* 4-(2) *
日高の家の塀の外側、小篠・日高・秋山・藤崎の4人は、前回と同様、通用門から中を窺う。
しかし、息を凝らして一生懸命目や耳を働かせても、小篠には1体の闇変化も見えず、また、聞こえるのは雨の匂いを含んだ風に揺れる木の葉の擦れ合う音だけだった。
ここまで来る間も、闇変化の姿は、秋山の自宅前の通りに出た直後に一同の目の前を通り過ぎて行ったのを見たのを最後に見かけなかったが、その犠牲となった人々の遺体には、何度も出会い、その度に小篠の胸は痛んだ。
日高の家の前まで来る間に出会った犠牲者のほとんどが、恐らく、自分とは無関係の闇変化に殺害されている。
自分の大切な人に襲われるのも、事情を知らない以上、逆に自分が裏切られたようで辛いだろうが、全く関係の無い者にワケも分からぬまま命を奪われたのでは、本当に遣り切れない。そして、奪う側の闇変化たちも自分の意思ではないことを思えば、なお辛い。
自分が冷たい言い方をしたせいで葉を闇変化させてしまい、自分に原因があるのに生き残ることが出来、事情を知ることも出来た自分に課せられた責任の重さを、小篠は強く感じていた。
亡くなった人たちは帰らなくても、せめて、闇変化してしまった大切な人が元の姿に戻ることで少しでも救われればと思う。自分にとっては特に大切でない人の闇変化や無関係の闇変化に殺された人のためには、何が出来るのか、何をすべきなのか分からなくて、申し訳ないけれど……。
真姫と戦うにあたって前回と違うところは、いくつかある。
闇水晶が存在しないこと。小篠が闇変化を攻撃出来るようになり、実戦力が増えたこと。小篠以外の3人の体調が本調子ではないこと。それらを総合して考えて、勝算は、あるのか無いのか。
とにかく今、やるしかない。
本調子でない3人の回復を待つ時間など無い。1パーセントでも、可能性があるならば……。
日高は僅かに眉間にシワを寄せ、目を閉じている。
それに気づき、小篠、
「日高クン? 」
声を掛けるが、日高はそのまま。
顔色は普通なので、体調が悪いワケではなさそうだ。きっと自分には分からない何か特別で大事なことをしている最中に違いない、と考え、見守る。
2・3分の後、小篠と、秋山・藤崎も視線を注ぐ中、日高は普通に目を開け、
「真姫がいるかどうか、探ってたんです」
今 自分がとっていた行動を説明。
秋山、
「それで、真姫ちゃんはいるのか? 」
「います」
言い切る日高。
その時、
(…あ……)
上空に超巨大な黒い金魚が現れ、飛行船のようにゆったりと泳ぎはじめた。
それに気を取られた瞬間、
(! )
今日も頭上、金魚を見ていては死角となる方向から、葉が大の字でダイビング。
小篠は飛び退いてかわし、手の中に光の球を作り出す。一瞬の躊躇い。しかし、胸にグッと詰まるものを堪えつつ、
「ごめんね。痛いだろうけど、我慢してっ! 」
叫び、葉に向けて放った。
光の球は葉の胸に当たり、その巨体を数メートル弾き飛ばす。
ちょっとの間も置かず、葉はユラリと静かに起き上がり、後ろ向きで塀の上に飛び上がって、一度、小篠を見据えてから、塀の向こう側に姿を消した。
見送る小篠。
(ごめんね、ヨウくん。待っててね。すぐに、元の姿に戻してあげるからね)
目から頬に、涙が伝う。
背後から、誰かの手が優しく、ポンッと小篠の肩に乗った。
藤崎だった。
藤崎は、慰めるように、また、そっと、ポン、ポン。
日高から、
「行こう」
声が掛かる。
小篠は急いで涙を拭ってから、キッと通用門の方向を見据えた。
日高は一度、門側から見て自分より後ろに立つ小篠・秋山・藤崎を振り返って順に見回し、今回も、とりあえず勝手口に向かいます、と、一言言ってから、門に向き直る。
勢いよく門扉を開け放ち、門の内側へ足を踏み出す日高。
小篠は、秋山・藤崎と共に続く。
(また、こんなに……)
門の外から覗いていた時には、小篠には上空の金魚以外、1体も確認出来なかったのだが、いざ門を開けて入ってみると、そこには、十数体の闇変化。うち、比較的門の近くにいた7体が、小篠たち一同の姿を認めるや否や、わらわらと集まって来、行く先を塞いだ。
先手必勝、と、日高は、まだ攻撃態勢に入っていない闇変化に向けて光掃射。6体が倒れる。
日高の攻撃をかわし、一同に向かって襲い掛かってくる残りの1体。藤崎が光線を作り出して日高の前に1歩進み出、その1体を薙ぎ払った。
続いて日高は、これから目指す勝手口方向、まだ小篠たちのほうに向かって来ていない視界に入っているだけと思われる闇変化を、光の球で次々と狙い撃つ。だが、きりが無い。攻撃しても、すぐに復活する闇変化。しかも、小篠たちが勝手口を目指していることを知ってか、新たに何処からともなく現れ、勝手口方向に立ち塞がる闇変化は、増える一方。
日高は小さく舌打ち。
「ダメだ。玄関へ回ろう」
日高の判断で、一同は進路変更。玄関を目指し、左へ。
進行方向にいる闇変化3体に向けて、日高は光の球を連射。道が開ける。
弾き飛ばされて地面に転がる闇変化を避けて走り出す一同。玄関へ向かい、建物側面、塀寄りを走る。
進行方向に新しい闇変化を見つけては、向こうが攻撃態勢に入る前に攻撃する日高。
その隣を走りつつ、藤崎が、補助的役割で、日高の攻撃をかわしたりダメージが浅かった闇変化に、再度攻撃。
小篠と秋山は後方で援護。後ろ向き気味に走り、後ろから追って来る闇変化に追いつかれないよう攻撃を繰り返す傍ら、日高や藤崎の攻撃を受けた闇変化が起き上がってくれば、完全に復活する前、通り過ぎざまに、もう一撃。
そうして、建物正面が見える位置まで来た。
塀を離れ、右手に90度折れ曲がり、それまでと同じ要領で、しかし、塀を離れたことで囲まれないよう、側面を走っていた時よりも、1体1体に対して少ししつこく攻撃しつつ、玄関前まで辿り着いた。
木製の大きく立派な観音開きの玄関の扉の両側に、1体ずつ闇変化が立っている。
日高と藤崎が、それぞれ自分から近いほうに狙いを定めた。
その時、扉の両脇の闇変化が、ゆっくりと扉を開けた。
咄嗟に身構え直し、扉の奥を見据える小篠。
見据える先から、斜め後ろに闇変化を2体従え、ゆったりとした足取りで真姫が出て来、小篠たちを出迎えた。
「きっと、おいでになると思ってました。なかなか楽しいイベントでしょう? 」
「真姫……! 」
日高は、ギリッと歯噛みした。
「まあ、怖い顔」
真姫は笑顔でかわしてから、残念そうな表情を作ってみせる。
「……ご期待に副えなかったのですね? 」
そして、ちょっと考える素振りを見せ、
「そうだ」
ポンッと手を打った。
「未熟者の私に、アドバイスを下さいますか? お茶でも、ご一緒しながら」
とってつけたような笑みを浮かべながら言って、
「どうぞ、上がって下さい」
脇に寄り、道を空ける。その様子の、何ともわざとらしいこと。
「お友達も、どうぞ。さあ、遠慮なさらずに」
真姫が重ねて言った、瞬間、
(……? )
小篠の視界の端を何かが横切る。
小篠は横を見、そのまま後ろにも目をやって、
(! )
青ざめた。
自分たちの背後を、数えきれないほどの闇変化が固めている。小篠たちが真姫に気を取られている間に集まってきたらしい。
小篠は日高の腕を掴み、事態を知らせた。
背後の闇変化たちは、攻撃を仕掛けてくるでもなく、ただ、そこにいるだけ。しかし、恐らく小篠たちの出方次第で、すぐにでも襲ってくる。
真姫を殺すには、真姫が扉から出て来た瞬間がチャンスだったのかも知れない。
前方を真姫と4体の闇変化、後方を無数の闇変化で固められてしまった今、下手な動きは出来ない。
理屈としては、闇変化が何体いようと真姫を殺しさえすれば何の問題も無い。だが、それは、真姫を一撃、一撃とは言わなくても、ごく短い時間で殺せた場合の話だ。
光の攻撃はモーションが大きすぎる。真姫は難なくかわすだろう。
その後の惨状は目に見えている。
小篠たち4人全員が、確実に死ぬ。
別の、人を殺せるような道具など、誰も持っていない。光の力だけだ。
小篠は日高を見る。
(どうしよう……! )
ウンともスンとも言わない、何のアクションも起こす気配の無い日高に、真姫、
「どうなさったのです? 」
観察するような目で、口元には意地の悪い笑みを浮かべた。
小篠には、それが、家の中で死にますか? それとも、ここで死にますか? と聞こえる。
小篠は思った。真姫の誘いは、小篠たちを何らかの罠にかけるため以外の何ものでもないだろう。けれども、自分たちの生きている時間が長くなった分だけ、再び真姫を殺すチャンスが巡ってくる可能性は高くなる。一緒に行くべきだ、と。
小篠は、もう一度日高の腕を掴んで自分のほうを向かせ、決意を込めて真っ直ぐに目の奥を見つめた。
その決意が伝わったか、日高は頷き、秋山と藤崎の意見を求めるべく、2人を交互に見る。
藤崎、
「あたし、紅茶がいいわ」
続いて秋山、
「オレはコーヒーだ。ブラックな」
その言葉を受け、日高は真姫に向き直る。
「じゃあ、お言葉に甘えてご馳走になるよ」
真姫に勧められるままに玄関を入ると、そこに靴を脱ぐスペースは無く、靴のまま上がるようになっていた。
目の前に広がる深い赤の絨毯が敷かれた2階まで吹き抜けのホールは、実際にはどのくらいの広さがあるのか分からないが、小篠の家の敷地面積よりもあるように思える。
その中央には、高い天井から、直径1・5メートルはありそうな大きなシャンデリア。温かみのある黄色がかった白い壁には、玄関側から向かって左に2つ、右に3つの木製のドア、正面奥に玄関の扉より少し小さいだけの、磨りガラスがはめ込まれた観音開きのドアが配されていた。
入ってすぐ右手側には2階へ続く階段があり、階段を控えめに飾る欄干は、そのまま2階部分の右側と正面奥を飾っており、その向こうに合計4つのドアがあるのが見える。
小篠たちの後から、真姫と、真姫が先に従えて出て来た2体の闇変化だけが中に入り、扉が閉まった。
真姫の案内で小篠たちが通されたのは、左手側手前の部屋。品の良いレースのカーテンがかけられた、明るい20畳ほどの広い室内の中央に、高級感のある応接セットが置かれている応接室。
「ここでお待ち下さい。すぐに仕度します」
言い残して、真姫と2体の闇変化は部屋をあとにする。
途端、
(っ? )
部屋が真っ暗になった。何も見えない。
目を開けているのかどうかも疑わしくなるほどに深い闇。
直後、
「ああっ! 」
日高が短く叫ぶ。
「日高っ? どうした! 」
日高の叫びに反応する秋山。しかし、その声は暗闇の静けさに呑まれた。
「日高! 返事をしろ! 」
秋山は、もう一度呼んだが、日高の返事は無い。
すぐ近くにいるはずの互いの姿さえ見えない状態。秋山の提案により、手を繋ぐことになった。
小篠は手探りで秋山と藤崎を捜そうとする。
「あれ? 」
藤崎の声。
「オジサンの手、随分ゴツい……」
「藤崎! それはオレの手じゃない! 」
慌てた様子の秋山の声が、藤崎の台詞を遮る。
「オレは、まだ、誰とも手をつなげてない! 」
言い終わらないうちに、藤崎の悲鳴。
「藤崎サンッ? 」
小篠は、見えないなりに手を宙に泳がせ、急いで藤崎を捜した。
辺りは静まりかえっている。
「小篠、いるかっ? 」
秋山の声に、
「います、先生」
答えながら小篠は、ふと、自分の襟元に光る物を見つける。光水晶のカケラだ。細い鎖の先に繋がったそれを、服の中から完全に引き出して見ると、カケラ自体が光を発していた。
「先生、カケラが光ってます」
小篠はカケラを首から外し、手のひらに載せて掲げて明かり代わりに。
すぐ横に、秋山が小篠に背中を向けて立っているのが見えた。
小篠は秋山の正面にまわる。
小篠の手のひらの上のカケラを見、秋山、
「本当だ」
自分の光水晶のカケラも出す。やはり光っていた。
小篠と秋山は背中合わせに立って辺りを警戒しつつ、カケラの明かりを180度グルッと動かし、日高と藤崎を捜して目を凝らす。
小篠、
「日高クンいません。藤崎サンも」
秋山が返す。
「こっちにもだ。……心配だな。とにかく、ここから出よう」
背中合わせのまま、ドアへ歩こうとする小篠と秋山。
その時、光水晶のカケラのお蔭で少し深みを失った闇の中に、ぼんやりと、いくつもの緑色の光が現れ、2人を取り囲んだ。闇変化の目だ。
小篠は大急ぎでカケラを首に掛け直し、手の中に光の球を作り出す。そして、首に掛けたカケラの明かりだけでは、少し離れた所にいるであろう闇変化の体の輪郭ははっきり分からないため、目を狙って撃った。
瞬間、
「ぐおっ……」
呻き声と共に、いくつかの目標のうち2つが消える。目を閉じたか、手か何かで覆ったのだと思われるが、相手のダメージが見えないというのは、何ともやりづらい。
小篠の攻撃が合図となったか、それまで遠巻きに2人を囲んでいた緑色の光が、一斉に距離を縮めてきた。
小篠の守備範囲180度に、光は6つ。恐らく、闇変化3体だ。少し後れて合流しようとしている、今、小篠の攻撃を受けたばかりの1体も、まとめて薙ぎ払うべく、小篠は、今度は、かなり長めの光線を作り出した。
体の輪郭が見える距離まで引きつけておいて、勢いをつけ、思いきり水平に振り抜く。
3体分の手ごたえがあった。一番端の1体には、当たりはしたものの浅かった。
小篠は素早く体勢を直すが、返す刀は間に合わず、腹を衝撃が襲う。
体ごと突き上げられ、前のめりに、膝から床に崩れた。痛いと言うより、苦しい。上手に息が出来ない。
蹲る小篠の周りに、復活した3体まで集まってくる。
これまでならば、こんな時には必ず、誰かが助けに来てくれていたはずだ。
しかし、今、日高と藤崎は、ここにはいない。
秋山は……? 闇の中、秋山の動きが全く感じられない。秋山も、小篠と同じに、闇変化の攻撃によって倒れたのか?
光を作り出そうにも、息苦しさで、それだけの集中力が無い。
もう、ダメだと思った。
何だか、瞼が重い。
……今際の際には、それまでの人生が走馬灯のように蘇ると言うが、本当らしい。小篠の視界が切り替わる。
それは、優しく温かな光に満ちた映像。
小篠は幼稚園・初等部・中等部・高等部と、ずっと真面目でとおっていた。そのことについて、特に初等部高学年くらいになってからは、嫌な言い方をする人もいたけれど、大多数の人は、小篠が相手に対してそうだったように、誠実な態度で接してくれた。忘れているだけかも知れないが、辛い思い出や悲しい思い出は、全く無い。
父や母は仕事が忙しくて、あまり一緒にいられずに、寂しいと感じることもあったけど、好きだった。大好きだから、寂しかった。秋山の家で日高たちと合流する日の朝の、久し振りに両親と一緒の朝食風景が思い出された。……帰りたかった。帰れると、思ってた……。帰って、もう一度、父と母と、食事がしたかった。
いよいよ重たくなってきた瞼を閉じようとした時、闇変化する直前の葉の笑顔が目の前に現れ、
(…ヨウくん……)
小篠は、ハッと目を見開く。
思い出したのだ。
(死ねない……)
自分が、何故、戦っているのかを……。
(死ぬわけにはいかない! あんな、たった一瞬の笑顔が最後なんて、絶対、嫌だっ! )
体中に力が漲る。
(私、今、何を弱気になってたんだろう……)
初めて命中した闇変化の攻撃によって恐怖を植え付けられてしまったのだろうか……。
これでは、いけない。
いつの間にか、ピンチに他人をアテにする癖もついてしまっていたようだ。
いくら怖くても、立ち向かっていかなければ……。
頭を抱えて小さくなって待っていたって、この嵐は、頭上を通り過ぎて行ってなど、くれない。
小篠は、スックと立ち上がった。
(こんなんじゃ、ヨウくんを連れて帰れない……。…自分で、切り開くっ……! )
再び光線を作り出し、小篠、今度は確実に、自分の周りの闇変化4体を、いっきに払い倒す。それから回れ右をし、少し離れたところにある8つの緑の目を目印に走り、光線を振り回して、秋山しか目に入らなくなっていた秋山守備範囲の4体の闇変化のうち3体に次々と切りつけた。
残る1体の目に光線を突き刺した瞬間、部屋がパッと明るくなり、床にベタッと座り頭を垂れて動かない秋山の姿が目に飛び込んできた。
恐る恐る近づく小篠。
その視線の先で、秋山は、ゆっくりと顔を上げ、辺りを見回す。
生きていた、と、ほっとした小篠を、秋山は驚いた様子で仰ぐ。
「小篠、すごいじゃないか」
(? )
秋山の驚きの理由を、一瞬、理解出来なかった小篠。
小篠は、攻撃中には部屋が暗かったことと、その時その時の攻撃に集中していたため、そして、部屋が明るくなった時には、秋山をひたすら気に掛けていたため、気づかなかったのだ。
見れば、8体いるうちの7体の闇変化は胴体を切断され、残る1体は、目があったはずの場所にポッカリと大きな穴が開き、皆、床に転がっている。かなりの深手だ。
小篠の性格上、それを「すごい」と言われても単純には喜べないが、ここまでの深手ならば、回復するのに少し時間がかかるかも知れない。
秋山、
「今のうちだ。行くぞ」
言って、立ち上がろうとし、よろける。
小篠は咄嗟に支え、頷いた。
応接室を出ると、小篠と秋山は、玄関から見て左手奥のドアの前に立った。
ドアというドアを片っ端から開けて歩くつもりだ。
自分たちが受けた仕打ちを考えると、小篠は、日高や藤崎が危険な目に遭ってないわけがないと思え、
(…日高クン、藤崎サン……! )
無事を祈り、傷ついた体を引きずりながら、気ばかりが焦る。
充分に警戒しつつ、しかし、ゆっくり開けても、もし中に真姫や闇変化がいれば、小篠・秋山に対しての攻撃の準備の時間を与えてしまうだけ、との考えから、1人が予め攻撃の態勢をとり、もう1人が素早くドアを開けるという方法をとることにした。
比較的元気な小篠が光の球を手に構え、秋山がドアノブに手を掛ける。
勢いをつけて秋山が開け放ったドアの向こう、3メートルほど先正面には、またドアが見えた。
すぐ右手には、上へと続く階段と、その向こう、正面のドアのある壁との間に、右側奥へと続く廊下。
小篠と秋山は注意深く辺りを見回しながら、たった今開けたドアを入り、そのドアを開けた時と同じようにして素早く、正面のドアも開けた。
そこは、トイレだった。
鏡と洗面台があり、キチンと掃除の行き届いた、見るからに清潔なトイレ。ただ、広さが小篠の家のトイレの3倍はあり、用を足すのに、広すぎて落ち着かなそうだ。
ここには誰もいない。
トイレのドアを閉め、小篠と秋山が次に開けたのは、ホールに面したドアを開けた時に階段の向こうに見えた廊下を少し奥へ進んで左手側にあったドア。
そこには、洗面ボウル部分が2つある洗面台が設置され、洗面台の10センチ上から天井までの壁一面の大きさの鏡。
ここは、洗面所だ。
洗面台の右側に磨りガラスのドアがあり、そこも開けると、小篠の家族全員が一緒に入ってもゆったりと入れそうな大きな浴槽と広い風呂場のある浴室だった。
洗面所にも浴室にも、誰もいない。
洗面所を出、小篠と秋山は廊下を更に奥へ。
廊下の行き止まり手前左手に、もう1つドアを見つけ、開ける。
そこは、大型のテレビが置かれ足下には毛足の長い白い絨毯が敷かれた、最初に通された応接室と同じくらいの広さのリビング。
ここにも、誰もいない。
小篠と秋山は廊下を戻り、ホールに面したドアを入ってすぐ右手側の階段を上る。
その先には、順に、学習机の上に小篠の物とお揃いの教科書やノート、辞書類が置かれた日高の部屋。ドッシリとした木製の立派な机と革張りの座り心地の良さそうな椅子、本棚にギッシリと分厚い本が並べられている書斎。1階にあったのと全く同じ造りのトイレ。シングルベッドが2つ並べて置かれた日高の両親のものと思われる部屋。日高の話の通り隅にトイレがある真姫の部屋。
念のため、各部屋の中に大きめのクローゼットなど人が入れそうな箱型の物があれば開けてみたが、そのどこにも、誰もいなかった。
来た所を戻り、小篠と秋山はホールへ出る。
玄関から見て正面奥の磨りガラスのドアは開かなかったため諦め、右手奥のドアへ。
これまでのドアと同様に警戒して開けた、その向こうは、真っ暗だった。
注意深く気配を窺いつつ足を踏み入れる。と、何の気なく壁についた小篠の指先に、偶然、何かのスイッチのような物が触れた。
(? )
小篠は それを秋山に伝え、了解を得てから恐る恐る押す。直後、パッと部屋の明かりがついた。
(…何だ……)
ただの電気のスイッチだったらしい。
普通に明るくなったその部屋には窓が無く、ドアの左右に1枚ずつ、左右正面の壁に計12枚の、キチンと額に収まった油絵が飾られており、四隅には壺だったり彫刻だったり、大きめの置物が置かれている。
部屋の中央にはガラスケース。その中には年代の古そうな宝飾品や食器類が整然と並べられていた。
まるで美術館のように鑑賞目的で陳列されていると思われる品々。
小篠には全くその値打ちが分からないが、わざわざこんなふうに並べてあるのだ。どれも芸術的に価値が高く値段も高い、間違っても、その辺のデパートで売っているような物ではないだろう。
ここは、誰かのコレクションルームのようなものなのだろうか?
ここにも、誰もいない。
右手中央のドアはトイレ。ドアの向こう左手側に鏡と洗面台、右手側に個室が2つ。
個室の中も確認したが、誰もいなかった。
2階へと続く階段の裏に隠れるようにして在る右手手前のドアも、正面奥の磨りガラスのドアと同じく開かなかったため諦め、小篠と秋山は階段を上る。
2階の4つのドアは全て、トイレと洗面所・浴室が完備された、生活感の全く無い、客専用と思われる部屋。
開けられる場所は全部開けたはずなのだが、どこにも、誰の姿も無かった。
通用門から入って玄関に着くまでに見た限りでは、別棟は無い。
やはり、開かないだけに、1階の、玄関から見て正面奥と右手手前のドアが怪しい。……そう考え、小篠と秋山は階段を下りた。
小篠と秋山は、先に、正面奥と右手手前のドアを比べ 何かの時には簡単にドアを壊して中に入れそうな、正面奥のドアの前へ。2人揃って磨りガラスにピッタリと耳と手のひらをつけ、中から何か聞こえはしないかと聞き耳をたてた。
秋山、
「何か、聞こえるか? 」
小篠は首を横に振り、更に強く、耳をガラスに押し当てる。
直後、
(! )
ドアが軽く震動。
小篠は反射的に飛び退いて身構え、ドアを見据えた。
秋山もまた、同じく。
そんな2人の視線の先で、ゆっくりとドアが開き、真姫が顔を覗かせた。
小篠と秋山が耳と手のひらをくっつけていたドアは、磨りガラス。2人の耳と手のひらがはっきりと、体全体の影もうっすらと、ドアの向こうからガラス越しに見えたのだろう。
感情の読み取れない無機的な笑みを浮かべ、真姫、
「よく、ご無事で……。丁度いいところへ、おいでになりましたね。どうぞお入りください。兄も中にいます」
小篠は秋山を見、真姫の言葉を受け入れて中に入って行っていいものか、と無言で問う。
秋山は頷いて見せ、小篠の先に立って中へ。
小篠が続いて入ると、真姫がドアを閉めた。
そこは薄暗く、応接室やコレクションルームの3倍以上の広さがある食堂だった。
中央に長方形の大きなテーブルが置かれ、その周りを20脚の高めの背もたれをもつ椅子が、互いに1メートルほどの感覚を空けて囲む。
入って右手側の壁には、小篠たちが入ってきたホール側の磨りガラスのガラスのドアとは別に、他の部屋の入口と同じ木製のドアがあり、左手側の壁際には、20人以上の客に対応するためか、テーブルを囲む椅子と同じ椅子が何脚か、背もたれを壁につけて置かれていた。
小篠は辺りを隈なく見回すが、自分と秋山以外には、真姫だけ。闇変化すら見当たらない。
「こちらへ」
言って、真姫は左手側へと小篠と秋山を誘導する。
真姫の後ろを秋山と共に進む小篠の胸を嫌な予感が過ぎる。
真姫は「兄もいます」と言っていたが、日高の姿など無い。
いくら薄暗くとも、日高が自力で普通に動ける状況にあれば、キチンと見回したのに気づかないなどありえない。
いる、と言っても……。
(…もしかして、日高クンは、もう……)
あるいは自分たちが、またしても真姫にハメられたか……。
しかし、ハメられたかも知れない不安はすぐに解消された。
少しして足を止めた真姫の視線を追い、壁際に置かれた椅子のうち1脚だけ不自然に背もたれを手前にして他の壁際の椅子とは少し離れた位置に置かれた椅子に、ロープで縛りつけられグッタリと頭を垂れている日高を見たのだった。
「日高クン! 」
小篠の声に反応したのか、日高は顔を上げる。
(…日高、クン……。生きて、た……)
小篠は日高に駆け寄ろうとする。が、
(っ! )
いきなり、後ろから誰かに羽交い絞めされた。
何とか首を捻って見てみると、真姫がさっき玄関で小篠たちを出迎えたときに後ろに従えていた2体の闇変化のうちの1体だった。
見れば秋山も、小篠と同じように、真姫に従って玄関に出て来た闇変化のもう1体によって、動きを封じられている。
2体の闇変化は、それ以上何をするでもなく、ひたすら小篠・秋山を抑えることだけに徹している。
真姫が小篠に向き直り、小篠の首から光水晶のカケラを鎖を引きちぎって奪い、続いて、秋山のカケラも、探して取り上げた。
「これは預かっておきます」
それから日高に歩み寄り、小篠たちの位置から日高の苦しむ姿を見やすくするための意地の悪い配慮か、華奢な腕で重たそうに引きずって、日高を椅子ごと180度回転させ、自分はその正面に向き合って立ち、日高に向けて右手のひらを突き出して、落ち着き払った声で、
「お兄さん、お友達に、お別れを。1人足りないようですが、せっかく、こうして最期に駆けつけて下さったのですから」
日高は何も言わず真姫を見つめた。見ているほうが切なくなるくらい悲しげな目。
真姫、
「では、何か言い遺すことは? 」
全く感情のこもらない淡々とした口調。
その問いに日高は、真姫を見つめたまま、静かに、
「真姫…可哀相に……」
真姫のコメカミの辺りがピクリと動く。
真姫は一度俯き、
「…う…るさい……」
呻くように言うと、バッと顔を上げ、
「死ねっ! 」
真姫の、日高に向けて突き出されていた手のひらの中心、バチバチと、静電気の音をそのまま大きくしたような音を立てながら、音に合わせて微かに震える黒い球体が出現した。
(日高クンっ! )
小篠は全力で闇変化の腕を振りほどこうとする。
が、光水晶のカケラを持たない小篠に、そんな力など無い。
(日高クンっ!! )
もがく小篠。
と、今まさに日高に向かって球体が放たれようという瞬間、部屋の右手側から、高速のため尾を引いて光の球が飛んで来、真姫の右肩に当たった。
(っ!? )
驚いた小篠がそちらを見ると、開け放たれた右手側の壁のドアの前、今の攻撃のために右手を伸ばしたままの格好で苦しげに肩で息をし、真姫を見据える傷ついた藤崎の姿。
(……藤崎サン! )
真姫の放った球体は日高から僅かに逸れ、日高を縛りつけているロープを掠って、それを切る。
自由になった日高は、真姫が藤崎に気を取られた隙をついて真姫の左腕を掴み、思い切り引っ張って、壁へと投げつけた。
不安定な体勢で壁にぶつかった真姫を、日高は、体ごと密着して壁に押さえつけ、藤崎を振り返り、叫ぶ。
「藤崎サン! 今だ! 僕が押さえてるから、真姫をっ……! 」
日高は藤崎から見て、完全に真姫に覆い被さる形になっている。
真姫の姿が見える日高の横側に回ったとしても、今の藤崎には、真姫だけを狙うのは難しいだろう。何故なら、真姫を殺そうとしている以上、まだ真姫に存在を気づかれていない1発目しかない好機に、わざわざ肩など狙うはずがないからだ。藤崎は、頭なり心臓なり、急所を狙ったはずだ。怪我のためか疲れのためか、コントロールが狂ったのだ。
もっと近づいて至近距離から攻撃すればいいのだろうが、怪我をしている藤崎には、あまりにも遠い距離。移動している間に、真姫は日高の腕から脱出するかもしれない。
藤崎、
「ダメよ! 日高クンまで巻き添えになるわ! 」
真姫は、何とか自由になろうと暴れている。
日高は、必死で真姫を押さえながら、
「僕も一緒で構わない! 」
その言葉に、この場にいる、闇変化以外の全員が驚き、目を見開いた。そう、真姫までもが……。
「真姫を追いつめたのは、僕なんだ。せめてもの償いに、一緒に死んであげたい」
日高は、暴れるのをやめて自分を仰ぎ見つめる真姫に向けて、更に続ける。
「真姫、ごめん。君をこんなふうにしてしまったのは、僕だ。一緒に行くよ。一緒に、逝こう」
そして、再び藤崎に目をやり、
「藤崎サン、お願い! 」
当然、
「…そんな……出来ないわ……」
藤崎は途惑った様子で首を横に振る。
藤崎に、縋るような視線を向ける日高。
見守るしか出来ない小篠と秋山。
「お願いだから……! 」
日高の悲鳴に近い声。
圧されるように、藤崎は光の球を作り出し、指に挟んで、ゆっくりと日高に向け、ギュッと目を瞑る。
光の球が、藤崎の手を離れた。
小篠は見ていられず、俯く形で目を背ける。
刹那、
「お兄さん、生きて……」
真姫の声と、ドサッいう音。
背けていた小篠の視界の隅で、床に尻もちをつく日高。
(っ? )
小篠は驚き、さっきまで日高が真姫を押さえつけていた壁の方向に視線を戻す。
そこに、穏やかな表情で両腕を広げる真姫の姿があった。どうやら、真姫が日高を押し退けたようだ。 光の球は、真っ直ぐに、真姫だけを撃ち抜………………かなかった。
真姫の寸前で光の球は細かく砕け、無数の小さな光の粒となり、キラキラと真姫を包む。
光を纏う真姫。
やがて光の粒は、静かに静かに、真姫の内へと吸収されていった。
小篠の体が、フッと自由になった。見れば、秋山も。
小篠と秋山を羽交い絞めにしていた2体の闇変化は、それぞれ、バッタリと床に倒れて黒い煙を立ちのぼらせ、人間らしい姿へと変わっていくところだった。
そして数秒後、完全に人間の姿に戻り、眠る。
光の粒が全て消えた時、真姫は、数分前……光を纏う以前と比べて、少し幼く見えた。
真姫、
「私、生きてる……? どうして……」
確かめるように自分を抱きしめる。
と、
「真姫は生まれ変わったのだ。光の者として」
ホール側のドアのほうから声。
小篠が目をやると、ドアの前に2つの人影。日高の母と、日高の母に支えられて立ちながらも威厳に満ちた40代半ばくらいの男性だった。
日高、
「父さん! 母さん! 」
男性は、日高の父らしい。
日高の父は、日高の母の助けを借りて、ゆっくり真姫の前まで進み、足を止めて、真姫を抱き寄せた。
「光の力は光の者を撃たない。お前は、間違いなく光の者だ。私の、娘だ」
真姫は無言で父にしがみつき、小刻みに肩を震わせる。
父は真姫の髪を優しく撫でながら、チラリと日高を見、
「お前も、光の力では死ぬことなど出来ぬはずだ。勉強不足だな。もっとも、光の攻撃を光の者が受けるという状況というのは、ほとんど無いに等しいから、知らなくても仕方ないと言えるが、後継者としては、そのようなことでは困るぞ」




