30.向こうは大変らしい
僕が黒岩くんの隣の席に着くと、ヒャッハー首領、じゃなくて御厨高校の谷くんと名乗った小学生(違)が言った。
「お初にお目にかかる。
我は……いや俺は谷晶だ。
聞いているとは思うが前世では帝国第三軍の副将をやっていた」
隣の詰め襟生徒会長も頭を下げる。
「八里省吾です。
谷殿の首席参謀でした」
いや聞いてないけど。
「谷殿は休戦交渉時の魔族側の首席でございました。
八里殿は副官で」
黒岩くんが教えてくれた。
そうなの。
だから?
「まずは賛辞を呈したい。
よくぞこれだけの短時間でここまでの体制を整えた。
正直、内心忸怩たる思いだ。
我々はまとまってすらいないのでな」
谷くんが言うけど訳が判らない。
体制って?
「ネットで動画を拝見した時は驚きました。
こんな手があったのか、と。
同胞への呼びかけにネットを使うことは私共もすぐに思い当たりましたが劇の体裁をとるとは。
しかも文化祭の出し物の宣伝という名目までつけて」
八里くんが付け加える。
ああ、あれね。
いや僕は何もしてないけど。
「指導役。
つまり協力者ということだな?
姫……いや高巣殿」
「そうです。
ダイチ殿は王国臣民ではございません」
高巣さんが応えるとヒャッハー側の皆さんがどよめいた。
王国なんか知りませんが何か?
「それで……ダイチ殿は納得しておられるのでしょうか」
詰め襟生徒会長の言葉に高巣さんが誇らしげに返す。
「もちろんです。
ダイチ殿からは2年1組のために様々な助力を頂いております。
現代日本の高校生として足が地についている故でございましょう」
「そうか。
なるほど。
だからこその快挙か」
ヒャッハー小学生首領が考え込んでしまった。
(いや、そのあだ名はちょっと行きすぎだと思うぞ)
いいんだよ。
よく見たら谷君って結構イケメンだったりして。
背が低くて体格も華奢なんだけど顔立ちが整っているし、何と言うか獰猛な印象があるんだよ。
猫かと思っていたら虎の子だったというような。
少年漫画の主人公、というよりはむしろ少女漫画のやんちゃ枠のヒーロー的な印象が強い。
イケメンは敵だ。
(昔の、しかも何の関係もない事だろう)
無聊椰東湖、僕の記憶を読むな。
無理か。
しかしよく判らない事がある。
ここは聞いてみるしかない。
「ちょっといい?」
「何でしょうか」
黒岩くんが応えてくれた。
まあヒャッハーの人たちはまだ僕のことなんか知らないしな。
「さっきから話が見えないんだけど、ええと谷さんたちは魔族なの?」
聞いてしまいました。
厨二病だ(泣)。
「その呼び方は気に食わんな。
それは王国側の勝手な呼称だ。
『帝国人』と呼べ」
谷くんが偉そうに言った。
そういえば将軍だか何だかだったっけ。
前世が。
「そうですな。
日本語では『魔族』になってしまいますが、総称的には人間でございます。
区別が必要なら王国人、帝国人となるかと」
「ああ、なるほど。
人種や種族的な区別じゃないんだ」
「そもそもあちら……前世では種族ごとの国家というものは存在しておりませんでした。
例えば姫様の種族は日本のファンタジー的分類によればエルフということになりますが、エルフの王国があるわけではございません。
王家に当たる家系がエルフだったというだけです」
「我……俺はこっち側の分類で言えば竜族ということになる。
だが帝国はあまり種族や血筋を重視しないからな。
たまたま我……俺が竜だったというだけだ」
高巣さんの説明に谷くんが補足する。
結構ツーカーだったりして。
「それでよろしいでしょうか?」
「判りました」
あまり判らなかったけど引き下がる。
もっと聞きたいことはあるけど、まあ後でもいいか。
というよりはあまり踏み込むと深みにはまりそうなんだよね。
僕は日本の高校生で王国臣民でも帝国民でもないんだし。
そもそも今までの会話って露骨に厨二病患者そのものなんですが!
痛々しいレベルを超えているよ!
しかも僕も平気で参加しているし。
巻き込まれたくない。
(もう手遅れと思うが)
足掻いてみてもいいだろ!
僕がいじけているうちに王国王女と魔族、じゃなくて帝国の将軍の会話が続いていた。
やはり谷くんたちはネット動画を見て訪ねてきたらしい。
スマホで王国語と帝国語を聞いた時には唖然としてしばらく動けなかったとか。
そうか、魔族語じゃなくて帝国語か。
王国の停戦交渉団に選ばれるほどの人たちなんだから当然帝国語もペラペラなんだろうね。
「あの動画で帝国語をぶつけてくるとは、我等の存在を予想していたのか」
「はい。
王国民は極めて不可解な状況で覚醒しました。
最後の記憶があの砦でしたので。
だとすれば帝国の転生もあり得ることかと」
聞いているだけで背中が汗をかくような痛い会話だ。
「こっちもそうだ。
停戦条件をまとめた所までははっきり覚えているのだが、その後が曖昧だ。
何かあって双方ともに巻き込まれた、と考えるべきだろうな」
魔族……帝国側も王国と似たり寄ったりの状況だということだった。
ただし向こうでは前世帝国人と確認出来た人はまだ少ないそうで、王国みたいにクラス丸ごとというわけではなかったらしい。
とりあえず谷くんたちが通う高校で(帝国語の)声をかけまくったあげく、校内放送を乗っ取ってまで呼びかけた所、ようやく数人が集まっただけとか。
(やり方が過激だな。
帝国人というよりはむしろ魔族という方が正しいんじゃないのか)
無聊椰東湖に同感だったりして。
「全校でここにおられるだけなのでしょうか」
「判らぬ。
敢えて名乗り出なかった者もいるかもしれん」
何か谷くん、嫌われているというよりは敬遠されている?
「王国は順調のようだな」
「というよりは状況に恵まれました。
我がクラスはダイチ殿を除く全員が王国臣民でしたので」
「何と」
谷くんが仰け反った。
詰め襟も驚愕している。
「……それは怪しすぎるのではないか」
「なればこそです。
それこそが、我々が迅速に動かざるを得なかった理由でございます」
やっぱおかしいよね?




