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闇姫魔鬼  作者: 獅兜舞桂
2/13

* 2-(1) *


 揺れが治まった時、小篠は、ソファに横になっていた。父か母が気遣ってくれたのだろう、毛布を掛けている。

「…夢……? 」

 呟きながら、

(変なの……)

ゆっくりと起き上がった。

 と、何だかとてもテンションの高いテレビの音声が聞こえ、目をやると、普段は見ることのない、平日正午放送のバラエティ番組。

 小篠は驚き、

「嘘っ! 」

 起き上がったことで膝の上までズレ落ちてきていた毛布を、撥ね飛ばしながら立ち上がった。

 テレビ画面の左上の時刻表示は、12時10分。遅刻なんて可愛いものじゃない。もう昼休みだ。

 テレビの真ん前のカーペットの上にペタンと座ってテレビを見ていたパジャマ姿の葉が振り返り、

「ネエネ、おきたのー? 」

のん気な調子で言う。 

 それに答える余裕も無く、何から先にやっていいか分からないまま、小篠は、とりあえずキッチンへ。 

 キッチンの小さなテーブルの上には、母がいつも通り用意して行ってくれた、パンと目玉焼きの朝食2人前。冷蔵庫の中に、サラダと、コップに注いだ牛乳も、同じく2人前。

 葉もまだ食べていないらしい。 

 自分の分を立ったまま詰め込んでから、小篠は、葉の分をリビングのテーブルの上に運び、葉に、食べるように言う。

 そこへ、リビング入口の電話が鳴った。

 電話になど出ている場合ではないのだが、軽いパニック状態の小篠、

「もしもし、小篠です」

条件反射で受話器を取る。

 電話の相手は、

「こんにちは、葉さんの担任の脇田わきたです」

葉のクラス担任のベテラン女性教師。そして、

「もしかして、萌花さん? 」

小篠の初等部3・4年生の時の担任でもある。

 昼になっても葉が学校に来ず、何の連絡も無いため、心配して電話したそうだ。

 朝8時半頃にも1回、電話したとのことだが、同じリビングにいながら、小篠には電話の音など全く聞こえなかった。

 小篠が、自分が寝坊したための遅刻であると伝えて謝り、すぐに連れて行きますと言うと、葉の担任は、少し、何か言いたげと取れる沈黙。ややして、しみじみと、

「萌花さん、本当に、いいお姉さんになったわねえ……」

言ってから、待っていますね、と、電話を切った。

 いいお姉さんになったと褒められ、少し気分を良くしながら、小篠は顔を洗うために洗面所へ。

 洗顔は水だけで、しかし丁寧に。その後、ハブラシにハミガキ粉をたっぷりつけ、口の中で手早く動かしつつ考える。

(いつ、眠ったんだろ……)

 どこからが夢なのか、分からない。

 自分も葉もパジャマを着ているということは、葉の入浴後、自分も風呂に入ったところまでは、確実に現実なのだが……。

 口に水を含み、ブクブクッペッ。

 一度、リビングを覘き、葉が食事を終えていることを確認して、歯を磨くよう言い置き、2階の自分の部屋へ。

 制服に着替えて、簡単に髪を梳かすと、5・6時間目の分の教科書とノートだけをカバンに揃え、手に持って部屋を出た。

 次に葉の部屋に立ち寄り、葉の着替えとランドセルも手に、階段を下りる。

 リビングへ向かいがてら洗面所を覘くと、そこに、「まだ」なのか「もう」なのか、葉の姿は無く、リビング入口から、テレビの前でボーッとしている葉に、

「ヨウくん、歯、磨いた? 」

声を掛けてみると、答えは、

「まだー」

だった。

 何だか疲れてしまって小篠が溜息をついた、その時、また電話が鳴った。

「もしもし、小篠です」

やはり条件反射で出る小篠。

「ああ、小篠か? 」

 受話器の向こうから、落ち着きのある大人の男の声。

 聞き覚えのあるその声に、小篠の背筋がピンと伸びる。

「オレ、秋山あきやまだけど」

 秋山智広あきやま ともひろ・小篠のクラス担任。

 男子生徒から多大なる人気を勝ち得ている傍ら、27歳にして既に妻子持ちの落ち着いた雰囲気と、美形とまではいかなくとも無難に整った顔立ち、180センチを超える長身の彼は、一部の女子生徒からも熱狂的な支持を受けているが、小篠には、その人気が いまひとつ理解出来ない。

 外見の良さと遠目の落ち着いた雰囲気は認めるが、いざ近づこうとすると、無愛想で近寄り難く、挨拶するのでさえ緊張する。

 もっとも、言う人に言わせれば、そんなところもクールでカッコイイ、ということになるのだから、他人の好みは分からない。

 小篠、緊張から舞い上がり気味に、

「せ、先生……! おはようございます! 」

 重い沈黙が流れる。ややして返ってきたのは、大きく息を吐く音。

 小篠は、ドキッ。

(溜息……? )

「おはようって時間でもないけどな」

皮肉げな言葉が、それに続いた。

(どうしよう……)

 秋山が怒っているのを感じ、途惑う小篠。

「どうしたんだ? 今まで、ずっと家にいたのか? 朝にも、1回、電話したんだが」

(……そうなんだ)

 と、いうことは、葉の担任からの電話と合わせ、朝、2回も電話が鳴ったということになる。

(全然、聞こえなかった……。そんな熟睡してたんだ、私……)

 小篠はドキドキに任せ、

「あのっ。私、寝坊してしまって……。ごめんなさい! 急いで行きますっ! 」

 早口で言って、耳から受話器を離した。

 直後、秋山が何か言ったような気がし、急いで受話器を耳に当て直そうとするが、手が滑って、丁度、電話の受話器を置く場所に落とし、運悪く、カチャン。通話は切れる。

(先生の話、途中になっちゃった……? )

 小篠は、切れてしまった電話を見つめた。

(どうしよう……)

 秋山と顔を合わせるのが怖い。

(どうしよう、どうしよう、どうしよう……)

 心の中で、どうしよう、だけが繰り返す。

 だが、ここでこうしていても仕方ないこと、時間が経つほど行きたくなくなってしまうことも分かっているので、頑張って頭を切り替え、

「どうしようも、ないよねっ」

 寝坊した自分が悪いのだから、とにかく1秒でも早く学校へ行って、先生に謝ろう、と、一生懸命自分に言い聞かせ、小篠は、大きく息を吸い込んで、しっかりと顔を上げた。

 葉を急かして着替えさせ、歯を磨かせて、ランドセルを背負わせ、玄関へ向かい、靴を履かせ、自分も靴を履いて、カバンを手にドアを出る。 

 当たり前のことだが、小篠に比べて葉は、どうしても足が遅い。

 少しイラつきながら、小篠は後ろから急き立てつつ、学園へ走った。





 いつもは正門で別れる葉を、今日は初等部校舎内の葉の担任のもとまで送り届け、担任に挨拶してから、小篠は高等部へ。

 2階にある職員室前の廊下から、ドアを自分の顔幅くらい開けて職員室を覗き、キョロキョロ。

 秋山を捜し、担当する学年別に分かれ2脚ずつ向かい合わせの形で廊下に対して平行に並ぶ教員の机の列のうち、廊下側から見て、一番奥の1年部の列の右側から2番目、窓のほうを向いて置かれた秋山自身の席に、窓際の右端に置かれた低い棚の上のテレビを見ている後姿を見つけ、深呼吸してから歩み寄った。

「先生」

 小篠が声を掛けると、

「ん? 」

秋山は先ず、頭だけで振り返り、

「おう、小篠」

長い足を邪魔臭そうに縺れさせながら椅子を回転。

「早かったな」

「はい。走って来ました」

 小篠は緊張のあまり、ピシッと姿勢を正して返した。

「急がなくていいから車に気をつけて来いって言おうとしたのに、お前、電話、切っちまうから……」

「す、すみませんっ! 」

 急いで頭を下げた小篠に、秋山は、

「無事だったから、いい。……小篠は、本当に真面目だな」

フッと笑みを浮かべた。

(……笑顔? )

「先生、怒ってないんですか? 」

「怒ってないよ。心配は、したけどな」

(心配……)

その言葉は、優しく心に響く。

 何だか、温かい……。小篠の胸の奥の奥のほうで、小さくて可愛い可愛い花の芽がピョコンと顔を出した感覚があった。 

 秋山が担任になってから半年以上が経って今更、秋山のことを、本当は優しい人なのかも知れない、と思った。

 しかし、そうだとしたら、さっきの電話での溜息は何なのだろう。遠慮がちに聞いてみた。

「溜息? 」

 秋山は首を傾げる。

「オレは溜息なんて……」

 言いながら、ふと思いついたように、机の端のタバコの箱とライターに手を伸ばし、

「もしかして、溜息ってのは」

慣れた手つきで箱を軽く縦に揺すってタバコを1本取り出し、口にくわえて火をつけて、煙をフウーッ。

「この音のことか? 」

 その音だった。

「……そうです」

「そうか。そりゃあ、悪いことをしたな」

 秋山は、ちょっと笑って、タバコを灰皿に押しつけて立ち上がり、小篠の頭にポンと手のひらを置く。

 大きくて温かな手のひら。全てを受け止め包み込むような眼差し。

 秋山のことを好きだと言う人たちは、これを体験したのだろうか? それなら小篠にも、秋山の人気の秘密が分からなくもなかった。

 高校生には絶対に無い、大人の魅力。大人の、余裕。 

 新しい発見。小篠の胸の奥の奥の花の芽がプクッと丸みを帯びた。

 小篠は思わず、秋山をじっと見つめてしまい、

「どうした? 」

言われて、ハッと我に返る。

「あ、すみませんっ。何でもないですっ」

 少し恥ずかしくなりながら、丁度鳴った予鈴をいい口実に、

「じゃあ、先生。私、教室に行きます」

そそくさと立ち去ろうとした。 

 そこを、

「小篠」

秋山は呼び止め、振り返った小篠に、

「次、オレの授業だろ? 」

クラスメイト36人分のノートを、ドサッと渡す。

「ついでに持ってってく…れ……」

 話し半ばで秋山の注意と目を引いたのは、テレビの音声。

 小篠もつられて見たのは、5分間の県内ニュースの番組で、ここ1ヵ月の間に小篠の住む市内で発生した殺人事件全19件のうち18件について、被害者の遺体に共通点があることから、同一犯の犯行とみて捜査をする方針であるとの警察の発表を伝えていた。

 それらの殺人事件の殺害方法は、まちまち。遺体の状況も、鋭利な刃物のようなもので心臓を一突きにされた場合から、動物に食いちぎられたような痕を残し頭部だけが発見された場合まで、様々だが、ただ1つ、模倣犯による混乱を防ぐため今の報道で初めて明らかにされた共通点。遺体のどこか一部に、決まって、1平方センチメートル内に収まる程度の大きさの、翼を模っていると思われる黒い痣のようなものがあるのだという。

 小篠は、

「近くでこういうことが起こると、怖いですよね。私も気をつけなきゃ」

本気で怯えた。夜遅くまで子供だけで家にいる自分たち姉弟が、いつ同じ目に遭っても不思議ではないと思えたのだ。

 秋山、テレビに向けていた視線を小篠に戻し、

「人から恨みでも買ってるのか? 」

そうじゃないですけど、と、首を横に振る小篠に、

「だったら」

冗談めかして、

「小篠が気をつけなけりゃならないのは、殺人犯より睡魔だ」

上手い具合にまとめる。

 そこで、5時間目の本鈴。

「まずい」

 言って、秋山は小篠からノートを半分取り上げ、他の自分の荷物も手早く掻き集めて、

「半分持つから走れ」

言いざま、小篠の脇を すり抜けて行った。

(へっ? )

 小篠は一瞬、何が何だか分からず、秋山の背中を見送ってしまっていたが、ハッと気付き、あ、ちょ、ちょっと待って、と、急いで追いかけ、廊下に出たところで、どうにか横に並び、息を弾ませながら、

「先生、廊下を走っちゃ、いけないんじゃないですか? 」

 秋山は、前を向いたまま、

「オレが許す」

ふざけた答えを、きっぱりと、大真面目な口調で返す。

(先生って……)

 小篠の胸の奥の奥の花の芽が……ポヨンッ。開いた。


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