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Lv.03

 木刀を構え、精神統一。瞑った目の前には、敵をイメージする。実際には動かない木偶が在るだけだが、動く敵だと認識する。ヤツが右に動くか左に行くか、予測して構えを低くし、今だ、と感じた瞬間、足を蹴って前に出る。鞘は無いが抜いた積もりで木偶を一閃。


「いってえぇぇぇ!!」


 物凄く痛い。俺の力では反動の方が大き過ぎた。

 木刀を取り落としてピョンピョン跳んでいると、周囲から笑いが漏れる。

「殿下、大丈夫ですかー?」

「未だ木偶相手は早いでしょう。素振りにしておいた方が良いですよー。」

 笑いながら声を掛けてくるのは、すっかり馴染みになった騎士達だ。

 例に因って俺は、朝食後の遊びと称して騎士団の訓練所にお邪魔している。

 初めの内は、子供どころか幼児がチョロチョロと彷徨いているのが邪魔くさい、と思って居ただろうに、今では俺が鍛練の邪魔をしない事が判ったからか、気軽に声を掛けてくる様になった。人間関係は大事なので、これからも気を付けようと思う。


 痺れた手を振りながら、取り落とした木刀を拾って、再度構える。今度は木偶相手の打ち込みではなく、単なる素振りだ。

 因みにこの木刀は俺の手作りである。訓練所に置いてあるのは、当たり前の話だが、木剣や木斧、木槍ばかりで初めの内は其れ等を使っては見たもののどうにも馴染めず、結局手作りとなった。

 苦労して丁度良い重さ、長さの何の変鉄もない木の棒を削り、握りや反りを確認しながら作ったのだ。刃物を持たせるのは危険と、最初は俺の要望を聞きながら作って貰う筈だったが、どうにもこの『反り』と言うものが中々理解されず、自分で作った方が早い、となった。折角協力してくれたのに申し訳ない事をした、と思っている。だが今後新たな木刀が必要になったら、その時はお願いしようと思って居る。と言うか既に俺が使用して居ない時に持ち出して、形や重さ等を確認しながら予備を作り始めて居る様だ。

 正眼に構えて、下に振り下ろす。一、ニ、と数えながら振っていると、周囲でも其々訓練を始める。真面目だなー、と感心していると、突然脇から腕が回り、そのままひょいと持ち上げられた。

「うわっ!?」

 高く掲げられ、思わず声を上げると、下から愉しそうな笑い声がした。

「クラウド殿下! 遊びに来ましたか?! 爺と遊びましょうか!」

「ヤーデ将軍……」

 下に目をやれば、ニコニコした顔に大きな古傷の有る、ゴツい爺さんが笑っていた。

 俺の呟きに、下唇をつき出して異を唱える。

「違いますでしょう! フォルティス爺、フォル爺ですぞ!!」

 ブンブン振り回しながら、俺に愛称呼びを強要するのは、この国の軍の最高幹部、ヘルムート・フォルティス・ヤーデ将軍である。

 60を過ぎて尚、筋骨隆々とした立派な体躯の持ち主で、昔の古傷として身体のあちこちに傷がある。顔にも大きな傷が残っているが、存外似合って、味のある顔と言っても良い。

 尤もそう思う俺は珍しい様で、大概の子供に顔を見られた瞬間、泣き出される事が多いらしい。俺は一歳に成ったばかりの頃に将軍を紹介され(何故紹介に至ったかは記憶に無い。恐らく庭を散歩していた時に偶然出会ったのだろう)、傷の余りの見事さに逆に食い付き、失礼ながら笑いながら傷に触っていたらしい。…この時の事は余り良く覚えて居ないんだよな。ただ其れがあって、フォル爺に気に入られたのは事実だ。其れ以来俺を見ると直ぐ寄って来て、こうして振り回す。ただこの扱いが雑な事を見るにつけ、顔の傷ばかりが原因では無いと俺は睨んでいる。

 傷と言えば噂では、一番目立つ顔の傷は、若い頃の夫婦喧嘩で嫁に机を投げられた(ヽヽヽヽヽヽヽ)時の傷だと言うが本当だろうか。若しそうなら、嫁さんを見てみたいものである。


 それにしても、幾ら何でも振り回し過ぎだ。何だか目が回ってきて気持ちが悪い……。

 俺が目を白黒させていると、フォル爺の後ろから救いの手が差し伸べられた。

「閣下、その様に振り回していては殿下が目を回されます。降ろして差し上げた方が宜しいかと」

 低めの甘い美声の持ち主に諭され、実際俺がフラフラになりかけているのに気付いて、慌てて地面に降ろされる。

「それと、補佐官殿が探して居られました。会議がそろそろ始まるとか。お時間なのでは?」

「おお、そうだった! 遅刻等したらまた奴に嫌味を言われるわい! 急がねば」

 将軍はそう言うと挨拶もそこそこに訓練場を後にした。残された俺は救いの主に礼を言う。

「サーペンタイン隊長、有り難う御座いました」

「いいえ、殿下こそ御気分は?」

 にこりと微笑むのは、俺の叔父、ナイトハルト・ヴォルフォード・サーペンタイン=ブラウシュタイン侯爵である。笑顔が眩し過ぎる。


 低めの甘い美声を持ち、豪奢な黄金色の髪に、紫紺の瞳。端正且つ男らしい容貌の物凄い美形である。俺の父も美形だが、更に上を行く。初めて会った時は男とは言え見惚れてしまった。しかも腰に響く様な美声。

 そんな超美形な叔父に俺の叔母、つまり父の妹が一目惚れをして留学生だった叔父に迫りまくり、5年を費やしてモノにしたらしい。出来婚デス。

 まぁ父より美形なんて早々居ない筈なので、一目惚れした叔母の気持ちも判らないでは無い。初対面は13歳と10歳だったそうだから。

 当時は相当騒がれたが、叔母の方が積極的だったのは周知の事実であり、酒に酔わせて叔母の方が襲った事もあり(ここ重要)、叔父に罪は無いが醜聞は醜聞と言う事で二人は結婚した。とは言え、流石に5年も好きだと言われ続けたので、叔父も憎からずは想って居たのだろう。夫婦仲は良好らしい。

 他国からの留学生、と言う事で身分を確認した所、西の大陸ヘスペリア帝国の有力貴族の子息だった。サーペンタイン公爵と言えば有名らしく、名前を出したらすぐ判ったそうだ。元の身分が公爵子息なら身分としては問題ないと言う事で、結婚許可が出され、序でにこの国での爵位も叙爵された。

 留学中だった為、無爵だが成人したら侯爵だか伯爵だったらしい。で、王女の降嫁先だし偶々王家で預かっていた領地と爵位が有ったのでそれが与えられた。領地自体は小さいが、侯爵位である。名誉爵、と言う奴か。

 叔父はと言えば、爵位を賜るならと、母国に連絡して爵位と継承権の放棄を願い出て、エーデルシュタイン王家に臣下として仕える事に決めたそうだ。いさぎ良い人だな、おい。と言うか良いのか、公爵子息がそんなに簡単に物事を決めて。そして其れをアッサリ認めて良いのか。


 出来婚、と言う事は俺には従兄弟が居る筈なのだが、実は未だに会った事は無い。まぁ俺は未だ三歳だし、向こうは四歳と聞いた。子供は五歳になるまでは領地から出る事は余り無いので、仕方ないだろう。年の近い子供には会った事が無いので、会うのが楽しみだったりする。

 それにしても、とチラリと隣を見上げる。


 見れば見るほど美形である。22歳の若さで近衛の一隊を任される実力の持ち主で、真面目で勤勉、寡黙だが言うべき事は言い、部下の信頼も篤い。女性に対して、冷たい訳では無いが、思わせ振りな態度を取る事も無く誠実である。そのせいか既婚者にも関わらず、非常にモテる。

 …何か凄いチートな人間じゃね? と思ったのは内緒である。ただ、これは誰しもが思う事らしく、些か残念な人だな、とも思う。

 貴族の慣習として既婚者同士でも大人のお付き合い、つまりは情事、浮気で有るが、お互い責任持てるなら許されると言うか、目を瞑られる。その為叔父に対しての秋波が物凄いらしいが、其れ等全てを無視している。と言うか気付いて居ない。

 差し入れをされても、感謝の言葉は述べるが其れ以上の事は無く、折角の差し入れも部下に分け与え、自分は少々かじる程度。侯爵と言う地位の為、夜会に招待される事も多いが、騎士団の仕事を優先させ滅多に出ない。その上出たとしても当然夫人である叔母を伴って居る上に、寄せられるあからさまな秋波でさえ気付かない。

 王城に勤めている若い娘さんたちは、ソコが良いと言う。禁欲的で硬派で格好良いと言うフィルターがかかっているらしい。男から見れば単に鈍いだけなんだが。

 大層恋愛に鈍い人だな、と思うと同時に5年も迫りまくった叔母は正しいな、と思う。其れ位しないと気が付かないよ、この人。


 俺がじっと見詰めているのに気付いたのか、不思議そうに首を傾げる叔父に、素直に言ってみる。

「サーペンタイン隊長は凄い美男子なので、母国でも人気と言うか、モテたんだろうな、と思ったんですけど、どうだったんですか?」

 どうせそんな事無い、と言う気付かない発言が来るんだろうな、と思っていた俺に、意外な返事が返ってきた。

「いえ、確かに五歳上の兄は非常に美男子で、女性に人気が有りましたが。自分は全く」

「え、隊長より美男子ですか?」

「多少は兄弟ですから似ていますが、兄は自分の目から見ても『美丈夫』と言う言葉がピッタリですね」

 …マジか。

 俺と叔父の会話をコッソリ聞いていた連中が、「嘘だろ?」と絶望した顔をしていたが、気持ちは判る。

 ただ良く話を聞くと、と言うか良く考えれば此方に留学当時は未だ13歳だ。叔父の兄が五歳上と言う事は当時18歳。思春期の少女にとって憧れるには丁度良い存在だ。モテるとか其れ以前の問題かもしれない。

 取り敢えず、顔面偏差値を上げる目標は叔父で良いだろうか。それとも親子と言う事で父か、見た事もない叔父の兄か。

 何だか非常に叔父の兄に興味が湧いたが、見た瞬間、世界を呪ったらどうしよう。


 叔父が部下を伴い仕事に向かったので、俺も鍛練を再開する。

 大分余計な事に時間が取られたので、走り込みからやり直す。やり直しとは言え、身体を温める程度なので訓練所を三周もすれば充分だろう。

 初めの内は一周すら出来なかったが、毎日コツコツ続けたお陰か、今では十周も余裕である。

 ただ、余りやり過ぎて身体を壊したり、妙な筋肉を付けたりして背が伸びなくなるのも厭なので、余り極端に周回を延ばすのは止めようと思う。

 目標の三周が終わった所でストレッチを始める。足を大きく開いて、左右に身体を傾ける。その後、腕を伸ばして前に倒れる。ゆっくり息を吐きながら前へ倒れると、胸と腹が地面に着いた。更に両腕を左右に広げて開いた足に付ける。付けた所で周囲からどよめき。

「身体柔らかいなー」

「オレ足開くのも無理だ」

 何だか情けない呟きが聞こえたが、無視する。

 立ち上がって木刀を握り、素振りを始める。素振りを始めると直ぐに感覚が研ぎ澄まされ、周囲の気配が感じ取れる。剣を打ち合う音、歩き、走る音、鳥の声、風の音。

 木刀を振る時の風を切る音が鋭く澄んだ音になり、振り切る力も軽くなる。

 その内俺は一歩、二歩と踏み出し、木刀も上からだけで無く、返す刀で下から、横からと振り抜き、踊る様に木刀を振る。

 前世の師範、祖父内蔵助から叩き込まれた剣舞だ。

 何だかんだで俺は祖父から習った剣術が性に合うらしい。何しろ今の俺と同じ位の歳から習っていたのだ。今世で長剣の扱いも習ったが、今一つピンと来ない。結局前世でやっていた事を思い出しながら自主練である。

 剣道で全国に出た事が有ると話したが、俺が祖父に叩き込まれたのは居合い術だ。抜刀する時の緊張感が堪らなく恋しい。ピンと張り詰めた緊張感の中、一瞬の間を見極め抜刀する。藁で作った的が音も無く一刀両断される様は何とも言えず気持ち良い。

 だが長剣も扱えなければ、いざと言う時困るかも知れないので、そろそろ習った方が良いだろう。居合いは習ったが長剣は無い。自己流で始めたら余計なクセが付くのが目に見えて判る。

 そんな事を思いつつ、最後に振り抜き、刀を鞘に収める動作をする。

 うーん、やっぱり木刀じゃなく刀が欲しいなー。竹光で良いから、鞘が付いているヤツ。自分で作っても良いんだけど、鞘を作るのが面倒臭い。でもまさか本物が欲しいとは言えないし。武器屋に刀って売ってるのかな。今度誰かに訊いてみよう。


 その後暫く素振りを続けた所で、侍従のサージェントが迎えに来た。時間を忘れて素振りをしていたが、もう昼時だ。気が付いた途端お腹がぐう、と鳴る。

 周囲を片付け訓練所を出る前に、「有り難う御座いました」と一礼する。最初は戸惑っていた騎士たちも、もう慣れたもので俺に挨拶してくる。最近では俺に感化されたのか、訓練所を出る時に一礼するヤツが増えたらしい。良いけど。


 訓練所を出た俺は、空腹を訴える腹を宥めつつ、食堂へ向かった。

 今日も何か美味しいものが有ると良いな。でも最近無性に日本食が喰いたい。こってりクリームとか、旨味の無いスープとか、飽きた。出汁の効いた味噌汁とか薄味の煮物とか食べてえええええぇぇぇぇ。

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