174.女伯爵らしい
とりあえず返事をする。
「Yes. I'm fine. Thank you. And You?」
金髪美少女がぱあっと表情を輝かせた。
いや金髪なものでそう見えたりして。
金髪美少女が手を差し出してきたので握手する。
「Was good.
Can you speak English, are not you?」
「It's just a bit.」
簡単な会話くらいしか判らないけどね。
(驚いた。
矢代大地ってブリテン語を話せるのか……ああ、そういうことか)
無聊椰東湖が僕の記憶を見たらしくて頷いた。
母さんが帰国子女だからね。
中学までアメリカで育ったと言っていたんで、僕も中学に入ってから特訓して貰ったんだよ。
何のことはない、家庭内では英語で話すというだけだけど。
中学3年間をそれで通したら日常会話は何とかなった。
ちなみに高校に入る時に止めた。
そもそも母さんは英語が判ると言ってもただ生活に必要な英語が話せるだけで、受験英語はさっぱりだから高校レベルではあまり役に立たなかったし。
でもそのおかげで日常会話のヒヤリングはほぼ完璧だったりして。
英語の語彙が少ないからスピーキングは小学生並だけど(泣)。
「これはこれは。
ダイチ殿は英会話に堪能でございましたか」
黒岩くんがあっけにとられたような口調で言った。
うん。
僕の英語の成績を知っているからね。
正直言って得意科目じゃない。
日本語を流暢に操れるからといって現代国語の成績がそれに伴っているわけじゃないのと一緒だ。
金髪美少女が嬉しそうに何か話しかけてきたけど、今度はさっぱり判らなかった。
王国語?
黒岩くんが美少女に何か似たような発音で言って、美少女が頷く。
「Excuse me.
I can't speak Japanese.
But I'll do my best and remember!」
「Thank you.
Because I can't do kingdoms.」
僕に王国語を覚えるのは無理だし、そもそも習得してもあんまり役に立たないだろう。
この金髪美少女さんに日本語を覚えて貰った方が早い。
ていうか単に僕が面倒くさいだけだけど。
だって王国語を覚えたりしたら晶さん辺りが帝国語も習得しろとか言ってくるに違いない。
そんなもん、誰がどこで使うというのだ。
労力の割に使い勝手が悪すぎる。
黒岩くんが改めて僕を金髪美少女さんに紹介してくれて、会議室に案内される。
自己紹介もしていたけど、この外国人美少女さんはシャーロット・マナク嬢といってイギリス王国マナク領領主の娘さんだということだった。
今でもそんなのあるんだなあ。
英国貴族としてのマナク家の爵位は伯爵。
スコットランド系で、昔の英国皇太子妃だったダイアナ妃と同系統の血統だという。
つまり土着の英国貴族か。
今のイギリス国王というか女王の家系はドイツ系だったっけ。
まあいいや。
僕は黒岩くんに通訳して貰いながらシャーロット嬢と色々話した。
いや、ちょっと複雑な話になると僕の英会話力では理解不能になるんだよ。
だからシャル嬢と黒岩くんは王国語で話し、僕と黒岩くんが日本語で話すという。
そんな複雑な通訳、やってられないよね。
だけどシャル嬢は何故か僕を気に入ったみたいで、じりじりと近寄って来たかと思うといつの間にか隣の椅子に座ってぴったり僕にくっつかれた。
それどころか腕を抱え込まれたりして。
シャーロットは言いにくいだろうからシャルと呼べと命令された(泣)。
アニメじゃないのに。
「ダイチ殿。
シャーロット様をよろしくお願い申し上げます」
いや黒岩くん、それはないって!
どさくさ紛れに厄介事を僕に押しつけて忘れようとしている黒岩くんに向かって叫んだけど駄目だった。
「相談役は会社の事業計画でお忙しいかと。
通訳として宮砂をつけますので」
神籬さんに首根っこを捕まれてつれてこられた宮砂さんの瞳は虚ろだった。
生贄か。
僕よりはマシだと思うけどなあ。
シャル嬢が僕の腕を両手で抱え込んだまま宮砂さんと話す。
宮砂さんが嫌々応えると、不意にシャル嬢の表情が変わった。
強い口調で言い立てるシャル嬢。
宮砂さんはおどおどと応える。
イジメ?
「いえ。
あのですね。
シャーロット様と私とでは身分が違いますので」
聞いてみたら王国での立場の話だった。
シャーロット嬢は前世の王国では現役の貴族家当主だったそうだ。
地球で言えば女伯爵か。
晶さんなんかもそうだけど、みんなの前世の世界って男性上位とかそういうのはなかったみたいだね。
能力主義だったのか。
だから女性でも当たり前に貴族家の当主に立ったり将軍がやれたりする。
だけど王族や貴族は数が少なくて、特に停戦協定の場にいた本物の貴顕は王国で言えば高巣さんとこのシャル嬢くらいなものだったとか。
つまりシャル様って王国側のナンバー2かよ!
「Are you sub-prime of kingdom in the negotiation?」
「Yes.
I had authority of ceasefire negotiation.」
ええと、停戦交渉権限を持っていたということか。
次席だったわけね。
大物だ。
それは黒岩くんたちもビビるわ。
でも黒岩くんも貴族なんじゃなかったっけ?
「相談役」なんだし。
僕も「指導役」とやらにされてみんなより身分というか立場が高かったと思うけど。
「黒岩やダイチ殿は正規の貴族ではなくて、言わば野戦任官の将校みたいなものですね。
直接陛下に謁見する権利はありますが、一代限りの爵位です」
「でも宮砂さんや比和さんも昇格したって言っていたけど?」
「私や比和のは爵位といっても最低位で、貴族とは言えません。
まあ平民よりは上なのですが」
使用人頭みたいなものですよ、と宮砂さん。
なるほどね。
ラノベによく出てくるけど、貴族にも色々あるからな。
イギリスの貴族階級では世襲貴族つまり自分の爵位を誰かに譲ることが出来る身分が「本物の」貴族ということになるんだっけ。
爵位でいうと伯爵とか侯爵とか。
この身分には基本的に領地がついていて、だからシャル嬢の実家? であるマナク伯爵家はマナク領の領主だ。
他にも世襲貴族には子爵とか男爵とか色々あるんだけど、僕や黒岩くんが押しつけられたのは多分イギリスで言う「准男爵」という身分だ。
世襲は出来るけど貴族とは言えない。
身分的には貴族と平民の中間で名前にsirをつけて呼ばれるという。
で、比和さんや宮砂さんはもっと下の騎士爵だ。
世襲は出来ないし貴族でもない。
名前にsirをつけて呼ばれるだけの、まあ上級平民といったところかな。
シャル嬢が日本語が分からないなりに会話の内容を大体理解したらしくて言った。
「I have no status of Japan.
But I have UK and kingdom aristocracy.」
そうなのか。
イギリスも王国だからややこしいな。
つまりシャル嬢は日本でこそ身分はないけど英国でも王国でも本物の貴族であると。
まあ、イギリス貴族とは言っても貴族家の者というだけで、本人が爵位を持っているわけじゃないだろうけどね。
でも王国ではホンマモンの貴族家当主だったわけで、それは黒岩くんも頭を下げざるを得ないか。
「I'm counting on you, daichi.」
面倒くさっ!




