* 3-(3) *
小篠がいつも夕食を買う、秋山宅とは筋向かいのコンビニで、昼食を選ぶ小篠・秋山・藤崎。
「藤崎サン、それ、やめたほうがいいよ」
小篠は、小篠の中での美味しくないコンビニ惣菜ワースト1・2である酢豚と大根サラダを手にした藤崎に、大きなお世話かと思いつつも声を掛ける。
「酢豚は、しょっぱいばっかで美味しくないし、大根サラダも、お刺身の下に敷いてあるツマみたいで、シャキシャキ感が全然無いから、あんまりお薦め出来ない」
藤崎は、へえ、そうなの? と言いながら、酢豚と大根サラダを棚に戻し、
「じゃあ、シノちゃんのお薦めは? 」
少し考えてから、小篠、
「その2つ以外なら好きずきだと思うけど、私はハンバーグ弁当が一番おいしいと思う。ハンバーグの外側は香ばしく焼けてるのに、中はふっくらしてて肉汁もたっぷり詰まってて。つけ合わせのニンジンも、お惣菜の大きく切った根菜類特有の硬さがなくて……」
「小篠は詳しいな」
突然、斜め後ろから、秋山の感心しきったような声。
不意に褒められ小篠は照れながら、夕食はいつも、ここのお弁当なので、と説明した。
秋山、
「じゃあ、日高の分を選ぶのは、小篠に任せよう」
冗談めかして偉ぶった調子で言って、小篠の肩を、ポンッ。
小篠は、秋山の視線を感じ、胸の奥の奥でモジモジと揺れる花を抱えながら、日高の昼食を選んだ。
小篠と藤崎が各々自分の昼食、秋山が自分と日高の昼食を持って、それぞれレジを済ませ、3人揃って店を出たところで、藤崎、
「ねえ」
足を止め、
「ちょっと、うちに寄ってっていい? 」
つられて立ち止まった小篠と秋山に、コンビニの2階部分を親指で指して見せる。
「ここの2階だから。昨日、突然だったでしょ? 着替えとか持って行きたいんだけど」
小篠と秋山の了解を受けた藤崎を先頭にコンビニの裏手に回ると、鉄製の簡単な階段があり、それを上った先には細い廊下、壁には均等に3つのドアがついていた。ドアの1つ1つにネームプレート。アパートになっているらしい。
小篠、
(へえ……。全然気づかなかった……)
登校時には必ず、そして今朝もコンビニ脇の道路を通ってきたはずなのに、などと思いながら、秋山と共に藤崎の後について階段を上り、廊下を歩く。
藤崎は階段から見て一番奥のドアまで進み、鍵を開けてドアを開いた。
「どうぞ、上がって待ってて」
そうして小篠と秋山が通されたのは、いかにも若い男の部屋。
藤崎は最後に入り、ドアを閉め、持って行く荷物を用意すべく、小篠と秋山の前を通過して部屋の奥へ進みつつ、
「彼氏、3日前に女作って出てっちゃったから、大丈夫よ」
「同棲してたのかっ? 」
秋山、酷く驚いた様子。
それに対し、藤崎、秋山を振り返り、ちょっと構えて、
「何よ、悪い? 」
「いや、別に悪かないが、物好きな男もいるもんだと思ってな……」
そんな2人のやりとりを、小篠は、
(同棲かあ……)
藤崎サンは私より2つ年上なだけなのに大人みたいだな、などと、ほんの少し憧れの念を抱き、ぼんやりと聞いていた。
その時、ドアから、カチャンと鍵の閉まる音。
ビクッとしてドアに目をやる小篠。
ノブが回され、ドア全体が揺れた。
痛いくらいに脈打つ心臓付近を両手で押さえ、小篠は秋山と藤崎を見る。
2人も動きを止め、緊張を含んで、ドアを注視していた。
再び、確かめるようにガチャガチャとノブが回される。
その音に、また、ビクビクッとし、ドアに視線を戻す小篠。
やがて、カチャン。鍵が開いた。
ごく普通に開かれたドアから現れたのは、今時っぽい20歳くらいの青年。闇変化ではなかった。
小篠は安心しかけたが、青年が小篠たちのほうを見た途端に見る間に表情を変え、この世のものとは思えないと言っても大袈裟ではないくらい恐ろしげな形相になったことに臆して、小さくなる。
しかし、青年の視線は、そんな小篠など通り越し、真っ直ぐに、藤崎だけを捉えていた。
「…拓実……」
藤崎が呟く。
(藤崎サンの、彼氏……? )
竦んだ状態で成り行きを見守る小篠の目の前を横切り、藤崎の彼氏らしい拓実青年は、ズカズカと藤崎に歩み寄るなり、手を振りかざした。
秋山が、小篠の視界の隅から拓実に向かって移動し、小篠の視界中央に割り込んで、振りかざされた拓実の手に飛びつこうとする。
だが、一瞬早く、
「殴るの? どうして? あんたに、そんな資格あるの? 」
藤崎が、冷たい口調で拓実を凍りつかせた。
「あたし、荷物を取りに来ただけだから」
クルリと背中を向けながら言い、藤崎は、押入れから大きなカバンを引っぱり出して、手当たり次第としか思えない速さで、洋服やら小物類やらを詰め込み、ジッパーを閉め、
「お待たせ。出来たわよ。行こう、シノちゃん、オジサン」
荷物を手に振り返りざま、小篠と秋山に言って、拓実とは目も合わさず、
「さよなら」
その横を通り過ぎる。
瞬間、
「待てよ」
拓実の手が追い縋り、藤崎の二の腕を掴んだ。
「心配したんだ」
「放してよ」
振り払おうとする藤崎。
拓実は、掴んだ藤崎の腕を、更に強く握る。
「オレ、浮気したこと反省して、昨日の夜、帰って来たら、お前がいなくて、夜中になっても帰って来なくてそれからずっと、捜してたんだ」
「拓実……」
藤崎が抵抗するのをやめた、そこへ、
(地震……? )
小篠は、足下に微かな揺れを感じた。
直後、
(! ! ! )
いきなり天井が崩れる。
「危ない! 」
秋山の声と共に、小篠の体がフワッと浮いた。
(っ? )
間近に秋山の顔が現れる。
(…先生……)
秋山に死角から抱き上げられたのだ。小篠の胸の奥の奥の花が硬直する。
顔が熱い。何故か赤面している自分に、小篠は気づいた。
小篠を抱え、秋山は、1メートルほど離れた所にあったテーブルの下に、自分も一緒に滑り込んで、身を伏せる。
大きな震動を伴った崩落は、すぐに治まった。
モウモウと立ちこめる埃に、咳き込む小篠。
「大丈夫かっ? 」
目の前にあるはずの秋山の顔もハッキリ見えないほど、視界が悪い。
そんな中、
「拓実! 拓実っ! 」
藤崎の悲鳴のような声。
小篠は目を凝らす。少しずつ落ち着き始めた視界。跪く藤崎。その傍らに、
(っ! )
頭から血を流してグッタリと倒れている拓実が見えた。
驚き慌てて駆け寄る小篠と秋山。
拓実の体を揺さぶる藤崎を、
「動かさないほうがいい」
秋山が制した。
「救急車を呼ぼう」
秋山の言葉を受け、小篠は、電話を探して視線を移動する。その途中、崩れた天井から覗く黒い影を見つけた。闇変化だ。
闇変化はズズッと壁を伝って床に下り立つ。見たことがある。あれは、藤崎の父の闇変化だ。
小篠以外、誰も気づいている様子が無い。
「やっ、闇変、化っ! 」
小篠は声を上げるが、下りてからの藤崎の父の動きは素早く、小篠の声に拓実を見ていた秋山と藤崎が顔を上げた時には、もう、藤崎の背後に回っていた。
藤崎の父は、藤崎に声を出す間も与えず、藤崎の首と腰に腕を回して自分の体に密着させ、絞めつけた。そして、そのままの状態で後ろへ跳び、小篠・秋山と距離をとる。
もがく藤崎。必死に父の腕を外そうとする。
(藤崎サン……! )
小篠は、どうすることも出来ず、うろたえ、秋山を見た。
秋山も、歯噛みし、ただ、藤崎と父を見据え、時間だけが過ぎていく。
(…どうしよう……! )
ただただおろおろと、藤崎と父を見守る小篠。時間の経過と共に、初め真っ赤だった藤崎の顔が青ざめていき、手足の動きも鈍くなっていった。
(どう、しよう……! )
と、小篠の隣で、大きく息を吸う音。見れば、秋山が藤崎と父を見据えたまま覚悟を決めるように深呼吸。拳を握って藤崎の父を目掛け、突進する。
(先生! )
が、父に触れることなく、その寸前で見えない何かに弾かれるようにして後方へ飛び、壁に叩きつけられて床に崩れた。
(先生っ! )
小篠は、本当にひたすら見守ることしか出来ない。恐怖で足が竦み、動けないのだ。
やがて、藤崎の苦しげな表情は虚ろなものへと変わった。
(……藤崎サンっ! 藤崎サンが、死んじゃうっ……! )
小篠は恐怖を振り払うべく、頭を強く横に振り、バシバシと自分の太腿を叩いて活を入れる。動かなかった足が、動いた。腰を屈め、自分の足下に転がっていた拳大の崩れた天井の破片を拾い、藤崎の父に投げつけようと、その顔を見据える。が、そこまで。藤崎の父の顔に、まだ闇変化になる前の葉の最後に見せてくれた笑顔が、重なって見えた。
(…出来ない……)
小篠は、投げつけるべく拾った破片を落としてしまう。
刹那、既に力無く父の腕に掛けられているだけの藤崎の手から、一筋の光が伸び、後ろに向かって弧を描くように動いて、首を絞めていたほうの父の腕を切り落とした。
(! )
目を見張る小篠。
藤崎の父は、藤崎の腰に回していたほうの腕を放し、落とされた腕を拾って、ズルズルと音を立て後ろ向きに移動。後ろ向きのまま壁を登り、崩れた天井から外へと出て行った。
小篠、
「藤崎サン! 大丈夫っ? 」
解放されて膝から落ち咳き込む藤崎に、駆け寄る。
「光水晶のカケラの力か……? 」
呟く秋山の声に、小篠が秋山を振り返ると、秋山は、痛みに顔を歪めながら身を起こすところだった。
藤崎は、
「…今の、何……? 」
俯き、震えている。
「体が、急に熱くなって、手から光が出て……。あたしが、お父さんの腕を切り落とした……? 」
パタパタと、涙が落ちる。
「…どうしよう。酷いこと、した……」
声になりきらない声。
「お父さんの腕、あたしが……」
父を傷つけたことで動揺する藤崎を前に、小篠は、大丈夫? と言ったきり言葉が続かない。
秋山も無言。
キツく噛みしめた藤崎の唇から顎へと、血が伝った。
「拓実だって、あたしを庇ったせいで……」
藤崎は、新たな材料を持ち出して自分を責め続けようとする。
それを、
「オレなら、大丈夫」
拓実の掠れた声が遮った。
「拓実っ? 」
藤崎、弾かれたように顔を上げ、床に膝をついたまま、手と膝で這って、床に横たわる拓実のもとへ行き、顔を覗き込む。
拓実は弱く手を伸ばして、そっと藤崎の頬に触れ、
「今の、お前のオヤジさん? 」
親指で、藤崎の唇から流れた血を拭った。
「オヤジさん、お前を連れ戻しに来たんだな。お前のこと、可愛くて仕方ないんだ、きっと」
この上なく優しい目、優しい口調。
「なあ、お前、荷物持って、どこへ行くつもりだった? 自分の家に、オヤジさんのところに帰れよ。お前が家出してオレのところへ来た時に、そう言ってやるべきだったよな。でも、オレも、お前と一緒にいたかったから……ゴメン」
藤崎は首を横に振り、
「拓実、ゴメンね。あたしのせいで……。拓実、大好きよ……」
涙の雫が、絶え間なく拓実の上に落ちる。
拓実は、満足げに穏やかな笑みを浮かべ、目を閉じた。
*
救急車で病院へ運ばれた拓実は大事には至らず、一先ず安心した小篠・秋山・藤崎は、病院に闇変化が現れでもしたら大騒ぎになるだろうと考え、拓実の実家に連絡を入れて、早々に秋山の家へ引き上げることにした。
救急の入口は入口専用であり、正面玄関も外来の受付時間が過ぎて閉ざされているため、面会用の出入口へ回る。
小篠は、元気そうに見える秋山と藤崎にもダメージがあるのではと思い、ついでに診てもらったらと勧めるが、秋山、
「オレは大丈夫だ。まだ、ちょっとクラクラするがな」
藤崎、
「あたしは何とも無いわよ」
本人たちがそう言うならと、小篠も納得して病院を出ようとした。
そこへ、後ろから、小篠たちの方へと向かって走ってくる足音。
「先生! 秋山先生ですよねっ? 」
名を呼ばれて、秋山は振り向き、
「…日高の、お母さん……」
足を止めた。
小篠と藤崎も足を止める。
「どうしてここに? カナダにいらっしゃるはずじゃあ……」
秋山の問いに、日高の母らしい40歳前後くらいの上品な感じの女性は、息を切らしつつ、光士がお世話になってます、と簡単に挨拶を済ませてから、急な用事で帰国したのだが日高の父が大怪我をして救急車で運ばれ意識不明の重体なのだと説明。執事から日高が秋山の家にいることを聞き、日高と連絡をとるため秋山の家に電話をしようと思ったところへ秋山を見かけ、追いかけたのだと言う。それから、今現在、日高が秋山の家にいることを確認。丁寧にも秋山に今から秋山の家へ日高宛に電話をすることについての了解をとり、深々と頭を下げて、失礼いたします、と、そこまでを、上品な印象とは合わない非常に急いだ様子の早口で、秋山に短い言葉しか返す隙を与えず、ほぼ一息に喋り、来たところを足早に戻って行った。




