201.相当図太いらしい
驚いた。
信楽さんって実は物凄い人?
同じ時間を繰り返すって並大抵の精神力じゃ耐えられないと思うんだけど。
あの鬱魔法少女アニメでも、タイムループを繰り返すうちにヒロイン? が変になっていったもんね。
まあ脳天気だったために平気なヒロインもいたけど。
「それ、全部覚えてる?」
恐る恐る聞いてみたら首を振られた。
「無理ですぅ。
もう雑ざってしまって前回すら朧気ですぅ」
なるほど。
忘却力に救われたらしい。
まあそれはそうか。
僕だって昨日の事すら曖昧だもんな。
数日ならまだ色々覚えているかもしれないけど、例えば先週の火曜日の夕食が何だったかなんて覚えていられるはずがない。
よほどインパクトがある出来事でもなければ。
あれ?
「でも信楽さん、よく王国や帝国のことを覚えてられるね?」
まあそれなりにインパクトがある出来事だったんだろうけど。
確固たる厨二病患者との遭遇なんか忘れられるもんじゃない。
「王国の皆さんとはかなり出会ってますぅ。
何度も戦争してましたからぁ」
何それ?
「戦争」って誰と?
「私共が『戦争』していたということでございますか?」
黒岩くんが重低音で発言した。
ヤクザの組長のようだ。
怖っ。
でも信楽さんは全然感じてなかった。
「はいですぅ。
お相手は帝国の時もありましたし、よく知らない人たちとも。
そういえば宇宙人の皆さんとも戦っていましたぁ」
ちょっと待って信楽さん!
それ本当なの?
「ほお。
俺たちと王国が戦争とな」
晶さんが押し殺した声で言った。
ヤバい。
何かギラついてるぞ。
八里くんが必死で抑えているけど今にも飛びかかって来そうだ。
「戦争って、どういうの?
殴り合い?」
とりあえず聞いてみた。
だって信楽さんは黒岩くんや晶さんを王国相談役や帝国の将軍として認識したわけだよね。
つまり今と同じ姿だったと。
黒岩くんについては異論はあるけど、そっちの世界でもみんなは高校生だったはずだ。
「戦争」出来るような立場じゃなかったと思うけど。
「いえー。
異能って言うんですかぁ?
皆さん怪力とか爆発とか色々でしたぁ」
一度なんかビカッと光ったかと思ったら自分の家のベッドで目を覚ましたこともありますぅ、と信楽さん。
それって死んだってこと?
「みたいですぅ。
自分ではよく判らなかったですがぁ」
いやいやいや!
ちょっと待ってよ!
黒岩くんや晶さんが異能を使っていたって?
それって魔素があったということ?
「面白い。
その世界での俺たちは元の姿だったのか?」
晶さん、楽しそうですね。
止めて(泣)。
「元の姿って何なのか知りませんがぁ、皆さん未成年でしたぁ。
もっとも如月高校生とは限らなかったしぃ、そもそも高校生ですらなかったこともありましたがぁ」
(何とまあ。
並行世界ってそういう事か)
無聊椰東湖が呆れたように言ったけど同感。
てっきりほぼ同じ世界を移動しているだけなのかと思ったけど思ったより随分多様だったらしい。
つまり魔素が存在する世界もあったわけか。
それってもう異世界だよね?
「魔素について聞いてる?」
「聞いてますぅ。
それを使うと魔法や錬金術が使えたりぃ、超能力みたいなことも出来るんですよねぇ」
信楽さんは厨二病丸出しの発言を繰り返していた。
ぶっ飛んでいるなあ。
もともと壊れていたのか、あるいは何度も転移を繰り返すうちに壊れたのか。
ていうかそういう厨二病に取り憑かれているだけなんだろうけど。
うーん。
僕が出会った厨二病患者の人たちが厄介なのは、その妄想に矛盾がないことなんだよね。
言っている事は厨二なんだけど、その中では整合性がとれているんだよ。
しかも個人だけじゃなくて多数の人たちの妄想が共通していたりして。
王国とか帝国とか。
外見的にもそうだ。
アニメやラノベに出てくる厨二病って何の根拠もないのに奇矯な格好したり奇抜な発言をするだけの痛い人なんだけど、僕の周りは違う。
一見したところは平凡……かどうかは別にして社会の常識から外れているわけじゃない。
見た目は一般人だ。
さらに人前では厨二病を隠そうとする。
錬金術や魔素と言った厨二病用語を使う癖に、それが日本で実現出来ない理由もしっかり言っているからね。
武野さんたちも発言は厨二病だけど今のところ未来人じゃない証拠は出ていない。
あの人たちにとっては過去であるはずの、これからの日本の歴史をまったく知らない理由も説明出来てしまったしなあ。
山城くんに至っては厨二病というよりはもう詐欺師にしか思えないし。
宇宙人の人たちが一番厨二っぽいけど、これも今のところ矛盾が出ていない。
やっていることは現代日本の高校生に出来ることばかりだ。
まあロンズデール姉妹みたいなのはいるけど。
そして信楽さん。
次元旅行者なんて今時ラノベにすら出てこないような厨二病だよ?
あれ?
「ちょっと聞きたいんだけど信楽さん。
信楽さんは自分の意志で並行世界を移動しているわけじゃないんだよね?」
「そうですぅ。
強制ですぅ。
しかも正確に言えば移動しているわけでもないですぅ」
「というと?」
「毎回5月13日に暫定的な信楽友梨香である肉体で目覚めるんですぅ。
精神だけ転移というかぁ、むしろ憑依していると考えた方がいいような気がしますぅ」
そうか。
旅行者じゃない。
むしろ漂流者と言った方がいいような。
「つまり信楽殿は並行世界の信楽友梨香に乗り移り続けていると?」
黒岩くんがズバッと言ってくれた。
続いて八里くんが発言する。
「乗り移り続けるということはつまり、何度もそれが起こっているわけですね?
それは定期的つまり一定期間後のことですか?」
それ、いい所に気がついた。
さすがは八里くん。
信楽さんは百回近く転移だか憑依だかしていると言った。
何か光ってベッドで目覚めたとかの場合もあるだろうけど、それ以外はいつ転移したんだろう。
まさか寿命で死ぬまでその世界に留まったわけじゃないだろうし。
信楽さんは平然と応えた。
「途中で死ぬ時以外は大体8ケ月くらい続きますぅ。
つまり今年の1月までですねぇ」
え?
じゃあ今の信楽さんって転移した後なの?
「ちょっと待て。
だったら今ここにいるお前は何だ?
抜け殻か?」
頭の回転が速い晶さんが突っ込んだ。
信楽さんの言葉を信じるなら、本当の信楽さんはもう転移しているはずなんだよね。
次の並行世界に。
如月高校の新入生になれるはずがないんだよ。
「別に抜け殻じゃないですぅ。
今までは転移していたせいで判らなかったんですがぁ、『私』が転移した後も信楽友梨香の人生は続きますぅ」
何と!
ちゃんと説明がついてしまった(泣)。
転移し続けると言ってもそれは信楽さんの精神だけなのか。
そして転移してしまっても肉体には元の精神はそのまま残っていると。
つまりこれって移動じゃなくて複写なわけね。
それぞれの並行世界にはそれまでの世界を経験してきた信楽さんが残るらしい。
「私が高校生になるのは今回が初めてですぅ。
若輩者ですがよろしくお願いしますぅ」
丁寧に頭を下げる信楽さん。
いや、アンタ通算で既に60年くらい生きてない?




