収作業。
見張りが見付けたのは、そうやって村から出ていく騎士達だったのである。
離れたところからでは村の中が見通せず、気が付けなかったのだ。惨劇に。