5.僕は疑われていたらしい
とりあえず臨時クラス会はここまでということになった。
あまり長いことみんなで教室に残っていると先生たちに怪しまれるから。
如月高校は割と問題がない学校なんだけど、その分ちょっとでも日常を逸脱すると目立ってしまう。
用もないのにいつまでも学級全体が居残りしていたら生徒指導の先生が飛んで来そうだ。
解散するクラスメイトたちに黒岩くんがよく判らない言葉で注意を与えていた。
日本語でやってよ!
何人かがわざわざ高巣さんの前まで来て片膝を突いて頭を下げてから出ていく。
封建制度って凄いな。
でも高巣さんもクラスメイトたちも外見上はみんな普通の日本人高校生だから違和感バリバリだ。
僕が気づいて黒板の字を消していると、黒岩くんたちが慌てて手伝ってくれた。
掃除してないのが丸わかりだったからね。
このくらいはやっておかないと。
「では参りましょうか」
高巣さんに言われて僕も自分の鞄を持って教室を出た。
人気の無い廊下を固まって進む。
僕は高巣さんと並んで真ん中にいた。
前は黒岩くんだ。
後ろに鏡と琴根。
その他にも数人が付き従っていた。
女の子も二人いる。
やっぱ「姫」を守る騎士と侍女なのか。
こいつら完全に何とか王国王女の親衛隊と化しているみたいだな。
無聊椰東湖に取り憑かれている僕が言う事じゃないけど(泣)。
一同、無言のまま粛々と進み、校門を出たところで気がついた。
「みんな部活はいいの?」
「とりあえず理由をつけて休むように指示しました」
黒岩くんが振り向いて言った。
「現状では問題がございますもので」
「何で?」
(確かにな。
俺の見たところ、こいつらはみんな瑞穂語……じゃなくて日本語に不自由しているわけじゃない。
矢代大地みたいに無聊椰東湖が蘇ったにしても、高級中学生じゃなくて高校生としての自分もちゃんと覚えているはずだ。
普通に生活するのには問題ないだろうに)
「その辺りを含めてご説明致します」
無聊椰東湖の疑問はもっともだけど、僕が気になるのは黒岩くんだ。
何で僕に対しても敬語なの?
高巣さんは「姫」らしいけど女子高生としてそれほど違和感がある言動じゃないのに。
まあ、それを含めて説明してくれるらしいけど。
僕が連れて行かれたのは街道添いのファミレスだった。
如月高校から駅を隔てて反対側なので、うちの生徒はあまり来ない店だ。
駅前にはファーストフードチェーン店がいくつかあるから、やはり目立ちたくないんだろう。
そこまで配慮できる黒岩くんたちが何に困っていると?
とりあえず一番奥の目立たない長テーブルを占領する。
高巣さんが一番奥で、僕はその前に座らされた。
高巣さんの隣に黒岩くん。
その他の連中は高巣さんを守るように展開している。
マジだ。
本当の騎士団みたいだ。
見た目には単なる学校帰りの高校生グループだけど。
ウェイトレスさんに全員でドリンクバーを頼むとみんなで飲み物を取った。
僕はジンジャーエールだ。
好きなんだよね。
(俺は黒珈琲一辺倒なんだが、まあいいか)
「さて」
僕の向かい側に座った高巣さんが言った。
「まずはご迷惑をお掛けしたことをお詫びします」
「それはいいだけど、ここまで用心する必要ってあるの?」
放課後の高校生が屯っているようにしか見えないと思うんだけど。
「重大な問題がございます」
黒岩くんが小さな声で言った。
「出来る限り危険を避けなければなりません」
「でも高巣さんもみんなも見た目も行動も日本人の高校生だよね?
別に誰にも怪しまれてはいないと思うけど」
高巣さんが何か言った。
ウギョロモリテラマ、というような音に聞こえたけど、何?
「何それ?
何とか王国語?」
それを聞いて高巣さんも黒岩くんも、いや周り中のみんなから緊張が抜けたみたいだった。
ていうか今気づいたんだけど、僕って包囲されていたよね?
高巣さんが肩の力を抜きながら言う。
「重ね重ね申し訳ありません。
これで矢代大地殿が日本人であることが判りました。
いえ違いますね。
魔族ではないことが確信出来ました」
魔族かよ!
そんなのもいるんだ。
そういえば魔法があるとか言っていたっけ。
ますます厨二病が深まっている気がする。
「今、姫がおっしゃったのは魔族の言葉でございます。
それに反応しなかった矢代大地殿は魔族では有り得ませんので」
「何て言ったの?」
「お知りにならない方が」
そうかよ。
(なるほどね。
矢代大地の知識にある異世界物の定番か。
王国があって魔族がいて魔法があると。
つまり今まで矢代大地は疑われていたわけだ)
ちょっとショック。
(自分たちの中に紛れ込んだ唯一の異分子だからな。
良かった俺に魔族とやらの言葉が判らなくて。
うっかり反応していたらこのまま抹殺されたか拷問されたか)
無聊椰東湖の予測に僕は震え上がった。
高巣さんたちが厨二病なのは確かだ。
普通の厨二病患者って奇矯なだけであまり人の迷惑にはならないんだけど、みんなは格好だけじゃなくて実力を行使するタイプなのかもしれないわけか。
いや、間違いなくやりそうだ。
つい聞いてしまった。
「僕が魔族だったらどうするつもりだったの?」
「お聞きにならない方が」
聞きたくないから言わないでね(泣)。