Lv.06
朝のルーチンを一通り済ませ、侍女のマーシャに手伝って貰い着替える。
何故手伝って貰うか。飾り釦が沢山付いた金の刺繍も美しい、白の正装に着替える為である。流石に正装ともなると、ぞんざいな着方など出来ない。
久し振りの着替えの手伝いとあって、マーシャはニッコニコである。その後ろでは、やはり満面の笑みを湛えたメイアがブラシを携え控えている。
「クラウド様のお召し物も、そろそろ新調しないといけませんね。春物はもう一回り大きく致しましょうね」
子供の成長は早いからな。俺が頷くと、好みの色やデザインを訊いてくる。
特にこれと言って無いので、兎に角動きやすい物が良いと伝えておく。
俺が毎日騎士団の訓練所に入り浸っているのを知っているので、反対される心配は全く無いのだが、どうにもこの『動きやすさ』と言う曖昧な表現がいけないのか、今一つピンと来る服が用意されない。…騎士達が訓練の時に着ている服で良い、と言った筈なのに、仕立て上がって渡されるのは、上等な絹のシャツだったりする。コレジャナイ感が満載である。
いっそ、体操服でも提案しようか。木綿布は有るし、天竺織りも出来る。技術的に木綿地のジャージーが出来ない筈が無い。布地が有れば、体操服なぞ簡単に出来る筈だ、いや出来る。
後でデザイン画も付けて具体的に提案しよう、と決心している間に何時の間にか着替えが終わり、ブラッシングが始まった。
「あぁん、クラウド様の御髪を梳くのも久し振りですぅ。はぁ、相変わらずサラッサラですねぇ」
メイアがうっとりと俺の髪を梳る。そう言えば自分で着替える様になってから、俺の髪を梳くのはマーシャかサージェントだ。メイアに梳かれるのは本当に久し振りだ。
「メイア、語尾を延ばして話すのは止めなさい。品格が問われますよ」
「申し訳有りません、マーシャさん。以後気を付けます」
言葉遣いを注意されて、ピシッと背筋を伸ばすメイア。マーシャはメイアの指導役も兼ねているからな。
マーシャは21歳。三人の中では一番年上で、子爵家の三女と聞いた。準成人の十五歳から侍女を務め、適齢期まっただ中の筈だが、浮いた噂一つ聞かない。栗色の髪に焦茶色の瞳で見た目地味な印象だが、割と美人だと俺は思う。誰か好い人が居れば、幸せになって欲しいと思う反面、もう暫くは俺の専属侍女でいて欲しい、と思う。
メイアは16歳。王都の商家の娘だ。本来なら身分的に俺の専属侍女になれる筈が無いのだが、例の宙吊り事件以降、身分や家柄より、本人の資質が重視される様になった。メイアは資質もそうだが、兄弟姉妹が多く、幼い子供の扱いに長けていたのが大きい。行儀見習いのつもりで侍女になったら、王族の専属って何じゃこりゃー? な筈だが、本人は箔が付いて良いと喜んでいる。マーシャから礼儀作法や言葉遣いを教わるのも、将来的に若し玉の輿に乗ることが有ったら役に立つ、と言う認識らしい。赤銅色の髪に緑の瞳、ソバカスが可愛いお侠な娘である。
最後にサージェント。19歳。無口で地味で存在感が無い。…様に見せ掛け俺の護衛をしている。元々騎士見習いだったのだが、騎士より侍従の方が向いていると言われ、騎士団所属の侍従だった筈が、例の宙吊り事件以下略。穏やかな顔で糸目。前世の俺を彷彿させる顔である。
さて、正装する理由だが。
本日初めて従兄弟に会うのだ。
この世界では新年を迎えると一つ年をとる。明治以前の日本の様だと思って貰えれば判りやすい。違うのは数え年と違い、誕生年は0歳とし、翌新年から一歳ずつ数える事だろうか。
新年を迎えて先ず行われるのが新年祭。国王による新年の祝辞、神殿での御祓、名だたる貴族を集めた晩餐会と舞踏会。其れが三日間行われ、その後その年に十八歳になった新成人を祝福する成人の儀。これも国を挙げての行事なので国王が祝辞を述べる。十五歳の準成人は国ではなく各家で祝われる。
最後に5歳になった貴族子弟を集めた園遊会が行われて新年の一連の行事が終了する。父上大忙しである。
園遊会はズバリ貴族子弟のお披露目会である。無事5歳迄育ちました、と国王に報告する訳だ。但し其処はやはり五歳児。大人しく出来るヤツも居れば騒ぐヤツもいる。一人一人の紹介など出来っこないので、昼間パーティーを開いて、其処で親子の確認をする。若し挨拶できれば覚えめでたい、と言う訳で何とか初めの30分は子供を大人しくさせるのに躍起になる親で溢れる。
園遊会と言っても庭園で行う訳では無い。このくそ寒い真冬に庭で何時間も、等と風邪をひくだけだ。なので会場は室内である。一応温室に繋がる場所なので園遊会と言えなくもない。
その園遊会に今年五歳になった我が従兄弟殿も勿論参加する。其処で従兄弟同士顔合わせを行おう、と言う事になった。
但し俺は四歳なので――新年を迎え、年をとる、と言う事は当然俺も一つ年を重ねて今は四歳である。つい先日までは三歳だったんだけどねぇ――園遊会には参加出来ない。別室を設けて、との事だ。別に其処まで厳密にしなくても、と思ったが王子と繋がりを持ちたい側からしたら、ウッカリ俺が顔を出そうものなら途端に奴等の餌食である。知らない内に、俺の知らない親友だの御学友だのが出来てしまうかもしれない。触らぬ神に祟り無し。
そんな訳で園遊会当日。俺は未だ見ぬ従兄弟殿との顔合わせを楽しみにしていた。
何せ『あの』叔父、サーペンタイン隊長の息子である。いや、この場合ブラウシュタイン侯爵か。
俺の中での美形ランキングぶっちぎり第一位、しかも性格も良いときた叔父の息子だ。顔どころか人となりにも期待をしても仕方無いだろう。
因みに美形ランキング第二位は言いたかないが、ラディン・ラル・ディーン=ラディン。第三位は俺の父である。
園遊会は昼食を挟んで行われる。
大体四時間。
とは言っても午前中一時間は集合時間に充てられ、昼食迄の一時間で国王に拝謁、と言うか子供二の次で親同士で腹の探り合い。その間に自分の子供が国王の目に引っ掛かれば幸いである。留まれば、では決して無い。多分期待もされていない。
そして約一時間か二時間かけて昼食。その後解散となる。余り時間は子供は遊びに費やされたり、昼寝をしたり、と言う感じだろうか。親は引き続き腹の探り合い、若しくは人脈作り。
俺と従兄弟殿の顔合わせは、昼食前となっている。国王との拝謁は身内と言う事で、30分程会場に顔を出したらそのまま俺との顔合わせになると言う話だ。
そんな訳でそろそろ時間でドキドキしている。
待ち時間の間に判った事だが、実はもう一人、会う予定になっている。ヤーデ将軍の孫で、やはり今年五歳。所謂俺の側近候補らしい。
この話を聞いた宰相閣下は、自分の孫も! と思ったらしいが、生憎存在していない者が側近候補になれる訳がない。見切り発車過ぎる。
しかしこの二人の張り合い方を見るにつけ、若し孫娘でも居たら、即行婚約者候補にされかねない。出来れば俺は自分の相手は自分で見付けたいんだが。王族の自由恋愛はやっぱり無理か?
そんな事を考えている内に時間が来たようで。
母に手を引かれ、顔合わせをすべく用意された部屋に入った。
部屋の中には二人の少年……て言うか、未だ幼児だよな。うん。それでも一歳の年の差は大きいのか、二人とも俺より背が高く、手足が長かった。
二人とも俺同様、母親が傍に控えている。
一目見て、銀髪の女性が叔母だと判った。父に顔が似ていたし、菫色の瞳だと聞いていたし。若いし。確かまだ二十歳だった気がする。もう一人、小麦色の髪の女性がヤーデ将軍の娘か嫁だろう。二人の前に居るのが、其々の息子、と。
挨拶をしようとして、ふと立ち止まる。この場合、彼等の方が臣下だ。あちらから挨拶をするのが正しい。俺が遜る必要は全く無い。
だが俺は四歳の幼児な訳で、感情のまま突っ走って俺から先でも良い訳だ。但し相手が其れを由としない場合、悪手な訳で。
さて、どうしよう。と悩んだ所で俺が恥ずかしがっていると思ったのか、ヤーデ将軍の孫が一歩進み出た。
「お初にお目にかかります。ルフト・ヤーデと申します。お見知りおきを」
そう言って一礼。
うおぉ、何か真面目そう。口上も礼も最小限だが礼儀に則ってるし、年齢を考えたら上出来だろう。
続けて従兄弟殿が挨拶する。
「ラインハルト・サーペンタインです。…殿下の従兄弟となります。初めまして」
此方も一礼。
ゴメン、ラインハルトって名前聞いた途端、脳内にボレロが流れた。某金髪の銀河帝国皇帝を思い出す。
「クラウド・アルマースです。二人とも楽にしてください。園遊会の参加を中断させて申し訳有りません」
俺がこう言うと二人とも戸惑った様だ。あぁ、うん。臣下に対する言葉遣いじゃ無いかも知れない。だけど一つ違いとは言え年上だし、基本敬語、丁寧語が建前上の俺の地の言葉遣いだし。本来は脳内で使ってるコッチだけどさ。
あともう何年かしたらコッチ寄りにスライドさせる予定。口の悪い友人に感化されたってパターンを予定してるが、この二人のどっちかが口が悪ければ、もう少し予定を早められる。猫被ってないで地を出してくれないかな。
取り敢えず挨拶はしたので、昼食を、と言う事になった。食事の間、会話が弾めば良いんだが。
それにしても意外だ。
何が意外って、従兄弟殿だ。予想していたのと全然違う。性格は何となく物静かだろう、と予想していた通りの様だが、見掛けが。あの叔父とやっぱり父の妹だけあって美人の叔母の息子の割りに、普通である。凡庸と言われる俺に言われたくは無いだろうが、普通すぎる。
普通でないのは叔母譲りの銀髪と、叔父の家系に出るらしい、瑠璃色に金の星が踊る青金石の様な瞳か。
だが顔立ちが普通だ。目鼻のパーツ一つ一つは二人に良く似ているのに、何故か全体的に見ると普通。…他人事ではないか。俺もそう言われているんだった。
でも何だか違和感が有るんだよなぁ? 何だろう。
考え事をしつつも無難な会話は進み、食事も食べ終わった。後は若い二人で……では無く、子供同士で遊んでいらっしゃい、と言われたのには少しホッとした。何だかルフトの母親が、どうも気に入らないと言うか、権力思考の貴族っぽくてヤーデ将軍の身内とは思えないんだよな。あんまり付き合いたいタイプでは無いから、離れられるのは有り難い。
温室に行っても良いが、親が側に居ると面倒臭いな。白の上着だけならまだしも、腰に巻いた紫のサッシュで俺が王子だとバレてしまう。
ティリアン・パープルと呼ばれる紫色は、王家の人間しか身に付けられないので、直ぐに判るのだ。
妙な連中に目を付けられるのも遠慮したいので、俺は二人を誘って騎士団の訓練所に行く事にした。然程遠くないし、サージェントも控えているし大丈夫だろう。
訓練所に行くと聞いて、二人のテンションが上がった様だ。二人とも騎士の家系だし、興味が有るんだろう。ホテホテと歩いて訓練所に向かう。
途中、ルフトから話し掛けられる。
「クラウド殿下、訓練所には良く行かれるのですか?」
「クラウドで良いよ。ぼくたちしか居ないし、堅苦しいのは止めよう?」
俺がこう言うと、ルフトは目を丸くして……笑った。
「良かった。クラウド様と仲良くしてくれってお祖父様から言われてたけど、いばりちらして命令する様なイヤなヤツなら、適当に相手をして逃げようと思ってたんだ。そうじゃなさそうで良かった」
「ぼくもルフトがイヤなヤツでなくて良かった。フォルじいちゃんの孫だから大丈夫とは思っていたけどね」
クスクス笑って言うと、ルフトは少しだけ口をへの字に歪めた。
「クラウド様はお祖父様と仲が良いんだな。俺もお祖父様と仲良くなりたいけど、母上がなー……」
「仲良くしちゃダメって言われた?」
「怖いんだって、顔が。だからお祖父様とは離れて暮らしてるし、あんまり会わせてもらえない」
おや。一家の当主がその孫に会えないとは、ルフトの母親は随分とヤーデ将軍を嫌ったものだ。幾ら自分が怖いからって、子供にまで押し付けちゃダメだろ。
若しかして父親もそうかな、と思って訊いてみると、やっぱりそうだった。ルフトの父親はどうやら文官らしい。筋肉バカの父親と頭でっかちの息子、って構図だ。自分が親を苦手だからって、子供にまで押し付けちゃダメだろ。ルフトの方は将軍と仲良くしたそうなのに。
「ルフトは若しかして騎士になりたいの?」
「うん。俺の家は代々騎士として王家に仕えてるし、俺も勉強より剣術の方が好きだしね」
「ラインハルトは? やっぱり騎士になりたいの?」
後ろを振り返って、大人しくついて来ている従兄弟殿に話を振る。何だか話すのは苦手なのか、黙って聞いている所は寡黙な叔父に似ているかも知れない。
「まだ決めてないけど……騎士か魔法使いになりたいかな……」
「そう言えば叔母上は元魔術師だっけ?」
俺の質問にコクりと頷く。
叔父に猛烈なアプローチをかける傍ら、魔法学園に通い魔法使いになった叔母は、そのまま王宮魔術院に入り、叔父を落とすまでそこで働いていたそうだ。…王女なのに。
結構素質は有って、特に護符作りに長けていたと、魔術師のディランさんが教えてくれた。妊娠出産を機に辞めてしまったが、時々魔術院を訪ねては護符を作っているらしい。
「そうかー、二人ともなれると良いね。ぼくは未だ判らないや」
「クラウド様は王様になるんだろう?」
俺の言葉にキョトンとする二人。まぁそう思われても無理は無いか。今は王子は俺一人だし。
「んー、立太子して、王太子って言うのにならないと、王位は継げないよ? ぼく以外に王太子に相応しい王族が現れたら判らないかな」
そう言えばラインハルトに王位継承権は無いのだろうか。降嫁したとは言え、叔母にも継承権は有る筈。それとも降嫁すると継承権が無くなるとか? その辺りは今度父に訊いてみよう。
話しながらなので、あっという間に訓練所に着いた。
二人とも訓練所は初めてなのか、珍しそうにキョロキョロしている。俺は何時も通り入る前に一礼して、ちょっと準備運動。
「殿下、珍しいですね? 友人連れですか?」
顔馴染みの騎士が声を掛けてきた。確か、リシャールさんだったかな? 時々俺の打ち込みの相手をしてくれる、叔父の隊の一人。つまり近衛騎士だ。
「はい。今日紹介されて、友人になりました」
「側近候補か……」
聞こえない様に呟いているつもりだろうが、バッチリ聞こえている。間違ってはいないので、知らない振りを決め込む。
「クラウド様、友人って……」
「あれ、ダメ? 違った?」
ルフトが戸惑う様に訊くが、友人になる為に紹介された訳だし、友人で良いと思うんだが。
俺が訊き返すと、ルフトは恥ずかしそうに笑って答えた。
「ダメじゃ無いよ。でもクラウド様がこんなに早く友人と言ってくれるとは思わなかったから」
「ぼくはルフトとラインハルトを気に入ったし、友人になりたいって思ったよ? 早いとか遅いは、関係無いよ」
俺の言葉に二人とも嬉しそうに笑い、何故かリシャールさんは俺の頭を撫でた。
その後は俺が訓練所で毎日何をしているか訊かれ、一通り教えがてら一緒に走り込みから素振りまでやってみた。二人とも初めてのせいか、途中で息が上がってリシャールさんからストップがかかった。
「ク、クラウド様……毎日これって……半端無い……」
「?」
ルフトが何やら呟いているが、聞こえない。けろりとした俺を見て、リシャールさんが何故か苦笑していた。
結局、途中でリタイアしたのが悔しいのか、二人とも俺の訓練に付き合うと言い出したので、俺としては仲間が増えて嬉しいが、家族や騎士団に許可を貰ったら、と言う事になった。
多分ラインハルトは大丈夫だろう。叔父と一緒に来れると思う。問題はルフトだ。ヤーデ将軍は喜んで連れて来るだろうが、その将軍に会いたくなさそうな彼の両親がどう思うか。作戦を考えねば。
「ルフトは騎士になるのを反対されたりして無い?」
「元々騎士の家系だから、父上は反対して無いかな。母上は、反対はして無いけど、父上みたいな文官になって欲しいみたい」
じゃあやっぱりネックは母親か。
暫く考えて、一つ案を思い付く。
「じゃあルフトの母上には、ぼくがルフトと色々勉強したいから、王宮に来て欲しいって言ってたって、伝えて貰える?」
「え、勉強……?」
不満そうなルフトだが、俺が言ったのは、『色々勉強したい』で有って、別に歴史だの数学だのと限定している訳では無い。飽くまで色々、だ。
俺の意図を読み取ったリシャールさんが、離れた場所で噴き出していた。盗み聞きすんな。
「ぼくと勉強しよう? 色々な事を。本で学ぶ事だけじゃなくて、音楽もそうだし、ダンスや礼儀作法もそうだし、馬術や剣術も……ね?」
最後の言葉に、ルフトも漸く俺の意図に気付き破顔して頷いた。
所で。暫く一緒に遊んで(訓練して)、やっとラインハルトの違和感に気が付いた。
彼の耳のピアスと、胸に付けられたブローチ。コレが違和感の原因で、何の効果かは判らないが、魔法陣が刻まれた護符だった。護符だから外しちゃ駄目だと言われているらしいが、どうしても気になるので、無理を言って外して貰い、手に取って確かめた。
未だ不勉強な俺にも判る、美しい魔法陣。複雑に絡み合い、様々な術式が刻まれていて、どんな効果がこの護符に籠められているのか、俺にはサッパリ判らないのが何とも悔しい。
そして、俺が護符に夢中になっている間、俺は全く気が付かなかったのだが、ルフトとリシャールさんが真っ赤になってラインハルトから目を逸らしていた。
そして俺も、護符から目を外しラインハルトに返そうと彼の顔を見て、固まった。
銀髪がキラキラとプリズムの様に虹色の光を放ち、僅かな風の動きに揺れる軽やかさ。
普通だと思っていたその顔は、面差しがすっかり変わっていた。丸切り変わった訳では無い。目の形、鼻の形、口の形。全く変わっていないのに、配置が少し変わっただけで。
何 だ こ の 美 少 年 。
キラキラ眩しいこの美少年は誰だ。今まで話していた筈の、俺の従兄弟ラインハルトは何処に消えた!! 思わず叫びたくなる変化である。
そして気が付く。俺が握り締めた護符。あの複雑な術式が刻まれた護符が、彼の姿を惑わせていたに違いない。だが、何の為に姿を誤魔化す必要が有ったのか。丸で判らない。
「…この護符、幻視の魔法陣が刻まれてるよね……? 何で……?」
恐る恐る訊ねる。これだけの美少年の姿を、幻視の護符を使ってでも惑わそうと言う意図が判らない。世の中見た目が全て、とは言わないが、見目良い方が印象は良い筈。
俺の質問に、ラインハルトは悲しそうに答えた。くそぅ、そんな顔まで絵になるってどう言う事だ。
「ボクが産まれた時に母様が、この顔はダメだって……。迂闊に晒したらダメになるから、少しマシにするって……」
いやいやいやいや、違うだろ。
マシって、逆だろ。どう見たって素顔美少年、普段フツメンだろ。どう言う思考で美少年をグレードダウンするんだよ。
ションボリ顔もキラキラ麗しいラインハルトは俺から護符を受け取り身に付けた。途端に安心感満載の普通顔。あ、何か判ったかも。
多分、恐らくだが。叔母は彼の美少年振りを心配したのだ。傾国の美女ならぬ傾国の美少年が、無事に成長出来る様に、護符に願いを託し普通の顔に見える様にしたのだ。多分。
しかしあの様子だと、ラインハルトは自分の容姿が規格外に良いと判って居ないんじゃないか?
そう思って訊いてみたら案の定。ラインハルトは護符を着けた時しか、自分の顔を見ていなかった。それどころか、素顔は不細工だと思い込んでいた。いや、違うから。そう言っても信じない。慰めてると思う始末。
叔母さーん! アンタ自分の息子に何を吹き込んでるんだー!
そんなこんなで、若干疲れた俺達は、保護者の待つ部屋に戻り、本日はこれにて、と別れる事になった。
別れ際、一緒にお勉強云々をそれとなく聞こえる様に約束するのも忘れない。
これでルフトが無事剣術の稽古が出来ると良いんだが。
折角だから、体操服の件も決めてしまおう。勉強しに来ているのに、服が汚れていたら不審に思われる。
訓練の事は追々知らせれば良い。
部屋に戻った俺は、ベッドに直行して泥の様に眠った。体力よりも精神疲労の方が大きい……。
俺の疲れ振りにマーシャとメイアが一部始終を見ていた筈のサージェントに理由を問い質したそうだが、彼は頑として口を割らなかった。うん、余り説明したくないよね……。
俺の側近候補との顔合わせは、こうして終わった。