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Lv.45

 瓦礫で埋め尽くされた食堂で、俺はポカンとしていた。

 目の前には、先刻までの暈けた地上の風景では無く、最早足の踏み場も無い程に、荷物と瓦礫が散乱した事務所。

 今、此の場所に残されたのは俺と、隻眼の白豹―――グウィン・レパードのみ。


 そして俺の状態はと言えば、相変わらずグウィンさんに片腕で抱き上げられたままですが何か。


 取り残されちゃったよ。どうしよう。


 …………。


 イヤ待テ。


「グウィンさんッッ?! な、何で扉に飛び込まなかったんですかァッ!? で、出口がっ、消えたじゃ……」


 ジタバタ暴れながら訴える。

 そう、コノ男(グウィンさん)は地上との繋がりが消えかけた時、一歩踏み出せば(ヽヽヽヽヽ)扉の向こうに行けた筈なのに、退いた(ヽヽヽ)のだ。揺れと共に天井と壁が崩れたのはその直後だ。

 歪んだ視界の先で驚愕したオリヴィエさんとデュオ先生、ライとルフトの表情が忘れられない。


 状況的に拉致られたのか? 俺。

 ライ達から見たら、逃げ遅れた体なのかな……?


 そんな俺の疑問に、グウィンさんは珍しいものを見たかの様な表情で、事も無げに言う。


「言ったろう? 俺と遊ぼうって。愉しいぞ?」


 いやだから待て。何故その選択肢。


 二の句が継げない俺を抱えたまま、グウィンさんはズンズン進む。何故だかクラーケンの干物を貰ったので、一緒に噛んでるが結構旨い。あたりめみたいな味と食感。

 足場は悪いは、狭かったりするはと、道無き道の様な悪路を進みながら、どうやら別の坑道に向かっているらしい事に気が付いた。


 其れにしても凄いのは、俺を抱えたまま此の歩き辛い――既に坑道では無く、洞窟と化している――道を歩くのも勿論そうだが、魔法の多重同時行使だ。

 判るだけで身体強化、灯火、探索、自動地図、威圧。重ね掛け出来る魔法ばかりだから不思議では無いが、進む合間合間にチョロチョロ出てくる魔獣擬きをアッサリ倒していたりもする。火と水、氷なんて属性の違う魔法を同時に使うって、どんだけ規格外なんだコノ人?!

 …口の端からクラーケンの干物が出てなきゃ、凄く格好いいです、はい。


 解せないのはグウィンさんの遊び相手に、何故俺が選ばれたのかって事だ。…最初からロックオンされていた気もするしなぁ……。

 そう言えば気になる単語も有った。『水の杜の養い子』って、どう考えても……?

 それに初対面の筈のグウィンさんが、俺を見て言ったのは。


 ―――見つけた。


 ―――アンタが『シショー』か。子供だが……悪く、無いな。


 シショーって。あれ?

 支障? 市章、四生、刺傷、視床、嗤笑、四聖、……師匠(ヽヽ)……。


 俺を、師匠と呼ぶのは……?


 ポン、と心当たりが一人浮かび、何だか厭な汗が額に浮かんだ気もする。いや、でも、まさかネ?

 …幾ら何でも七ツ星の高位冒険者と、知り合いな訳は無いよな?

 何せ七ツ星と言うだけ有って、実力は折紙付き。その有名さと優秀さに指名依頼は殺到だと言う。だけど気に入らない依頼は何れだけ高額でも受けないが、逆に気に入れば無料(タダ)でも引き受けるとか何とか。取り扱いが難しいと言うのも聞いた事がある。

 そんな七ツ星と、異世界人のセンちゃん(俺の弟子)が知り合う? 何時どうやって? 大体知り合ったとして、独占欲の塊みたいなヘスペ(センちゃんに)リアの(ベタ惚れな)皇帝陛下が、他の男を近寄らせる筈が無い。然もこんなイケメンを。


 俺の葛藤を余所に、グウィンさんがクツクツ笑った。

「何だ、未だ悩んでるのか? 其れとも怖い、か? 師匠(アスラン)

 そりゃ怖いよ、何が何だか判らない状態だ。てか何、アスランて。

「まぁアンタは俺に付き合う義務は無いが、義理は有るだろう? 未だ礼も貰っていない」

「義理?」

 思わず鸚鵡返しに訊くと、「其処からか」と呟かれた。

「アンタ、魔剣を譲られただろう? 俺のハハから。忘れたか?」

「は? グウィンさんの母?」

 魔剣、でピンと来たものの『母』と言われて混乱する。そんな俺の混乱を、グウィンさんは更に重ねた。

「水の杜の愛し子、杷木千里。俺の育て親で義理の母だ。其のハハから俺はユキと呼ばれている。聞いた事有る、よな?」


 …………はい?

 俺が持つ魔剣は一つしか無い。センちゃんから貰い銘を付けた『月光龍雷』。其の名の通り月光の様な刀身を持つ、雷を纏う刀だ。

 元の持ち主は確か『ユキ』で、若しも逢う事があれば一言礼を、って……。


「は、あああああぁっ!? センちゃんの息子ォ?!」

「義理の、な。ヨロシク、シショー」


 思わず叫んだ俺に、顔色一つ変えずグウィンさんは再度宜しく、と日本語(ヽヽヽ)で言った。


 放心状態の俺に軽く説明してくれたが、センちゃんが此の世界に来たのは実は二度目、と言うのは本人からも聞いたが、一度目の時に彼女は結構長く此の世界に滞在していたにも拘わらず、水の杜の主の力によって十七歳からずっと成長を止められていたそうな。どの位滞在していたのかは知らないが、現在二十六歳だと言うグウィンさんが拾われたのが五~六歳で、センちゃんが前回無事に元の世界へ戻ったのが五~六年前だと言うのだから、十五年は過ぎた計算になる。

「ハハの体感的にはそんなに経っていないと思うぞ? ラル(ラディン)が時間の流れを調整していた筈だ」

「成長を止める以外に?」

「ああ。ハハの『昨日』が俺の『半年前』だった事はざらに有った」

 話を聞いていると結構不遇だったんでは、と思うものの全く気にしていなそうな所が、グウィンさんであり、水の杜の関係者なんだなぁ、と気付かされた。…あ、俺もか。

 其れにしてもセンちゃんといいグウィンさんといい、勝手に他人の事を適当な名前で呼ぶのは如何なものか。ブチブチ文句を言ったら、何だか名前を呼ぶと強制力が働いて、命令に従わせてしまうとか何とか。そうは言うが、グウィンさんは言葉で命令しなくても、実力行使で従えさせている気がするんですが、どうなのさ。

 取り敢えず事情は判ったので、以前センちゃん経由で貰った刀の礼は言った。だけど状況がなぁ……。何だか色々納得出来ないのは、気のせいじゃ無いよな?



 何だかんだで気付けば、かなり下層に来たらしい。道々干物に厭きたのか、俺の持っていた焼き菓子を集られたりもしたが、概ね平穏な道程である。途中の魔獣との遣り取りはグウィンさんにとってはお遊びの域なので、平穏で間違い無い筈。

 俺が逃げないと判断したのか、グウィンさんは俺を下ろして先を歩いている。歩幅(ストライド)の違いに必死になって着いて行けば、段差の有る場所で振り向き様に笑いながら手を引かれた。どうでも良いが笑い過ぎだろ、此の人。

「小動物みたいだな、アンタ。ちまっこくて癒されるぞ」

 五月蝿い、小さいのは未だ子供だからだ。

「グウィンさんが大き過ぎると思いマスよ」

「拗ねるな、其れと敬語は要らない」

 ギュウと頬を抓まれて言われたが、敬語は……年上だし、実はチョッピリ憧れていた七ツ星だし……。でも弟子の義理の息子で実は弟子から剣の指導を受けたとなれば、俺にとっては孫弟子な訳で。一寸悩んでから「判った」と告げた。


 其れにしてもいい加減、何処に向かっているのか教えて欲しい。何となく予想はつくが、若し予想通りなら俺を連れて行っては足手纏いじゃ無かろうか。其れとも俺の事を買い被っているのか。

 モヤモヤ落ち着かないので、思いきって訊ねる。

「グウィン、何処に行くんだ?」

竜の巣(ドラゴネスト)迷宮核(ダンジョンコア)の出現場所」

 は? と聞き返すと再度同じ答え。

「俺への依頼は、アンタを助ける事。他の事は付録みたいなモンだが、鉱山の迷宮化を止めるのは吝かで無いし、竜の討伐も序でにしとけば問題無い、だろ?」

 いや、滅茶苦茶問題有ると思うが?!

 其れにしても竜討伐が序でなのか……。もう何か色々考えるのは止そう。成り行きに任せる。


 竜の巣、とグウィンは言ったが正確には竜の卵の有る場所で、迷宮核は其の名の通り迷宮の核であり、此の鉱山が迷宮化しかけている原因でもある。

 迷宮と呼ばれる物は幾つか有るが、元々迷宮として存在している他、人為的な迷宮、自然発生的な迷宮とに分けられる。元々の迷宮は割愛するとして、人為的な迷宮とは何かと言えば、冒険者ギルドや各国で管理している物だ。迷宮核――文字通り迷宮の核となるもので、魔界と繋がり瘴気を産み出す素――と同じ機能の、それでいて魔界から来る魔物の強さや大きさを調整し、ある程度安全な迷宮を作り出している。

 洞窟と迷宮の違いは、迷宮は洞窟と違って日々変化する、と言う点だ。洞窟は規模が大きかろうが小さかろうが、地図さえ完成していれば迷う事は無い。だが迷宮はある程度の地図は完成させる事が出来ても、日々新たな道が作られると言う。基本の道は変わらないので、新たな道が出来ると言うより、発見される、と言った方が正しいかも知れない。そして新たな道が出来れば、当然出現する魔物や魔獣も新たに出没する。


 何故わざわざ危険な迷宮を作るかと言えば、そうしなければ何時何処でどんな規模の迷宮が出来るか判らないから、と言うのがある。

 迷宮の最深部は魔界と繋がっているのだが、何故繋がるのかと言えば、魔界からの侵略でも何でも無く、魔界の瘴気が一定量を越えると出来るのだそうだ。

 魔力の素となる魔素は、それだけならば別に害は無いのだが、魔界で濃縮された強すぎる魔素は瘴気となって魔物を産み出す。人界で瘴気に侵された獣は魔獣と呼ばれるのだが、魔界で瘴気に因って生まれるのが魔物だ。


 ありがちな誤解は、魔族と魔物が同一視される事か。魔族にも種族が多々あるが、魔族の多くは本性は別としても人形をとれて理性と言うものがある。魔界の魔素に曝され膨大な魔力を持つ魔族は、少々血の気が多く喧嘩早いが、話し合いは出来るし人間に比べて遥かに強い。彼等にとって脆弱な人間と争うよりも、魔物と戦う方が遥かに楽しく実利が有る――魔物に因って土地が荒らさるのを防ぐ――ので、本質的な敵対関係には無いのが実情である。

 ただ魔界の住人で有るだけに、瘴気に侵されて魔物と化する場合も少なからずある。人界に戦争を吹っ掛けてくる魔族や魔王は此のパターン。

 ややこしいのは瘴気に侵されても其れを撥ね除け共存してしまう魔族もいたりするので、そいつ等が魔物として冒険者に討伐されると、怒った親族が……って言う負の連鎖が有ったり無かったり。(大概は人間側が瞬殺されて終わる)

 魔物の中にも、攻撃性が低くて人間や魔族に利用される種類も居るので、一概に魔物なら全て敵、と言う訳でも無い。例えばアラクネとかスライムとか。アラクネは糸を利用して布を織ったり、汚物を食べるスライムに屎尿処理をさせたりとか、使えるものは何でも使え、と言った所だ。


 話を戻すが、魔界の瘴気は魔物を産み出し、生まれた魔物を魔族たちが狩る。その取り零しが人界に現れるのだが、問題は其処だ。


 人界にも魔素は溢れている――そうで無くては魔法など使えない。魔法は自分自身の魔力も使うが、大気や大地等自然に含まれる魔素も利用しているのだ――が、人界に有る魔素で獣が魔獣化したりする事は無い。飽く迄も魔界の濃縮された魔素、つまり瘴気に因ってのみ魔獣化する。

 ギルドが迷宮を管理するのは、魔獣化する人界の生き物を管理する為、其れと魔界から魔物が頻繁に訪れるのを防ぐ為である。所謂ガス抜き、と言う奴だ。


 自然発生した迷宮はどんな魔物が徘徊するか、どんな魔獣が産み出されるか判らない危険な場所――其れ故に迷宮が発生したら、早目に迷宮核を壊して封印するのが常である――だが、造られた迷宮はある程度の強さが調整出来る。尚且つ多少なりとも魔界の瘴気を人界に流す事で、必要以上の迷宮を発生させるのを防いでいる。

 ギルドとしても、強さの把握が出来る魔獣や魔物のいる迷宮なら、安心して冒険者を送り出せると言うものだ。


 因みに。ゲームで良く有る宝箱なんて物は無い。ごく稀に宝物庫が見つかるが、其れは宝を集めて溜め込む習性の魔獣や魔物が居るからだ。迷宮で得られるのは、倒した相手から得られるドロップアイテムか、採取アイテムが殆どだ。


 其れで何故迷宮に挑戦する冒険者が後を絶たないのかと言えば、通常の冒険で得られるアイテムよりも、迷宮の方が稀少だったり質が高かったりするからである。要は一攫千金。

 魔物が居なければ平和? そんな事は無い。何だかんだで此の世界、盗賊が横行して結構物騒だ。まぁ盗賊に成り下がる奴等も、その原因が魔物に襲われて一家離散、とかだったりもするので何方が先か、って気もしないでは無いのだが。だが寧ろ特定の場所にしか出没しない魔物の方が、ある意味危険性は少ないと言える。

 迷宮の容認は、魔物の危険性と得られるアイテムを秤に掛けて、アイテムを取った形になる。後は経験値か。

 経験値と言ってもゲーム仕様の数値化された経験値(EXP)では無く、体験した事象への成長度合いを指す。経験を積めば積む程熟練度も増す、そんな感じ。

 そうした経験を新人冒険者に積ませるのに打って付けなのが迷宮な訳だ。


 そんな迷宮になりつつある場所で、グウィンが言う。

「この先はアンタも闘え。魔獣と魔物が待ってるぞ」

 愉しいな、と続けるグウィンに呆れる。

「闘えって簡単に言うが、俺は実戦経験皆無だぞ? 足手纏いとか思わないのか?」

 ヘスペリアで魔獣に襲われた事が有るが、あれは実際に戦っていたのは叔父上や護衛の騎士達で、俺は精々治癒魔法を使って援護していただけで戦っていたとは言えない。回復役も必要なのは判っているが、護られていただけと言う意識の方が強い。

 俺の言葉にグウィンは不思議そうに首を傾げた。


「魔剣を持てる人間が何を言う? 相応の実力が無いと、あの(ヽヽ)魔剣の持ち主にはなれないぞ?」


 聞いてねぇよ!


 魔剣が持てる(イコール)相応の実力者、だそうです、そうですか。

 実力者と言われて悪い気はしないが、買い被り過ぎも否めない。せめて足手纏いと言われない様頑張ろう。

 何と言うか、明らかに自分より格上の対象が居ると、自分なんか未だ未だだなぁと思う。ちょっと天狗になりかけてた、俺。


 そして。



 戦闘はいきなり始まった。

 確かに壁の向こうに犇めく気配は有ったが、未だ大丈夫だ、と思っていた所でグウィンが壁を足蹴りした。

 ドウ、と鈍い音と共に厚い岩壁に大穴が空いた、其れと同時に穴から雪崩れる様に魔獣が現れる。

「逝けよ!!」

 ズバンッとグウィンの一振りで魔獣の頭が吹っ飛ぶ。

 血飛沫が飛び散り、一瞬にして周囲に血の臭いが漂う。恐らく其れを感じたのだろう、【探索】にわらわらと敵が引っ掛かり此方に集まって来るのが判った。

「雑魚どもばかり、良く集まるな、っと!」

「アンタ何遊んでンだよぉぉっ!!」

 バッサバッサと魔獣を斬り捨てるグウィンに、俺も負けじと戦うが、初実戦で勝手が掴めない。若干泣きそうになりつつ、向かって来る魔物を相手にしつつ叫ぶ。


 何で歴戦の冒険者が魔獣(ヽヽ)を相手にして、初心者が魔物(ヽヽ)を相手にしているんだよおぉぉっ?! 然も皆忘れてるかも知れないけど、俺未だ五歳児だからねッ?! 本来なら就学前児童だからな!? 忘れないでぇぇぇ!!


 もう必死になって闘う。

 スライムちゃん来ました! バシュッ!!

 キラーアント来たよ! ブチッ!!

 スライム集合体(アルベールカ)が来た? ズバーッンッ!!

 何コレ、ハダカデバネズミ? 違う? グラーベエル? 兎に角単にデカいネズミだ、チョッと歯とか爪とか鋭くって、尻尾に毒と麻痺刺が有るだけ!! スパーンとぶっ叩いて魔法で焼く。こんがり美味しく焼けましたーッ!!


 闘っている内に判ったのは、グウィンがわざと選んで敵を取り溢していると言う事。俺の手に負えない様な魔物は自分で潰しているし、其れ以外でも数を調整して、ギリギリ俺が踏ん張れる様にしている。有り難いのか迷惑なのか、もう判らない。

 だがお陰で戦闘慣れは、した。

 グウィンが少し離れた所で魔獣相手に動いている間、俺は少しづつだが一度に戦う魔物を増やす。初めは一対一だったのが、今では三対一になった。やっと正騎士相手に訓練していた頭数になった。

 こうして慣れてしまえば、今の所知能の低そうな魔物ばかりだからか、戦闘の予測が付け易い。単純な攻撃なら、多分六匹、いや十匹はいけるかも知れない。

 ジィジィと鳴きながら向かってくる集団を一気に片付け様と刀を握り直すが、拍子抜けする事に、グウィンが嗤いながら俺が目をつけていた魔物を片付けてしまった。

「調子に乗って浮かれるなよ、アスラン。『小心翼々、大胆不敵、油断大敵』だっけか? 焦ると怪我をするぞ」

 少し浮かれていたのは否定しないが、其処で何故その四字熟語(勝海舟絡みの熟語)が出るのか。後で絶対に色々訊いてやる!


 グウィンに窘められ(?)て冷静になった所で、再度戦闘再開。

 凄いのは俺の愛刀となった『月光龍雷』だが、魔剣と言われるだけ有って兎に角切れ味が良いのは勿論だが、使えば使う程手に馴染む。手に馴染むので扱い易いし、そのお蔭で戦闘が楽なのは勿論だが使い勝手も良くなっている。

 最初は僅かにしか纏っていなかった雷が、使う毎に威力が増していく。更に言うなら雷撃を飛ばせる様になった。魔法を使わなくても遠距離攻撃出来るって、これ何て便利アイテム?


「ハッ!」

 居合いの要領で斜に薙ぎ、魔物を一刀両断に斬り捨て続ける。集団で襲って来るのは魔法の方が早い。坑道全体に施されていた魔法陣も、何回かの地震と、多分其処彼処にグウィンが空けた穴の所為で綻びが出来たんだろう。魔法の使える範囲がかなり広がった。

 何分か後、湧く様に襲い掛かって来た魔物たちが漸く居なくなった。

 グウィンは涼しい顔をしていたが、俺は肩で息をしている状態。流石に体力に差が有り過ぎる。

「んー、もう少し力配分を考えた方が良いぞ? 其れじゃこの先ぶっ倒れる」

「そ、そ…うか。初めてで、良くっ、判らなかった……。次、気を付ける……」

 ハァハァと荒い息でそう答えると、グウィンが小瓶を差し出した。

 回復薬かな? と思ってラベルを見ると、やはりそうだったが、体力では無く魔力を回復する方だった。本当はスタミナ回復薬が欲しい所だが、生憎スタミナと言う概念が無い。回復出来るのは魔力と体力……って言うか怪我。治療の序でに体力も少し回復してくれるが、付け焼き刃程度なので、本気で滋養強壮剤(スタミナドリンク)が欲しい。半ば自棄になって呷る。

「効率の悪い魔法の使い方をするから、そうなる。呪文の持つ意味を知っていればもっとマシになる」

 そう言いながらグウィンが食べているのは、先程俺が倒して丸焼きにしたグラーベエルの足。と言うかほぼ食い尽くしてた。何時の間に。


 効率の悪い使い方、と言われてもピンと来ない。どちらかと言えば俺の魔法は魔法陣の構築の仕方から言って、効率は良い筈なのだが。

「魔導師どもから言われたか? 美しい詠唱、正しい呪文。確かに其れも正しいが、切羽詰まった時に長い詠唱なんぞしていたら、命が幾つ有っても足りないぞ。大雑把だろうが無詠唱だろうが、意味さえ正しければ如何とでもなる」

魔法語(ルーン)を理解しろって事だろ?」

「違う、呪文の持つ意味そのものだ」

 グウィンの言う『意味』が理解出来ない。魔法語を理解するのとどう違うのか。

 パチクリと目を瞬かせていると、グウィンの目がスッと眇められた。


「疾風迅雷」


 その直後、俺の真後ろにグウィンの魔法が放たれる。

 そして背後でまた瓦礫の崩れる音と、今度は咆哮……いや、断末魔。


「!?」


 驚いて振り返ると、其処には先程まで相手をしていた魔物とは、比べ物にならない大きさの魔獣が息絶えていた。詠唱を殆ど省略したにも拘らず、発動した魔法の威力に目を瞠ってしまう。

 切り刻まれて、体の彼方此方に焦げた跡が有る。ただし一回の魔法の割に、やられ方が酷い様に思える。


 ばかでかいモグラとトリケラトプスを足して割った様な見た目の魔獣は、モルディアブロと言う。

 魔物じゃ無いのか、と訊かれると微妙。

 何せ魔獣化していないモルディアブロは、実はモルケラトスと言う別の名前で呼ばれる。大きさも半分以下で、普段は地中深くにひっそりと棲息する、本来は大人しい生物なのだ。

 ただ、地中深く、と言う事は其れだけ瘴気に侵され易く、魔獣化し易い。魔獣化した成体同士で繁殖すると、その仔も魔獣だし、卵生なので卵の内から瘴気に曝されれば当然魔獣として生まれる。その為永らく魔物と認識されていたのだが、偶然モルケラトスが魔獣化してモルディアブロと化したのが確認されて、魔物では無く魔獣である、と認識される様になった。

 此の辺の知識は全部城の蔵書で得た。最近司書さんが俺の借りる本を見ては遠い目をする様になったが、読みたい本が此れなんだ仕方無い。


 ゴン、と足で転がして絶命したのを確認したグウィンが軽く説明する。

「先刻広間(上の方)で逃げたヤツだ。手負いだったから早目に見付けられればと思ったが、上手い事出てきてくれたな」

「え、じゃあコイツが目的だったのか?」

 竜じゃなく? と思わず訊いたが否定された。

「いや? 手負いのまま地上に出られたら危険かも知れないが、地下なら然程危険でも無いし、どのみち手負いのままならその内死ぬか、瘴気が抜けて角土竜(モルケラトス)に戻る」

 だから目的は飽く迄も竜と迷宮核、とグウィンは言い切った。

 折角だから、と剥ぎ取りを始めたグウィンに、先程の疑問をぶつけてみる。

「なぁ、魔法の意味って何だ?」

「あ? …想像力の具現化? が出来るかどうか、かな?」


 魔法の多くは詠唱を必要とするが、其れは行使する魔法の意味を呪文に詰め込むからだ。逆に意味をきちんと理解している生活魔法の殆どは詠唱を必要としない。いや、必要としないのでは無く、短い。筆頭は【灯火】なのだが、他にも【点火(イグニション)】【清浄(クリーン)】【乾燥(ドライ)】等々、挙げればキリがない。

 で、先刻グウィンが手負いの魔獣を倒した呪文だが、精確な呪文にするとこうなる。


風よ(ラヴェント)雷を纏いて(ギドナスラトンドルォ)敵を切裂く(アルマルァミィコ)刃となり(ギイガスフォリオン)襲い掛かれ(ラスタード)! 風切断(ウィンドカッター)


 さてこの呪文、詠唱の後に発動の呪文を唱えるのだが、ウィンドカッターに雷の属性は無い。

 詠唱の中に雷を付与する事で、風と雷で切り裂くと言う魔法になるのだが、元々含まれていない属性を付与すると威力が弱くなる。其処で更に強化する為に呪文に色々と付け加える訳だが、そうすると呪文は更に長くなり……魔導師たちの仕事の殆どは、如何に効率良い呪文を作れるか、それに尽きる。


 確かに言われてみれば、長い。長過ぎる。こんなに長くては、初めの詠唱の二~三節でさっくり殺られてしまう。

 生活魔法は短縮出来るのに、何故、と思うがつまりは其処が呪文の意味、なんだろう。

 単純に明りを灯すのはイメージがし易い。まぁ蝋燭の灯りか太陽の明かりか、厳密には色々有るが周囲を照らす、と言う意味は同じだ。

 結果どのイメージで呪文を唱えても、灯りは明りである。だが攻撃魔法等は、火属性の魔法一つとっても効果は様々だ。灼熱の炎から、冷えた体を温める炎。其れ等を詳細に呪文に組み込む為に詠唱が長くなる。

 グウィンが詠唱した呪文(と言って良いのか、アレ)は短かった。だが意味は的確だったのだろう、絶大な威力を誇っていた。あの速さで発動するなら、敵に遅れを取る事は無い。と言う事は生き延びる確率が格段に上がると言う事だ。冒険者にとって生き残れるかどうかは死活問題なので、重要な点だ。


 ―――と言う様な事を色々いろいろ。掻い摘んで説明して貰い、理解した。

 …そんな適当でも魔法って発動するのか~、と今まで精確さを求めてきた俺には衝撃的だったが、難易度が高かったり絶対に成功させたい魔法は、精確に詠唱した方が良い、と言われてホッとする。

 言われてみれば食堂でグウィンが使った魔法は、詠唱付きだった。あの呪文、『開けゴマ』だけでも発動するらしいが、其れだと単に鍵を開けるだけで、別の場所に繋がる訳では無いらしい。

 アノ某猫型ロボットの秘密道具みたいにしたい場合は、より正確に場所を指定して、キチンと詠唱した方が良いそうな。

 因みにあの魔法、一日一回、行った事が有る場所限定らしい。

「転移魔法の傍流だな。扉と言う媒介を使う事で、転移の揺らぎを弱くしている」

「転移陣と違う?」

「転移陣は転移元と転移先の双方に魔法陣が必要、だろう? 独りの時なら転移魔法でも良いんだが、ちっこいのがゴロゴロ居たからな……」

 安全確実、を一応とってくれたらしい。確かに転移陣は地上の座標は判っても、地下の座標が判らないので設定が出来ない。

 不確かな方法よりは早いし確実、と言われたので「ソウデスネ」と答えておいた。其れ以外何と言えば。


 改めて助けて貰った礼を述べると、その代わりと言っては何だが、剥ぎ取りを手伝わされた。初めてなので当然下手くそだが、一応やり方を教わってどうにかこうにか成功した結果、【剥ぎ取り】スキルが増えた。…着々と冒険者向けスキルが増えていく。若しかして俺の冒険者フラグが立ったんだろうか。

「将来職に迷ったら、冒険者になるか? アンタなら五ツ星くらい直ぐだぞ」

「え~と、ま、迷ったら考える」

 と言うか王子の俺が職に迷うって、廃嫡されるって事? 王位継承権の辞退?

 …廃嫡されてもデューが居るから問題無いし、寧ろ将来の選択肢が増える? あ、増えないか。廃嫡って事は俺に問題有り、と認識されたって事だから、騎士や魔法使いになろうと臣下に降っても、その前に幽閉される。

 ……うん、廃嫡は無しで。辞退する理由って何だろう。

 と言うか今悩む問題じゃ無かった。


 剥ぎ取りも終わって、また移動するか、と腰を上げた所で軽い揺れと物音がした。…近くでは無い。

「……急ぐぞ」

 ポツリと眉を嚬めてグウィンが呟く。

 今までの飄々とした雰囲気と違う其れに、俺まで緊張する。


 足早に移動する事少し、やや広い空間に出た。その空間の中央に居たのは、竜―――と、魔物。一触即発の状態で、二体が睨み合っている所だった。




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