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Lv.60

「さて、最後の部屋まで来た君たちには、最後らしく(やつがれ)が御相手仕ろうか」

 ぶわ、と玉座の周囲の魔力が濃くなるのが判る。

 なんだ、これ。

 渦巻く魔力に肌が粟立ち、冷や汗なのか脂汗なのか、顳顬の辺りにたらりと汗が滲み出る。圧倒的な存在感、緊迫する空気。だがしかし。


「誰だよアンタ、ってか何処に居るんだよおぉぉぉおっ!?」


 思わず叫んだ俺は絶対に悪くない。うん。



 黒公爵(ヘルツォーク)、とグウィンが呼んだ魔族? 迷宮管理者(ダンジョンマスター)は、声はすれども姿は見えず、ほんに貴方は屁の様な……じゃなく、透明人間か? と思わせる存在だった。…と思ったのだが。

「嫌だなぁ、少年。此処に居るよぅ、此処ココ!」

「へっ?」

 声のする方向に視線を向けるが、在るのは玉座ばかり……。と、背後から手が伸び、ガシッと頭を掴まれて視点が固定される。

「ぐ、グウィン?」

「良く、見ろ」

 言われた通り玉座を注視する。と、何やら蠢く物体が。

「っ?!」

 思わず「きゃああ!」なんて女の子みたいな悲鳴を上げる所だったのを何とか堪える。…堪えたのだが、俺のツッコミ属性がそれを許さなかった。

蠅の王(ベルゼバブ)かよ!?」

「あら」とか「おや」とかいう反応が前後から聞こえたが、そんな事より黒公爵である。

 俺が玉座に確認したのは、蝿……では無く、蚊であった。それもヒトスジシマカとかヤブカと呼ばれるソレを五倍くらいに大きくしたものである。…まあ五倍でも元の大きさが大きさなだけに、せいぜいガガンボ程度の大きさなのだが。でも正直言って脳内で認識しているサイズと、実際に目にしたサイズが違うと、かなりキモい。…あんまり叩き潰したく無い。ゴキブリで無いだけマシだが、そう言えばこの世界のゴキブリって、カラフルなんだよなー、と思い出す。黒くてカサカサ動き回るヤツは勿論の事、金とか銀とか、玉虫色とか十二色の色鉛筆に入っている色は網羅している。…て違う、そうじゃなく。現実逃避してどうする俺。

 振り返ると、ライたちも主の居ないように見えた玉座に、ばかでかい蚊が居るのが見えたようで、一様にげんなりとした顔をしていた。いや、ディランさんは興味津々か。

「なかなかに興味深いな、少年? (いにしえ)の大魔族の名を久方ぶりに聞いた」

 あ、うっかり前世記憶での悪魔王(ベルゼブブ)の名前を出したけど、一応通じるんだ? 黒公爵が感心したように言うが、通じるとは思わなかった。…て言うか、この世界と元の世界って意外と重なっている部分が多い。何処かで繋がって平行世界(パラレルワールド)として存在しているんだろうか?

 俺の疑問を余所に、黒公爵がプンプン(ブンブンではない。蚊だから)飛び回りつつ俺に近付く。

「ふっふー。なかなか愉しそうな子だねぇ。白豹ったらーこぉんな愉しい子を隠していたのかい?」

「別に隠してはいない」

 愉しいは否定しないんだ……。

 黒公爵が飛び回るのを叩き落としたい誘惑を堪えつつ、二人の会話を聞いたのを総合すると。

 どうやら『ナハトムジクの楽譜』は黒公爵の退屈しのぎに創られた迷宮らしい。退屈しのぎにこんなしち面倒くさい迷宮を創るなんて、傍迷惑……じゃなくて、物好き……でもなくて……ダメだ言い繕えない。「僕って凄いでしょ? 誉めて誉めて!」と言いそうな感じで飛び回っているのが本当に鬱陶しい。

「…叩き潰しても、良いぞ?」

「マジか」

「止めてよぅ!!」

 グウィンが俺のイライラを感じ取ったのか、自分でもそう思ったのか、攻撃の許可を出したら黒公爵が慌てて玉座に逃げ戻る。そして。

「もーぉう! ()の姿だから言われちゃうんだよね! ちょっと待って!!」

 ぽふん、と音がした気がした(効果音(エフェクト)を入れなきゃ気が済まないんだろうか?)と同時に玉座が黒い靄に包まれ、人の輪郭が現れた。

「じゃ~ん! コレでどうだ!」

 ドヤ顔で宣ったのは人化した黒公爵……の筈。黒髪・白皙の美青年が目の前に居た。魔族の証か瞳は紅い。

 だがしかし。(二度目)


「なぁ何で縦縞なの?」


「突っ込む所ソコ!?」

 うわぁ、吃驚ダヨ。と言った黒公爵は、シルクハットにテイルコート姿、手にはステッキ代わりなのかレイピアが握られていた。なかなかのオシャレボーイ(笑)だ。だがしかし。(三度目)

「蚊なら横縞(ボーダー)なんじゃないの? 何で縦縞(ストライプ)?」

「細かい事を気にする子だなぁ! だって縦の方がシュッとして見えるでしょ?」

 俺の疑問に律儀に答えてくれる姿には好感が持てる。但し話す度にクルクル回るのはイラッとするが。

 黒公爵の言う通り、黒と白のストライプは細身の彼の姿を際立たせている。上着は慣例に則ってか黒一色。光沢のある生地と無いもの二種を使い分けている。白のシャツに白黒縦縞のウエストコート、そしてスラックスも縦縞である。確かにシュッとして見えるが……。

「あ、袖口はボーダーなんだ?」

「だから何で気にするのがソコなのかなぁ?!」

 叫ぶ黒公爵。ゴメン、ちょっと面白い。

 俺と黒公爵とのやり取りを呆然と見ていたリシャールさんとディランさんは、困惑頻りである。魔族相手にポンポン暴言を吐いているからだと思うが、自重はしない。だって何だか黒公爵自身が掛け合いを楽しんでいる気がするんだよね?

「クラウド……大丈夫?」

 おずおずと訊ねるライと、俺の後ろに引っ付いて様子を窺うルフト。ミク兄は……あ、ダメだ。黒公爵と似た者同士だからか? 何だか愉しそう。

 しかし困惑していたリシャールさんたちだが、ハッと気付いて俺と黒公爵の前に立ち塞がった。

「殿下、敵意が見えないとは言え、相手は魔族です。何時なんどき牙を剥くか判りません故、お下がりを」

 長剣に手をかけつつ俺の前に立って護ろうとするリシャールさん。ディランさんも『杖』を掲げて防御体勢をとっている。

 …が。

「やっだなぁ!! 僕そこまで戦闘狂じゃ無いって! どちらかと言えば平和主義よ?」

 くるりと一回転してポーズをとる黒公爵。誰だ「うわぁ……」とか呟いたの。俺の心を代弁するな。

 しかし護衛モードのリシャールさんは、黒公爵の言葉に反論する。

「戦闘狂でない魔族など、平和主義と言われるより信用出来ない!」

「常識に囚われちゃぁダメよん?」

「ヘルツォークが言うと実感がこもるな」

「アリガト白豹」

 非常識二人(グウィンと黒公爵)の会話って……イラッとするのな。新発見。それにしてもちょっと気になる事があるので訊いてみよう。

「なぁ、何で姿を現したんだ? 最終問題を出すだけなら、別に現さなくても良いだろ?」

「えぇ? だって迷宮核(ダンジョンコア)を壊されたくないし? 白豹が来たから挨拶でもしておこうかなッて? 翠晶館の主人ラディン・ラル・ディーンも怖いし?」


 ま た お 前(ラディン) か !


 ラディンの名前が出た途端に、リシャールさんたちからの殺気が弱まる。彼等も俺の護衛やら何やらで付き合いが長いせいか、水の杜の主人の名前は覚えているらしい。

 殺伐とした雰囲気が緩んだ所で、黒公爵が再び玉座に戻る。肘掛けに肘を乗せ、頬杖をつきながら大袈裟に足を組む。…いちいち芝居がかった仕種が腹立たしいが、似合っていてそれがまたいけ好かない……って何かマイナス評価しか出ないな何でだろう?


 しみじみ見ると、黒公爵は当たり前の様に美形だった。艶やかな黒髪に、切れ長の目。紅い眸に片方だけ口角を上げた皮肉めいた唇。長い手足に細身ながら軽々とレイピアを持ち歩くあたり、鍛えているのだろうと察せられる。

 あー、うん。羨ましいんだ俺。一応前世は前世と割り切って、子供時代を謳歌しているつもりだけど、成人していた時の記憶がやっぱり残っていて……大人だったら出来る事が沢山有るのを知っていて、それが出来ないから出来る奴が羨ましい。特にこんな魔族だなんて、見掛けが自由に変えられる奴が、言動のおかしな奴が見た目だけでも大人なのが、羨ましいんだ。

 だけど多分これは無い物ねだりだ。俺が大人だったら、子供の姿に憧れる。子供は自由で良いなって思うだろう。子供のうちは早く大人になりたいと思っていた癖に、実際に大人になったら思っていたより大人には自由も夢も無くて、ガッカリした。…社会人になって数年は。その後開き直って色々周りを見直したら、自由も夢も謳歌するか否かは自分次第と気付いたから、『子供っぽい大人』ではなくて『子供心を忘れない大人』であろうと努めた。

 そういう意味で言うなら黒公爵はまさに『子供心を忘れぬ大人』じゃ無いだろうか。いや魔族の年齢なんて判らないけど。

 わざわざ人間界へ迷宮なんか造って、謎解きをさせて……単なる暇人と言う説も捨てきれないが。


 少し考えてから、改めて黒公爵に訊ねる。

「黒公爵って……吸血族(デアボリク)?」

「あは? なぁンで?」

 蚊に変化するから、とは言い難い。

 言い澱む俺に何かを察したのか、ケラケラと笑いだす。

「先刻も言ったけどねぇ、僕は平和主義者なのよ。血なんか吸わないよ~、僕が好きなのは花の蜜とか果汁ね。平和主義でしょ?」

「蚊じゃん、オスの蚊じゃん!!」

 蚊はメスしか吸血しないって言うし、蚊だよな?

 俺のツッコミに黒公爵はケラケラ笑い……パン! と手を打つ。

「さぁ! 雑談は此処までにして。…最後の問題に取り掛かろうか?」

 言い終わるや否や、目の前がグニャリと歪む。

「クラウドッ!?」

「殿下!!」

「クラウド様ッ?!」

 焦る声が上がると同時に、バッと飛び退る。すると俺の立っていた場所に、歪みから現れたモノが倒れて落ちた。重量感のある堅い音に驚いて見ると、それは―――。


「…木材?」


 恐らく俺たち全員の頭の上に疑問符があったと思う。ゴロンと転がった其れは紛う方なき木材だった。



 トウヒとカエデ。

 この二つの単語だけで俺たちが何をやらされる事になったのか、理解できた人間は凄いと思う。

 今現在俺たちは二手……と言うより、二人一組に分かれて探索を行っている。戦闘と探索に分かれている……と言いたいところだが、戦闘だけなら実質グウィン一人で充分だし子供でも戦える相手なので、寧ろ重きを置いているのは探索である。


 四半刻前、「最後の問題に取り掛かろうか」と黒公爵が言ったと同時に現れた木材。数種の木から成るもので、幾つか厚さに種類が有った。加工された其れ等は、良く見ると切り込みが入っていて、見た覚えの有る形。

「ヴァイオリン?」

 特徴的な形に思わず呟くと、黒公爵が頷く。

「僕からの最後の問題だよ。奏でよ森の恵みを、響き歌え郷愁を誘え! 砂時計が落ち切るまでに。さぁ、愉しい時間の始まりだよ」

 言い終わると同時に巨大な砂時計が現れ、砂がゆっくりと落ち始めた。

 ニコニコと俺たちを見る黒公爵は、「早くしないと時間がどんどん過ぎて行っちゃうよ~」と笑う。慌てて何をすべきか判らないまま、取り敢えず目の前に転がっている木材にヒントが有るだろう、と調べる事にした。

「クラウド、これ簡単に取り外せるよ?」

「…でもバリが酷いし、微妙に(いびつ)だから上手く組めないな?」

 うーん、何だか毎週一パーツずつ届けられる組み立てキットみたいだ。でも本体だけで、弦が無いから完成しないんじゃないか?

 パリパリと薄い板からパーツを取り出していくと、やっぱりヴァイオリンの様なパーツが幾つか出来上がる。これがトウヒとカエデ。ヴァイオリン本体の表板と裏板に使う。その他に黒檀も有って、こっちは指板だろう。厚い方もしっかり切れ目が入っていて、複雑な形ながら慎重に切れ目をずらしていくと、何とか取り出す事に成功する。

 しかし幾らパーツを揃えた所で、組み立て方が判らなければどうしようも無いじゃん! と気付いたと同時に黒公爵から更なるヒントが来た。

「うーふふっ。困ってるぅ? 教えてあげても良いけどぉ、砂時計が進むよっ?」

「良いから教えやがれモスキート」

 やや投げ遣りにそう言うと、「冷たッ!!」と言いつつ教えてくれた。


 組み立て方も足りない材料も、全てこの部屋の何処かに隠されている事。

 魔物と戦わなければ手に入らない事。

 砂時計を遅らせ(ヽヽヽ)たければ、砂を手に入れれば良い。それも魔物から手に入る事。


 魔物と聞いてリシャールさんたちが真っ先に心配したのは、どの程度の魔物かという事だ。スライム程度なら良いが、彼奴等(スライム)だって集まれば白い巨体(アルベールカ)なんていう厄介な魔物となる。

 俺やミク兄たちを組み立てに回して、自分(大人)たちが戦闘を担当しようか、と相談していると黒公爵が口を挟んだ。

「砂時計の砂以外は、一人につき一つしか見付からないよ。最初は全員で探すのをオススメするかなッ?」

「早く言え!」

 ―――と、そんな遣り取りの後、二人一組で説明書と足りない材料を探す事にした。組み合わせは俺とミク兄、ライとリシャールさん、ルフトとディランさんでグウィンは単独で探して貰う事にした。…俺が単独でも良かったんだが、そうするとグウィンと組んだ相手が振り回されて可哀想な事になるのが容易に想像出来たので、この組み合わせである。

 剣と魔法の組み合わせで、まぁ良いんじゃないか? と思う。

 ミク兄の実力は知らないが、成績優秀者である事は聞いているし、リシャールさんたちも俺とライたちと一緒に訓練して実力は知っているので、不承不承頷いた感じだ。だが危険は危険という事で、子供は各自説明書なり材料なり見付かり次第、戦線離脱して組み立てに専念する事で合意した。大人は砂時計の砂を追加すべく探索続行。


「足手まといになったら済まないね」

 ニッコリ笑ってそう宣ったミク兄だが、足手まといどころか真っ先に飛び出てきたスライムを倒し、材料をゲットしてあっさり戦線離脱した。因みにゲットしたのはヤスリだ。

「…何に使うのかな?」

 ゲットしたヤスリを手に首を傾げたミク兄に、多分だけど……と言いつつ使い方を教える。

 プラモデルの出来を左右するのは、最初のバリ取り・ヤスリ掛けだと思っている。1/1(いちぶんのいち)スケールのプラモデルだと思えば、コレが正解の筈である。

 俺がバリの取り方、ヤスリの掛け方を教えると、流石何事もそつ無くこなす微笑みの貴公子(笑)ミク兄。既に外してあった各パーツの、取り出す際に出来たバリを削り始めた。

 念の為ミク兄の周囲に防御結界を施し、弱い魔物は近寄れない様にする。強力な魔物は出て来ないらしいし、もし出て来ても恐らくグウィンが瞬殺する。

 一人になった俺は、ディランさんに呼ばれて一緒に探索。ルフトが今一つ火力が弱いので、俺が加わって補助する感じだろうか。

 そうこうしている内に今度はリシャールさんが材料を手に入れたらしい。だが各一人に一つ材料が手に入るという事なので、ライが手に入れるまではそのまま探索続行してもらう。次に手に入れたのはグウィンで、何を手に入れたのか知らないが、結界の中に居るミク兄に素材を放り投げてから再び探索を始めた。

 最深部だと言うのに、やたらと広いこの部屋だが、黒公爵が控える玉座の前から俺たちが入ってきた出入口まではキチンと整えられたフロアとなっている。だが赤い絨毯が敷かれた両脇の円柱の先は、ゴツゴツとした岩場や鬱蒼とした繁みが有ったりして何処から何が出てくるか判らない仕様になっている。

「ひゃっ!!」

 ルフトが叫んだと同時に、羽虫が襲い掛かって来る。樹木洞泉(ファイトテルマータ)と呼ばれる樹の洞に溜まった水が有ったので、それを覗き込んだら出てきた。小さい虫に集られると、目やら鼻やら口やらに入りまくり、とにかく不快なので慌てて逃げる。だがこいつ等も倒さないといけないんだった、と思い出して、どうやって倒そうかと考える。

「…殺虫剤でヤる?」

「燃やしましょうか」

「それだと素材が手に入らないんじゃないかな?」

 かと言って羽虫に対して剣で挑むのは無謀だろう。

 此処はやはり魔法で、とディランさんにお願いする。

 火で燃やすのは材料が手に入らない可能性が有るので、最後の手段として、風魔法で切り刻む……のも羽虫では小さすぎて無理だろう。色々考えた末ディランさんが選んだのは、氷魔法だった。

凍てつく帳よ(フルォシタクルティノ)彼のものを捕らえよ(カプトリン)氷の遮幕(アイスカーテン)

 呪文を詠唱すると、俺たちの前に透明な―――氷で出来た壁が現れる。壁と言うよりカーテンか。

 キラキラと光る氷の粒は細かくて、ああコレが所謂ダイヤモンドダストって奴か、と妙なところで感動した。だって俺テレビでしか見た事無かったんだもん。

 突然現れた氷のカーテンに羽虫たちが気付かず突っ込み、ピシりと固まる。冷気によって凍った羽虫たちはあるものはそのまま張り付き、あるものはポトリポトリと地面に落ちる。

「なんか気持ち悪い……」

 ルフトが心底厭そうに呟いた。…確かに先刻まで無色透明だった氷の薄膜が、無数の羽虫に因って真っ黒にている。なんだっけ、こういう恐怖症あったよな……。集合体恐怖症(トライポフォビア)? ちょっと違うか……。

「あっ!?」

 羽虫の死骸を集めていたら、ルフトが声を上げた。

「刺されたのか?!」

「違う、羽虫を集めてたら何か変な液の入った壜になった!!」

 そう言ってルフトが見せてきたのは、確かに琥珀色の液体入りの壜だった。琥珀色の液体ってウィスキーじゃ無いだろうし、壜にラベルは無いので【鑑定】スキルで鑑定してみる。

「ニスだ」

 ……まぁ仕上げには確かに必要な材料だな。

 倒したのはディランさんだけど見つけたのはルフト。こういう時は誰のものになるんだっけ? 悩んでいるとディランさんからも「あ……」と小さな呟き。

 今度は何だ? と見に行くと申し訳無さそうに立つディランさんと、その脇にはファイトテルマータ。

 すっかり乾涸びたファイトテルマータに、ボウフラっぽい虫の死骸。それと紙片が其処にあった。

「どうしたんですか、これ?」

「あー……、羽虫の発生源を無くそうと思いまして。加熱したらこうなりました」

 燃やすんじゃなくて加熱か。成る程それで乾涸びた、と。紙片を見たら、楽器の組み立て方が書いてあったので、ルフトに持たせてミク兄の所に持って行く様に伝える。これでルフトは戦線離脱、ディランさんは砂時計の砂探しに専念する事になった。

「ところで何で申し訳無さそうだったんですか?」

「殿下を差し置いて先に見付けても良い物かと……」

「いや、ディランさんたちには砂を探して貰わないと困るんで、早く見付けて貰って全然構わないんですが」

「そうですよね……、失念していました」

 ハハハと乾いた笑いをするディランさんに、日頃の苦労が忍ばれる。魔導師長たちにどんな無理難題を吹っ掛けられているのかとか、尻拭いが大変なんだろうなとか……。思わず肩をポン……とは出来なかったので、背中の下辺り(腰では無い)を叩いて励ます。ディランさん、ガンバ!

「殿下も振り回す御一人ですよ」

 ボソッと呟かれたが聞かなかった事にする。


 その後砂を探すディランさんと材料を探す俺の組み合わせで、広い部屋を探索する事暫し。玉座の前ではミク兄とルフトがヴァイオリンの材料を加工し始めていた。

 加工と言っても未だ組み立てには至っていない。どうやらディランさんが手に入れた説明書は不完全らしく、それだけだと組み立てられないらしい。そうなると恐らく俺かライがもう一つ説明書を手に入れる事になる筈だが、ヤスリ、ニス、説明書が二つとグウィンが手に入れた謎の素材。あともう二つで本当にヴァイオリンが組み立てられるのだろうか? 疑問である。

 どう考えても弦が必要だ。本体は妙な空間から出てきた木材で揃っている筈なので、弓も弦以外は含まれていると思う。となるとグウィンが手に入れた物が弦になるのか? あと接着剤も必要な気がする。

 うーんと考えていた所為か、足元が疎かになり何かに躓く。

「わっ!?」

 ツンとつんのめって二、三歩よろめくと慌てたディランさんに手を引かれて立ち直る。

「御無事ですか、殿下」

「大丈夫、ありがとう。何に躓いた……」

 振り返って躓いた原因を確認しようとして絶句する。


「何だアレ?」

「……さあ?」


 蹴躓いた場所に居た(ヽヽ)のは、どう見ても猫の足だった。



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