Lv.42
落盤事故が起きてから、かれこれ何時間経っただろうか。
いつ来るか判らない救助隊を待つ間、俺は【探索】スキルを着々とレベル上げしていた。
閉じ込められたばかりの頃は食堂内位だった範囲が、昇降機近くまで広がり、つい先程やっと昇降機よりも先のトロッコの乗降口まで広げられた。
ただ範囲は広がったものの、探索して引っ掛かるのは何もない。…と言うか、俺がジンさんを仲間と認識していないから探知出来ないのかも知れない。
レベルが上がれば範囲と対象が増えるのだが、今の俺のレベルだと、認識出来るのは『敵意を持った』魔物や魔獣、其れと動物や虫の類。大きい獣類は直ぐに探知出来るが、虫みたいな小さな生き物は中々難しい。特に敵意すら無いのは。
今のところ俺が探索して判るのは、敵以外では閉じ込められている子供だけだ。アンさんやオッチャンは直ぐ近くに居ても反応しない。ジンさんと同じく、俺が仲間と認識していないからだろう。
このままでは若しまた地震でも起きて食堂が分断されたら、アンさんとオッチャン、それと行方不明中のジンさんは俺には手が出せない。わざわざ俺が手を出さなくても、救助隊に任せれば良いと思うのだが、若しも、と考えると不安になる。
レベル上げの方法は探索し続けるだけで良いので、その間黙々と瓦礫を片付けていた。もう既に疲れ果てている子も居るので、その子たちには甘い物を与えて休ませた。今動いているのは案の定と言うか何と言うか、ライやルフトと言った友人たちだ。因みに勿論ザックも友人だが、シールとラークも友人だと思っている。何か可愛いんだよ、彼奴等。
その他の俺に対して反感を持っている子たちは、余り働いては居なかったが正直猫の手にもならないな、と思ったので休み休み作業をさせている。
こういう場合どうなんだろう。高貴な身分の子に重労働をさせたとか言われるんだろうか。まぁ親にそう訴える可能性もあるが、その場合は親が取り合わない事を祈る。だが多分そういう子供の親は似た考えの持ち主なんだろうな、と思うので此処は一つ、ザックに丸投げしようかと思う。
クロイツェル伯爵家のザックの言う事なら聞くだろ、多分。
あんまり身分如何斯う言いたくないと言いながら、結局身分に頼ってしまう……もっと上手いやり方を見付けたいものである。
黙々と作業を続けては休憩し、時折地上と連絡を取り合う。
一応時計は有るものの、地下に閉じ込められているせいか時間感覚がおかしい。もう夕方近くでそろそろ暗くなっている頃なのだが、未だ昼を過ぎたばかりな気もするし、真夜中の気もする。
デュオ先生たちが通り抜けた瓦礫の隙間からは、薄ぼんやりとした光が有る気がしないでも無い。地上と繋がって居た筈の昇降機が地上の光を届けているのかも知れないが、多分ギリギリ活きている照明だろう。だが照明の魔導具も魔力が無くなれば光を灯す事は無い。そうだとすると若しも今の光が日光だとして、日も落ちて光が届かなくなると、食堂のすぐ向こうは其れこそ闇に包まれる。『点灯』の魔法は使えるが、俺たち自身の魔力も心配だ。
今頃はもう見学も終えて、寮に戻っている時間かなーと思うと切ない。そろそろ夏休みだし、休みの予定を立てようと思っていたのに、地下に閉じ込められるなんて誰が予想出来たのか。否無い(反語)。
…まぁ休みの予定と言っても、何時も通りなんだろうけど。
俺の王子としての存在が公にされた割に、行事への出席率が悪いので何か言われているらしいが、最低限のには出てたし。急に出席率が良くなっても、訝まれるだけだろう。其れに夏の社交界は避暑地にその場を移す。紳士諸氏主体の政治絡みでは無く、貴婦人主体の閨閥絡みとなるので、グッと規模は小さくなる。
そんな訳で何時も通り、鍛練・勉強・弟・趣味、となる予定。
救助活動が難航している、と言う連絡が有ったのは、恐らく冒険者たちが鉱山に辿り着いてから。騎士団や魔導師団が先鋒で来たのだが、俺たちが居るのがほぼ最下層という事で、より効率良い救助経路を探るべく、坑内を探索しているらしい。
昇降機からの最短ルートは、途中の瓦礫の山、鉄骨の壁に塞がれて断念したそうな。迂闊に退かすと崩れるとか何とか。
時系列順に言うと、こうなる。
1、地震発生、竜出現(この時点では不明)。落盤発生、坑内に閉じ込められる(俺たち)。
2、鉱山関係者、直ちに関係各位に連絡。救助求む。ジンさん行方不明の為、デュオ先生たち捜索開始。
3、騎士団、魔導師団救助に向かう。冒険者ギルドにて救出依頼、緊急依頼として近隣の冒険者招集。
4、魔導師団到着後、転移陣設置。鉱員脱出後、竜の存在判明。急遽緊急依頼の難易度引上げ、上位ランク冒険者招集。地上と地下の連絡成功。
5、冒険者集まり始める、救助活動開始。デュオ先生捜索続行……
「え? 今地上?」
寝耳に水の事実判明。
ジンさん捜索中だったデュオ先生たちが、誤って地上に戻ってしまったそうだ。何でも例のヤンさんが、緊急用の離脱符を使用したそうで。
な に を や っ て い る ん だ 。
小一時間問い詰めたい。
もうヤンさん冒険者に向いてないんじゃないか? 余りにもダメダメすぎる。アンさんがあれで結構優秀、と言っていたが信じられない。
さて、だとすると尚更ジンさんが心配だ。多分未だ瓦礫に埋まっているか、閉じ込められているかだろう。もう結構時間が経っているのに姿を見せないと言う事は、自力では出られない場所に居るか、意識不明の状態になっているか。
どちらにしろ若し怪我をしていたら、時間が掛かり過ぎると不味い。助かるものも助からなくなる。
暫く考えてから決心する。
「ザック、ライ、ルフト。直ぐ戻るからみんなの事、任せた」
「待て、何をする気だ」
「ジンさんを助けに行こうかと?」
ちょっと軽めに言ったら目を剥かれた。
「無茶を言うな。デュオ先生でも見つけられなかったんだぞ。君が行ってどうなる」
「でも早くしないと手遅れになる」
事実だけを言えばザックもグッと詰まる。
うん、まぁ無茶な事を言ってるなと言う自覚はある。俺が捜しに行った所で確実に見つかるとも限らないし。それに、この状況で俺が居なくなった場合、『一人で逃げた』と言われかねないな、とも思う訳だ。
だけどそれ以上に、やっぱりジンさんが心配な訳で。
このまま何もしないでいるよりかは探しに行きたいと思う。俺の精神衛生上、無事を確認出来なければこの先ずっと気に病む。
だから。
「俺は行くよ」
―――そう、言った時。
昇降機近くに何かの気配。俺の【探索】スキルに引っ掛かった。
人か、其れとも最悪竜か? と焦るが、ごく小さな気配は三つ。竜では無さそう、となると……救助に来た冒険者? 何時の間にかスキルレベルが上がって、敵意の無い生き物も探知する様になったか?
試しに探索魔法を一旦解除して、再度掛けてみるとはっきりと人の気配だと判った。食堂内に子供と大人の気配、昇降機近くに弱々しい気配。多分地上と地下の中間より少し下に移動する気配。此れが冒険者か、と思うと同時に、弱々しい気配はジンさんじゃ無いか? と気が付く。だが確証は無い。
慌ててもう一度監督室に飛び込み、通信管に話し掛ける。
「ヘンドリクセン先生っ! 誰か、寄越しましたかっ!?」
雑音の中から微かに返事が聞こえた。
「クラウド氏、今デュオ先生が冒険者を二人連れて迎えに行きました。良いですか、落ち着いて三人が行くのを待ってください」
三人。なら俺が探索した人数と一致する。昇降機から届く気配はデュオ先生で間違い無い。
「判りました、では救助の邪魔にならない様に、今の内に準備をしておきます」
「落ち着いて子供たちを誘導してくださいね。決して無理はしない事です」
「はい」
状況によるけどね。
話し終えて振り返ると、ホッとした表情のライたちが居た。
そうだよな、救助が来たなら大人に任せた方が良いに決まっている。
「聞いた通りだ、デュオ先生が戻ってきたらしい。足手纏いにならない様に、脱出の準備をしよう」
「準備と言っても、何をするんだ?」
「簡単だよ、自分たちの手荷物を持って、落ち着いて一ヶ所に纏まる。点呼して人数を確認したら、多分全員一度には無理だから、先に脱出する奴を決めよう」
離脱符は使えば入口に戻してくれる便利な脱出魔導具だが、冒険者用なので使用人数に限りが有る。確か八人。若しかすると十人? だが子供は一度につき二人までなので、今地下に閉じ込められている全員を一度には無理だ。
「それだけ?」
「段々少なくなる人数の中、後口になる程長く待っていなきゃいけないんだ、順番決めは重要だと思う」
俺がそう言うと納得したらしい。一度に何人救助できるか知らないが、薄暗い中で一人、二人と減っていくのをじっと待つ……意外とホラーかも知れない。
取り敢えず女の子は優先だな。あと、協力的で無かったのも先にしよう。本当は手伝ってくれた子を優先したいけど、文句ばっかり言ってる奴に限って煩い気がするので、サッサと俺の責任下から外したい。
怪我人とか気分が悪くなった子が居るかも確認しなくては。出してしまった非常食は、お菓子は持たせるとして、スープは確か殆ど空だったから、廃棄しても平気だ。同じく毛布は……地上に戻ってから回収で良いか。救助は来たけど、脱出に時間が掛かった場合、地下は冷える。
食堂に戻って今話した事を伝えると、一様にホッとした明るい表情になった。アンさんも今まで責任を感じて強張っていた表情が、少し緩んでいる。後はジンさんか。
でもヤンさんが離脱符を勝手に使って地上に戻ったと聞いて、頭を抱えていた。気持ちは判る。
そう言えばヤンさんに殴られて気絶していたオッチャンは、やっと復活したけど殴られたせいか、顔は腫れてるしやはり脳震盪を起こしていたのか、ちょっと反応が鈍い。
どうしよう、回復魔法を掛けても良いんだけど、気絶していた時なら兎も角、意識が有る時に子供に魔法を掛けられるって結構不安じゃないだろうか。そんな事無いかな? でも念の為、大人だけど怪我人と言う事で、なるべく早めに地上に戻って貰おう。
一応みんなに説明を終わらせて、俺はやっぱり気になるのでジンさんを捜しに行く事にした。探知出来る様になり、恐らくジンさんが居るであろう場所は幸い食堂からは然程遠くない。
多分だが、デュオ先生たちが中々見付けられなかったのは、探索魔法が使えなかったのも大きいが、灯台もと暗しと言うのも有ると思う。まさかこんな近くで、と言う奴だ。
待っていれば直ぐにデュオ先生が来るのは判っているし、一度地上に出たなら多分連れて来る冒険者の内、一人くらいは回復魔法を使える冒険者だと思う。だけど感じるジンさんの気配は弱々しい。手遅れになりかねないなら、俺も出来るだけの事はしたいのだ。自己満足だと判っている。
今はみんな誰を真っ先に地上へ送るかで揉めているので、俺の事は気にしていない。気が付きそうなのはライとルフトだが、ザックと一緒に説明役を任せているので、気付くのは遅れるだろう。
ただそんな俺の決心は少々遅かった様で、コッソリ食堂を出ようとした時に、大きな音と共に空気が揺れた。
気が付けば昇降機付近に人の気配。デュオ先生たちが此処まで辿り着いたらしい。
瓦礫の隙間から漏れ聞こえる声が―――。
「大丈夫か! お前等!!」
「デュオ先生!」
良かった、もう大丈夫だ。
デュオ先生の声が聞こえ、食堂内の雰囲気が一気に明るくなった。
思っていた以上に俺は気を張っていたらしく、肺から大きく空気が吐き出される。
だが其れと同時に焦った叫び声。
「うわ、莫迦やめろっ! 中に生徒たちが居るんだぞ!?」
「まどろっこしい。大丈夫だ、問題無い」
聞いた事の無い重低音が聞こえ、えっ? と思うと同時に目の前の瓦礫の山が崩れた。
「きゃあああっ!?」
「うわっ?!」
飛び散る瓦礫と立ち込める土埃。突然の事に歓喜から一転、阿鼻叫喚みたいな雰囲気になった。
俺とルフト、ライは戦闘態勢に入り、アンさんも冒険者らしく武器を構えた。瓦礫の向こうにデュオ先生が居るのは間違いないが、先生の制止を押し切り攻撃を仕掛けた奴が居る。敵だ、と認識したが……その割に続いて聞こえるデュオ先生の声が間抜けだ?
「ホラ、早かった、ろう?」
「バカ野郎! 生徒たちが怯えてるじゃ無いか!」
「細かい事は気にするな。禿げるぞ、博奕打ち」
「あんた達いい加減にしなさいッ! オチビちゃんたちの救出が先でしょ!」
なんだこの会話。
土煙が薄くなって視界が開けた先に居たのは、デュオ先生と金髪のお姉さんと、白い髪の大男だった。
お姉さんの肩には、白い顔をしたジンさんが担がれていて、見るなりアンさんが駆け寄った。
「ジン! 大丈夫なの?!」
「ああ、動かさないで。回復魔法は施したけど、出血多量で貧血なのよ。安静にしてあげて?」
静かで落ち着いた声の金髪美人だが、どう見ても男である。顔は凛々しい女性、だけど動きやすそうな軽鎧から見える胸はまっ平ら。まな板と言う問題では無く、男の胸板である。序でに言うなら股間が。うん、美人だけど、男だ。言われたアンさんが気圧された様に頷く。
どうでも良いが、俺たちが必死で片付けていた瓦礫があっという間に無くなった? なにこの徒労感。しかも……。
呆然とした俺にデュオ先生が話し掛ける。
「クラウド、全員無事か?」
「は……はい、ダイジョウブ、デス」
思わず片言で返事をする俺にデュオ先生は不思議そうな顔をしたが、視線の先を確認して頷いた。
「気にするな。…無事で良かった」
ポンと頭に大きな手が乗る。頑張ったな、と言われた様で嬉しい。
嬉しいのだが。
何だ、この威圧感と言うか圧迫感と言うか。俺以外誰も気にしていないのか? いや、デュオ先生と男のお姉さんは気付いているが、知らない振りをしている。
だらだらと冷や汗と言うか脂汗が流れている気がする。
白髪の大男から、物凄い威圧を感じる。なんだこれ!?
混乱して固まる俺が視線を外せないでいると、白髪の大男―――悔しい事に結構美形。暗い中に立っているが右目に眼帯をしているのが見え、薄水色の片眸が此方を窺っている。其れが俺を見据えた、と思ったらニヤ、と嗤われ一瞬で間を詰められた。
「見付けた」
って、誰、を?
屈んだ男の手が俺の頭を掴んで、上を向かせる。顔が近い、顔が!
「アンタが『シショー』か。子供だが……悪く、無いな」
「な? だ、誰、アンタ?」
思わず聞き返すと、破顔一笑、いきなり腰を掴まれ体がグンと持ち上がった、と思うと肩に担がれた。
「わあっ!?」
視界が急に高くなり思わず叫ぶと、男が言った。
「俺と遊びに行こう? 愉しいぞ」
ナニ言っちゃってんのコノヒト?! と俺が思うと同時に、背後って言うか既に食堂から出ようとしていた男に向かってデュオ先生やライたちの焦った声が追いかけて来た。
「おいッ、何処に行こうとしている!」
「クラウドを離せッ! 誘拐犯!!」
いや、誘拐犯て言うより、愉快犯て気がする。
そんな感想はさておき、俺も大人しく担がれていた訳では無い。ジタバタ足掻いていたのだが、ガッチリ腕で支えられていて身動きとれない。両手で背中を殴るも、「ソコじゃない、右」とか呟かれ、肩叩きの体になっている。
一体全体、ナニがどうしてこうなった!? と言いたい状況だが、そもそも何処のどいつだ、この白髪眼帯大男ーー!!
…下ろせ、と叫びかけてピタリと止める。
あれ? 今、何か引っ掛かった。
先刻、俺は確かにこの男から『シショー』と言われた。シショーって、師匠? あれ? 何処で聞いたっけ、この呼び方。
そして年齢や美醜は兎も角、冒険者内だけで無く、広く世間に囁かれている有名な話。
俺は今何と思った?
白髪、眼帯、大男……。
隻眼の白く輝く髪を持つ冒険者。
世界に唯一人与えられた至高の七ツ星―――隻眼の白豹。
「……グウィン・レパード?」
「ああ、宜しく頼む」
屈託無く笑うその顔は意外と若かった。