167.終業式らしい
ホワイトデーからしばらくして終業式があった。
実はその前に入学試験もあったんだけど、僕たちは臨時休校になったからよく知らない。
あんまり興味もないしね。
如月高校の場合、なぜか終業式と卒業式が同じ日に行われる。
具体的に言うと午前中に卒業式をやって3年生を送り出し、午後から終業式になるわけだ。
こうすれば卒業する先輩たちを在校生全員で送ることが出来るし、先輩たちは卒業式が終わったらさっさと帰れる。
在校生は先輩たちとの別れを午前中で切り上げて、昼飯を食べてから悠々と終業式兼通知表受領式に望むことが出来るわけで。
「合理的ではありますが、些か慌ただしいですな」
黒岩くんが端的に言った。
確かに。
如月高校では先生も在校生も高校を仮の宿と捉えている節があって、とにかく物事を出来るだけ簡略化・合理化しようとするんだよ。
例えば卒業式。
卒業生の大半は出席しない。
卒業証書についてはその場で受け取らない人は後で郵送して貰える。
ほぼ全員が進学するため、いつ卒業式をやっても出ない人が多いのだ。
早くやりすぎると大学入試期間に被ってしまうし、遅いと大学入学の準備のために忙しくてそれどころじゃなくなる。
でも学校側としては、卒業式を開く以上はやっぱり出来るだけ多くの卒業生に参加して貰いたい。
更に言えば在校生たちに見送らせたい。
ところが在校生たちも2月や3月になると学校をサボる人が多いわけだ。
何せ仮の宿だから。
学校側もそれを許している以上、先輩たちを送るためだけに出てこいとは言えない。
ということで卒業式と終業式を合体させたと。
「終業式はさすがに出てくるからね」
「そうですな。
通知表を受け取るためだけにでも出てこざるを得ません」
まあ、本当に外せない用があるんだったら欠席は出来るんだけど、出席日数が足りてるからとかいう理由では許可が降りないからね。
事故や病気とかならともかく。
その日、如月高校の校舎は久しぶりに生徒で溢れた。
というほどてもないんだけど、少なくとも前日までの閑散とした風景とは別の場所のようだった。
まずは卒業式。
当然リハーサルとかはやってないから簡単なものだ。
体育館に全校生徒が集まって体育座りで並び、校長と卒業生代表と在校生代表が話すだけ。
ちなみに卒業生代表は前生徒会長つまり面部野先輩で、在校生代表が現生徒会長つまり僕だった。
何という合理主義。
いや、普通だったら成績トップの人とかそういうのを持ってくるところなんだけど、学校側も面倒くさいのかそんなの選ばないんだよね。
ていうか成績トップって卒業式に出てこない確率が高い。
そういうのは東大か医学部のどっちか狙いだから学校行事なんかに無関心だ。
その点、生徒会長ならヒモ付きだから(泣)。
推薦入学がかかっている以上、学校側も要求しやすいからね。
校長も心得たもので、3分ほど喋ってすぐに演台を降りた。
モブ、じゃなくて面部野先輩はそつなく適当に美麗賛辞を並べてやはり3分で打ち切る。
僕?
先輩たちに感謝を込めてエールを贈って終わらせたよ。
いや感謝はしているから。
主に面部野先輩にだけど。
僕が演台を降りるのと入れ違いに校長が再び登場する。
「これより卒業証書の授与を行う。
卒業生代表、面部野英輔くん」
呼ばれた面部野先輩が畏まって校長の前に立ち、何やかんや言われて証書を受け取って退席する。
「卒業おめでとう!」
校長の合図で在校生が一斉に拍手した。
え、それだけって?
そうだよ。
如月高校は合理主義の権化だ。
だから卒業式で動くのは校長と前会長と現会長の3人だけ。
物凄くシンプルだけど要点は押さえてあるからいいのだ。
だって卒業生をいちいち演台前に読んで証書を手渡す必要ってないよね?
そんなのは後で教室で配ればいいし。
大体、出席してない卒業生が大半なんだから来た人にだけそんな儀式をやってどうするの。
来賓の挨拶もなし。
如月高校は地区では一応名門校だから市長とか教育委員会の人とかが来たがるらしいけど、学校の方式としてお断りしているとか。
だって卒業生と関係ないからね。
父兄の参加も禁止。
まあ、校内に入れないだけで校門の外で待つのは自由らしい。
これはさすがに批判が多いと聞いているが、昨今は物騒だからセキュリティ上お断りしますと言って押し通しているそうだ。
僕も現生徒会長として生徒会顧問の岩淵先生に呼ばれて説明を受けたんだけど、父兄を校内に入れたら整理や警備だけで何十人も用意する必要があるらしい。
それでも人数が多すぎて完璧にはチェック出来ないし、不審者が入り込みかねないとということで、その対策には大勢の警備が必要になる。
それだけの人数がいないわけでもないんだけど管理がやってられないほど大変だそうだ。
「生徒会に丸投げしてもいいんだが」
「お断りします」
「だな。
歴代生徒会も同じだった」
というわけで、体育館や校内の要所要所に先生を配置するだけの省力化卒業式が如月高校の伝統らしい。
解散を告げられてゾロゾロと出て行く卒業生の人たちは、校庭で在校生たちに囲まれる。
まあ、大体はサークルやクラブの先輩後輩みたいだけど。
校門前なんかでご両親と記念撮影している人たちを眺めていると肩を叩かれた。
「先輩!」
「ご苦労さん」
卒業生代表、前生徒会長の面部野さんだ。
ひょうきん系なのは相変わらずだけど、これは擬態だろうな。
ついてこいと言われたので一緒に校門を出ると中年のご夫婦がいて挨拶してくれた。
「君が矢代くんか」
「うちの英輔があんまり褒めるもので、一度会ってみたかったのよ」
先輩、人のことを家でどう話しているんでしょうか。
ていうか面部野先輩って英輔という名前なのか。
初めて知った(笑)。
「矢代大地です。
先輩にはお世話になりました」
とりあえず黒岩くん仕込みの礼儀を活用して頭を下げる。
「よろしく」
面部野夫妻と握手すると、ご夫妻は感心したように言った。
「なるほど。
さすがは高校生社長だ」
「ご活躍はテレビで見たわ」
「いえ。
まだまだです」
顔が強ばってしまった。
テレビって何?
聞けないけど。
「それじゃあ」
「先輩もお元気で」
面部野ご一家が去って行くのを脱力して見送っていると高巣さんたちが寄ってきた。
「矢代くん。
岩淵先生が相談したいことがあるって」
人前だからダイチ殿とか言わないのね。
それはそうだよ。
同じく2年1組のみんなも人前では高校生らしい言動をすることになっている。
鏡と琴根が高巣さんの後ろに立っているのは変わらないけど(泣)。
さてと。
僕は現代文化研究会を立ち上げるまでは帰宅部だったから、サークルの先輩や同輩・後輩といった人はいない。
だから個人的に卒業を見送る相手も存在しないというか面部野さんだけだ。
考えてみたらあの人って僕にとっての唯一の先輩だったのかも。
アニメやラノベの主人公って先輩後輩が居まくりか皆無のどっちかだもんね。
いや僕は主人公じゃないけど。
高巣さん達と一緒に生徒会室に行くと、既にドアは開いていた。
岩淵先生がぐったりと席に座り込んでいる。
「どうしたんですか?」
「おお来たか。
矢代。
実はな」
面倒事は勘弁してよ(泣)。




