Lv.07
今日はルフトとライを伴って厩舎に来ている。乗馬に初挑戦する為だ。
一応、子供用にポニーより更に小さい小馬(ミニホース)を用意してくれているらしい。初心者にいきなり馬は確かに辛い。
あ、ライと言うのは俺の従兄弟ラインハルトの事だ。いちいちラインハルトと言うのも面倒なので、ライと呼ぶ事にした。ルフトは短いのでそのまま。…愛称呼びをされないと知って、少しばかり拗ねていたが、ご愛嬌と言うやつだろう。
二人も乗馬は初めてらしく、ちょっと緊張している。
今日乗馬を習うと言うのは予め伝えてあったので、二人とも乗馬服を身に着けている。ライは兎も角、ルフトはどうかと思ったが、乗馬は貴族の嗜みだからか、反対はされなかった様だ。
若し反対されていたら、先日作らせた体操服を着せようと思っていたので、反対されなくて何よりである。…同じ年頃の子供三人が乗馬の練習をしていて、二人は乗馬服を着ているのに、一人だけ見た事も無い簡素な服を着ていたら、可笑しいだろ、と言うかどんな虐めだよ、と思う。
なので若し反対されていたら、俺も体操服を着るつもりは有った。勿論ライにも。既に訓練所では体操服を着て鍛練を始めているので、厭がりはしないだろう。
しかし圧巻である。
厩舎は思っていた以上に大きく、馬も多かった。馬一頭一頭にストレスを与えない為か、広い馬房に清潔な寝床。手入れが行き届いているからか、毛並みは艶々である。
俺も今は小馬だが、将来は普通の馬に跨がる事になる。やはり此処は白馬の王子様、と言う事で白毛だろうか。青毛も格好良いと思うが。
だが今は乗れない馬よりこれから乗る馬である。
騎士団では馬に乗れることが必須であり、自分達の乗る馬を世話するのも業務の一環である。流石に全員に一頭ずつ馬が配備される訳は無いので、何人かで分担して世話をしている。
中には自分ではなく、侍従や実家から連れて来た馬丁に世話をさせる貴族子弟も居たりするが、そう言うヤツは大抵途中で脱落し、騎士団を辞めていく。早々甘い考えで騎士、しかも聖騎士や近衛騎士に等なれる訳がない。
因みに、近衛騎士と聖騎士は一人一頭で、正騎士は三人で一頭。朝勤、昼勤、夜勤で担当していると思ってくれれば宜しい。
見習い騎士に馬は無いが、騎乗の練習に使わせて貰う、と言う建前で近衛以下正騎士の馬の世話を手伝う。
自分で馬が用意出来るヤツでも、他のヤツと違うのは、帰宅時に連れ帰る事だけで、それ以外は何も変わらない。
訓練や夜間等で人手が手薄な場合用に、専属で馬の世話をする馬丁も勿論居る。
飼い葉を与え、ブラッシングして、適度な運動をさせ、馬房を綺麗に保つ。馬とのコミュニケーションは大切な為、何はともあれブラッシングだけは、と、どんなに忙しくてもそれだけは欠かさない騎士は多い。
何人かで分担して世話をしているとは言え、それでも結構な頭数になる為、厩舎は何棟にも及び、馬房の数も半端無い。
いちいちこれを綺麗にするのも大変だなー、と口を開けて見ていると、小馬を連れて今日の講師、フィルさんが現れた。
「殿下、御子息方、お待たせ致しました。早速ですが始めましょう」
フィルさんはそう言うと俺達の前に小馬を並べた。キチンと訓練されているからか、大人しくされるがままだ。
「先ずは馬に慣れる事から始めましょう。この小馬ならサイズも扱い易さも問題無いと思われます」
確かに。目の前に佇む小馬はじっと大人しく動かない。
声を掛けながら背中を撫でて下さい、と言われ、その通りにやってみる。
滑らかな毛並みの下から伝わる体温が思った以上に熱く、ゆっくり撫でて小馬の様子を窺う。ハサハサと尻尾が揺れているのは、気持ち良いのか威嚇なのか、今一つ判らない。
横目で二人を窺うと、おっかなびっくり触れるライと、少々雑だが首や鼻を撫でて嬉しそうなルフトの姿があった。二人の性格が良く判るな、と思う扱いだ。
言われるまま背中を撫でていたが、他も触って良いと許可が出たので、話し掛けながら首を撫で、耳の辺りを擽った。パタパタと耳が動くが、厭がって居る様には見えないので暫く続けていると、小馬は俺に鼻面を押し付けてグリグリと擦り付けてきた。――これは甘えているのか? もっと撫でろと強請っているのか?
馬の気持ちは流石に判らないなー、と思っていると、何時もの効果音が流れた。
『【ふれあい! 動物王国】のスキルを得ました』
『【獣使い】のスキルを得ました』
『【整体師】のスキルを得ました』
…………何コレ。
小馬を撫でつつ、取得したスキルを確認する。
…へー、ふれあい何ちゃらは動物と触れ合う事で仲良く慣れるのネ。レベルが上がると動物の気持ちも判るどころか、【語学堪能】のスキルと合わせて話す事も出来るのかー、スゴいスゴイ。
獣使いと整体師はそのまんま、獣を使役出来るのと、整体か……。アレか、耳を擽ったのがマッサージと見做されたのか。レベルが上がると……あらまぁ、竜も使役出来るんですか、ス・ゴ・イ・デスネー。
もう最近は、スキルを取得する度に遠い眼をするようになった俺である。意味があるのか、使い所は有るのか、誰かに訊きたい。問い質したい。
誰かって、勿論ラディン・ラル・ディーン=ラディンだけどな。
遠い眼をしつつ、フィルさんに言われた通り撫でたりブラッシングしたりして小馬に慣れた後、漸く跨ぐ事を許された。
小馬とは言え落馬しては大変なので、キチンと鞍と鐙、轡を着ける。
「鐙に足を掛けたら、腿に力を入れて反対側の足を蹴りだして下さい。勢いで背中を跨いで、鞍に……」
説明通りにしてみるが、力の入れ加減が悪いのか、足を蹴って体を鞍まで持ち上げようとしたが、直ぐに体が下がり足が地面に着く。
二人を見ると、何度か失敗はしたようだが跨がる事に成功していた。後は俺だけだ。
俺だけ出来ないのも悔しいので、躍起になって挑戦する。何だか逆上がりが出来なくて居残りさせられている気分になってきた。
妙な所に力が入り過ぎて体が上がらないのは理解してるんだ。ただ、何処に力を入れ過ぎているのかが判らない。
ふぅ、と息を吐き出し、精神集中。タイミングを見計らって、えい、と地を蹴り。
小馬に跨がった。
おお、出来た! パアッと表情が明るくなるのが自分でも判った。
明るい表情そのままに、フィルさんに「出来ました!」と告げたら、何故か片手で顔を覆っていた。
あ、中々出来なかった俺が漸く跨がる事が出来て、感慨無量、って奴ですね、判ります。
そのままライとルフトにも笑い掛けたら、二人とも拍手してくれた。
しかし何故三人とも耳が赤いのだろうか。そんなに寒くもないと思うんだが。まぁ良い。小馬に跨がれ、俺は機嫌が良いのだ。細かい事は気にしない。
三人とも小馬に乗れる様になったので、いよいよ手綱を握って歩く訓練である。
先ずは自分で轡を取り、馬場を一回りする。小馬の歩くペースと自分の歩くペースを確認しながら呼吸を合わせていく。
ポクポクと小さな蹄の音が馬場に響く。強く曳かず、付かず離れず歩いている内に、何となくお互いのペースが掴めてきた。
一周した所で、今度は跨がっての常歩である。初めから一人では出来ないので、フィルさんの他、厩舎で馬の世話をしていた見習い騎士二人にお願いして轡を曳いて貰う事になった。
鞍に跨がり、ピンと背筋を伸ばして、鐙で小馬に合図する。ゆっくりと歩き出すと、軽く体が跳ねる。緩く握った手綱が、歩く度に揺れて、リズムを刻む。
間違った指示を出さない様に緊張していた体も、馬場を半周する頃には慣れ始め、周囲を見回す余裕が出てきた。
ライもルフトも器用と言うか、そつがないと言うか。少し教わっただけでコツを掴んだのか、速歩を始めていた。
楽しそうに速歩で馬場を周る二人だったが、フィルさんに見咎められた。
「未だ基本もしっかりしない内に、次の段階に進ませるな! 事故が起きたらどうする!!」
「す、すみません!!」
フィルさんに怒鳴られて――馬が驚くので小声だが――慌てて謝罪する見習い騎士。馬上のライたちも不服そうだったが、間違ってはいないので、頭を下げる。
取り敢えず曳かれながら馬場を二周し、三周目からは一人で回る。俺は常歩しか習って無いので、とにかく教わった通りに手綱を操り、小馬を歩かせた。
一周回った所でフィルさんが俺の手綱に手をかけた。
「大分慣れた様ですから、殿下も速歩を始めましょうか」
望む所である。
先程習った常歩よりも軽いリズムで体が跳ね、上下に動くのをしっかりと太股で固定するが、なかなか辛い。乗馬は全身運動と言うが、その通りだと思う。
既に速歩を習っていた二人は、軽く説明を受けた後、早速駆け出していた。
俺も負けてはいられない。フィルさんの指示通り手綱を操り、鐙を蹴る。二周程した所でフィルさんが手綱を離し、速歩をする俺と並走した。
「殿下! 手綱はそのまま、馬に合わせて! 余計な力を入れないで馬に任せて下さい!」
言われた通りにしているつもりだが、フィルさんにはそう見えないのだろう。俺と並走しつつ指示を出す。彼の息が切れる前に、何とか乗りこなせば。
焦るな、身を任せろ。
小馬への指示が混乱しないように、手綱と鐙に余計な力が伝わらない様に注意する。
少し首を振りながら常歩と速歩の中間位の速さだった小馬が、次第に落ち着き軽やかな蹄の音を響かせ始めた。
暫く並走していたフィルさんは、俺がちゃんと乗り熟しているのを確認した所で並走を止めた。流石に息が上がっている様だ。
それにしても、小馬でしかも速歩とは言え、乗馬は気持ちが良い。軽快に走る馬との一体感とか、頬を撫でる風の気持ち良さとか。速歩でこれなら、駈歩や襲歩だとどれだけ気持ち良いんだろう。
未だ経験していない速さに、心が弾む。自然と微笑んでしまうが、可笑しくは無いよな? 何だかもう、にやけて仕方ないんだが。
そして暫く馬場を速歩で走らせていると、再び効果音。
『【馬術】のスキルを得ました』
…うん、来ると思った。
馬術に関するスキルですね。レベルが上がると、どんな荒馬でも乗りこなせて……へえぇぇぇ、レベル50になると騎竜術ってスキルにランクアップですか……騎竜って、竜騎士になれるって事?
俺、何かフラグ立てたか? 何でいきなり竜騎士とか出るんだよ。おかしいだろ。確かになれるならなってみたいとは思うけどさ! 竜騎士になるスキルを得るのに馬術レベル50だろ? そこに使い物になれるだけのレベルってプラス幾つだ?
確かに俺は努力すると言いました。でもそんな次々と努力するネタを振らなくても良いと思うんだけど。
マジ、あの男勘弁して欲しい。
三人揃って速歩で乗馬を終えると、小馬は見習い騎士が連れて行ってしまった。…別に俺達が使わせて貰ったんだから、最後まで世話をしても良かったんだけどな。まぁ良いや。
フィルさんは今回限りの講師では無いので、また次回、駈歩を教えてくれる約束を取り付けた。