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闇姫魔鬼  作者: 獅兜舞桂
8/13

* 3-(4) *


 小篠・秋山・藤崎が秋山の家へ戻った時、日高は電話を切るところだった。

 電話の前に立ち尽くす日高は、相変わらずの暗い表情。小篠たちのほうをチラリとも見ずに、

「今、母から電話があって……。向こうでたまたま日本の新聞を読んで、連続殺人の被害者の痣についての記述から闇変化の出現を知って両親とも帰国したらしいんだけど、家に着いてみたら真姫が家に闇変化を集結させてて、力ずくで両親を追い出したって……。両親が家に着いた時には真姫と闇変化以外誰もいなくて、怪我をしたのは父だけみたいなんだけど……」

震える声で言う。

 病院で、日高の母から、日高の父が怪我をしたことは聞いていたが、まさかの事情に驚く小篠。秋山と藤崎に目をやると、やはり2人も驚いた表情をしていた。

 日高、

「もっと、早く連絡がとれてたら……」

深い溜息。

 その時、玄関でドアの開く音がし、

「鍵もかけないで、無用心ですね」

声と共に、真姫が、可愛らしいラッピングが施された小さな包みを手に入って来た。

(……! )

 頭のてっぺんから爪先までを緊張が走り抜け固まった小篠と、同じく緊張の面持ちの日高・秋山・藤崎の視線を浴びながら、真姫、

「先ほどは、すっかり取り乱してしまい、失礼致しました」

日高の前へと進む。

「真姫……」

 呟いた日高に、真姫は感情の読み取れない大人びた笑みを浮かべ、

「真姫? マキ……。そうですね、悪魔の『魔』に『鬼』とでも書いて、そう読んでみますか? 」

フフッ、と微かに声をたてて笑ってから、

闇姫魔鬼やみひめまき……。悪くないですね」

手にしていた包みを、両手で差し出した。

「私が闇姫として真に目覚めた記念の粗品です」

 途惑った様子で、受け取らずにいる日高。

 真姫、

「どうぞ、お納め下さい」

日高の胸元に押し付けるようにして渡して、

「では、失礼致します」

スッと静かに体の向きを変え、去り際、思い出したように、

「ああ、そうそう」

肩越しに振り返る。

「記念イベントは、まだ準備段階ですが、お兄さんのご期待に副えるよう努めますので、お楽しみに」

 不敵な笑みを残して視線を戻し悠然と秋山宅を出て行く真姫。

 その後ろ姿を見送ってから、日高は、恐る恐る、といった感じで、真姫から手渡された得体の知れない包みを開ける。

 見守る小篠・秋山・藤崎。

 日高の震える手によって開けられた包みの上から、ビニール袋に入った赤黒く濡れた塊が床に転がり落ちた。

 日高は それを拾い上げて、注意深く中を確認。同時に、もともと良くはない顔色を更に青ざめさせて目を伏せ、手早く包装紙に包み直す。

 藤崎、

「え? 何? 何が入ってたの? 」

 小篠も、日高の答えを待つ。

「…ん…大丈夫、だよ……」

 言葉を濁す日高。フラッとソファへと移動し、ドサッと腰を下ろして大きく息を吐く。間違いなく、大丈夫などではない。

(日高クン……)

 小篠は秋山と藤崎を順に見、目を合わせ、互いに目や顔の動きで合図しあって、揃ってソファへ移動。空いたところへ、それぞれ座った。

 日高は深刻な様子で押し黙っている。

 同じく黙って、3人の間で頻繁に目を合わせては、ただ、日高の言葉か動きを待つだけの小篠・秋山・藤崎。

 ややして、日高、

「…イベントって、一体、何をするつもりなんだろう……」

独り言のように呟いて、顔を両手で覆って俯き、再び黙り込んだ。

 ひたすら待つ、小篠・秋山・藤崎。


 どのくらい時間が経っただろう。重い沈黙の中、日高は思い切った感じで顔を上げ、

「追いつめたのは僕です。真姫と刺し違えてでも、先生の奥さんとお子さんと藤崎サンのお父さんと小篠サンの弟クンは、僕が責任を持って元の姿に戻して帰しますから、解散させて下さい」

悲壮なまでの決意が感じられる表情。

(解散っ? )

小篠は驚く。あれだけ熱心な説得で仲間に引き入れられたのだから、当然だ。

 藤崎、落ち着いた調子で、

「どうして? 」

 日高が言うには、念のため光水晶のカケラを渡しはしたが、これまでの状況ならば、小篠たち3人の命は自分が守れる自信があった。だが、両親を力ずくで追い出せるほどの力を真姫が持ってしまった今、3人の命の保障が出来ないから、ということらしい。

「僕と一緒にいなくても、当然、闇変化は襲って来るけれど、これから先は、僕といると余計に危険だと思う。身を守るために、カケラはそのまま持って……」

「何、水臭いこと言ってるのよ」

 藤崎が、少し怒ったような強い口調で、日高の言葉を遮った。そうして日高を黙らせてから、日高の目の奥を覗くようにして、優しく、

「もともと日高クンと知り合いだったシノちゃんとオジサンはともかく、あたしは、お父さんが闇変化した昨日の夕方、本当なら死んでいたはず。あたしの、この命は、日高クンがくれたのよ」

 小篠も、真っ直ぐに日高を見つめ、藤崎に続く。

「日高クンは、闇変化する元になった感情を与えた人に特に非があったわけじゃないって、言ったよね? でも、他の人たちは分からないけど、私は違うよ。やっぱり、私のせい。私が、ヨウくんに冷たい言い方をしたから」

迷いが完全に消えたわけではない。今だって、葉を自分の手で傷つけられる自信など無い。しかし、

「私も、何かしたい」

自分のせいだと思う以上、何もしないでいることなど、もっと出来ない相談だった。

「この手で、ヨウくんを助けたい。お願い、日高クン」

 秋山も、

「自分のカミさんや子供も助けられないなんて、男として情けないだろ? 」

軽い口調ながら、その眼差しは真剣。 

「でも……」

 日高は返答に躊躇う様子を見せた。が、自分に向けられた3人の視線から、その決心の固さを知ってか、

「よろしく、お願いします」

深々と頭を下げた。

 藤崎が、軽く息を吐いて立ち上がる。

「ねえ、とりあえず、お昼にしない? 」

言って、部屋の入口に置いたままだったコンビニの袋を3つ全て持って来、袋の中身をテーブルの上、それぞれの前に置き、日高に、

「日高クンの分は、シノちゃんが選んでくれたのよ。シノちゃん、コンビニのお弁当にスゴく詳しいの。きっと、おいしいわよ」

 日高、

「そうなんだ、ありがとう」

小篠に向けて、ニッコリと、取ってつけたような笑顔。

 そこへ、秋山が口を挟む。

「金を出したのはオレだがな」

 それに対し、藤崎、間髪入れずに、

「いいじゃないのよ、細かいことは! 」

反論。そして、すぐさま目を逸らし、

「さ、食べよ食べよ」

さっさと食べ始める。

「ところで……」

秋山は割り箸を口を使って割り、

「イベントは準備段階って言ってたよな? だったら、今のうちだろ? 」

言ってから、豪快に弁当をかっ込み、

「そうですね」

と答えた日高や弁当の外装のビニールを剥がすのに少し手間取っていた小篠が箸をつけ始めた頃には食べ終わって、爪楊枝で手早く歯を掃除し席を立つと、キッチンへ行き、2リットルのウーロン茶のペットボトルとグラスを1つ手にして戻ってきた。

 入れ代わりに、大きな溜息を吐きつつ藤崎が立ち上がり、同じくキッチンへ行って、グラスを3つ持ってくると、自分の前と小篠の前、日高の前に1つずつ置いて、それぞれにウーロン茶を注ぎながら、

「あたし、今、何となく、オジサンの奥さんが闇変化した理由が見えた気がするわ」

 言い争いになるのかと、小篠は息を凝らして成り行きを見守る。

 しかし、秋山は全く気に留める様子も無く、日高相手に、

「状況は変わっちまったけど、一応、作戦とかあったんだろ? 」

さっきの話の続きを始めたため、結果的に、それは、藤崎の大きな独り言に終わった。

「はい」

 日高の当初の作戦は、ごく狭い範囲、真姫の部屋である10畳の闇の領域で、寝込みなどに奇襲をかけるというもの。それならば、万が一危なくなっても、部屋の外に一歩出れば、父の支配する光の領域だから安全だと考えたと……。

 言ってから、日高は、

「父の結界を破って出て来れた時点で、既に予想外でした。きっと、それだけ僕へ想いが強かったんですね……」

自嘲的に付け加え、俯いた。

 空気が重くなる。

 秋山が、

「日高……」

遠慮がちに声をかけた。

 日高、

「……すみません」

気分を切り替えるためか、大きくひとつ、息を吐きながら、首を強く横に振ってから顔を上げて、

「今、僕の自宅がどういう状況にあるのか、ここにいて知る術はありません。母から、集結した闇変化は約20体と聞きましたが、それは両親が追い出された時点の話で、今は、もっと増えてるかも知れないし、そのままかも知れない。単純に、これまでに発見された遺体の数18と生き残った先生・藤崎サン・小篠サンの件を合わせて、存在する闇変化の数は、母が見た約20体で全部と考えてしまいそうですけど、1人の犠牲者に対して複数の闇変化が存在する可能性もあります。まだ発見されていない遺体や遺体自体が残っていないケースもあるでしょうし、真姫に力を与えられた状態で未変化の闇変化予備軍も、多分います。状況は、集結している闇変化の数すら分からないんです」

 秋山が考え深げに目を光らせ、

「調べに行く必要があるな」

言ったのを、日高、

「いいえ、ダメです」

きっぱりと否定した。

「危険が大きすぎます」

 それを聞いて、藤崎、

「じゃあ、どうするの? 状況が分からなければ、動きようがないじゃない? この先、危険を避けては何もできないわよね? 」

 その質問に答えて、日高、

「危険を避けるつもりは無いよ。ただ、同じ危険なら、調べに行くんじゃなくて、下調べ無しでも、直接、真姫を倒しに向かったほうがいいと思ったんだ。危険を避けるつもりは無いって言ったけど、やっぱり、無駄な危険は避けたいからね」

力強い口調。

 秋山、

「何か、新しい具体的な策があるんだな? 」

「具体的と言えるほどのものかは分かりませんが、先ず、皆にカケラを使って攻撃できるようになってもらいます。前にも言ったように、闇変化は基本的には変化する元となった感情を与えた相手しか襲いませんが、それは僕たちの出方次第……僕たちが真姫を殺そうと乗り込んで行ったら、当然、襲い掛かって来ると思うんです。真姫は、闇の者とは言え人間ですから、倒すのに光の力は必要ありませんが、闇変化には、光の力の攻撃以外、無効なんです」

 日高の説明に小篠、そう言えば、と口を開く。

「さっき、藤崎サン、攻撃したよね? 」 

「本当っ? 」

 日高に聞き返され、小篠は、藤崎が父の腕を切り落とした時のことを話した。

 話してしまってから、小篠、藤崎を気にしてチラッと目をやる。あれから、まだ3時間経つか経たないかで、藤崎自身、忘れているはずはないのだが、他の人間の口から発せられた音声として耳に流れ込んでくることは、余計に藤崎の傷口をえぐることになると思ったのだ。

 藤崎は、その目に僅かに影を落としている。

 察したらしく、日高、

「藤崎サンのお父さん、腕を拾って行ったんだよね? だったら大丈夫。藤崎サンの死角に入った時点で元通りになってるはずだから」

 気を遣われることを嫌ったのか、藤崎は、大急ぎ、といった様子で明るい声と笑顔を作った。

「よかった。それだけが気がかりだったのよ」

 秋山がチャチャを入れる。

「藤崎は笑ってたほうがいいぞ。暗い顔は美人にしか似合わんからな」

「ちょっと! どういう意味よっ! 」

 藤崎、すっかり元の調子。

 小篠はホッとしつつ、藤崎を傷つけてしまったと落ち込んだ。

 と、藤崎が、小篠を気遣うように顔を覗いた。そして、目が合ったところで、ニコッ。

 つられて笑う小篠。

 それを見届け確認するように笑顔のまま軽く頷いて見せてから、藤崎、日高を見、

「それで、あたしたちがカケラを使って攻撃できるようになってから、次は? 」

話を戻す。

 返して日高、

「その後は、僕の自宅へ真姫を倒しに」

「随分と立派な作戦だな」

秋山が皮肉げに言う。

「すみません……。でも情報不足で、それしか……」

 しょぼくれる日高。

 秋山は、ちょっと笑って、そんな日高の肩に、ポンッと手を置いた。

「冗談だ。そうだな、それしか無いよな」


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