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闇姫魔鬼  作者: 獅兜舞桂
4/13

* 2-(3) *


 小篠は、自分の部屋の机の椅子の背もたれに寄り掛かって背を逸らし、

「んーっ! 」

拳にした両手を天井に突き上げて伸びを1つ。

 やっと、4時間分の授業のノートの写しと宿題が終わった。

 時刻は、0時半。

 大きく息を吐きつつ小篠は立ち上がり、カバンに時間割を揃えてから、明かりをナツメ球だけにし、ベッドに入ろうと、先に両手をベッドの上について這うような形でベッドに上った。

 と、

(……)

何となく感じるものがあり、そのままの姿勢で、一度、辺りを見回す。

 いつもと何ひとつ変わるところの無い、静かな部屋。

(気のせい……? )

 首を傾げながら、掛け布団の下へもぐり込んだ。が、

(……? )

やはり何か……。

 小篠は、入ったばかりのベッドから起き上がって、もう一度、辺りを見回す。

 部屋の中に変化は見られない。

 窓へと歩き、少しだけカーテンを開けて、今度は外を覗いてみる。

 すると、小篠の部屋に面した道路に佇む人影。小篠の部屋を見上げている。

 ギクリとした。

 目が合ってしまうと嫌だと思い、急いでカーテンを閉める。

 昼間の県内ニュースで取り上げていた、あの事件のことが、頭を過ぎった。

(大丈夫。もう、お母さんが帰って来てるから……)

 一生懸命自分を落ち着かせ、小篠は、カーテンが隙間なく閉まっていることを確認してから、部屋を振り返った。

(……! )

 瞬間、心臓が止まるかと思った。

 真正面にあるのは、部屋の出入口のドア。閉めてあったはずのそれが、開け放たれていたのだ。

 だが、直後、いっきに体中の力が抜けた。

(何だ、ヨウくんか……)

 葉が、開け放たれたドアの向こうの暗がりの中に、ポツンと俯き加減で立っていたのだった。

 ホッとしたと同時に、心配になった。さっき私が冷たい言い方をしたせいで傷ついて眠れなくなっちゃったんじゃないか、と。

 母が既に眠っていると思われるため、うるさくして母を起こしてはいけないと考え、小篠は一旦、廊下に出、葉の肩をそっと抱いて、自分の部屋へと招き入れてドアを閉めてから、

「どうしたの? 眠れないの? 」

 葉は、首を横に振り、

「ねれたよ。いま、おきた とこ……。ネエネに ききたくて……」

恐る恐る、といった感じ、微かに震える声で、

「…ネエネ、ボクのこと、すき……? 」

 ああ、やっぱり私のせいだったんだ、と、小篠の胸がキュッとなった。

 葉は俯いたまま、震えている。答えを聞くのが怖くて、まともに小篠の顔を見られないのだろう。

 小篠、

「大好きだよ」

心をこめ、優しい口調を意識して、ゆっくりと、

「さっきは、冷たい言い方しちゃってゴメンね」

言って、葉の正面にまわり、葉の両肩に自分の両手を添えて身を屈め、その目を覗く。

 葉はフワッと表情を柔らかくしながら顔を上げ、小さく自然に笑んだ。

 小篠の心も、優しくほどける。

 直後、葉が低く短く呻き、両腕で自分を抱きしめるような格好で、床に膝をついた。

 ギュッと目を閉じ、苦しげな表情。息も荒い。

「ヨウくんっ? 」

 葉は床に横向きにバタッと倒れ、体を丸めて、全身をビクンビクンと痙攣させる。

「ヨウくんっ! どうしたのっ? 」

 小篠は、床に膝をつき、葉の肩に手を置き、身を屈めて耳元で呼びかけた。

 葉、

「……。……、…。…………」

口を開き、小さな掠れた声を漏らす。

 何か言っているようだが、聞き取れない。

 あまりに痛々しいその様子に、小篠は泣きたくなりながら頷き、

「待ってて」

母を呼びに行こうと身を起こし、

「お母さんを呼んでくるから」

立ち上がろうとする。

 と、葉が、右腕を伸ばして小篠の手首を掴んだ。

 苦痛のあまりか、とても強い力。

 自分の手首を掴む葉の右手に、ふと目をやった小篠は、

(っ! )

驚く。

 葉の手は、黒かった。

 部屋が薄暗いために黒っぽく見えた、というのではない。本当に、真っ黒。

 これは、大変な病気かもしれない。

 とにかく母を呼んでこなければと、小篠は立ち上がろうとするが、手首を強い力で掴まれているため、立ち上がれない。 

 小篠は、少しでも葉を落ち着かせ手を放してもらおうと、掴まれていないほうの手を葉の右手に添え、

「ヨウくん、大丈夫だから。お母さん、呼んで来るから」

繰り返す。

 そうこうしているうちに、小篠の視線の先で、長袖長ズボンのパジャマから出ている葉の両手両足、顔までも、真っ黒に変色していった。

 そして、

(……っ? )

額に、夕方のコンビニで見た男性だった化け物と同じ、赤いマークが浮かび上がる。 

 直後、

「うああああああああああああーっ! 」

葉は、小篠の手首を放し、体を仰け反らせ、叫んだ。

 ボン、と、小さな爆発音を伴い、葉の体が、葉の意思とはおそらく無関係に、床から僅かに跳ね上がる。

 急激に、葉の体が縦にも横にも、1.5倍ほどの大きさになった。

 かなり余裕のある大きさだったパジャマが、パツパツになる。

 一瞬だけ落ち着き、大きく息を吐いて体を丸める葉。

 そしてまた、体を仰け反らせて叫びながら、ボンッ。

 元の体の大きさの2倍ほどになった。

 パジャマがビリビリに裂け、辺りに散らばる。

 そうして露になった葉の体は、これまでパジャマに隠れて見えなかった部分も、手足や顔と同じく真っ黒に変色していた。

 小篠が固唾を呑む中、今度は、息を吐く間も置かず、三たび、ボンッ。

 葉は、いっきに元の大きさの5倍に。

 低く呻くような声と言うべきか音と言うべきか判らない音声を漏らしながら、深く長い呼吸を繰り返す。

 もうとっくに手首は放されており、自由に動けるはずなのだが、小篠の頭からは、立ち上がって母を呼びに行かなければ、という考え自体が、抜け落ちてしまっていた。

 ハッと気がつき、

(そうだ、お母さん……! )

母を呼びに行こうとして初めて、

(……っ!? )

小篠は、自分が立てなくなってしまっていることを知った。あまりの事態に腰が抜けてしまっていたのだ。

(どうしようっ……! )

 深く長い呼吸を繰り返しつつ、小篠の3倍以上の身長になった葉は、ゆらりと膝で立ち上がり、頭が天井につかえたために背を丸めた姿勢で小篠を見下ろす。

 その目は、冷たく緑色に光っていた。

 葉は、小篠に向けて勢いよく右腕を伸ばし、やはり5倍ほどの大きさになった大きな右手で、小篠の首をガッと掴む。

 小篠は、

(! ! ! )

殺される、と思った。

 何とか葉の手をはずそうと、両手を自分の首を掴んでいる葉の右手と自分の首の狭い隙間に割り込ませようとするが、葉の力は強く、無理だった。

 葉は、右手をそのまま上方へ。

 宙吊りにされる小篠。息が出来ない。 

(…苦しい……)

 その時、小篠の背後で、カシャン、と、小さな音。

 葉の視線が不意にスッと小篠から逸れ、手の力も僅かに緩む。

 音のした方向、窓のほうを見据える葉。

(……? )

 小篠も どうにか頭と体を捻って、そちらに目をやった。

 窓が開いていた。

 外からの風によって、中途半端に開けられたカーテンが揺れている。

 その手前に、1つの人影。

(日高クン! )

 人影は日高だった。

 日高は、葉に向けて右手を構えている。

 小篠の脳裏に、夕方、日高が化け物を弾き飛ばした光景が、蘇る。

(っ! やめてっ! )

 小篠が、首を絞められているために上手く出ない声で叫ぶと同時、葉は小篠を放した。

 解放されて、小篠はドサッと床に落ち、咳き込む。

 葉は日高の狙いを外そうとしたのか、その大きな体からは想像のつかない身軽さで右へ跳び、小篠から離れたところを逆に狙われた。

 夕方のものとは違う一筋の光線が、葉の左二の腕を掠める。

「ヨウくん! 」

 小篠は、葉に向けて腕を伸ばした。

 本当は、駆け寄って二の腕の傷の具合を確かめたかった。しかし、もともと腰が抜けていたのと首を絞められていたダメージから、出来なかった。伸ばしている腕の反対の手で体を支えて微妙ににじり寄るのが精一杯だった。 

 光線が掠めた衝撃で、壁に倒れこむような形で張りつく葉。

 そのまま壁づたい、壁を這うようにして日高のいる窓辺へと移動。日高を押し退けるようにして窓枠を軋ませながら通り抜け、外へ出て行く。

「ヨウくん! 」

 小篠は何とか立ち上がり、ヨロヨロと、葉の出て行った窓へ。

 外を見ると、もう、葉の姿は無かった。

「ヨウくん……」

 日高が、

「小篠サン、怪我は? 」

 小篠の肩に手を置き、心配げに顔を覗き込む。

 葉を傷つけた手……。ゾワッと鳥肌がたつほどの激しい嫌悪を感じ、小篠は、日高の手を反射的に払った。

「…今の、私の弟なの……」

 横隔膜の上にサラサラとした何かが降り積もり息が詰まるような感覚。

 自分の、こんなに低くて暗い声は、初めて聞いた。しかし、それに驚けるだけの気持ちの余裕は無かった。

 日高は俯き加減、

「うん、分かってる……」

少し悲しげな調子で返した。

(…分かってる、って……)

 分かってて、どうしてあんな酷いコトするの? もしかして、日高クンにとって 他人は人間じゃない? サラサラした何かで窒息寸前の小篠。 

 突然、日高はハッと顔を上げ、ドアのほうに目をやり、それから辺りに視線を走らせ、ベッドに目を止めると、素早くベッドの下に滑り込んで身を伏せた。

 直後、ドアノブが回され、ゆっくりと開かれたドアから、

「どうしたの? 大きな声出して。さっきは、叫び声みたいなのまで聞こえた気がしたけど……」

母が顔を覗かせた。

 母の顔を見た途端、

「お母さん……」

小篠の目から、大粒の涙がパタパタとこぼれる。

 母は、小篠の涙に軽く驚いた様子を見せてから小篠に歩み寄り、腕を伸ばして、そっと小篠を自分に引き寄せ、背を撫でた。

 小篠は、母から身を起こし、

「お母さん、ヨウくんが……。ヨウくんが、真っ黒い大きな化け物みたいになっちゃって……、外に、出てっちゃ、った……! 」

必死に訴える。

 母は、一瞬キョトン。それから、フッと優しく笑み、

「怖い夢、見ちゃったんだね」

優しく優しく、今度は髪を撫でながら、

「大丈夫。お母さん、さっき、葉の部屋も見に行ったけど、ちゃんと、ベッドで寝てたよ? いつも通りの、可愛い寝顔だったよ? 」

夢だと言い聞かせようとする。

 小篠、

「違うの、お母さんっ! 」

食い下がるが、母は、

「大丈夫、大丈夫」

一度、しっかりと小篠を抱きしめてから、おやすみを言い、部屋を出、ドアを閉める。

(どうして、信じてくれないの……? )

 小篠は、母が出て行ったドアを、途方に暮れて見つめた。

 廊下を横切る3歩分の足音と、向かいの両親の寝室のドアが閉まる音。

「実際に自分の目で見た人じゃなきゃ、信じられる話じゃないと思うよ」

 後ろから声を掛けられ、何だかとても重く感じられる首を動かして振り返る小篠。

 いつの間にかベッドの下から這い出してきていた日高が、気遣わしげな表情で立っていた。

「僕が隠れてたのも、小篠サンの弟クンが姿を変えたことについて、仮に僕が小篠サンと一緒になって、『確かにそうです。小篠サンの言うとおりです』なんて言ったところで信じてもらえるなんて思えなかったからなんだ。それどころか、こんな夜中に男を部屋に入れてたなんて変な誤解をされて小篠サンが怒られるかもしれないとも思ったし、それに、そうなったら僕は小篠サンに近づかせてもらえなくなるんじゃないかって。それは困るから」

 日高の言葉を、小篠は、上の空で完全に流し、

(日高クンがここにいるってことは、本当に、夢じゃないんだ……。お母さんが言ったみたいに、本当に夢だったら良かったのに……)

そう、一度は思った。が、すぐに、

(……ちょっと、待って)

自分の思考にストップをかける。

(夢かもしれない。夕方、コンビニで男の人が化け物に変わるところを見たせいで、ヨウくんが化け物になっちゃう夢なんてみたのかもしれない。お母さんが、いつも通りベッドで寝ているヨウくんを見たって言ってた。第一、今だって本当は夢の中かもしれない)

 小篠は、部屋をとび出した。葉の部屋を見に行こうと思ったのだ。見に行って、ベッドに葉が葉の姿のままで寝ていてくれれば、このおかしな夢は終わる。

「小篠サンっ? 」

 驚く日高の声を聞きながら、小篠は葉の部屋のドアを開け、中へ入って、ベッドを見る。

(……)

 そこに、葉はいなかった。葉が脱け出した形に、掛布団が膨らんでいる。

(今は、夢の中……? 現実……? )

 もう、本当に分からなかった。

「小篠サン」

 小篠の後ろをついてきていた日高が、小篠の正面に回り、右手を伸ばして小篠の左頬を抓み、ギュウウッと引っ張ってから放す。

(痛……)

 痛みに頬を押さえる小篠。

 日高、

「痛い? 現実だからだよ」

まっすぐに、心の奥に触れるほど小篠の目を見つめ、

「ちゃんと、受け入れて」

(現実……)

 小篠はヘタヘタと、その場にくずおれ、

(夢ならよかったのに……。ヨウくん、どこに行ったんだろう。暗いのが怖いのに……。どうなっちゃうんだろう。怪我だってしてるのに……)

 俯き、両手で顔を覆って、

「…ヨウくん、どうなっちゃうんだろう……」

溜息まじりに呟く。

 そんな小篠に、日高、

「弟クンは、帰って来るよ」

言い切った。

 小篠は顔を上げ、期待を込めて日高を仰ぐ。

「ホント? 」

 日高は頷き、低く付け加えた。

「君を、殺すためにね」

「私を、殺すため……」

 復唱するが、小篠は、全く自分自身のこととして感じることが出来なかった。

 何故、自分が葉に殺されなければならないのか。

 心当たりは1つだけ。

 葉に冷たい言い方をした。小篠からそんなふうに言われた経験の無い葉には、ショックだっただろう。

 だが、それについてはキチンと謝った。

 謝れば すぐに立ち直れるというものでもないかもしれないが、葉は笑顔を見せてくれた。

 確かに、ついさっき葉が小篠を殺そうとしたことも事実なのだが、何となく、納得いかないというか……。

 それを日高に言うと、日高は頷き、床に膝をついて視線の高さを小篠に近づけ、

「弟クンは、君のことが大好きなんだね。学校の行きや帰りに見かける君たち姉弟の姿からも、そう思うよ。いつも、弟クンは君の事を、甘えた、頼りきったような目で見てたよね? 君のほうも、それを優しく受け止めてた」

 ふと思い出された、葉が最後に見せてくれた笑顔に、小篠は、痛いくらい胸を締めつけられた。続いて、小篠が冷たい言い方をした直後の、寂しそうな悲しそうな葉の表情……。なかよしひろばのブランコを立ち漕ぎしながら小篠を待つ、葉の姿……。小篠を驚かそうと隠れたベンチの背もたれからピョコンととび出した、頭が悪そうな、底から明るい葉の笑顔……。おにぎり弁当を手に小篠を仰いだ時の、嬉しそうな葉の笑顔……。

 色々な葉が、次から次へと浮かんでは消え浮かんでは消え……。

 そして、化け物になる直前の苦しむ葉に、涙が溢れ止まらなくなる。

「ネエネ、ボクのこと すき? 」

「うん、大好きだよ」

 これまで、口先だけでは何度も繰り返した会話。ついさっきも……。

 だが、もしかしたら、初めて実感した。

 自分にとって、葉が大切な人であるということを。葉のことが、本当に大好きだということを……。

 日高は腕を伸ばして小篠の頭に回し、そっと、不器用に、自分の胸に引き寄せた。

 暫くの間、小篠は、浮かんでは消え また浮かぶ、それでも2度とは被らない、その度に違った葉を瞼の裏に、日高の胸に体を預けていたが、

「弟クンは、今、操られてるだけなんだ。君を襲ったのは、弟クンの意思じゃない。君のことが大好きだから、その気持ちを利用されちゃったんだ」

思わぬことを言われ、

(…それって……)

小篠の涙はパタッと止んだ。

 日高の胸から身を起こし、真っ直ぐに日高を見る。

(ヨウくんは、誰かの手で、あんな姿に変えられちゃったってこと……? )

「…操られてる、って……。利用……って、誰に……? 」

 声が掠れる。

 小篠の問いに、日高は重々しく、

「被害者の遺体に黒い翼型の痣を残す連続殺人の真犯人だよ」

 話が、よく飲み込めない小篠。

「…どういうこと……? 」

「弟クンが姿を変えたのは、『闇変化やみへんげ』」

「闇変化? 」

 日高は頷き、続けた。

「闇変化は、闇姫が『闇水晶やみずいしょう』を使って 愛する者に対して僅かでも憎い・悲しい・寂しい等の感情を持つ者の夢の中へ入り込み、更に強い憎しみを植えつけて、愛する者を殺すための特殊な力を与え、力を与えられた者が、その後、初めて愛する者と目を合わせた時、力を発揮できる姿に変化したものなんだ」

 そこまでで、日高は一旦、言葉を切り、考えるような素振りを見せ、

「小篠サンと弟クンの普段の接し方を見てると、結構、頻繁に目を合わせてるみたいだから、弟クンが闇姫に夢の中に入り込まれたのは、きっと、そんなに前じゃないよね……? 多分、小篠サンの言う『冷たい言い方』の出来事の後、眠っていた間に入り込まれたんだ」

 …闇変化、闇姫、闇水晶、特殊な力……。小篠には、何だかますます分からない。

 ただ、胸の痛みだけがハッキリと……。

 ショックだった。葉に苦しい思いをさせて闇変化とかいう化け物にしてしまった原因が自分にあるのだということだけは、理解できたから……。

「夕方、コンビニで金髪のお姉サンが襲われたの見ただろ? 彼女を襲ったのも闇変化だ。小篠サンも彼女も、僕がいなかったら、あの連続殺人の新たな犠牲者になってたってことだよ」

 続く日高の話を、小篠は、ショックのために働きが鈍くなった頭で懸命に、自分なりに整理する。

(…つまり……)

「このところ起こってる、あの連続殺人事件は、実は、それぞれ別々の闇変化が起こした事件で、その正体は被害者の人たちのことを愛してる人たち。で、その人たちに闇変化になるための力を与えた闇姫っていう人が、事件の真犯人。……そういうこと? 」

「そうだね」

 答えてから、日高はポケットの中に手を入れ、

「小篠サン、これ」

何かを掴んだらしいグーにしたその手をポケットから出して、小篠に差し出した。

 小篠が条件反射で、日高の手の下に自分の手を、手のひらを上に向けて出すと、日高は握っていた手をほどく。

 そこから落ちてきたのは、小さなガラスの破片のようなヘッドのペンダント。

「これ、何? 」

「『光水晶ひかりずいしょうのカケラ』」

(光水晶のカケラ? )

 小篠は無言で説明を求めた。

「あげるよ」

「…? …ありがとう……」

 小篠、光水晶のカケラなる物が何なのか、分からないまま礼を言う。

「この、光水晶のカケラっていうのはね……」

 日高の説明によれば、光水晶のカケラを身につけていれば、防御面では闇変化に襲われても辛うじて命は助かり、攻撃面では少し練習してコツさえ掴めば日高が闇変化相手に見せたような力を出せるという。

 それを持つことの意味を考えた小篠は、

「ゴメン、いらない」

カケラを突っ返す。

 ちょっと驚いた様子の日高。

「どうして? 」

「ヨウくんを実際に闇変化にしたのは闇姫でも、原因は私なのに、私のほうだけ、こんな物で身を守るなんて、何かズルイし、もし、これを持ってるせいで間違ってヨウくんに怪我でもさせちゃったら……。今だって、こんなに苦しいのに、私、おかしくなっちゃうかも知れない」

 小篠の答えに、日高は小さく息を吐いて首を横に振り、

「君の命を守るためなんだ。弟クンは君を殺すまで、いつまででも君を狙い続ける。おまけに神出鬼没だから、次からは、襲って来た時に僕が傍にいるとは限らないし……」

言いながら、強引にカケラを小篠の手に握らせた。

「分かってよ」

 真っ直ぐに小篠を見つめる瞳には、決して逆らえない力がある。目を逸らすことさえ許さない。

「小篠サン、よく聞いて。闇変化は、何があっても死なないんだ。傷だって、すぐに塞がる。弟クンの傷も、今頃は、とっくに治ってるよ。闇変化は、基本的に変化の大本となる感情を与えた自分の愛する相手以外は襲わないはずだから、例えば弟クンが君を殺した後、野放しにしておいても何の問題も無いんだけど、弟クン自身のことを思えば、大切な君を自分の手で殺し、その後も自分の意思を持たずに生き続けることになるんだ。それは、とても悲しいことだと思わない? 」

 日高の問いに、

(…それは……)

小篠は小さく頷いた。

 日高、その目に更に力を込め、続ける。

「だから、弟クンのためにも協力して欲しい」

「協力? 」

「カケラを使って生き延びて、闇姫を殺して欲しいんだ」

(……っ! )

 小篠は驚き、

(…殺して、欲しいって……。人を、殺せなんて……。どうして、平気で言えるんだろう。殺す、なんて言葉、口にするだけで怖い)

途惑って、首を弱く横に振りながら、

「……人なんて、殺せない」

やっと、それだけ言った。

「人だなんて、思わなくていいよ」

 日高は耳を疑いたくなる台詞を重ねていく。

「小篠サンは、転んで擦り剥いた時なんかに、傷口を消毒してバイ菌をやっつけるだろ? それと同じだって考えてくれればいい」

(…何か……何かが……)

 間違ってる、と小篠は思った。

 日高は、闇姫を人だなんて思わなくていいと言った。と、いうことは、闇姫は人間だということになる。

 人間とバイ菌は同じじゃない。葉のことにしたって、それが自分の身を守るためだとしても、いくら死ぬことが無く、傷もすぐに治るとしても、怪我させて許されるワケがない。

「闇姫を殺せば、弟クンは闇姫から解放されて、しかも、元の姿にも戻れるんだ」

(解放されて、元の姿にも……? …でも、そのためには……)

「他に、方法は無いんだよ」

(…殺せない。殺したくない。でも、殺さなかったら、ヨウくんは あの姿のまま……)

 ただ小篠は、葉に元の姿に戻って欲しくて、

(…本当に、他に何も方法が無いの……? )

これまでの日高の話を ひとつひとつ丁寧に思い出しながら一生懸命考える。

 そして、たった1つだけ、小篠自身にとっての希望の光を見出した。……人間なら寿命というものがあるはず、と。

 力を得て小篠は口を開く。

「殺す、なんて話が出るくらいだから、その、闇姫だって、不死身じゃないんでしょ? 」

 もしも、じきに寿命が尽きるのならば、それを待てないかと考えたのだ。

「闇姫が寿命で死んだ場合は、ヨウくんは元の姿に戻れないの? 」

 小篠の問いが意表を突いたものだったのか、日高は、驚いたように僅かに間を置いてから、

「もちろん戻れるよ。ただし、長ければ100年くらい先の話になるけどね」

(100年……)

 長すぎる、と小篠は思った。

(日高クンから聞いて、死ぬことも無いし怪我もすぐに治るって分かってても、今、こうしてる間だって、ヨウくんが どうしてるのか気になってしょうがないのに……。…私、『じき』って、どのくらいの時間を想像してたんだろ……? )

 ほんの少し考えてみただけで、小篠は溜息。

(1秒だって待てないよね……)

 現実的でない、都合よすぎる甘い考えだったと気付いた。

 力を落として俯く途中、ふと、目の前の葉のベッドが、小篠の目に留まった。

 小篠は吸い寄せられて膝で立ち上がり、両腕を伸ばして、葉が抜け出した形に膨らんでいる掛布団の中に挿し入れる。まだ、少し温かい。

 僅かに残った葉の温もりをもっと感じたくて、小篠は頭も掛布団に潜り込ませ、敷布団に頬を押し当て、目を閉じて深く深く呼吸する。

 それまで宙に浮いていた色々なもの……葉が化け物、日高の言うところの闇変化に変身してしまった事実。日高の話や、それに伴うショックと、正直どこまで、その話を信じていいのかとの疑問、迷い。それでも、葉が闇変化になってしまったのが自分のせいであることに関してだけは全く無い疑い。それから、葉を元の姿に戻したいならば、今のところ、日高が唯一の手掛かりである現実。……それらが、静かに体の内へと吸収されていく感覚があった。

 葉が最後に見せてくれた笑顔が、フッと思い出される。

 その笑顔が、体内に吸収されてきた宙に浮いていたものたちを小篠の体の中心で包み込み、固めて光を放った。

「小篠サン……」

 日高から、そっと声が掛かる。

 小篠は、その呼びかけに応じ、布団から静かに出て、日高に向けて顔を上げた。

「私、ヨウくんに元の姿に戻ってほしい」

 カケラを、強く握りしめる。

 次に葉が襲って来た時、傷つけられる自信など無いけれど……。



                 *



「紹介したい人たちがいるんだ」

 そう言う日高の後について、小篠は家を出た。

 深夜の、意外と冷たさを感じない風が、小篠の頬を撫でる。

 周囲の家々の明かりは、ほとんど消え、不気味なくらい静まり返った自宅前の道に、小篠と日高の足音だけが響いた。

 連続殺人の実行犯の正体を知り、それを退けられる力を持つ日高が一緒にいても、心細い。

 夜道で襲ってくるのは闇変化だけとは限らないからだ。

 闇変化相手以外にはとても頼りなさそうな日高から半歩後れて、小篠は、電柱等の物陰をいちいち気にしながら歩く。

 さっき部屋の窓から見えた人影が気になっていた。

 それを日高に言うと、

「多分それ、僕だよ」

前を向いたまま、あっさり返される。

「君が襲われることを、ついさっき、0時をまわった頃だったかな? 偶然知って、相手が弟クンなだけに、すぐにでも襲われる危険があるって思えたから、急いで来て、様子を窺ってたんだ」

(なんだ、そうだったの……)

 ホッとする小篠。

 そこへ、いきなり、 

「あ! 」

思い出したように、日高が声を上げた。

 ビックリしてしまう小篠。

 日高は、小篠の部屋に入る際、部屋の窓ガラス、鍵の近くに穴を開けてしまったと告白し、謝った。

 弁償してくれるというので、特に問題にせず済ませた小篠、窓から見えた人影の正体を知り、ホッとしたことによって心に余裕ができ、疑問が生まれた。

「どうして偶然にでも、私が襲われるって知ったの? 」

 何か、いけないことを聞いたかな……? と思わせるような、何となく気まずい感じの沈黙が暫く流れる。

「…変に疑わないで欲しいんだけど……」

沈黙を破った日高の口調は暗く、重い。

「……? うん」

「僕は、闇姫と知り合いなんだ」

 闇姫と知り合い……まあ、そうだろうな、と、小篠は思う。闇変化だの闇水晶だの詳しいのだから。

 別に、知り合いイコール味方というわけではないし、「知り合いだから知ることが出来た」、ごく当然の答えに小篠は納得したが、答えた日高の横顔は酷く曇って見えた。




 小篠の質問以降、無言で歩く日高。

 そのやはり半歩後ろを小篠が従う形で歩き、小篠が学校帰りに寄るコンビニの脇に出た。 

 コンビニ正面の横断歩道を渡り、コンビニとは筋向いの全12棟ある市営団地の中の、コンビニ側から見て一番手前の1棟に入っていく。

 階段を上がり、やがて日高が足を止めたのは、3階の一室の前。表札は「秋山」。

「ここは? 」

 小篠の問いに、

「さっき言ってた、紹介したい人たち。彼らは闇姫の件での仲間なんだけど、今日から、ここで寝泊りしてるんだ。僕も明日から合流する予定」

言いながら、日高はドアの横のチャイムを1回だけ鳴らし、ドアを開けた。

 途端、中から聞き覚えのある声。昼間に開花を遂げたばかりの小篠の胸の奥の奥の花が、ピクンと反応する。

(先生? )

 秋山の声だ。何やら、誰かと揉めているよう。

 小篠は、

「おじゃまします」

日高のすぐ後ろに続いて玄関を入り、狭く短い廊下を抜けようというところで、

「もー! 日高クン、聞いてよっ! 」

女のキンキン声と同時に足を止めた日高の背中に、ぶつかってしまった。

 日高の肩越しに、そっと前方を覗いてみる小篠。

 日高の正面、部屋の入口を塞ぐように、夕方、コンビニで闇変化に襲われた少女がいた。

「オジサンったらね……! ……っ! ……!! 」

 興奮しているためか全く内容の聞き取れない早口で、日高に何かを訴えている。

 その少女の背後、8畳はあると思われるが、ソファやテレビ、パソコンなど、色々置いてあるために かなり手狭に感じられる部屋の奥では、秋山が不機嫌そうにドカッとソファに座り、タバコを吹かしている。

(先生……)

 小篠の胸の奥の奥の花が微かに揺れた。

「どうしたんですか? 」

 日高は少女を宥めつつ、秋山のほうに目をやった。

 それを受けて、

「…ああ……」

秋山がタバコを口から離し、面倒臭そうに口を開きかけたのを、

「どうもこうも無いわよっ! 」

少女が遮る。

 秋山は閉口。再びタバコを口に持っていく。

 少女は全く治まる様子が無い。

「話が分からなくなるじゃないっ! 」

「え……? ちょっと待って、何の話? 」

 日高の問いに少女、忌々しげに秋山を睨み、

「ドラマの話よ。テレビドラマ! 」

「……は? 」

 日高は拍子抜け気味に聞き返す。

「あたし、せっかく毎週、都合つけて見てたのに、オジサン、見せてくれないのよ! 1週でも見なかったら、もう、話なんて分からなくなるでしょっ? 」

 それを聞き、それまで少女の迫力とその場の険悪な雰囲気に圧されて事の成り行きを見守っていただけだった小篠は、テレビのことくらいで ここまで怒れるのはスゴイ……などと、変な感心の仕方をしながら、

(どのドラマだろ……? )

 今日……もう0時を回っているため、正確には昨日の夜に放送したはずの、小篠は1つも見ていないが、番組の宣伝で目にしたことのあるドラマを いくつか思い浮かべる。

 もし、あのドラマであれば、母がビデオに録ったはずだった。あの、トウブテレビ夜10時の、

「『殺し屋のラブソング』? 」

言って、考えるほうに一生懸命になってしまっていた小篠は、自分がこっそり覗くような感覚でいたことを忘れ、日高の後ろから しっかりと顔を出す。

 少女のほうも、

「そうよ」

ごく普通に答えた。

 それなら丁度良かった、と、小篠は日高の陰から完全に出て少女の前に進み、

「それなら多分、母がビデオに録りましたよ」

「ホントッ? 」

 少女は色めき立ち、

「貸して! 」

両手で小篠の手を握りしめてから、ハッと気がついたように、

「……誰? 」

 日高が、おかしそうに一度、プッと吹き出しておいてから、

「紹介するよ」

少女に、

「彼女は小篠萌花サン。学校で、僕と同じクラスなんだ。さっき、弟さんの闇変化に襲われてね。彼女も、仲間になってくれるって」

それから小篠に、

藤崎響ふじさきひびきサン、18歳。3年生だって。お父さんが闇変化したんだ。……見てたよね? 」

 小篠、軽く頷き、

「小篠です。よろしくお願いします、藤崎サン」

 藤崎は照れくさそうに笑って、

「よろしく。でも、敬語はやめてね。何か、恥ずかしいから」

 その発言に、

「その通りだ」

秋山がすかさず口を挟んだ。

「藤崎に敬語なんて使う必要ないぞ。ついでに言えば、ヨロシクもしなくていい。馬鹿がうつるから」

「何ですってっ? 」

 秋山の一言によって、せっかく和んだ空気が一変。藤崎が秋山に詰め寄る。

「あたし、馬鹿じゃないわよ! 」

「そうか? 髪をそんなにしてるくらいだから、ろくに学校行ってないんだろ? 払った学費も無駄になってまって、お前の親、可哀相にな。だから闇変化なんかになったんだ」

 落ち着き払った秋山の態度が、余計に、藤崎の怒りの火に油を注ぐ。

「あんたのトコの奥さんと赤ちゃんだって、あんたが、何か可哀相なことしたから闇変化したんでしょっ? ああ、カワイソウッ! 」

 日高、藤崎の言葉を小篠向けに、

「先生の奥さんとお子さんは2週間前に闇変化してね、その時も偶然、僕が居合わせたんだ」

補足しておいてから、秋山と藤崎の間に割って入った。

 小篠には信じられない。秋山が藤崎に放った言葉。藤崎の買い言葉。互いに随分キツイことを、大した重みも持たせずに言う。

 テレビを見せる見せないの時にも、こんな調子だったに違いない。そうでなければ、テレビのことくらいで3時間以上も怒り続けるなど無理だ、と、そんなことを考えている最中、日高に分けられて、たまたま小篠のほうを向いた仏頂面の藤崎と、小篠、目が合う。

 小篠は、ドキッ。

 怖い。目を逸らしたいが、今、逸らすのは、あまりに露骨だと考え、我慢。

(ヨウくんのことで、何か言われるかな……? )

 内心ビクビクしている小篠の視線の先で、藤崎は真っ直ぐ小篠に向かって歩いて来、そして、固まる小篠に、ニコッ。

「シノちゃんのお母さんも、あのドラマ好きなの? 」

 思いっきり作ったような笑顔で話しかけてきた。

(…シノちゃん? って、私のこと……? )

 小篠も、途惑いながら笑顔を作る。

(シノちゃん……。…まあ、いいけど……)

「うん、何か、原作の小説が好きで見始めたみたいなんだけど」

 返して、藤崎、

「あ、そうなんだ! あたしも、そうなの! ドラマは、原作とはかなり違くなっちゃってて、だから原作を読んでても、1週見逃すと分からなくなりそうなんだけど」

自然な明るい笑みを漏らした。

 小篠は、もしかしたら藤崎が自分に気を遣ってくれたのでは、と思う。

(先生とは合わないだけで、本当は優しい人なのかも知れない)

そう思った。


 秋山と藤崎が離れたことで、とりあえず落ち着いた部屋の中。日高は小さく息を吐いてから、小篠に、

「皆、1ヵ所にまとまってたほうが何かと都合がいいから、小篠サンにも、出来れば学校休んで、朝にでも合流して欲しいんだけど……。出来る? 」

(学校休んで外泊、か……。どうかな……? )

 両親が何と言うか……。事情が事情だから学校を休むのはともかく、外泊は……。

 普段から、両親が留守にしている家で夜遅くまで子供だけで過ごしてはいるが、その時間を家以外の場所で過ごすとなると、話は別な気がする……。

 返答に困る小篠。

 日高、

「タイミングの問題で、少し長めに……、あ、でも、1週間くらいみておいてくれればいいと思うんだけど」

(1週間も……? )

 でも、必要なら仕方ないかも……、と、結論を出し、小篠、

「……うん、話してみる」

 両親に話しをするには、もう母は眠っているし、父も、帰ってきていたとしても、すぐ寝たいだろうから、朝、両親が出掛ける前に自分が早起きして、するしかないな、などと、小篠が考えをめぐらしているところへ、

「話すって……。 まさか、小篠サン、事情をそのまま説明するつもり……? 」

日高の問い。

 小篠は、何故 日高がそんなことを言うのか分からなかった。

「……? そうだけど……? 」

 すると、日高は驚き、

「無理だよ! さっき、弟クンが闇変化になって外に出てったことをお母さんに言った時だって、信じてもらえなかったろ? 更にその先を話して分かってもらうなんて、絶対無理だ」

「そう、かなあ……? 」

 小篠は納得いかない。

「さっきは私もパニックになってて、上手く伝えられなかっただけかも……。今度は落ち着いて話すよ。それに、ヨウくんが家にいないことは本当だし、それが分かれば……」

「そして」

日高は、小篠の台詞に少し大きめに声を被せて遮る。

「弟クンがいないことを知って気が動転したご両親は、警察に即通報。それは問題ないとして、事情を説明した君を、ご両親は、『こんな大変な時に、この子は変な空想の話をしたりして』と、軽蔑の眼差しで見る。分かってもらおうと食い下がれば食い下がるほど、『この子は弟が行方不明になったショックで頭がおかしくなったんだ』なんて思われて、外に出してもらえなくなって、弟クンを元の姿に戻すために僕たちと一緒に動くことができなくなる……とか、思わない? まあ、僕は君のご両親の性格を知らないから、あくまでも、ごく一般的な大人をモデルにした想像だけどね」

(……そうかも)

黙り込んでしまう小篠。

 日高は、僕にいい考えがあるから任せて、と前置きし、

「先生、お願いがあるんですけど……」

秋山に話を振る。

「ん? 何だ」

「何か、小篠サンの外泊を可能にするような、偽のお便りでも、作ってもらえませんか? 内容は、そうですね……」

少し考えているように間をおいてから、

「『他のクラスに比べ文化祭の準備が大幅に遅れているため、担任の教師同伴の下、今日から1週間、泊り込みで作業を行う』みたいな」

 秋山は、分かった、と返してからパソコンの前の椅子に座り、キーボードを叩き始めるが、ふと手を休め、顔だけで日高を振り返る。

「日高、お前はいいのか? ご両親は、もう、だいぶ前からカナダに行ってるって聞いたが、保護者代理の執事さんに渡さなくて……」

「ええ。大丈夫です。執事も、ちゃんと事情を理解してくれているので」

「そうか」

 納得し、再びパソコンに向かう秋山。

 日高は、再び小篠に向けて、

「先生が作ってくれてるお便りを、朝一番にでも、お父さんかお母さんに見せてくれる? もし、1週間かからないで解決出来たら、その時は、思った以上に作業がはかどったから、とか言えば、それで済むだろうし。ね? 今まで見せるのを忘れてたことにすれば、突然でも不自然じゃないだろ? 」

 小篠、少し躊躇いつつ、

「うん、多分」

頷いた。 

 嘘は、つきたくない。特に、父や母になんて。しかし、仮に両親に本当の事情を説明した場合の反応は、さっきの日高の想像通りのように思え、説明する自信が無くなっていた。

 本当の事情を説明出来ない以上、仕方がない……。

 小篠が溜息をついている間に、秋山は偽便りの文面を打ち終えたようで、プリンターが、プイーン、ガガガー、と音をたてる。

 秋山、プリントアウトした偽便りを手に、パソコンの椅子を回転させて体ごと振り返り、腕を伸ばして、小篠に偽便りを差し出した。

 小篠が歩いて行って受け取ると、秋山、

「小篠は普段から真面目だからな。ご両親も信用してるだろ。藤崎と違って」

(また、そんなことを……)

 小篠は恐る恐る、部屋入口付近の藤崎を、そっと振り返り、顔色を窺う。

 案の定、藤崎は一瞬にして表情を変え、上半身を乗り出すようにして口を開きかけた。

 小篠は急いで藤崎の両二の腕を掴む形で彼女に正面から飛びつき、

「あ、あのっ」

自分の腕をつっかえ棒のように、秋山に向かって足を踏み出そうとするのを、全体重で止めた。

「仲良く! しましょう」

 途端、見た目にも分かる程、急に、藤崎の怒りが萎える。

(……あれ? )

 拍子抜けする小篠。

 でも良かった、とホッとする小篠の隣で、日高、

「じゃあ、小篠サンと僕は帰りますから」

言って、秋山と藤崎に交互に目をやり、あからさまに小篠を意識してイタズラっぽく、

「くれぐれも、仲良く! してて下さい」

 小篠は、あからさまに自分の真似をされたのを馬鹿にされたように感じて軽くムッとする。が、

「それから、いつも言うようですが、ドアも開けないで下さいね」

続けられる日高の言葉に、

(何で、ドアを開けちゃいけないんだろ……? )

疑問を持ったことで、ムッ、は解消。

「行こう、小篠サン」

くるりと体の向きを変えて玄関へ向かう日高の後に、秋山と藤崎それぞれに対して会釈してから続いた。




 玄関でドアを開けて待っていてくれた日高は、小篠を通し、ドアを閉めてから、ドアに向き直る。そして、両手のひらを祈るような形で組み、ゴニョゴニョと何かを呟き、手を開いた。左手のひらが、光る液体でしっとり濡れている。

 その液体を、右手人指し指で丁寧に集め、日高は、ドアに2本の対角線を描いた。

「何したの? 」

 小篠の問いに、日高、

「結界を張ったんだ。こうしておくと、闇変化はこの部屋に入れない。でも、一度でもドアを開けると破れるから、いちいち張り直さなけりゃならないけどね」

(へえ、そうなんだ……)

 小篠は意識的に普通に納得してみた。もう、日高の言葉はそのまま受け止めようと思った。この先、一緒に行動する上で、日高のやること言うことに、いちいち驚いたり疑問を持ったりしていたら、きりが無いような気がして……。

 大体、日高は何も持たない手から光を出して闇変化を攻撃したりして、一体何者なのか、そこから既に疑問なのだ。

 しかし、肝心な部分が分かっているからいいと、自分を納得させることにした。

 日高は、小篠のクラスメイト。葉を闇変化させた闇姫の知り合いだが、葉を元の姿に戻したいと願う小篠と行動を共にする、仲間。

 日高、ドアの対角線を確認するように、一度、頷いてから、小篠を振り返り、

「小篠サンが家に入った後、小篠サンの家の玄関にも張ってあげるよ」


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