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折れた翼の英雄譚  作者: 猫の人
3章5.5話(王国歴147年)
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戦場の部隊指揮官

 ヴァルナス王国・サーベリオン公爵領北東部。

 ここは同王国のミルグランデ公爵領との境界線になる。


 イルムは、そこで軍の補給部隊の部隊長をしていた。





 ヴァルナス王国は数年前まで海の向こうにあるセントラワー帝国からの侵攻と戦っていたために国内が荒れていて、帝国の侵略を跳ね返したものの、その煽りで3つある公爵家が対立し、内戦状態に陥っている。

 帝国からの再侵攻が無いとは言い切れない時期に内乱とかアホかと言いたいが、ちょうど戦後に先王陛下が崩御し、その孫にあたる5歳の現陛下が戴冠した事でこうなる事を避けられなかったのだ。息子にあたる元王太子殿下やそのご兄弟たちが全員戦死しているのも問題を大きくしている。


 現陛下の後見人であり宰相を排出したミルグランデ公爵家。

 先王陛下の弟の息子で軍部に強い影響力を持つアブーハ公爵家。

 そして、王国最大の穀倉地帯を持つが王家とは関わりの薄いサーベリオン公爵家。

 この3つの公爵家が争っている。


 実権を求め争っているのが前2つの公爵家であるが、残るサーベリオン公爵家にもどちらの味方をするのかと迫られ、味方をしないなら食料を奪うぞと争いに巻き込まれている。

 争う2家に巻き込まれたサーベリオン家がどちらか一方に肩入れすれば争いは収束すると思われるかもしれないが、サーベリオン公爵家は当初、2家の調停役という立場を取ろうとしていたためにどちらか一方に肩入れする事をしなかった。戦後を穏便に治めるための判断が、権力の狂気に染まった者たちの神経を逆なでし、結局は戦う事になってしまったとみる事もできる。


 何が最善だったかを後付けで言うのは簡単だが、このような狂った話を先を見通し行動するのは難しい。

 少なくとも、攻められる可能性を全く考慮していなかった訳ではないのだからサーベリオン公爵が無能だったわけではないのだと思われる。



 戦後の苦しい時に内乱となったのだから国内は荒れに荒れている。


 公爵軍の争う領の境はもちろん、その内側も盗賊が跋扈して油断できない。

 貴族の支配に不満を持つ“自称”義賊が声高に貴族政治の終焉を求めているし、それを鎮圧するために兵を動かす貴族は民衆に重税を課さねばならない。

 義賊たちの略奪を警戒し物流は滞るし、それ以外の、普通の盗賊も数多い。


 現在はヴァルナス王国のどこもが戦場となり、誰もが救いを求めていた。




 境界線上、最前線に設置された天幕の中。

 書類と格闘しているイルムの所に、揃いの改造(私造)軍服を着た二人の娘がやってきた。


 それぞれ左と右のサイドアップにした、長い髪型以外は外見上の区別がつかない、16歳の少女たちである。

 美少女、と言ってやりたいが、化粧っ気の無い顔ではそう言ってやるのもはばかられる。顔のパーツは良いのだが、軍務、行軍中に化粧をするような余裕は無いのでしょうが無い。

 これが平時であれば着飾り化粧もしているので美少女と言ってもいいのだけど。そんな余裕はどこにも無い。


「イルム様、陣地の構築が終わりました」

「イルム様、炊き出しの準備が終わりました」

「「次は何をしましょうか?」」


 イルムから見て左で髪をまとめているのがルーナ。

 右で髪をまとめているのがネリー。

 二人は部隊長であるイルムの副官をしている。


 ルーナとネリーの、二人の少女がイルムに作業の完了を告げた。

 それと、次の指示を聞いてくる。


 正直、この手の質問をいちいちせず、自己判断で動いて欲しいとイルムは思う。

 が、それをやると指揮系統がグダグダになってしまうのと、イルム(部隊長)の意図しない事をされて予定が狂う事がある。最低限の行動指針ぐらいは俺が示さないといけない。

 なので、イルムは簡単に指示を出す。


「なら、後の時間は基本待機で。部下の仕事ぶりを見守っていてやってくれ」

「「はい!」」


 なお、ルーナとネリーは双子なので台詞がよくハモる。

 これは双子芸というか、意図してやっている。報告などに遊びを入れるのはどうかと周囲は思わなくも無いのではあるが、「「スパイ対策です」」と言われれば納得するしか無い。

 見ていて面白いのも彼ら認めている理由の1つであるが。



 良い返事をして天幕を出て行く二人。

 二人が入り口を通る時に外の様子がチラリとイルムに見えたが、10代中頃の娘たちが右往左往しているようだ。

 忙しそうにしているのは分かるが、彼女たちは「仕事が多くて忙しそうにしている」ではなく、「段取りが悪くて効率が低く、忙しくなってしまった」と言う状態だ。


 無理もない。

 彼女たちはつい最近までは普通の貴族の子女であり、こんな戦争に駆り出される立場ではなかったのだから。

 婚約者の死亡という不幸に見舞われ、戦線維持の一助になるよう求められた事には同情を禁じ得ない。




 ただし。

 それは被害が及ばない世界に生きている人の話だ。

 そんなド素人を部下として50人も宛がわれたイルムだって、充分に被害者である。

 なにより、イルムは貴族でもなければ騎士や兵士のように国に仕える者ではないのだから。


 イルムはつい最近までただの傭兵団の団長だった者でしかない。

 多少は腕が立つと自負しているが、それでも常人の域にいる凡才。ちょっと(・・・・)変わった(・・・・)経歴を持ってはいるしそれで未来の情報(前世知識)を知ってはいるが、力と知識を持て余し使いこなせない、普通の男でしか無い。

 戦闘能力はどの公爵も抱える最上級の騎士には歯が立たない。剣も魔法も物作りもいけるが、器用貧乏の中途半端。指揮官としては傭兵団の団長程度であれば過不足無くこなせるが軍師などの専門家に及ぶほどでは無い。

 万能の天才と呼ぶ事もできるが、一番に成れる世界の無い、トップ争いに関われるレベルではない人材。


 本人が言う「英雄にも主人公にも成れない男」と言う評価がしっくりくる。

 それがイルムであった。

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