94.午後の部らしい
生徒会役員なのでテント張りの本部席に戻ってきたけどまだ誰もいなかった。
飯の最中だもんね。
しょうがない? ので高巣さんと雑談する。
テントの外に鏡と琴根が立っているけど無視。
気にはなるけど。
「あの二人ってずっと高巣さんについているの?」
「はい。
わたくしは何度もお断りしたのですが黒岩に説得されてしまって」
そうなのか。
学校内で誰かが襲ってくるとは思えないけど、2年1組の価値観ではそうなるんだろうな。
護衛であると同時に監視なんだろう。
高巣さんが変な行動を取らないように牽制しているとか。
「大変だね」
同情して言ったら肩を竦められた。
「慣れました。
というよりは王国王女としては当然ですので」
「つまり王国でもそうだったと」
「もっと厳しかったです。
今はさすがに自分の家の中では自由にさせて貰っていますが、前世ではそれこそお風呂や就寝時まで一人にはなれませんでした」
凄い。
僕みたいな庶民には貴族の生活なんか見当もつかないけど、それでよくストレスで死なないよね。
ラノベに出てくる貴族って日本ナイズされているからあんなもんじゃないはずだ。
まあ貴族にもよるだろうけど。
「それほどではありませんでしたよ?
王国は戦時体制でしたので」
高巣さんはさりげなく言うけど、それってつまり戦争中ということか。
贅沢は敵と。
「贅沢というよりは資源を戦争にとられて生活面では緊縮体制でした。
具体的に言えば王室費の削減と共に仕えて頂く方々も減らされていて」
「じゃあ着替えをメイドに任せるとかそういうのはなかったと?」
「はい。
その辺りは地球と同じでした。
わたくしも女性向けのラノベを何冊か読んでみましたが、あれだけの人数を貴族令嬢に張り付ける経費をどこから出すのか疑問です」
(ホンマモンの王女様だな)
無聊椰東湖が内心で呟いた。
そうなの?
(貴族の事は俺にもよく判らないが、少なくともロマンス小説に出てくるものとはまったく違うはずだ。
金の問題はどこでもついて回るからな)
無聊椰東湖はサラリーマン視点でそう見るわけか。
確かにそれだけの贅沢をするんだったら理由があるはずだよね。
大昔の貴族の女性は「何も出来ない」事がむしろ値打ちだったと聞いたことがあるけど、そんなのが有用なはずがない。
コネ作りで嫁にやるにしても無用の長物なんか貰っても相手はつまらないだろうし。
高巣さんが女子高生としての生活に適応出来ているのもそんな背景があるのかも。
雑談していると、いつの間にか戻って来ていた神籬さんが紙を手にして立っていた。
この人も生徒会役員、というよりは生徒会そのものだ。
会長と副会長は案山子で。
「何でしょうか」
高巣さんも神籬さんに気づいて聞いた。
神籬さんは周囲を素早く見回して人影がないのを確認してから応える。
「午前の部の得点集計でございます。
まだ抜けている種目もございますので概略ですが」
差し出された紙を見たらエクセルで印刷された計算表だった。
凄いな。
まあ、神籬さんは会計だから当然か。
生徒会室のパソコンとプリンタを使ったらしい。
「わが2年1組は圧倒的でございます。
午前の部はぶっちぎりかと」
確かに2年1組の点数だけが飛び抜けていた。
ほとんどすべての種目で1位なのでは。
「当然でございます。
王女殿下の御前でぶざまに負けることなど2年1組臣民の矜持が許しません。
もし1位を取れないようであれば自決するよう命じてあります」
「止めて下さい(泣)」
高巣さんが泣きそうな声で言った。
体育祭で負けたからと言って自決されでもしたらたまったもんじゃない。
「冗談でございます。
ですが、我が2年1組臣民はそれくらいの覚悟で臨んでおります」
こっちはマジなようだ。
王女が見ているんだからね。
天覧試合みたいなものか。
「本当にもう、心臓に悪いですから。
でも皆さん素晴らしいですね。
王国時代ならともかく、今世では必ずしも体力や体格に恵まれない方もいらっしゃいますのに」
そういう高巣さんも小柄で華奢だもんね。
ていうか前はもう少しふくよかだった気がするんだけど、ここ数ヶ月で見違えるような美少女になってしまった。
こないだ聞いたらこっそり教えてくれたけど、別にダイエットしたわけじゃないそうだ。
つまり王国の王女だった経験から節制と生活を前世と同じようにしてみたところ、いつの間にか適度に痩せた上に体力もついてきたらしい。
(確かに貴族や王族はある意味、健康維持が重要だからな。
大酒飲みだったり奔放な生活をおくったりしていると思われがちだが、そういうのは少ないから話題になる)
無聊椰東湖、貴族に知り合いでもいた?
(いないが常識だろ?
貴族や王族の存在意義は生き残ることだからな)
そうなのか。
昔読んだ小説に「貴族ってのは贅沢してるんじゃなくて大事にされているんだ。なぜかと言えば、その貴族が死んだら配下の者全員が路頭に迷うかもしれないから」と書いてあったっけ。
それはそうか。
高巣さんの値打ちって王女として立っていること自体だもんね。
本人が優秀だったり技能に優れていたりする必要は必ずしもない。
そういうのが必要なら優秀な配下を持てばいい。
でも健康である必要はある。
無聊椰東湖の言うようにトップが消えたら組織は瓦解するから。
なるほど。
黒岩くんが過剰なくらい高巣さんを守ろうとする理由はそれだ。
高巣さんは唯一無二の2年1組の象徴なんだよ。
他の者なら代替が効くけど高巣さんだけは失ったらそれきりだ。
僕がそんな事を考えている間に時間が過ぎたみたいで、気がついたらテントの中や運動場には人が戻って来ていた。
そのうちに校内放送が午後の部の開始を告げる。
でも僕たちにはあまり関係ない。
仕事がないんだよ。
この体育祭は生徒会の主催ということになっているから役員である僕たちが本部席にいるだけで。
もちろん本来は色々発生するトラブル対応やクラス間の調整なんかをここでやることになっているんだけど、そっちは神籬さんが一手に引き受けている。
正確に言うと2年1組臣民がボランティアで詰めてくれているのだ。
競技がない人たちが交代で駆け回っていて、大抵の問題は僕たちの所に上がってくる前に対処されてしまう。
普通の生徒会の場合、そういうボランティアを自分で集めなければならないから大変らしいけど、僕たちは関係ないからね。
暇だ。
かといってどっかに遊びに行ったり寝たりする事もできない。
(文句を言うな。
むしろ恵まれているぞ)
それはそうか。
僕たちは一応だけどテントの中の椅子に座っているし、ポットからお茶を飲み放題だ。
誰かに何かを頼まれることもない。
僕も高巣さんも午前中に競技に出て義務を果たしているから今さら疲れる運動をする必要もない。
ただぼーっと校庭で行われている競技を見ていればいいだけだ。
「あ、また勝ちました!」
「あれはメイド部隊の方ですね。
体力がおありなのでしょうか」
「メイドは肉体労働でございますから。
比和の指揮下で鍛えられております」
高巣さんと神籬さんが話しているんだけど、どうも勤務評定臭い。
神籬さんが紙に何かメモしているし。
「素晴らしい成果ですね。
後ほど叙勲した方が良いでしょうか」
「そこまでは。
ですがお声がけはなされた方がよろしいかと」
王女と女官の会話か。
本部には他に人がいないからいいようなものの。
「ダイチ殿。
お茶はいかがですか?」
隣に座っている宮砂さんが呑気に勧めてくる。
いいのかねえ?




