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Lv.05 ディラン=セイリオス

 オレがクラウド殿下を知ったのは、彼が二歳半の頃、部屋から脱け出しシーツにぶら下がり、宙吊りで発見された時だろうか。


 勿論此の国(エーデルシュタイン)の国民として誕生時よりその存在は知っていた。だが其れは敬愛する王家に新たに加わった王族と言う認識で、個人としての認識では無かった。

 当時、殿下が宙吊りで外壁にぶら下がって居た、と連絡が入った時は騎士団と魔術師団を巻き込み大変な騒ぎとなった。どうやって助けたら良いか、早く引き揚げろ、魔術で降ろせないか、等々、焦って話し合う大人達を尻目に、当の殿下はシーツに掴まり体を揺らして反動を付けて、実に上手に階下のバルコニーに飛び降りた。二歳半の幼児としては驚きの身体能力であった。


 きつく叱られたであろう殿下は、その後騎士団と魔術院に出入りする様になった。騎士団には剣術の稽古に、魔術院には魔術の勉強に。

 特に誰かに師事している訳では無い。魔術院に来て殿下が先ず行うのは、瞑想である。自分の中に(めぐ)る魔力を感じ取る訓練。彼は誰に訊く事も無く自然と始めた。恐らく魔術師が瞑想している姿を見た事が有るのだろう。見様見真似でも中々に様になっていた。実際僅かながらも魔力が増えている。

 瞑想の後は、魔術院に有る魔術書を読み漁る。利発な殿下は既に読み書きが出来る様で、初めは絵本の様な教本から始め、最近では中級魔術書を読み始めた様だ。…あれは大体魔法学園に行く様な年齢、つまりは13歳頃に読む本なのだが。(つか)えながらも読み進め、判らない事は素直に訊ねる。其の姿には好感が持てる。


 そもそも殿下は、とても愛らしい。


 凡庸な顔付きでガッカリした、と言われた、産まれたばかりの頃の噂と全く違い、殿下は両陛下に良く似ておられる。

 陛下譲りの金髪は何時もサラサラとして艶があり、妃殿下譲りの烟る青灰色の瞳は好奇心に溢れ何時も輝いている。何時も元気に駆け回り、会う人毎に挨拶を交わす。貴族も使用人も変わり無く。

 勿論身分を問わず、見境無くと言うのでは無い。貴族には正式な作法に則った礼を取り、使用人には気さくながらも一定の距離を保つ。身分をキチンと弁えた態度。自然に其れをやってのける殿下には感心するばかりである。

 快活にして聡明。将来が楽しみな殿下が、毎日魔術院を訪れるのを楽しみにしているのは長老ばかりでは無い。初めは煩い子供だと疎んじていた連中ですら、今では顔には出さないが楽しみに待っている。オレも其の一人だ。

 煩く騒がず、大人しく本を読み、魔術について真剣に意見を求める其の姿を、好意を持つことは有れど疎むのは、相当捻ねくれた奴だろう。魔術師は捻ねくれた者が多いが、魔術と真剣に向き合っている者なら話は別だ。

 今日もコッソリと長老は茶菓子を用意して、殿下が現れるのを待って居る。


「こんにちは。お邪魔します」

 何時も通りの挨拶をして殿下がやって来た。可愛らしい其の姿に、皆の顔が和む。

 何時も通り部屋の片隅に椅子を持ち込み、瞑想を始めると思ったが、今日は珍しく室内をキョロキョロと見回した。

 他の連中が視線を合わすのを避け目を逸らす中、何を、若しくは誰を探しているのか気になって見詰めていたオレとバッチリ視線が合うと、殿下はニッコリ笑い、オレに近付いた。

「こんにちは、ディ……ディランさん?」

 恐る恐る、と言った風にオレの名を口にする殿下の、其の様子が可愛らし過ぎて内心悶えてしまったが、平静を装い返事をする。

「こんにちは、クラウド殿下。ディランで間違いないです、良く御存じで」

 正式に名乗り合った事は無いので、殿下がオレの名を朧気にでも知っていた事に驚く。

 平民出身なのでオレに家名は無い。只のディランである。魔術師として正式に名乗るので有れば、ディラン=セイリオス。しかしセイリオスは真名で有る為、余程の事が無い限り名乗る事は無いだろう。

 オレの返事に照れ臭そうに殿下が笑う。

「未だ若いのに、筆頭魔導師候補だと聞いて、凄いなぁって思ったので、気になってました」

 そんな話を知っている殿下に此方の方が吃驚である。長老にでも聞いたのか。


 十五歳で魔法学園を卒業し、そろそろ三年になろうとしていた。首席で卒業したオレは当然の様に王立魔術院に招かれ、魔術の研鑽と研究に明け暮れている。

 そして幾つかの研究が認められ、魔術院でもかなり上の地位になった。このまま行けば、史上最年少の筆頭魔導師になるだろう、と言われている。

 その事を殿下が知っていた事に、驚きと嬉しさが胸を擽る。

 そんな内心を隠し、殿下に尋ねる。

「何かお知りになりたい事がお有りですか?」

「はい! えぇと、コレなんですけど」

 そう言って殿下が差し出したのは、水晶の欠片だった。

 欠片とはいえ純度が高く、小さな殿下の掌にスッポリ収まる大きさは、魔石の材料として申し分無い、と魔術師としての頭が考える。

「これは?」

「以前、父上と一緒に鉱山の視察に行った時に拾ったものです。其処の監督官に何か記念に、と言われて、それなら折角拾ったこれが良いと言って貰いました」

 屈託無く告げる殿下だが、こんなに純度の高い水晶を拾うなど、滅多に有る事ではない。瞠目して見詰めると、何を勘違いしたのか更に説明を重ねる。

「あ、水晶のまま拾ったんじゃ無くて、その時は未だ石の、中で。宝探しのつもりで、割ったら何が出るかなって……」

 それこそ驚きの話だ。偶々拾った只の石の中に、水晶が隠れ、殆ど欠ける事無く出てくるなど。かなりの幸運である。

 オレの反応が何か悪いものと勘違いしたのか、殿下は面白い程に悲愴な顔になる。そんな表情も可愛らしく微笑ましいが、周囲からの視線が痛いので、安心させるように微笑む。

「大丈夫です、監督官が認めたのなら、この水晶は殿下の物です。少々、純度が高いので驚いただけですから、お気になさらないで下さい」

 オレの言葉にあからさまにホッとしてはにかむ殿下。

 拙い、少年趣味は無いのだが、新しい扉を開きそうだ。何だこの可愛さ。

「…それで、殿下はこの水晶で何をなさりたいのですか? 良い魔石になると思いますが?」

「乾燥剤を作りたいんです!」

「カンソウザイ?」

 聞き慣れない単語に問い返すと、殿下は頷いて説明をした。

「食べ物とか、えぇと、湿気に弱い物と一緒に密閉した容器に入れるんです。そうすると、乾燥剤が湿気を吸ってくれて、湿気を防いでくれるんです」

「熱を与えて乾かす、ではなく、元々乾いている物をそのまま保存する、と言う事ですか?」

 だったら保管の魔法と言う物がある。しかしオレの問いに殿下は首を振った。

「保管の魔法だと、出来た物がそのままの状態で保管されるでしょう? それだと乾燥が不十分だと、不十分のまま保管されちゃうので、ダメなんです」

「つまり、保存中も乾燥を進めたいと?」

 コクコクと頷く殿下。…可愛い。

 いや、そうでなく。

「乾燥もそうなんですけど、ある程度乾いたらそれ以上乾かない様にもしたいんです。それって可能ですか?」

 乾燥が進みすぎてもいけないのか。確かに過度に乾燥したものは簡単にその形を崩す事もある。だからこその状態保存の魔法なのだが。

 となると、乾燥と保存、二つの魔法を組み込めば良いのか? しかしそれでは術式が複雑になる。

 頭の中で目まぐるしく術式を考え始めたオレに、殿下が声をかけた。

「一応、見本なんですがコレが一番近いかな、と思ってマグ料理長に借りて来ました」

 そう言って見せてくれたのは、茶葉を保存する時に使う魔石。組み込まれた魔法陣を確認すると、状態保存の魔法だった。これは殿下の希望するものと少し違うだろう。

「あ、そうか。商品として完成されたものだから、加工する必要が無いんだ……」

 あからさまにガッカリする殿下が可愛くも気の毒になり、朧気ながら思い付いた術式を提案してみる。

 考えたのは、湿度を一定に保つもの。其れならば湿気ていれば乾燥するし、乾燥しているならそれ以上乾燥する事も無いだろう。

「勿論、湿度をどの程度保てば良いのか、調べなくてはなりませんが。如何ですか?」

「それってぼくにも出来ますか?」

 キラキラした瞳で訊かれたが、まさか自分で魔法陣を組み込もうと言うのだろうか。いや、まさか。そんな筈はない。

 …と思っていたのに。そのまさかだった。


 流石に誰にも師事していない、しかも僅か三歳の幼児に魔術式の組み立て、魔法陣の書き込み等出来る筈がないし、許される事ではない。万が一術式が暴走する様な事にでもなれば、どんな惨事が待っている事か。

 そもそも可愛らしい殿下に危険な事などさせられないだろう。

「殿下、魔法陣の書き込みは大変危険なのです。勉強したと言いたいのでしょうが、師事する師匠もいない殿下に許す事は、魔術師団の一員として看過する事は出来ません」

 自分に任せてください、と続けて殿下から水晶を受け取る。

 利発な殿下だからこそ言葉で諭せば理解してくれる。普通ならこうは行かないだろう。理解出来ず泣き喚いているかもしれない。半端な知識で術式を組み、暴走させたかも知れない。

 そんな若しかしたら有り得た事、を想像し、オレは魔法陣を書き込むべく、殿下を伴い自分の研究室へ向かった。


 魔法書や様々なハーブ、胡散臭い魔道具で一杯のオレの研究室を珍しそうに眺める殿下に声を掛ける。

「どの位時間が掛かるか判りませんから、付き合わなくても宜しいですよ?」

 長老も茶菓子を用意して待って居るし。

「いいえ、ぼくのワガママでお願いするのですから、見学させてください」

 それとも迷惑ですか? と心細そうに尋ねる殿下に迷惑ですと言える筈が無い。

 見られて落ち着かないと言うのはあるが、好奇心一杯に目を輝かせる殿下にそんな事を言える筈も無いし、殿下に迷惑を掛けられる事も考えられない。

 これが殿下で無かったら。そもそも話し掛けられる前に逃げていただろう。子供は煩い邪魔な存在だと、近付きすらしない。研究室に連れて来るなど以ての外だ。

 ―――其処まで考えて、殿下が王子で良かった、と思った。幾ら可愛くても男児だからこそ、子どもを可愛がる大人程度にしか見られないだろう。これが王女、女児であったなら、邪推されても仕方の無い扱いだ。怪しげな部屋に連れ込んで、二人きり。幼女趣味の変態(ロリコン)、と呼ばれても可笑しくはない。

 さっさと用件を済ませてしまおうと、オレは預かった水晶を取りだし、最適な術式を計算し魔法陣を編み始めた。


 予想通り大人しく待っていた殿下に、出来上がった魔石を渡す。

「うわぁ、キレイ……」

 その言葉に少し驚き、水晶が綺麗な事に喜んだのだろう、と勝手ながら推測する。だが殿下はオレの予想を超える存在だった様だ。

「スゴい、水晶の中、模様がキラキラ……」

 うっとりと魔石を見つめる殿下だが、模様がキラキラ、と言う事は編み上げ組み込んだ魔法陣が見えていると言う事か? ある程度魔法を習い、簡単な魔法陣を組める様になって、やっと見える魔術師も多いと言うのに。

 驚き見つめるオレに気付かず、殿下は嬉しそうに笑って礼を述べる。

「ディランさん、ありがとうございました! おかげで保存が楽になります!!」

 何の保存かは聞けなかったが、その嬉しそうにはしゃぐ姿に、思わずグシャグシャと頭を撫で回してしまった。目を丸くして戸惑う殿下だが、オレの方も殿下の髪の手触りの良さに驚いて、必要以上に撫で回してしまった。…不敬罪にならない……よな?


 その後、ニコニコ笑って帰ろうとする殿下を掴まえて、オレは或る提案をした。

「殿下、独学も良いですが、本格的に学んでみませんか?」

 殿下には魔術の才能が有る。それは自力で魔力を高める方法を見付け出した事から明らかだ。今のまま独学でも少しは魔術が使えるようになるだろう。だがそこそこ、程度だ。本格的に使いたいのであれば、やはり誰かに師事した方が良い。

 殿下は王族だから、恐らく他の貴族子弟の様に学園には通わず、家庭教師がつく筈だ。本格的に勉強を始める前に、基礎的な事だけでも教えておかないと、いざ魔術を習おうとした時には時間が無いかも知れない。早くに教えれば、魔力も更に高まるし時間も取れる。

 今の殿下は騎士団と魔術院に通う以外では、目立って何かしている様子は無い。…先日は何やら変わった事をしていた様だが。余り関係無いだろう。

 オレの提案に殿下は目を丸くしたが、直ぐに頷いた。

「良いんですか?!」

 キラキラと目を耀かせ、はしゃぐ殿下にオレも頷く。

「長老や他の魔術師にも話は通しておきます。今までは本を読んで判らない事を訊く程度でしたが、これからは誰かに師事して本だけでなく、あらゆる魔法について学んでください」

 協力は惜しみません。そう言うと、殿下は暫く考え込んでから、はにかみながら言った。

「だったらディランさんが教えてくれますか?」

「オレ……私が?」

 思わず聞き返すとコクンと頷く。

「今日ディランさんに魔石を作ってもらって、沢山話して。話しやすい人だなって思ったんです。だから……ダメですか?」

 駄目と言う事は無い。無いが、受けたら恐らく長老に恨まれる。あの方は、宰相閣下、将軍閣下に加え、神殿の司祭長まで殿下に『爺』と呼ばれていると聞いて以来、自分もそうに呼んで欲しいと訴える機会を狙っている。それなのにオレが殿下の魔術の師匠になると知ったらどうなる事か。被害は最小限に食い止めたい。

 と言う訳で。

「殿下、お気持ちは嬉しいですが、私も研究を重ねて忙しい身。何時でも殿下に時間を取る事は叶いません」

 これは本当だ。研究が佳境に入ったり調子が良ければ、二、三日の徹夜など当たり前だ。

「ですから師事は長老にお願いしましょう。あの方なら時間の融通は幾らでも利きますし、知識量から言っても師事するには最高の人です」

 惜しむらくは語り始めると長くなり、此方の理解が追い付かない事が有る事だ。

「長老のお話が難しいので有れば、其処は私が判り易く説明します」

 どうですか? と問う。

「じゃあ父上とおじい……宰相閣下に許可を貰ったら、宜しくお願いします!」

 ペコリとお辞儀して、はしゃいで魔術院を去る殿下を見送る。

 何とも微笑ましい、と思っていると、背後から恨みがましい声がした。

 ……ヤバい。長老の所に寄らせるのを忘れていた。


 その後、オレは長老から大量の仕事を押し付けられ、殿下がキチンと許可を得て長老に師事を乞うまでそれが続いた。

 最近美味くなった食堂の料理と元気そうな殿下の姿が、疲れたオレの慰めだったかも知れない。

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