19.止められないらしい
「現代文化研究会」が始動した。
僕が一応会長なので集会に出るように言われて行ってみると、部室? は校舎4階の端にある空き部屋だった。
もとは物置とかだったらしい。
かなり広くて教室の半分くらいのがらんとした部屋だ。
壁際に机や椅子が積んである。
「結構いい物件だね」
「階段を昇るのが面倒だとか隣が使われている教室であるなどの理由で立地的には不人気のようでございます。
広すぎて掃除が面倒という事も」
黒岩くんが応じてくれた。
同好会室にいるのは7人。
会長である僕はもちろんだけど、残りのメンバーは高巣さんに黒岩くんの王国王女主従に加えて前世が女官だった神籬さんに、もう一人大人しそうな同級生がいる。
あとは員数外で鏡と琴根。
この二人は会員ではないそうだけど護衛ということで。
ちなみに僕以外の人は全員別の部活に所属していて兼部というか幽霊会員だそうだ。
僕以外は幽霊って(笑)。
いつものメンバーと言いたいところだけど、問題は拗らせ厨二病じゃなさそうな最後の一人だ。
「ダイチ殿に改めてご紹介します。
王国外務官のチベィ……宮砂です。
宮砂には以後、ダイチ殿の秘書官として活動して貰います」
「宮砂麻里です。
よろしくお願い致します」
ぺこりと頭を下げる宮砂さん。
中肉中背だけど細面の可愛い少女だ。
クラスで三番目くらいの美少女というポジションだろう。
問題はその少女が同級生で、しかもよく知っている人だということで。
「宮砂さんって前世は王国の外務官だったんだ」
「はい。
今までの衝動の理由がそれでした」
宮砂さんはボッチの僕と珍しくよく話してくれる間柄だった。
大人しそうな外見に似合わずコミュニケーションに熱心で、隣の席になった時は結構色々話したりして。
その時に将来の夢は外務省か国連の職員だと聞いていたけど、前世がそうだったと。
やっぱ僕の同級生たちは記憶や人格が蘇る前から前世の影響を受けていたんだろうな。
「それで秘書官って?」
「平たく言えば連絡係といったところでしょうか。
こちらからの伝言などは宮砂を通してお伝えします。
ダイチ殿も何かあれば宮砂に」
僕に秘書がついてしまった(泣)。
(凄いじゃないか矢代大地。
秘書なんかハマルト機業だったら役員にでもならなきゃつかないぞ)
無聊椰東湖は黙っててくれ。
「同級生なんだしそんなことしなくても」
「情報や連絡が錯綜する場合も考えられますので」
宮砂さんのスマホに僕のIDが登録された。
お友達になってしまった。
(逆だ。
矢代大地は閉め出されたんだよ。
多分間違いなく、他の連中はラインとやらで繋がっているはずだ。
指揮系統から外されて、この秘書の娘からしか情報が伝わらないようにしたと)
無聊椰東湖が心の中で囁く。
判っているさそんなことは。
高巣さんたち王国の人にとっては、僕は部外者だ。
信頼度が全然違うからね。
いいさ。
ボッチには慣れている。
そういう事は忘れてスマホをポケットにしまうと神籬さんが黒板に何やら書いている所だった。
前世は女官だったっけ。
つまり高巣さんの秘書か。
黒板に箇条書きになっているのは日本語だった。
僕に読ませようというわけ?
本当なら王国語を使った方がセキュリティ上も有利なはずだし。
神籬さんが書き終えて下がる。
黒岩くんが言った。
「ある程度の方針が決まりました。
これからの活動は大きくわけて2つでございます。
ひとつは我等王国臣民の適応です。
前世がどうあれ、今の我々は日本人高校生でございますので」
それはそうだろうね。
精神がほぼ完全に何とか王国民になってしまっているとしたら、日本で高校生やるのは大変だろう。
中世封建国家の貴族や庶民が突然現代民主主義の国に来たみたいなもんだから。
僕には想像も出来ないけど、例えばアニメでよく知っている世界に突然入り込んだみたいなものかもしれない。
知識はある。
高校生という立場もあるし、生活は出来る。
でも心はついていけない。
常識も違うし、普通はパニックになると思う。
異世界物のラノベやアニメでは無視されているけど、日本人が普通に外国に行ったってカルチャーショックが出るくらいなんだよ。
常識が根本的に違う場所に適応するのは大変だ。
「大丈夫なの?」
ちょっと心配になって聞いてみたら高巣さんが真面目に応えた。
「どうにか、という所でしょうか。
知識はありますから話を合わせるのは難しいことではないのですが」
高巣さんはため息をついた。
「問題は周囲の方々との精神的ギャップです。
疲れます」
「というと?」
「色々ありますが、一番は社会常識的かつ年齢的なものでございますな」
黒岩くんが引き取る。
「例えば私は如月高校天文部に在籍しておりますが、部員は当然ながら全員15歳から18歳の日本人高校生でございます。
それに対して私の前世での年齢は60つまり還暦を超えておりました」
うわあ。
それはきついぞ。
僕なんかまだ30代の無聊椰東湖とすら感覚が違いすぎるのに。
「大丈夫なの?」
思わず聞いてしまった。
「あまり話す方ではございませんでしたので、何とかやっております。
何、若い者が高齢者を装うのは困難ですが、その逆は難しくはございませんので」
年の功という奴か。
だが年寄りが若作りするのは見るに堪えないぞ。
いや黒岩くんの外見は高校生だから。
むしろプロレスラーなのは別にして。
「それに加えて意識が邪魔をします」
高巣さんが項垂れた。
「王国王女であったわたくしにとって、手芸は大好きな趣味ではありましたが、あくまで趣味でした。
その趣味が高じて手芸部に入部したことは後悔していませんが、こんなことをしている場合ではない、という焦りが沸いてくるのです」
「周囲の方々は当然ですが高校生としての部活動を行っているわけですので」
神籬さんが口を挟んできた。
「このギャップはなかなか厳しいものがあります。
私もサークル活動に身が入りません」
神籬さんは公務員を目指していたそうだけど、どんなサークルに入っているのか聞いてみたら意外にも歴史研究部ということだった。
「歴史といってもむしろ国家の変遷などですね。
国家体制における官僚について興味がありましたもので」
さすが前世が女官。
骨の髄から役人だったのか。
公務員というよりは役人、国家公務員上級職を目指していたのかもなあ。
でも前世の記憶が蘇った事でパーになったと。
王女付き女官が日本国政府に仕えるはずがない。
「だったらサークル止めたら?」
つい言ってしまった。
「そうはまいりません。
この時点で突然退部すると余計な興味や関心を引いてしまう恐れがございます」
黒岩、部活止めるってよ?




