Lv.40 七ツ星と愉快な仲間たち・1
水の流れに手を浸し、波紋を作ると、波に揺られて水面に映る風景が刻々と変化していた。其れを見ながら微笑んでいた彼が、つと波紋を生み出すのを止めた。
ゆらゆら揺れる水面には幾つかの断片。そのどれもが一人の少年―――とも言い切れぬ、金髪に青灰色の瞳を持つ幼い子供の姿だった。
刀を片手に翔んでいる姿。
嬉しそうに笑っている姿。
岩に押し潰され絶命している姿。
傷だらけの、無傷の、笑い、怒り、泣く、幾多の姿が次々と水面に浮かんでは消えていった。
「さて、君はどう動きますか?」
水の杜の主、ラディン・ラル・ディーン=ラディンが呟く。
彼が見詰める水面には、数多の未来が映されては消えていた。
その一報が入ったのは、昼を過ぎ様かと言う頃だった。
輝石光国の宰相、セバス=ヴェジール侯爵は報告を受けるなり、厳しい表情で謁見室へ向かった。若き国王、ミクローシュ=エーデルリヒト陛下へ至急知らせねばならない。
謁見室の奥の扉は国王の執務室であり、重要な書類や内密の話は全て其処で行われる。逸る気持ちを抑え入室の許可を取ると、人払いをして報告をした。
「陛下、鉱山で落盤事故が起こりました」
その言葉だけで充分であった。
ミクローシュは直ぐに伝令を飛ばし、騎士団を派遣する事を決定した。彼の愛する息子、クラウド王子が鉱山へ社会見学に出掛けている。其れだけでなく、国が経営の一端を担っている学園の生徒が多数巻き込まれたのだ。救助をするのは当然である。
貴族を対象とする初等学校だからと言うのも勿論だが、仮令平民だとしても救助は派遣した。幼気な子等が事故に遭ったのなら、当然の事である。
「然し落盤とは……何故だ?」
「ドワーフ族が関わっているのに事故とは、有り得ない話ですからな……」
基本、採掘作業は徹底した管理の下、採掘する鉱床や方角、深さ等を計算し決定する。其れを現場の判断の下、修正しながら採掘を進めるのだが、ドワーフ族は採掘の名手である。彼等の意見も参考にするので、過去に事故は殆ど起きていない。若し起きたとしたら、ドワーフ族では無く人族の計算違い、見込み違い、先走りが主な原因だ。
そんな会話の中、当のドワーフ族の族長の一人、現在鉱山を任されている一族から連絡が入った。
事故について陳謝すると共に、原因究明を惜しまない、行方不明者の捜索に全力を尽くす言われ、お願いした。
続々と情報が入る中、セバスは冒険者ギルドにも依頼を出した。人海戦術で救出作業をするのだ。
幸いと言って良いのか、ギルドも独自の情報網で事故について把握していた。どうやら護衛として付いていた冒険者は、密かにランク昇格の査定をされていたらしく、逐一有った報告が突然途絶え、不審に思ったギルドが調査したらしい。
彼方此方の部署が忙しく動き回る中、最新情報が届く。
「竜が出た?!」
「竜種は? いや、魔竜か邪竜か……話して判る相手か?」
「目撃証言がハッキリしておりません。情報を精査中ですので、入り次第御報告に上がらせます」
厳しい顔で報告するナイトハルト=ブラウシュタイン侯爵は、其のまま踵を返し戻ろうとしたが止められた。
「待て、ナイトハルト。何処へ行く」
「…鉱山へ。将軍閣下が報告を聞くなり、小隊を伴い向かってしまわれましたので、手綱をとりませんと」
「フォルティスの単細胞めッ!!」
竜種の確認もしないまま突っ走ったヘルムート・ヤーデ将軍に対し、セバスは小さく罵った。其れに正気を取り戻したのか、ナイトハルトも執務室に留まった。そして何時もは寡黙で穏やかな彼も、固い表情で今後の予定を幾つか報告する。
「鉱山ですが、子供たちは地下に閉じ込められている者が半数、残りは地上にて無事です。ですが、落盤の影響で設置されていた昇降機が崩落。他経路も崩落した岩盤で閉ざされ、取り残された子等の脱出経路が無い状況です」
「魔導師団も派遣した方が宜しかろう」
「手配はしております、御下命頂ければ直ぐにでも出られます」
先程まで取る物も取り敢えず出て行こうとしていたナイトハルトが跪き指示を待つ。彼も嫡子ラインハルトが巻き込まれている。心配だろうと鉱山行きを許可した。
竜種によっては会話が成り立つ場合もある。余程の高位竜種ならば人語を解すが、恐らく其れは稀だ。然し古代言語に通ずる魔法言語なら、多少は通じるだろう。魔導師か、でなければ竜騎士。彼等なら会話乃至念話が出来るかも知れない。
ただ其れも飽く迄も話が通じれば、の事だ。下位の、人間を餌と見做す竜種の場合、出来得る限り迅速に討伐に向かわなければ被害が広がる。その為の騎士団と魔導師団の派遣とギルドへの依頼だ。
ミクローシュもセバスも、先走ったフォルティスと共に、ナイトハルトたちが上手く対応してくれればと願う。
そしてナイトハルトから伝えられた情報に因り、ミクローシュはギルドへの依頼を緊急依頼へと変更した。
五ツ星以上の冒険者が召集される緊急依頼だが、召集とは言え強制では無い。理由さえ有れば断る事は出来る。だが其れはごく稀だ。外国であろうとも、転移門を使えば一瞬だし、人道に悖る行為はギルドの規定違反となる。敢えて評価の下がる事を進んで行う冒険者は居ない。―――普通なら。
時間を少し巻き戻し、昼頃の鉱山では。
朝から頻繁に起きる微震に、鉱山職員と鉱夫たちが頭を悩ませていた上に起きた落盤事故。お陰でてんやわんやの事態となっていた。
そもそも職員たちは、見学に訪れてきた貴族の子息たちを無下に追い返す訳にもいかないし、かと言って危険が無いとは言えない坑道内に子供たちを案内するのは不安だった。―――結局、坑道内を見せる事がメインだった為に、最低限の安全を確保しながら予定通り案内する事になったのだが、結果は最悪であった。
火山では無いので噴火の心配はしていなかったが、一番心配していた落盤事故。因りにも因って別の問題でコッソリ避難させていた途中での事故だ。
別の問題と言うのは、見学コースとは別の採掘現場で異常事態が起きた事だ。
一応計算し確認しながらの採掘だが、自信が有ったとしても完璧だとは断言出来ない。念には念を、注意に次ぐ注意を以てしても、安全には注意を払わなければならない。
そうした努力の中で、問題の採掘現場では数人のドワーフが明らかに不審な行動をとっていた。
ドワーフは少々がめつい点もあるが、基本的に頑固で真面目であり、信頼に足る種族である。ただ無類の酒好きでもあり、一つの事に集中すると、他に気が回らなくなると言う欠点もあった。
そんな彼等が朝早くから仕事を始め、暫くしてから仲間の一人が見付けたものに色めき立った。
見付けたのは蛋白石の塊だった。真珠色の光沢に虹色に光る其れは、間違い無く一級品の輝きであり、数多く見付かる乳白色のボンヤリと輝くものとは一線を画していた。
何処で見付けたと騒ぎになり、一人また一人と担当現場から抜け出し、蛋白石の見付かった現場へ向かう。
人族から見れば、ドワーフ族は皆似た様な姿だったし、真面目に残ったドワーフの方が多かったので、数人程度居なくても交代か残土を運んでいるのだろう、と思われていた。
その為に発覚が遅れたのだ。避難指示に従わずに坑道に残った鉱夫たちの存在に。
此ればかりは、悪い偶然が重なったと言うしかない。
坑道の最奥には、何時も小鳥か小動物を入れた籠が置いてある。
彼等繊細な生き物は、危険が迫れば真っ先に教えてくれる。例えば危険なガス、地震の前触れ。小鳥たちが騒げば、即座に作業を中断し所定の場所に避難する事になっていた。
この日も朝からの微震に戸惑いながらも、小鳥が騒がなかったので何時も通りの作業を開始した。勿論直ぐに避難出来る様に、注意だけは徹底的に行う。
何時も通りの作業を進める中で、蛋白石が発見され。
担当作業を打っ遣り別の現場へ向かうドワーフ。
その暫く後で。
落ち着かず忙しなく動き、鳥が鳴き始めた。
直ちに作業が中断され、避難場所に逃げ込むが、蛋白石の発見に夢中になったドワーフたちは気が付かず、現場責任者が点呼をした時に、初めて人数が足りない事が発覚した。その原因も、現場を離れなかったドワーフが「そう言えば」と言い出して判った。
そうして。
指示に従わなかった者達の為に他の鉱夫を危険に晒す事は出来ないと、責任者とドワーフ側から数名を残し、鉱夫たちは地上へ戻り、残った者は迎えに行く事にした。
ガスが出ている危険が有るので防護服とマスクを着けて、さぁ行くかと言う時に起きた地震。
彼方此方で落盤事故が起きたが、避難指示や誘導、日頃の訓練のお陰で、然したる混乱もなかった。
見学の子供たちは間が悪かったとしか言い様が無い、と救助要請をした所で件のドワーフ達が慌てふためき現れた。
曰く、竜が出た、と。
「誠に申し訳ない。氏族の者達が迷惑を掛けた」
深く頭を下げたのは、ドワーフ族の族長である。
「いや、其方等ドワーフの特性を知って重用していたのだ、此方も認識が甘かった」
「まさか竜の卵の欠片が見付かるとは……」
国王と宰相、其れに族長が揃って溜め息を吐いた。
無理も無い。蛋白石だと思っていた塊が、実は竜の卵だとは普通なら思わない。
竜は卵生か胎生に分かれるが、何方にしても産み落とす場所に神経を使い、厳重に守る。
竜王種や古竜種、老竜種は竜たちが集う秘密の島で密かに仔を生み育てる。高位で有れば有るほど、仔に愛情を注ぎ、敵には容赦しない。
だからこそ、卵の欠片など有ったとなるとその親、仔はどうなったのか。其れが問題となる。
「卵だけなら遠い昔に産み落とされて孵った欠片と思えるが、成竜が居たとなると……仔はどうしたのだろう?」
「いや、卵と成竜は別口だろう。蛋白石となるほど永い年月をかけて地中に埋まっていたのだとすれば、若しかすると孵った仔が、自分の生まれた場所に卵を生もうと戻ってきたのかもしれん」
「子持ち竜とすると厄介だな……」
子を守ろうと警戒して敵と認識されたら大変だ。
どうにか出来ないか、と話している間も鉱山から入る情報は悪化の一途を辿っていた。
冒険者が一人行方不明となり、捜索にあたっているらしいが、経験があるとは言い難いランクのせいか、経過は捗々しくない。閉じ込められた子供たちを救助しようにも、崩れた岩盤が邪魔で中々先に進めない。魔導師団の到着は未だ先で、刻々と時間は過ぎていく。
明るい情報としては、クラウドが閉じ込められた子供たちと一緒だったから――ある意味暗い情報でもある――か、然して混乱が無かった事だろう。地下での混乱の中、自分なりに情報収集をし落ち着いて地上との連絡手段を見つけて、何かあれば逐一連絡をしてくれているので、現場はかなり落ち着いているらしい。
しかし竜が現れた現場と、クラウドたちが閉じ込められた現場は近い。再び竜が暴れて落盤が起きれば、今度こそ生き埋めとなって二度と帰れなくなるか、竜と相対する事になる。
ドワーフ達に発見された時は怒り狂って暴れていたらしき竜だが、今は落ち着いて地中深くに潜伏しているらしい。違う坑道とは言え、行方不明者を探している冒険者たちが万が一遭遇でもしたら、どうなる事か。そうなる前に早く救出しなくては、と逸る気を抑えて其々が立ち回っていた。
一方、西六邦聖帝国冒険者ギルド総本部に、輝石光国冒険者ギルドから緊急依頼の連絡が入ったのは、エーデルシュタインからの依頼の四半刻程後である。其れと同時に、ヘスぺリア帝国からも同じ内容で指名依頼が入った。
指名相手と依頼主に納得し、ギルド総本部長ラーシュは心当たりに連絡を取る。
「オリヴィエ、七ツ星は居るか?」
「とっくに居ないわよ。連絡は行って無いの?」
「ああ~、書類に埋もれてるかも知れん。…所で確かお前五ツ星だったな?」
「緊急依頼の件でしょ。行くわよ、偶には体を動かさないとね」
微睡竜国ギルドマスター、オリヴィエは既に冒険者装束―――防具と武器を装備して出掛ける準備万端であった。
ギルドマスターは五ツ星以上の冒険者から選ばれるが、最年少であるオリヴィエは、ギルドマスターをする傍ら冒険者としても活動を続けている。忙しい身であるが故に、滅多には依頼は受けない、と言うより誰も引き受けない依頼を消化するのが目的なので、簡単なものから困難なものまで内容は様々だ。
今回は緊急依頼と言う事もあり、出掛ける気になった様だ。
其れに満足したラーシュは、現地に行く前に七ツ星――グウィン・レパード――を探して連れて行く事を頼んだ。
「グウィンちゃん? 確か東大陸の何処か……護大樹王国に居る筈だけど、アノ自由人が大人しく召集に応じるかしら?」
「応じなくても行かせろ。大丈夫だ、コッチには魔法の呪文がある」
「何よソレ?」
不審気なオリヴィエに『魔法の呪文』を教えると、ラーシュは通信を切り、次々送られる情報を片付け始めた。
オリヴィエはと言えば、意味不明な呪文に首を傾げながら、転移陣の転移先をセフィーラスに設定し、移動した。
基本的に転移門は各国の主要都市に設置されている。その他特殊例として、冒険者のみが使用出来る転移陣が、各国ギルド総本部に有る。二~三人程度なら一度に移動出来る、少人数パーティーにはうってつけの転移陣だが、使用料が高い事と緊急時に使用する事を前提としている為、使用頻度は低い。
淡い光の粒子が消えてオリヴィエの目の前に現れたのは、何処も変わらないギルドの部屋だったが、新しい木の匂いがした。そう言えばセフィーラスのギルドは不遇続きで、最近建て替えたばかりだったと思い出す。
いきなり現れたオリヴィエに驚く職員に、ギルドマスターの所在を聞く。
「グレイプスさんなら、一階のカウンターにいらっしゃいます」
「緊急依頼の件は聞いている?」
はい、と返事をする職員に案内を頼む。
階段を下りて直ぐに目の前、カウンターではなく酒場のテーブルではグレイプスが七ツ星の説得真っ最中であった。
「…面倒臭い」
「面倒って、子供達が危険なんだぞ? 助けてやろうとか思わないのか?」
「……子供は嫌いだ」
やる気の無さそうな態度に、グレイプスがキレかけたがその前にオリヴィエが割って入った。
「ハァイ、グウィンちゃん? 何世迷い事を言ってるのかしら? そんなボウヤに嬉しいお知らせよ。指名依頼が入ったわ。私も参加するから、行きましょ?」
「…指名? カールか?」
指名依頼は余程の事が無ければ断れない。苦虫を潰した様な表情で問うグウィンに、オリヴィエは教わった『魔法の呪文』を聞かせる。
「え~と、何々?『はーい、ゆきチャン元気? ままカラノ依頼ダヨ。えーでるしゅたいんニ行ッテ師匠ヲ助ケテアゲテネ! 断ッタラ陛下ヲぱぱッテ呼バセチャウゾ。頑張ッテネ!』……って何よコレ?」
意味不明な言葉に首を傾げるオリヴィエだったが、効果は覿面だった。グダグダと長椅子に凭れていたグウィンが、背筋をピンと伸ばして立ち上がった。
「良し判った行くぞ」
「ちょっ、何なの急にーっ?」
いきなりやる気を見せたグウィンに手を引かれ、二人は二階の転移陣へと向かった。
オリヴィエの知らぬ事だが、『魔法の呪文』は日本語であり、彼の義理の母親――クラウドの前世での弟子、現在は結婚してヘスペリア皇妃となった杷木千里――からの依頼であった。
その後二人が消えたギルド内では、頑として、と言うより、のらりくらりと躱していたグウィンが、いきなりやる気を見せた事に騒然となり、あらぬ噂――オリヴィエとグウィンが恋人同士であるとか無いとか――が飛び交う事となったのは余談である。
グウィンとオリヴィエの二人がエーデルシュタインギルドに足を踏み入れると、ギルド内は冒険者でごった返していた。
「酷いわね、最前線だから無理もないケド」
当初は落盤事故のみの情報だった為に、二ツ星以上の冒険者を救助活動に募集していたが、竜の出現によりランクが引き上げられ、現在は緊急召集の五ツ星の他、四ツ星以上となっている。其れを知らぬ冒険者と、ランクアップを狙う三ツ星達が救助に参加しようと交渉している為、受付が混乱しているのだった。ギルドとしては有り難くも迷惑な話だ。ランクを絞ったのは、其れ以下では難しく、二次災害の恐れがあるからだ。其れに気付かないからこそ、その程度止まりなのだが判っているかどうか。
そんな中を「退け」と重低音が響く。
正規の受付どころか精算品受付まで冒険者で溢れていたが、その声でザッと人波が割れて道が出来る。悠々と受付に進む二人だが、いきなり現れ前に割り込まれた形になった冒険者たちは、抗議しようとして続くやり取りに固まった。
「只今、四ツ星以上の方のみ受け付けております。ギルドカードを確認させて下さい」
「はい、コレ」
「オリヴィエ・レニエ様……五ツ星ですね。結構です、魔導師団に鉱山への転移陣が開かれていますので、そちらへどうぞ」
指された方向は元の転移陣の有った方向である。恐らく緊急措置として魔導師団に繋がる転移陣が有るのだろう。頷いて移動するオリヴィエを、五ツ星の冒険者など滅多に見られない下位の冒険者達が羨望の眼差しで見送った。
「次の方……指名依頼、ですか? 確かに有りますが、其れは……」
「問題ない」
てっきり緊急依頼の件かと思えば、指名依頼と言われ眉を顰めた職員だったが、受け取ったギルドカードを見て思わず本人とカードを二度見した。不思議そうに首を傾げられ、慌てて受付を始める。
「し、失礼しました! グ、グウィン・レパード様……七ツ星。確かに指名依頼がございます、彼方へどうぞ!!」
名前を出した瞬間、ギルド内が水を打った様に静かになった。そして小さな声で「七ツ星?」とか「隻眼の白豹?」と囁き始める。
然し其れに頓着しないグウィンは、オリヴィエと同じ方向を示され、頷いてさっさと移動する。
その背には信じられないものを見た、と言う視線が集まっていた。
世界に一人だけの七ツ星の冒険者、隻眼の白豹は白髪眼帯としかはっきりとした噂は広まっていない。今の男が七ツ星なのはギルドカードからして間違いは無いが、フード付きのマントを纏って居た為、容貌は結局判らずじまいだった。結果、更に様々な憶測付きの噂が広まる事となるのだった。
転移陣を梯子して目的地に辿り着くと、既に何人か冒険者がパーティーを組んでいた。
緊急依頼の召集から時間が経っていたが、鉱山への転移陣が繋がったのがつい先程と言う事もあり、人数は未だ多くない。何より四ツ星以上と言う制限も有るから、更に人数は限られる。
竜が出たと言う情報が届く前に鉱山に来ていた三ツ星冒険者は、坑内に入る事は許されなかったが、地上での補助をする為に残されていた。
グウィンは単独を好むが、今回はオリヴィエと組む事になっている。グウィンとしたら其れ以上は居ない方が良かったのだが、オリヴィエはせめてあと一人、なるべく高ランクの冒険者と、と思ってメンバーを探していると、事務所近くで騒ぎがある。何事かと顔を見合わせてそちらへ足を運べば、見知った顔があった。
「デュオちゃん? 何をして居るの?」
「オリヴィエ? …とグウィンか。どうもこうも、この若いのが先走った挙句に焦って怯えて、勝手に離脱符を使いやがった! お陰で生徒たちを置いたまま、地上に来ちまったじゃねぇか!!」
そう叫んで指差す先には蒼い顔の若い冒険者―――ヤンが居た。
デュオが行方不明者を探索する為に、護衛だった彼等と一旦パーティーを組んだのだが、途中で不気味な音と続く揺れにヤンがパニックを起こし、離脱符を使ってしまった。普通であれば正解の筈の行動だったが、今回に限って言えば悪手であった。
何せ地下に残されたのは、冒険者が一人と子供と一般人。たかが一人で対処出来る人数では無い。
離脱符は普通は迷宮や洞窟に潜る時に使われる。入口に目印となる呪符を貼り、対になる離脱符――符と言っても実際は球体である――を持って行き、目的を達成するか途中で切り上げたくなった場合に、足元で割れば入口に戻る。
今回ヤンが離脱符を入口に貼ったのは、単なる癖である。値の張る離脱符だが命には代えられない、と地下に潜る時は貼る様に教えられて其れを守っていた。使用しなければ再利用出来るのも大きい。
そしてヤンが地下に閉じ込められた時に使わなかったのは、人数が多すぎた為だ。
離脱符の対象は本人と仲間だが、最大でもせいぜい八人。それ以上いた場合は離脱符が機能しない。そして今回の依頼は護衛という事で、子供たちには知らせていなかったが何か有った時の為に、子供たちもパーティーメンバーとして組み込まれていた。
十二歳以下の子供は原則二人までしか登録出来ないのだが、気休めとして敢えて登録していた。
その為に使えなかったのだが、行方不明のジンを探索する為に改めてパーティーを組み直した。人数が減った事により離脱符が正常に機能してしまい、パーティーメンバー全員が地上に強制的に戻される事となったのだ。
「今、下には冒険者が何人残っているの?」
「二人だが、一人は行方不明中だ。状況すら判らない」
その他は全て子供と鉱山の職員だと聞いて、最悪だわ、とオリヴィエが呟く。
グウィンはその間、周囲を観察していた。
冒険者の他は国から派遣された騎士団と魔導師団から、騎士三人に対し魔導師一人、其れに鉱夫が五人程付いて坑道内へ潜っている様である。恐らく崩れた岩を退かす為と、万が一遭遇するかも知れない敵から身を守る為だろう。其れは其れで良いのだが―――。
「まどろっこしいな」
ポツリと呟き、グウィンは行動に出た。
「行くぞ、シェーンに博奕打ち」
「えっ、ちょっと!?」
「俺もか?!」
三ツ星のデュオだが、勝手にパーティーに組み入れ、グウィンは一応声は掛けた、と足早に進むと壊れた昇降機の前に立つ。
勝手な行動ではあるが、生徒が心配なデュオにとっては渡りに船だ。慌てて追いかけ、オリヴィエも仕方無いと黙認した。
三ツ星とは言え四ツ星に近い事だし、地上ででは無く地下で合流した事にしてしまえば良い、との思惑からだ。実際ヤンが離脱符を使わなければ、そうなっていた可能性が高い。
入口から下を覗き、切れた綱と落ちた残骸を確認したグウィンは、深さと残骸の多さにチ、と舌打ちをする。
先に到着した冒険者も此の状況を見て、此方からの侵入は諦めたのだろう。岩だけなら兎も角、鉄の塊も一緒に退かすには技量がかなり必要となる。
「邪魔だな」
壁を伝い降り様と思ったが、思いの外崩れて足場が悪そうな為、其れは諦めた。その代わり懐から手鉤付きの綱を取り出し、ヒョイと天井に放る。くるくると梁の一部に引っ掛かり、外れない事を確認してから地面を蹴る。
ツー、と下に降りたグウィンの後をオリヴィエとデュオが慌てて追う。半ば程降りた所で手を離し、昇降機の成れの果ての上にストンと降りるとグラリと足場が崩れた。
脆い足場に顔を顰め、補強の呪文を唱える。
グニャリと曲がった鉄骨と、隙間無く埋もれた瓦礫の山が、ほんの少し変化した。
崩れない様に固定し、隙間から覗く空間に扉を見つけて通れる様に其処だけ瓦礫を退ける。
ポッカリと空いた場所に巨体を滑り込ませると、現れたのは崩れてひしゃげた扉。其処にも隙間を見つけると、先程と同様に補強してから隙間を広げ、坑道内部―――広間だった場所に入る。
「探索」
瓦礫の上で短く呟くと、グウィンの視界に幾つか反応が現れた。集団で固まっている反応は、救出対象の子供たちだろう。やや離れた場所にも一つ弱い反応。恐らく捜していたと言う冒険者だろう。其れと―――。
「左十八が子供が埋もれている食堂、だろうな。其れと右九に瀕死が居る」
「ジンか!?」
「知らん。…なぁ、チビどもを助けるのと、瀕死を助けるの、竜とその他、優先順位は何れだ?」
続いて降りたオリヴィエ達にそう告げると、グウィンは腰の双剣を抜いた。
いきなりの戦闘体勢に、オリヴィエもハッとしてグウィンの視線の先を確認する。
「グウィンちゃん、その他って言ったわね? …何だか判る?」
「今の所は魔化した魔獣。多分、放っておくと魔物が湧く。…で、何れだ?」
言うなり暗闇に跳んだグウィンの背中に、オリヴィエが叫ぶ。
「全部よ!!」
「了解!」
キン、と硬い音と共に獣の呻き声、瓦礫の崩れる音がした。