* 3-(6) *
体育館から直接向かった日高の家は、小篠たち姉弟が母の言いつけどおりに遠回りするのに通る道沿いにあった。
車が1台そのまま乗り入れられるほど大きな、歴史を感じさせる木製の門を持つ大邸宅だ。
周囲を囲む純和風の高い塀からは閉鎖的な印象を受け、小篠は、その前を通る度、ここには、どんな人が住んでいるのだろう、と、興味をそそられていた。
まさか、日高の家だったとは……。
小篠・日高・秋山・藤崎は、人目を避け、隣の児童公園との間にある車の通れない小道に面した通用門へ回り、中を窺う。
門の隙間、キチンと手入れされた庭木の向こうに見えた建物は、門や塀とはミスマッチ。それほど古いとは思えない、橙の屋根の、可愛らしささえ感じられる洋館。
小篠は、もっと古くて荘厳な日本家屋を想像していた。
小篠がそう言うと、日高、
「18年前までは、そうだったらしいけどね」
今の家は、日高が生まれる前に若くして亡くなった日高の祖父の死後、建物の老朽化を口実に日高の父の趣味で改築した物だと言う。
「やけに静かだな……」
秋山が呟いた。
確かに、聞こえるのは、小鳥のさえずりと、朝早いためか、たまにしか通らない、公園の向こうを走る車の音だけ。闇変化が中に少なくても20体もいるとは、とても思えない。
小篠は、ふと思いつき、
「闇変化も、夜は眠るの? 」
夜眠る習性があるのなら、まだ朝早いから起きていないかも知れない、という発想だ。
日高は、
「それは、変化前の個人の生活習慣次第だけど……」
緊張した面持ちで門の向こうを見据える。
「でも、中から、強大な闇の力を感じることは確かだよ」
(…強大な、闇の力……)
小篠の喉がゴクリと鳴る。
その時、日高がハッとしたように上を見上げる。
つられる小篠。瞬間、
(っ? )
小篠の上に、黒くて大きな人の形をしたものが、両腕両脚を広げた大の字の形で降ってきた。
避ける間も無く、小篠は地面に仰向けに倒され、その下敷きになる。
頭の先から爪先まですっぽりと埋まってしまい、自分の上に覆い被さっているものの姿は見えないが、正体は分かる。葉だ。4人の中から自分を選んで襲い掛かってきた事実からではなく、上から落ちてきた時の格好から、そう思う。葉は、ベッドの上に大の字でダイビングするのが好きだったから……。
(ヨウ、くん……)
重さで身動きがとれず、息も満足に出来ない。
(…苦しい……)
酸素不足で頭も働かなくなり、本能だけが小篠の中に残る。死にたくない、という本能。
それが活路を見出した。頭が、キン、と冴え、頭の働きが戻る。
葉と自分の体の境の小さな隙間。自分の体に沿わせれば、両腕が動く。小篠は両手のひらを自分の胸の上に持っていき、光の球を作り出した。
しかし、そこまで。
撃てない。せっかく作り出した光の球も、すぐに消えてしまった。
小篠には、葉を攻撃するハッキリとした映像を思い浮かべることなど出来なかったのだ。
一瞬、葉の体が少し震動し、少し横にズレる。
それによって、小篠の口と鼻は完全に塞がった。
辛うじて出来ていた呼吸が、全く出来なくなってしまい、
(もう、ダメ……)
そう思った直後、突然フッと体が自由になった。
葉が小篠を見据えながら後ろ向きで高い塀の上に跳び退いたのが見えた。そして、やはり後ろ向きのまま、塀の向こうへと消えて行く。
(ヨウくん……)
地面に倒れたままの状態で葉を見送る小篠に、
「小篠サンっ! 」
「シノちゃんっ!! 」
日高・秋山・藤崎が駆け寄った。
小篠、
(…先生……。日高クン、藤崎サン……)
身を起こそうとする。
「シノちゃん」
藤崎が差し伸べてくれた手を借り、普通に起き上がり、普通に立ち上がる小篠。
日高が、
「良かった……」
ホッと息を吐いた。
「小篠サンが闇変化の下でどんな状況でいるのか見えなかったから、手出し出来なかったんだ。下手に攻撃すれば、小篠サンを巻き込む危険性があったから……。でも、小篠サンが下敷きになってから、あんまり時間が経ちすぎて、どのみち危険だって判断して、一か八か、出来るだけ地面から遠い、背中の表面部分を狙ったんだ。……遅くなって、ゴメン」
小篠は俯き、
(……さっきの震動は、日高クンの攻撃だったんだ)
首を横に振る。
(本当は、ここは、私が自分で切り抜けなきゃいけなかったはずなのに……)
攻撃しようと思えば出来るはずだった状況を知らない日高の優しい言葉が、逆に辛くて、小篠は落ち込んだ。
元気の無い小篠を気遣ってか、藤崎がそっと、小篠の肩を抱く。
(温かい……)
藤崎の温もり、日高の優しい言葉、黙って見守る秋山の眼差し……。小篠は一度大きく息を吸って吐き、顔を上げた。
(……落ち込んでる場合じゃ、ない)
日高は門に手を掛け、振り返り、意志を確認するように、秋山の目をしっかりと見つめた。
頷く秋山。
続いて、藤崎を見つめ、藤崎が頷くのを見届けてから、最後に、小篠を見つめる。
小篠も、頷いて見せた。
日高、頷き返し、正面に向き直って門扉を開ける。
直後、そのすぐ内側にいたと思われる闇変化たちが、闇変化たちにとって門扉が開いたのは不意だったのか、ドドドッと、体勢を崩したらしい状態で雪崩れ出て来た。その数、実に十数体。
闇変化たちは、すぐさま体勢を立て直し、小篠たちに襲い掛かってきた。
咄嗟に、日高は両手のひらを闇変化たちに向けて突き出した。眩しい光を放つ縦・幅共に3メートルほどの大きく薄い壁のようなものが、その手のひらの前に現れ、闇変化たちは、それにぶち当たり、たじろぐ。
小篠は、闇変化の数の多さに圧倒されながら、
(こんなにたくさん、どこから……? )
門の隙間から覗いていた時点では、小篠には闇変化の姿など見えなかった。
小篠がそういうと、日高、自分の手元の壁に集中しつつ、
「僕も、塀に隠れるみたいにピッタリ張りついて門の両脇に1体ずついるのは知ってたけど、すぐ近くに、こんなに沢山いるとは思わなかったよ」
壁越しに、小篠たち4人と闇変化が睨み合う。
壁を両の手のひらで支える日高を先頭に、小篠・秋山・藤崎が従い、通用門のほぼ真正面、15メートルほど先にある勝手口を目指して歩を進めるのに合わせ、闇変化たちはジリジリと後退。だが、怯えている風ではなく、再び襲い掛かるチャンスを窺っているように見えた。
行く手を阻まれ、なかなか前へ進めない小篠たち4人。
日高のコメカミ辺りから汗が伝う。表情もかなり辛そうだ。壁を維持するのは大変なことなのだろう。
秋山は手の中に光の球を作り出し、それを片手に、もう片方の手を日高の肩に置いた。
「日高、もういいぞ」
秋山の隣で藤崎も、人指し指と中指の間に光の球を挟んだ手のひらを胸の前で構え、秋山に同調する。
日高は頷き、闇変化たちの様子を窺うように視線は真っ直ぐ闇変化たちに向けたまま、ゆっくりと腕をおろした。
壁がフッと消え、闇変化たちが、待ってましたとばかり、一斉に小篠たちに襲い掛かる。
秋山と藤崎は、それぞれ自分に向かって来た闇変化に向けて球を放ち、日高は手のひらを構え直して機関銃のように光の球を掃射。
小篠だけが、
(……え、あ…ちょ、ちょっと……)
出遅れ、
(っ! )
ガウッと低く吠えて横から飛びかかってきた4本足の闇変化に、あっという間に組み敷かれた。
それは恐らく、犬か何かの闇変化だ。大きく開かれた口に鋭い牙が光る。
小篠は光を作り出せない。
腕を押さえつけられてはいない。もちろん怖いが、そのために体が動かなくなったワケでもない。ただ、どうしても、闇変化の顔に葉の顔が重なる。
ペットボトルや空缶相手には、ほぼ自由自在に光を操れても、今、目の前にいる闇変化相手には、攻撃する映像を、はっきりと思い浮かべることが出来ない。
自分が危険なのは分かっている。闇変化は傷つけてもすぐに回復することも知っている。それでも、出来ない。
そんな自分に途惑うだけの小篠の首に、闇変化の口が迫る。
(……! )
今度こそ、恐怖から本当に固まり動けなくなった小篠。
と、その時、
「小篠っ! 」
秋山の声。
(……先、生っ! )
直後、今まさに小篠の喉笛を咬み切ろうとしていた闇変化の口に自分の左腕を押し込み咬ませながら小篠と闇変化との間に肩を割り込ませ、秋山が、闇変化の腹に右手のひらをあて、至近距離から光を放つ。
闇変化の下半身がふっ飛んだ。残された上半身は、咬んでいた秋山の腕を放し、前足だけで体を引きずって、下半身が飛んでいった方向へ去って行く。
小篠を組み敷いていた闇変化が去って行くのを見送ってから、秋山、
「大丈夫かっ? 」
小篠の体の脇に膝をつき、小篠の顔を覗きこみつつ、右腕を地面と小篠の背中の間に差し入れ、首から背中にかけてを支えて、ゆっくりと起き上がらせた。
小篠を組み敷いていた闇変化が去って以降一切使われずダランとぶら下がっているだけの秋山の左腕から、血液が、その腕の自然な揺れに合わせて溢れ、指先を伝って地面を赤く染めているのが目に留まり、小篠は、
(…私の、せいだ……)
強い自責の念にかられつつ、秋山の傷を見つめた。
(私が、しっかりしてないから……)
秋山は小篠の暗い視線を追って、自分の左腕に辿りつき、一度、小篠に視線を戻してから、右手と口を使って自分のシャツを裂くと、
「オレなら大丈夫だ。大したことはない」
それを使い、やはり右手と口だけで器用に止血して、自分はお荷物だ、と項垂れる小篠の頭に右手のひらを載せ、優しく、髪をクシャッと掻きまぜる。
「そんな顔するな」
小篠の胸が、キュウッとなった。
(…先生……)
胸の奥の奥の小さな花が、身悶えする。
秋山は、小篠の頭から手をどけ、小篠が立ち上がるのに手を貸しつつ自分も立ち上がって、左腕の調子を確かめるように肘を曲げたり伸ばしたり、手のひらを握ったり開いたりして見せてから、両手のひらを合わせ光の球を作りだして、小篠に背を向け、藤崎の向こうにいる闇変化に狙いを定めた。
秋山の放った光の球は藤崎の顔のすぐ横を通過し、藤崎の向こうの闇変化を弾き飛ばす。
藤崎が、
「ちょっと! 危ないじゃないのよ! 」
目をむいて秋山を振り返った。
が、秋山は、そんな藤崎を尻目に小篠を顔だけで振り返り、
「な? 全然大丈夫だろ? 」
ウインク。
と、その時、
「何の騒ぎです? 」
行く手を阻む闇変化の後ろから、真姫の声。
闇変化たちはピタッと攻撃を止め、真姫のために道を空ける。
小篠たち4人の前に進み出た真姫は、中に黒い影が炎のように揺らめく無色透明のソフトボール大の玉を手にしていた。
「……闇水晶だ」
日高は舌打ちする。
「闇水晶を、持ってる……」
(…闇水晶……)
以前 日高が説明してくれた、真姫が闇変化を作りだす時に使う道具だ、と、小篠は思い出す。
藤崎が、
「あれが、どうかしたの? 」
舌打ちの訳を聞くと、日高、
「見ててごらん」
真姫に向かって右手のひらを構えた。
そこから放たれた光は、真っ直ぐに真姫へと伸び、当たる寸前で闇水晶に吸い込まれた。真姫には、少しのダメージも無い。
「今ので、分かったよね? 」
日高の言葉に、藤崎は頷く。
「闇水晶は、光の攻撃を吸収するのね? 」
「そう。だから、闇水晶を持っている以上、今の真姫には別の方法で……」
そこまでで、日高は、何か思いついた様子で口をつぐんだ。それから、藤崎に耳打ち。
その内容は藤崎から秋山へ、秋山から小篠へと伝わる。
これから命の遣り取りをするはずの相手である真姫の前で、視線は真姫から逸らさず緊張感は持ちながらも、堂々と内緒話をする4人の姿に、少々バカにされた気分になったのか、真姫は、
「何をコソコソ話しているのですか? 」
強めの口調で言う。
日高が小篠・秋山・藤崎に目配せ。
それを合図に、日高も含め、一同、それぞれの形で構え、闇水晶目がけて一斉に光を放つ。
耳打ちの内容、日高からの指示は、闇水晶への攻撃だった。
相手が闇水晶ならば、当然、葉の顔が重なって見えたりしない。ペットボトルや空缶と同じに、小篠にも抵抗無く攻撃できる。
闇水晶は、向かってきた光を全て静かに吸い込んだ。
真姫、
「無駄なことを……」
嘲る。
小篠たち4人は、ただ坦々と繰り返し攻撃。
それが次第に、余裕で受け止め続けていた真姫の鼻につきはじめたらしく、少々イラついた様子で、
「いい加減にしたらどうです? 」
直後、パンッ。真姫の手の上で、闇水晶が音をたてて2つに割れた。
「どうして……? 」
青ざめる真姫。
日高、軽く息を吐き、
「やっぱりね……」
呟いてから、視線は真姫に向けたまま、小篠・秋山・藤崎に手のひらを見せて攻撃をやめさせ、
「防御に於いて、光を吸収するという特性上、闇水晶には飽和状態が存在するんだ。父さん相手にも、闇水晶を使って防御しただろ? 今、僕らが放った光だけで飽和状態になるとは、考えにくいからね」
真姫は唇をギリッと噛みしめ、日高を見据える。
日高は静かに続けた。
「ちなみに光水晶は、カケラも含めて、防御に於いて闇を消す特性で、飽和状態は存在しないんだ。だから、ここにいる3人は光水晶のカケラに常に守られているけど、それが壊れることはない」
真姫は自分の後方へ割れた闇水晶を投げ捨て、日高に向けて右手のひらを突き出した。その中心から黒い稲妻。
日高は両手で受け止めるが、見た目にも、以前に比べ遥かに強大になったと思われる真姫の力を前に、防ぐだけで手一杯の様子。足元から砂煙が立ちのぼり、来た道を押し戻されて、門扉の寸前で、何とか、といった感じで踏み止まると、力を振り絞るようにして稲妻を跳ね返した。
稲妻は真っ直ぐに真姫へと返る。
ほんの少し体を傾けるだけで軽くかわす真姫。その後ろ、勝手口横の松の大木が犠牲となった。
幹で稲妻を受け、メキメキと音をたてて倒れる大木。
小篠は身震いする。先達ての日高の、命の保障ができない、という言葉を、現実のものとして感じた瞬間だった。
力を使い果たした様子で膝を折る日高に、闇変化が群がる。
駆け寄り、割って入る秋山と藤崎。
しかし、その行為は、ただ、場を更に凄惨なものへと変えた。
(……先生……、…日高クン……、藤崎、サン……。…ヨウ…くん……)
恐怖と躊躇い……立ち尽くす小篠。
小篠の位置からでは、闇変化の陰になって誰の姿も見えないが、初めのうちは、時折、誰かの放った光が闇変化を弾き飛ばすのが見られた。
だが、弾き飛ばされた闇変化は、すぐに復活、群れに戻る。
時間が経つにつれ、黒山の闇変化の向こうにいるはずの3人の動きが感じられなくなっていった。
闇変化の足元には、血溜まりが出来ている。
真姫が小篠に声を掛けた。
「あなたは、行かなくて良いのですか? 」
真姫との距離は実際には2メートルと離れていないのだが、その声を何だかとても遠くに聞きながら、ただただ、小篠は、闇変化の群れと、その向こうにいるはずの見えない3人を見つめる。
…闇変化の群れの中に、葉はいないようだ。
しかし、どうしても、本当にどうしても、闇変化の姿に葉が重なる。傷つけられるワケがない……。
それ以前に、恐怖で足が……。
その時、
(っ! )
闇変化の群れの隙間から、誰のものか分からない血まみれの腕が覗いた。
小篠は気がつく。
(私、何を考えてたんだろう……! )
それが誰の腕であれ、間違いなく、ここ2日間の短い間に、何度も、小篠を守ってくれたり優しくしてくれたりした腕だ。
前に日高から、光水晶のカケラを持っていれば闇変化に襲われても辛うじて助かると聞いた。辛うじて、というのは、どの程度のことだろう。その場では死なないが、それ以降のことは、その人自身の生命力と診てくれた医師の腕次第で分からないということか。あるいは、辛うじて助かると聞かされたよりも後に、日高は小篠たちに、命の保障が出来ない、とも言った。その時点で、カケラは防御面では役に立たないとされたのか、それは分からないが、今、はっきりと分かったことがある。
(……失くしたくないっ! )
もう、小篠にとって、日高も秋山も藤崎も、大切な人になっている。
命を秤にかけるつもりはない。
葉が小篠にとって大切な人であるように他の闇変化が皆、変化する元となる感情を与えた相手にとって大切な人であったとは限らないが、きっと、どこかにいる誰かの大切な人ではあるはず。葉や、日高・秋山・藤崎と何も変わらない、この世にたったひとつの、かけがえのない大事な命だ。
闇変化は死なないとか、怪我をしても、すぐ治るとか、そんなことも関係ない。葉の顔と重ならなくても、どこかの誰かの大切な人であると思えば、傷つけることに抵抗はある。
だが、今は戦わなければいけない。
今、戦わなければ、大切な日高を、秋山を、藤崎を、失うことになる。
このままでは、もう、葉の笑顔を見ることだって、永遠に叶わない。
…体中が、熱い……。熱い……。熱い。熱い! 熱いっ!
恐怖などは、熱さによって、いっきに吹っ飛んだ。
残る躊躇いは、
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっっ! 」
大声を上げることで振り払い、小篠は光線を作り出して、闇変化の群れを真っ直ぐに見据え、突進する。
闇変化の群れに到達した小篠は、走ってきた勢いのまま体ごとぶつかるようにして、一番手前の闇変化を背中から光線で貫いた。
貫かれた闇変化は小篠の足元に崩れる。
躊躇いは振り払っても、やはり、考え方や感じ方までは変わらない。小篠の目から涙が溢れた。視界が霞む。……辛い。
(でも……! )
小篠は一度、キツく目を閉じ、首を大きく横に振って涙を払ってから、次の闇変化を自分の胸の高さで水平に薙ぎ払った。
瞬間、目に飛び込んできたのは、片膝をつき、痛みに顔を歪めて肩で息をする日高、地面に仰向けで横たわる秋山、門扉に凭れ、虚ろな表情でいる藤崎の姿だった。
小篠は3人を背に庇うよう闇変化たちの正面に回り、光線を構えて威嚇。
と、背後から、
「…小篠、サン……」
日高の掠れた声がかかった。
「皆で、敷地外に出たいんだ……。…僕が、門に、結界を張って……。そうすれば、闇変化は、外まで追って来れないから……。時間稼ぎにしか、ならないだろうけど……」
闇変化たちと対峙しつつ、聞こえづらい日高の小さな声を最後まで聞きとり、小篠、
「分かった」
短く答えてから、考える。分かった、と答えはしたが、どうしたらよいのだろう?
とりあえず、目の前の闇変化の数を正確に数えなおした。13体。対するこちら側、まともに動けるのは小篠1人。秋山と藤崎などは、自力で立ち上がることも難しいだろう。どうしたら、いい……?
特定の1体を狙っての攻撃は避けたほうがよさそうだ。隙ができやすい。少しでも隙を見せれば、小篠が攻撃した1体以外の闇変化が一斉に襲いかかってくるだろう。そうしたら、勝ち目は無い。
と、なると……。
「日高クン、歩ける? 」
小篠は、闇変化たちと睨み合ったまま、日高に聞く。
日高が歩けるのならば、このまま小篠が闇変化の注意を引いている間に、日高に秋山と藤崎を通用門の外に運び出してもらい、3人が外に出たところで、小篠も外に出て門を閉め、日高に結界を張ってもらえれば、と考えたのだった。
そう日高に言うと、日高、
「そうだね、それで、いこう……」
日高の同意を得、小篠は、足を踏ん張り、目と腹に力を込め、光線での威嚇を続ける。
13体もの相手を、たった1人の気迫で抑える集中力。……かなりキツイ。背中を、汗が伝った。日高が秋山と藤崎を運び出すまでは、何とか持ち堪えなければならない。
(…日高クンっ……! 早、くっ……! 何か、限界、近いかも……! )
体力の消耗と、それから闇変化の向こうに時々見える真姫への恐怖も、小篠の集中力を削ぐ。
真姫は今のところ、ただ、遠くから、小篠たちのほうを眺めているだけ。小篠たちが逃げるつもりなのは一目瞭然だろうに、殺す気が無いのか、よほど闇変化の力を信用しているのか、あるいは、自分が手を下すタイミングを計っているのか……。
いつ真姫が向かってくるかと、小篠は内心ビクビク。真姫に攻撃に加わられては、完全にアウトなのだから……。
ややして、
「小篠、サン、いいよ……」
秋山と藤崎を通用門の外に移動させた日高の、距離のある位置からの声が、微かに届く。
小篠は、光線を闇変化たちに向けた状態で後退。門の外に出て、すかさず門扉を閉めた。
日高が結界を張る。




