81.僕は地面の穴らしい
比和さんのご両親は過激な教育方針の信奉者だとは思えないくらい普通の社会人だ。
会社員のお父さんにパート主婦のお母さん、そして女子大生と女子高生の娘たち。
何かのモデル家庭になりそう。
聞いてみたら裕福というわけではないけど貧乏でもない「中流家庭」との自己評価だった。
娘たちは両方とも大学にやる予定だという。
それって今の日本ではむしろ「上流下層階級」なんじゃ。
「その代わり贅沢はしないよ。
家族で海外旅行とかしたことがない」
お姉さんはちょっと不満のようだ。
でも将来の夢が公務員ってアレだよね。
やっぱ保守なんだろうかと思っていたら比和父が話しかけてきた。
「ところで矢代大地くん。
矢代ご夫妻もおられることだし大地くんと呼んでもいいかな?」
「それはもちろんです」
「ならば大地くん。
聞きたいんだが春美とはどこまで行っているんだい?」
ジュースを吹き出すところだった。
何言ってるの?
そんなことあり得ないでしょう!
「ただの同級生ですが」
「そうかなあ。
このところ、春美は家で君のことしか話さなくなっているんだが?」
「娘を問い詰めても赤くなるだけで何も言わないんですよ。
これはもうご本人に聞くしか」
何やってるの比和さん!
まだデートすらしたことがない、じゃなくてそもそも付き合ってすらいないのに。
まあ、判る気はする。
家庭で王国の事なんか話せないし、同級生たちは全員アレだ。
唯一話題にしても問題なさそうなのが僕ということだろう。
ならば仕方がない。
ここはちょっと乗ってみてもいいかも。
「本当に付き合っているとかじゃないです。
まだデートもしてませんし」
「まだ、ということはする予定はあると?」
比和父、案外鋭いな。
しぶしぶ頷いたらにんまりされた。
やだなあ大人って。
(あまり調子に乗らない方がいいぞ。
気がついたら引き返せなくなっている可能性がある)
無聊椰東湖、経験あるの?
(いや、ない)
駄目じゃん(笑)。
「まあ、今のところは健全なお付き合いという事だね。
判った」
「そうですね。
秋菜の時は傾いたふりだけで色っぽい話はなかったし」
何を期待してるんだよ比和両親!
秋菜さんって比和さんのお姉さんか。
そういえばこの人も昔ギャル化したと言っていたな。
でも今は公務員希望の常識人化してしまったと。
「私の事はいいのよ!
春美の話でしょ!」
「そうだね。
まあ僕の見たところ大地くんは責任感も強そうだし真面目な人柄とみた。
心配いらんだろう。
それに矢代さんの息子さんだからね」
気になることを言いますね比和父さん。
「親……父が何か?」
「ああ、名刺を頂いて気づいたんだけど大地くんの父上は一部では有名な方だよ。
山師というわけじゃないけど」
そうなの。
やっぱ親父って何かしているらしい。
サラリーマンだとばかり思っていたのになあ。
(ただ者じゃないことは確かだな)
比和一家はそれじゃ、とか言いながら離れて行った。
すぐに他の人に話しかけているところをみると、意外に営業なのかもしれない。
考えてみれば娘の同級生や知り合いの父兄だからね。
話しておいて損はないと。
大人の世界って面倒くさそうだなあ。
(こんなもんじゃない。
矢代大地にもそのうち判る)
やだけどしょうがない。
「矢代大地くんだね」
また話しかけられた。
「はい」
「谷重人だ。
晶の父と言えば判るか」
「私は八里正宗。
省吾がお世話になっているそうで」
凸凹コンビという奴か。
晶さんの父親と名乗った人は僕より背が低いくらいだったけど、ショーゴくんの親父さんはヒョロっとしたのっぽだった。
身長差は20センチくらいあるのでは。
「初めまして。
矢代大地です。
晶さんとショーゴくんには親しくして貰っています」
とりあえず社交辞令用の猫を被っておく。
晶さんの父上はほう? という感じで眉を上げた。
「意外だな。
晶の知り合いにしてはまともだ」
「おいおい、晶ちゃんだって年頃の女の子なんだぞ?」
この二人、何かに似ていると思っていたけど有名な芸人コンビだ。
そういえば晶さんとショーゴくんは親同士が友達とか言っていたっけ。
腐れ縁という奴?
「よし判った。
大地くんでいいか?」
「いいですけど」
「俺が許す。
付き合ってよし」
何を言い出すのやら。
「晶さんはそんな人じゃないと思いますけど」
言えないけど帝国軍の将軍だし。
現時点でも転生した帝国軍人の配下が数人はいそうなので。
それに副官はどうなの?
「八里くんが彼氏なんじゃないんですか?」
違う事は知っているけど知らない振りをして聞いてみる。
「あれは駄目だ。
晶の保護者だ」
「いやむしろ手下と言った方がいいかもしれない」
酷いんじゃないでしょうか。
特にショーゴくんの親父さん。
自分の息子を誰かの手下呼ばわりしていいの?
「本人が満足そう……でもないが納得しているみたいなのでね。
私もそうだが誰かの下につくことで初めて能力を発揮出来る才能もある。
だから今回のお話には感謝しているんだよ」
ショーゴくんの親父さんは真面目な顔で言った。
「あの二人は対だからな。
二人で一組というか」
「しかもこのところ空回りしていた。
連中にとって高校という世界が既に狭すぎることは判っていたんだが」
「そうだな。
何もしてやれんかった」
二人は同時にため息をついた。
あれだな。
前世が蘇ったからだろう。
厨二病を発症した人の行動は端から見たら理解不能だもんね。
(矢代大地を含めてな)
失礼な!
僕は常識人だよ。
晶さんたちが変になった理由は判っているけど言えないのでとぼけておく。
「そうなんですか?」
「そうなんだよ。
下手したら何かとんでもないことを始めそうで」
「省吾は止めようとはするだろうが引きずられて突っ走ってしまうことは判っていてね。
だが」
「大地くんと知り合った頃から見違えるように生き生きとして。
晶なんぞ、家では大地くんの事しか喋らんようになってしまっている」
「省吾はあまり口には出さんが似たようなものでね。
正直、晶ちゃん以外の人の事を話すのは初めてだ」
晶さんとショーゴくんも何やってるの!
他にいくらでも話題はあるでしょう!
いや、ないのか。
やっぱり帝国の事なんか話せないもんなあ。
王国人も未来人も駄目だ。
つまり僕くらいしか話題に出せないと(泣)。
僕って地面の穴とか壺?
みんなで「王様の耳はロバの耳」とか吹き込んでいるんじゃないだろうね?




