318.引き継ぎらしい
生徒会顧問に怯えられた話をしたら信楽さんに窘められた。
「それはそうですぅ。
その先生にとってみればぁ、矢代会長に一方的に面倒を押しつけただけですぅ。
しかもその代償は何もなしですぅ」
「でも僕は何もいらないんだけど」
「世の中にぃ無償ほど高いものはないですぅ。
大きな借りを作ってぇ、そのままになってしまったことになりますぅ。
借りた方はぁずっと怯えっぱなしですぅ」
そうなのか。
大変だなあ(他人事)。
でも僕には関係ないから。
1週間の生徒会長選挙の公示期間が過ぎると去年と同じくただ一人立候補した生徒会長候補が無投票で当選した。
モロに矢代興業の紐付きだ。
如月高校大丈夫かなあ。
引き継ぎのためにみんなと生徒会室で待っていると、いきなりドアが開いて女の子が飛び込んで来た。
知らない顔だ。
護衛兵は何やってるの?
「矢代会長!
ありがとうございます!」
いきなり叫んで僕に最敬礼する女生徒。
「ええと、君は?」
「橋田紀子です!
新生徒会長に選んで頂きました!」
テンションが高いな。
なるほどこの人がそうか。
実を言えば選んでおいて名前も覚えてなかったりして。
「そう。
大変だけどよろしく」
適当な事を言って手を差し出す。
すると橋田さんは慌ててスカートで手をこすってからおずおずと握手してきた。
僕の手が汚いんじゃないよね?
「すみません!
憧れの矢代会長と握手なんて恐れ多くて」
「いや僕は大したもんじゃないから」
「そんなことはありません!」
断言されてしまった。
「矢代会長は凄いです!
生徒会長だけじゃなくて矢代興業の社長としても……」
「そのくらいにしておきなさい」
なぜか後ろに控えていた神薙さんがズイと前に出て来た。
「時間がありません。
他の人たちも紹介して下さい」
比和さんも口を添える。
「は、はい!
すみません比和部長!」
慌てて謝る橋本さん。
よく見てみると活発な感じの美少女だ。
小柄で茶髪のショートカット。
体形も中性的で、むしろ女の子にモテそう。
でも今、比和さんの事を「部長」と呼んだけど、これって部活の部長の事じゃないよね?
如月高校の生徒であると同時に矢代興業のバイトだという話で、やっぱり比和さんの部下か。
僕がボーッとしている間にも橋本さんはドアからゾロゾロ入って来た女生徒たちを紹介していた。
多分、みんな2年生なんだろうけど千差万別だ。
眼鏡の怜悧そうな娘もいるし巨乳やスレンダー、長髪・三つ編みもいる。
わざとみたいに特徴がバラバラなんですが?
「……以上が次期生徒会役員です!」
最後に橋本さんが言って、全員で頭を下げる。
「「「よろしくお願いします!」」」
「どうも」
僕が代表して応えてしまった。
まあいいか。
「じゃあ信楽さん、引き継ぎよろしく」
「はいですぅ」
一番経験が浅いはずの1年生役員に丸投げする生徒会長。
信楽さんが引き継ぎを始めた。
いや、だってそれ以外の役員は役に立たないし(泣)。
会長も副会長も案山子だ。
書記は職務放棄して久しい。
比和さんはもともと補助役員だし、シャルさんなんか姿もない。
最近は神薙さんすらあまり生徒会室に寄りつかなくなったから、もう信楽さんしかいないんだよ。
マジで信楽さん抜きではやっていけなくなっているな。
あれ?
でもよく考えたら僕、これで生徒会長は引退するわけか。
つまりもう生徒会としての仕事はしなくて済む。
だったら信楽さんいらない……はずはないよね。
社長秘書だから(泣)。
「矢代会長ぅ。
引き継ぎ終わりましたぁ」
信楽さんが言って、これで終わった。
後は全校集会の時に現生徒会の引退と新生徒会発足をやるだけだ。
確か去年は避難訓練に合わせてやったんだっけ。
「信楽さん、いつやるか聞いてる?」
「今週の金曜日ですぅ」
さいですか。
ならそれまで僕は生徒会長な訳ね。
変な事が起こらないといいけど。
「それではと。
皆さんはこれから何か予定がありますか?」
神薙さんが言った。
僕にはないけど。
帰って久しぶりにゲームでもやろうかと。
「空けてあります!」
「楽しみです!」
新生徒会の人たちのテンションが高いな。
何かあるんだろうか。
「では参りましょう」
高巣さんが言って、僕以外の全員が立ち上がった。
何?
「これから恒例のカラオケですぅ。
新生徒会の皆さんのぉ、矢代会長とのセッションですぅ」
信楽さん何言ってるの!
そんな恒例はない!
「ありますよ?」
高巣さんが言ってきた。
「新しく矢代一家に加わった者の通過儀礼です。
ダイチ殿と一緒にカラオケに行くことで忠誠の誓いとすることになっています」
「これをやらないとぉ、矢代興業内での身内扱いはないですぅ」
高巣さんも信楽さんも何訳が判んないことを言っているんだよ、と笑おうとして失敗した。
僕以外の全員が当然という顔をしているんですが?
みんなでカラオケ?
そりゃまあ、帝国人とか未来人とか宇宙人とかが合流した時にはやったけど。
そういえば次元漂流者の時もそうだった。
神様とはまだ一緒に歌ってないけど、正式に参加したらやらされるんだろうな。
何てこった。
「ダイチ様!
行きましょう!」
比和さんに手を取られて渋々立ち上がる。
何かもうこの時点で疲れているような。
テンションただ下がりの僕に比べて新生徒会の皆さんは大はしゃぎだった。
跳び回りかねない勢いだぞ。
「橋田先輩たちにとってはぁ、未来に続く第一歩ですぅ」
信楽さんが教えてくれた。
「そうなの?」
「はいぃ。
生徒会役員をぉ無事勤め上げればぁ、宝神総合大学の推薦入学がぁ受けられますぅ。
何か功績があればぁ学費免除や奨学金もぉ可能ですぅ。
そして卒業後はぁ矢代興業にぃ幹部社員候補として採用されますぅ」
それかよ。
何のことはない、餌をぶら下げて生徒会役員をやらせるわけか。
もちろん慈善じゃない。
これによって矢代興業側は将来の忠誠心溢れる優秀な社員を確保出来るからね。
長期的視点に立った囲い込みか。
えげつない戦略だ。
信楽さんが原因なんだろうな。
いや知りたくないから良いけど。
でもちょっと不思議な事がある。
僕は他の人に聞こえないように、隣を歩いている信楽さんに聞いてみた。
「さっき橋本さんが僕にお礼を言ったような気がしたんだけど」
だって初対面だよ?
ていうか名前も知らなかったのに。
「それは当然ですぅ。
矢代社長はぁ生徒会長候補リストから橋本先輩を選びましたぁ。
それで橋本先輩はぁ生徒会長になれますぅ」
「それってお礼を言われる様な事?
むしろ面倒事を押しつけたんじゃ」
「そんなことないですぅ。
如月高校の生徒会長はぁ、矢代興業におけるぅエリートコースですぅ。
無事勤め上げればぁ、大学の学費免除とぉ返済不要奨学金ゲットは堅いですぅ」
それかよ!




