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Lv.04

 突然だが、何だか物凄く日本食が食べたくなり、料理長に色々訊いてみた。


 ラノベの転生モノで良く有る、転生者が日本食を作って、異世界の食事情を変える。そんなのを自分がやる事になるんだろうか、と若干不安だったのだが、そもそも別に食事情自体に不服は無い。

 普通に洋食だと思って喰えば、美味い。ただ単に俺がアッサリ淡白で有りつつ、旨味のある日本食が食べたいだけだ。UMAMI万歳。

 祖父母との同居生活、その上作り手が祖母となると自然、内容は昔ながらの和食となる。母が偶に作るハンバーグなどは、偶だから良いのであって、毎日は飽きる。反論は受け付けよう。俺がそうだ、と言うだけだ。


 それで料理長に根掘り葉掘り訊いてみたところ、アキツシマと言う島国の食事情がどうやら俺の希望と一致するらしい。…アキツシマって、日本の古い名前だよな? 秋津洲とはトンボの古名で、日本列島の形がトンボに似ているから付けられた名前だと記憶している。

 何だか微妙に此の世界と前世の世界がリンクしている気がする。まぁ俺以前に転生なりトリップなりした奴等が、俺と同じ様に和食恋しさで試行錯誤した結果だと思おう。


 料理長は流石に王宮専属料理人だけあって、俺の曖昧な説明にもめげずしっかり答えてくれたのは有り難い。アキツシマの特殊な食事情は、少なからず需要が有る様で、細々と調味料などが出回っているそうだ。但し高価(たか)い。

 其れも当たり前の話だが、アキツシマは広大な東大陸(エスタニア)の更に東に位置する小さな島国だ。其処から海を越え大陸を渡り、東大陸の西の果て迄運ぶとなれば相当な労力がかかる。輸送費が値段の半分以上を占めると思われる。


 因みに、実は転移門(ゲート)と言う、ファンタジーに有りがちな、遠い場所を繋ぐ魔法陣が有る。旅の○とか言われる所謂アレ。

 其れを使えば輸送費も然程かからないのでは? と思われがちだが、実は制限がある。余り大量の物は短い距離しか転送出来ないのだ。

 手荷物程度なら問題ないが、其れだと個人の土産程度の量しか持ち運べない。しかも量に応じて利用料金も変わるので――転移門は有料である。王族ですら例外ではない――余りに大量の荷物は逆に金が嵩んで普通に船便、陸便で運ぶのと代わり無い所か高くなる。

 飛龍便と言うのも有るが、其れも飛龍に載せられる程度の量となるとたかが知れる。

 そんな訳でアキツシマからの調味料や食材等は、非常に珍しい幻の食材となっている。


 余談だが、そんな王族ですら例外ではない転移門を無料で利用出来る場合がある。緊急依頼で呼び寄せられる冒険者だ。

 滅多に有る事では無いが、突然魔物等に襲われて対応出来る人間が居ない時等、見合ったランクの冒険者が呼び寄せられる。緊急事態は仕方無いと言う事だろう。

 そう言えば、俺の産まれる少し前に、冒険者として最高ランクの六ツ星――一ツ星から始まって、冒険者ランクの最高は基本、六ツ星である――が、活躍が目覚ましく他の追随を許さないとかで、七ツ星を名乗る事を許されたそうだ。

 …何だか格好良い。

 逢う事が出来るなら、どんな修行をしたら其処まで強くなれるのか、訊いてみたいものである。


 冒険者の魔道具として有名なのがアイテムボックスであるが――形は問わないらしい。袋状でも箱でも、洋服のポケットですらアイテムを仕舞うことが出来れば、アイテムボックスと呼ばれる。容量は個人に因って千差万別、有象無象。例え容量が一つでも、アイテムボックスはアイテムボックスである――、其れは例の容量制限に引っ掛からない様だ。

 だとすれば冒険者に依頼を出して食材を運んで貰えば良いだろう、と思ったが、大概の冒険者は余計な物を入れられる程、容量は多くないし、精算品や素材と呼ばれる魔物のドロップアイテムで埋まっている。しかもそちらの方が高値で取引されるだろう。依頼を出す方としては大赤字になる恐れがある。


 それでまぁ何が言いたいかと言うと。

「それではそのアキツシマからの食材はこの国では手に入らないのですね……」

「殿下……力及ばず申し訳御座いません」

 俺があからさまにしょんぼりしたからか、料理長まで悲し気な顔になる。あ、ゴメン。料理長のせいじゃないのに落ち込ませた?

 慌てて料理長に謝る。

「そんな事無いです! ぼくのワガママで色々教えてくれたのに……謝るのはコッチです!」

「殿下……何とお優しい……不肖此のマゲイロス、殿下の為にも尽力致します!」

 あれ、何か決意を新たにされた。そんなつもりは無かったんだが。


 取り敢えず厨房を後にして、図書室に行ってみる。

 王城の図書室は、街中に有る図書館とは蔵書量が比べ物にならない位多い。古い書物も多く、管理に細心の注意が必要な為、司書が常駐し修復師も兼ねている。勿論俺は街の図書館には行った事は無い。話に聞いただけだ。

 識字率は低くないし、図書館の利用者も其れなり所かかなり多い。それなのに蔵書量が違うのは、実は街の図書館の蔵書の大半は王城の図書室の物だからだ。専門書は王城の図書室から貸し出し、娯楽系の本は街の図書館が独自に仕入れている。常に入れ替え、少しずつ蔵書を揃えて居るそうだ。街の図書館に娯楽本が多いのは、先ず娯楽系から興味を持って貰い、色々と手に取って欲しいからだ。

 兎も角、王城の図書室の蔵書の中には、稀覯本もかなり有り、城に勤める文官や魔術師などに、頻繁に利用されている。司書が常駐し管理されているのも借り手の多い理由だろう。

 薄暗い図書室は静かで人の気配が無かった。だが居ない訳は無いので、扉を開けて直ぐの場所でキョロキョロと辺りを見回す。すると静かなカウンターの中に司書らしき人を見つける。

 ホテホテと寄って行き、声を掛けるが、カウンターに背が届かないので気付いて貰えない。必死になって飛び跳ねてカウンターを叩いて存在を知らせ、何とか用件を伝える。

 判ってるよ、煩くしちゃいけない事位は。今度、足踏み用の台でも設置して貰おう。

 司書に植物図鑑が見たい、と言った所、絵本を渡された。これじゃない、と訴え植物図鑑と序でに魚類図鑑も手に入れた。

 それで判った事。

 絵本を渡されたのは仕方無い。あんな分厚い本、三歳児が持つもんじゃない。

 と言うのはさておき。

 分厚い図鑑を端から端まで読み進め、エーデルシュタイン周辺で見られる海草と魚を調べた。勿論伊達や酔狂ではない。立派な目的、昆布と煮干しを手に入れる為だ。


 買えないものなら、採れば良い。


 幸い此の国も島国で、周囲はぐるりと海である。そんな訳で普段の食卓にも魚料理が良く並ぶ。

 探せばウルメイワシに似た魚が居るかもしれない。北部の港町には昆布に似た海草が生えているかも知れない。

 そんな期待を胸に、図鑑を捲れば……有りました! カツオみたいな大きさのイワシ擬きと、イソギンチャクみたいな昆布擬きが。…旨いのかな、これ。と言う疑問はさておき、見つかったなら手に入れない理由は無い。


 幸い二つとも、普通に食材として流通していたので、再び厨房に戻り料理長に事の次第を伝える。

 暫くして届けられた昆布擬きとイワシ擬きを嬉々として天日干しする。何時の間にか料理長がすっかり協力者として細々と手伝ってくれた。

 イワシ擬きは大き過ぎて上手く干せそうに無かったので、料理長に頼んで三枚下ろしの後、俺が覚えている限り一番メジャーな大きさに切り分け、干す。

 昆布擬きは小さいから悩んだものの、一枚一枚干す事にした。風に飛ばされない様に、一応網を被せる。

「殿下、これはどの位天日干しするのですか?」

 料理長に訊ねられ、俺は暫く考え込んだ。面倒なので『擬き』は外すが、昆布は通常三日ほど、イワシは一日もあれば良かった気がする。

 だけど用心の為に取り込む時に確認するか。

 俺がその旨伝えると、料理長は頷いてもう一度天日干しした昆布たちを確認しに行った。どうやら最後まで付き合ってくれるらしい。


 所で多分疑問に思われているだろうが、俺の特殊スキル、『脳内情報検索閲覧(ググレーカス)』だが。実は現段階では使い物にならない。経験が足りないのだ。

 どうやらある程度実生活に於いて調べものをしたりしないと、基礎力が足りなくて、使えないようだ。そんな訳で図鑑である。その内、薬草とか歴史とか、手当たり次第に調べて見ようと思う。

 案外こう言う地道な作業は好きだったりする。…ラディンに最初からチート能力を貰っていたら、楽かもしれないが、楽しくは無いかも知れない、等とちょっと思う。いや、まぁチート能力を貰ったと言えば貰ったんだけどさ。途中経過が有るか無いかの違いだけで。ただその違いが俺には大きかったりする。

 努力好きってどんなマゾだよ、とも思ったりするが、好きなものは仕方無い。頑張るよ? 俺。


 幸い好天続きで天日干しは順調である。みるみるカラカラに乾いていくイワシ、縮んでいく昆布。出来上がりが楽しみである。

 俺が妙な事を始めたと聞いて、両親や将軍閣下や宰相閣下まで様子を見に来たが、見て面白いものでも無いので、早々にお引き取り頂いた。

 結果は干物が出来てからである。


 本当は鰹節も作りたかったが、あれは手間暇掛かりすぎる。…味噌が手に入ったら、味噌汁作りたいんだけどな。未だ無理か。

 俺のスキルがレベルアップして、味噌や醤油の作り方が判ると良いなぁ。ぼんやりとなら判るが、その状態で作ったら、ただのお腐れ様を作る気がする。止めておいた方が無難。


 数日後、念願叶って煮干しと乾燥昆布が出来た。

 ホクホクと嬉しそうに干物を仕舞う俺に、料理長が訊ねる。

「殿下、これ等はどうやって使うものですか?」

「水で戻して出汁を取って、後は細かく刻んで他の野菜や肉と混ぜて焼いたり煮たり? 色々かなぁ」

 折角乾かしたものをまた水で戻すと聞いて、料理長は首を傾げたが、食べて驚け。天日干し舐めんな。旨味が凝縮されるんだぞ。

 煮干しと昆布の他に、実は野菜も少々干してみた。良い具合に乾燥して、これ等も甘味と旨味が増えている筈。と言う事で、これも料理長に渡す。

 一応念の為、其々相性の良い食材の組み合わせを教えておく。

 その後料理長が旨味に目覚めたのは言うまでもない。


 結構大量に出来たので、瓶に詰めて保存しようと思ったが、乾燥剤を入れた方が良いかな、と思い付く。しかしシリカゲル等無い。

 何か上手い代用品は無いだろうか、と考え、思い付かないので、また料理長に相談してみる。すっかり俺の相談役と化しているな。食材限定だが。

 俺の相談に快く応じてくれた料理長だが、暫く考え込んだ。野菜を干したりするのは今までも有ったが、長期保存する事は余り無かったらしく、やや暫くしてから、茶葉の保存に使用する魔石の事を教えてくれた。成る程、そんな便利な物があるのか、と思ったと同時に魔石何でも有りだな、と思う。

 余っている魔石等無いので(魔石は高価なのだ)、一旦借りて魔術院に向かう。自分の部屋に隠しておいた魔石の元、魔法陣も何も組み込まれていない水晶も忘れずに。この水晶は確か外出先で拾った物だ。

 魔石の元は魔力が籠めやすい物なら何でも良い。一般には魔晶石と呼ばれる魔法によって作られた石。その他、水晶や青金石――瑠璃とも言う――等の宝石が良いとされている。

 無いなら作れば以下略、と言う事で、その辺に居た魔術師を捕まえて、借りた魔石を見せて此れと同じ機能の魔石を作ってくれ、又は作り方を教えろ、と強請る。俺に教えるより自分がやった方が早い、と言うか楽なんだろう。「忙しいんだがなぁ」と言いつつも、水晶に乾燥剤の魔法陣を組み込んでくれた。

「有り難う御座います」

 ニッコリ笑って礼を述べたら、頭をグシャグシャにされた。何でだ。


 瓶に乾物を詰めて、保存。

 漸くこれで出汁が作れる。

 今度は、牛蒡の金平とか教えようかな。…俺が食べたいだけだがな!

 さて、今日はトマトでも干そう。

 すっかり干し野菜に嵌まった俺であった。

 そして良く良く考えて見れば、アレ? 俺、結局異世界の食事情に干渉してね? と今更気付いた。…まぁやってしまった事は仕方無いと言うか、これも一種の様式美の様なもの、と諦めた。

 諦めて開き直れば、やはり色々思う所は有り、アキツシマの食材を何とか手に入れるか、作ることが出来ないか、考える事になった。

 どうせなら漬け物も作るか。発酵食品万歳。…なんてね。

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