Lv.38
カラカラと軽快な音を響かせ、馬車が往く。
窓からは草熅れの風が入り、暑さはあるが蒸してはいないので気持ちが良い。
窓に肘をついて外を眺めれば、遠い山が段々と近付くのが判る。目指す場所は廃坑となった鉱山である。
廃坑だが今でも少しは鉱石や宝石が取れ、完全な廃鉱とはなっていない。廃坑部分は観光用に整備されて、土産物等も売っている。今回の目的地だ。
本日は夏休み直前の校外学習、鉱山見学である。
『学習』と名が冠せられている通り、我が国の主要産業である鉱山での採掘や、其れに伴い産出される鉱石類の用途や加工法、輸出先などを見学して学ぶ。勿論後日報告書を提出すると言うおまけ付きだ。
馬車は定員二十四人の大型箱馬車だが、子供ばかりで軽いからか、三十人プラス三人(先生と護衛)を乗せて二頭立てで走っている。其れが三台。
通りすがりの人がギョッとした顔で見送るのは、窓から見える顔が子供ばかりだからだろうか。それとも馬車の車体に、大きく『王立ヴルガリス学園御一行様』と書かれているからだろうか。
……どう考えても後者だった、うん。
王都を出てやや暫く。
軽快に進んでいた筈の馬車は、道程半ばで停車中である。
馬車の中は正直言ってカオスだ。
貴族や裕福な商家の子女が多いので、馬車には乗り慣れているのだが、大型箱馬車は初めてだったらしく、初めの内こそキャッキャと騒がしかったが、次第に馬車酔いする者が現れた。一人嘔吐き始めると、連鎖反応でガンガン広がる。
幸いウチのクラスは、魔法学を担当しているヘンドリクセン先生が担任だ。かなり初期に馬車酔い防止の効果の有る魔法を掛けてくれたので、騒ぎは早々に収まっている。
だが他の馬車、特に二組のデュオ先生のクラスは、対応が遅れたのか酷い有り様になったと連絡が入り、今休憩中。水分を補給させたり、汚れた馬車内を洗浄魔法で洗ったり、忙しい。
護衛についている冒険者の皆様、スミマセン。
彼等のお陰で、馬車も綺麗になり、酸っぱい臭いも無くなった。汚した制服も染み一つ無い。
然し目的地まで未だ半分。青い顔の子供達と、また同じ事になると想像がつく大人たちが、げんなりしている。
そんな中で俺はと言えば。
「先生、此れどうぞ……」
まさかこんな阿鼻叫喚的状況になるとは思わなかったので、念の為と思いつつ渡さなかった物を、ヘンドリクセン先生に差し出していた。
「クラウド氏、此れは?」
「……酔い止め飴とハーブ水です」
子供の遠足と言えば車酔いだよね、との単純思考で、見学先と移動手段を知らされてから直ぐに作ったのが、酔い止め効果の有る飴と飲み物である。魔導師のディランさんと試行錯誤した結果、飴は柑橘系、飲み物はハーブを調合したものとなり、何だか知らないが大量に出来たのを持ち込んだ。
「飴は口に含んで舐めながら溶かしていくタイプで、ハーブ水は飲み口がスッキリするので、酔い始めに飲むと良いと思います」
更に言うなら飴は真っ先に嘔吐いた奴等に、ハーブ水は予備軍に渡せば良いと思う。あ、後は座る場所かな。
窓際より通路側、車輪の上で弾みやすい場所の方を優先に。
そんな説明を、馬車の陰に隠れてコソコソとやっていた。
いや、俺もね? 考えなかった訳じゃ無いんだ。そうでなければ薬なんか作らないし。
ただ、馬車には乗り慣れている筈だし、要らないかな? 備え有れば憂い無しと言うし、取り敢えず持って行くか、程度の考えだった訳だよ。
したらば王都を抜けて街道に出た途端、馬車が揺れる揺れる。懸架装置が有る筈なのに、道が悪いのか御者の腕が悪いのか、揺れるせいで顔色が悪くなる子供が続出。
斯く言う俺も実はちょっと酔っている。揺れ始めた時にすかさず飴を舐めたので、悪化はしなかったのが不幸中の幸い。
俺の差し出した酔い止めを、頷いて受けとる先生。
何故隠れてやり取りしているかと言えば、そりゃ俺が作った物だと悟られたく無いからだ。ただでさえ規格外とか言われて、酔い止めまで用意周到に準備してたとなると、アンタ何者? ってなるだろ普通。俺なら言う。
まぁ事が起きてから酔い止めを配ると言うのも、それなら最初から渡せよとなるだろうが、先生に任せておけば大丈夫だろう。引率の中で一番持っていても不審に思われない人物だし。何とでもなる、多分。うん。
その後、各クラスに飴と飲み物を配り、落ち着いた所で再出発。
馬車を降りた時、道を確認したが轍が多かったみたいなので、揺れたのはそのせいかも知れない。だがこの先も王都の周辺の街道とは違って整備は余りされていないので、揺れる可能性は大だ。
既に酔い止めを渡して最低限の対策はしたので、更なる対応として俺が思い付くのは―――。
「…ルラ、ルッラルッラリ~」
「……ルッラルッラリ~」
大声で歌う。
此れだけだ。
前世の弟、英人が子供の頃は車酔い防止に良く歌っていた。俺も其れに付き合い歌っていて、自分で運転するようになってからは、専ら眠気防止に歌っていたのを思い出す。
音楽は勿論此の世界にも有るのだが、子供が歌える歌は余り無い。
下町の子供等なんかは、適当な節回しで歌って――彼の有名なモーツァルトの『俺の尻を舐めろ』みたいな歌だ――いたりするみたいだが、上流の人々は音楽と言えば嗜みとして、楽器を習うか歌劇や管弦楽の鑑賞で、歌うと言うのは―――特に子供の歌は無いと言って良い。
聖歌も有るが、何故か皆で祈りを捧げ歌うものでは無く、選ばれた巫女や神官が舞と共に歌うものと決まっている。
そんな訳で、歌と言っても歌詞なんて特に無く、適当に歌う事にした。皆で歌うので曲は良く知っているもの、ピアノ練習曲の軽快な曲に乗せて歌っている。
先日の運動会で使われた曲も、ノリが良いので有りだろう。
歌っている間に何人かは酔い止めを飲んだせいか寝たり何だりして、そうこうしている内に鉱山に辿り着いた。
子供の歌声を延々聞かされていた護衛の二人は、げっそりしていた。仕事だから文句は無いだろうが、お疲れさん、と思う。
鉱山に着いて先ず行ったのは点呼。
馬車の中で全員居たのは確認したが、何せ子供。降りた途端に何処かに出歩くかも知れない。
まぁそんな心配は杞憂だったが。
齢六歳にして、貴族としてどう振る舞えば良いか判っている。判ってないのも居るが、周りの雰囲気に流されて大人しくしているみたいだ。
先生に連れられ、護衛に守られ、ゾロゾロと移動して、事務所に行って鉱山とは何ぞや、と説明を受けて事前情報を入手していざ鎌倉! ならぬいざ坑道! と、本日のメーンイベント坑道見学が始まった。
ただ、坑道に入る直前、ごく小さな揺れがあった。地震は珍しいが無い訳では無いので、特に気にしなくても良いのだが、坑道内で何か――落石落盤と言った事故が――有ったら困るので、急遽ヘルメット……は無いので、被っていた帽子に強化魔法を掛ける事になった。軽くて丈夫、小さな石程度なら弾いてくれるだろう。
此れでやっと見学、である。
「……して、珍しい鉱山となっています」
案内役のオッチャンに連れられ、坑道の中を移動中なう。
第一坑道、第二坑道と枝分かれした坑道を、各クラス分かれて案内されている真っ最中。オッチャン、案内が仕事だからか、流れる様に説明をし、質問に澱み無く答えてくれる。
案内役が綺麗若しくは可愛いお姉さんじゃ無い事に不満が無い訳では無いが、未だ生きて使われている坑道も有る、言わば作業現場に、危険は少ないとはいえ、若いお嬢さんを案内役にするのは躊躇われたのだろう。
商売っ気を出すなら、若いお嬢さんかイケメン兄さんが案内した方が良いと思うが、こう言う如何にも現場が長くて酸いも甘いも噛み分けた様なオッチャンも、味があるなと思ってみたり。
オッチャンの説明に拠ると、此の鉱山は複数の鉱脈がぶつかり合って出来ている、非常に珍しい鉱山だそうだ。主に産出されるのは金。次いで蒼玉や紅玉と言った鋼玉の類い。後、ごく珍しいけど蛋白石も採れるらしい。
今俺達が居る坑道は、以前は水晶を採っていた所で、今でも少しは残っているので、見学の余興として体験採掘が出来るらしい。大体採れるのは紫水晶や黄水晶だが、稀に他の鉱脈とぶつかっている場所に当たれば、金や鋼玉が採れるそうだ。場所が何処かは秘密で、其れを見つけるのが此の見学の目玉となっている。
「クラウド、何か出た?」
「ん、未だ。もう一寸な気がするんだけど……ライは?」
「ボクは紫水晶が採れたよ。…母様にあげようかな」
そう言ってライが見せてくれたのは、小指の爪よりも小さな塊。良く見ると確かに紫色の透明な塊が見える。
「良いんじゃないかな。叔母上の瞳の色に似ているし、喜ぶと思う」
菫色の瞳の叔母に、紫水晶をお土産にするのは良い考えだと思う。
そういう意味なら俺の母なら、青灰色の瞳だから、青珪灰石か青い玉髄、藍玉も捨て難いが、いっそ金剛石でも出てくれれば我が家の名前と同じと言う理由で、父上とか弟にも土産になるのに……ッ! そんなに上手く水晶以外の鉱脈に当たる訳が無いので、青っぽい水晶が出ると良いなぁ、と思う。
その後、時間一杯掛けて採掘した結果、少しだけ青っぽい水晶と、小さい鋼玉らしきものが採れた。頼めば研磨してくれるみたいだけど、研磨スキルが有る事だし、自分で研磨しようかと思っている。…ブリリアントカット出来るかな、割れるかな。
あ、ご想像通り、【採掘】スキル頂きましたがナニカ?
そんな事を考えつつライやルフト達が採った石を見せて貰っていると、集合がかかる。また移動するらしい。
地上に戻るのかと思いきや、近くに――と言っても地図で見ると結構距離があるのだが――最深の採掘場跡と当時の事務所兼休憩所が有ると言うので、其処に行く事になった。使用していた時は最大の事務所で、地上とどう行き来していたとか、連絡を取り合っていたかとか、そんなのも見所らしく、昼食も其処で摂ると言う事だ。調理場とかちゃんと有って、地下レストランとして経営しているそうだ。……だから弁当が要らなかったのか。
此処も歩きかと思ったら、流石に最深部。トロッコ列車みたいなのがちゃんと有った。
掘り出した鉱石類を地上に運ぶ為の軌道を利用した乗り物だ。
列車とは違うので全員一度には乗れず、クラス毎に分けられて移動。
動力は魔石が使われているが、希望があれば人力でも動かせるそうで、チョッとやってみたいと思ったのだが、手漕ぎ型のグリップを握って動かそうとしたら、全然動かない。
ナニコレ固い。と思ったら大人二人で動かすそうで。俺の力では無理だった。…身体強化の魔法を掛ければ出来るだろうが、其処までして動かしたいかと言えば、微妙、だ。
大人しく諦めて、客車に乗り込むと、直ぐ動き出した。複数の貨車が動く音がするので、一緒に乗ったオッチャンに理由を聞いたら、一定の間隔を空けてトロッコが待機してるそうだ。一台動いたら続いて二台目が動いて、って感じらしい。
完全一方通行で循環運行しているそうだ。トラムみたいなモノだと思えば判り易いかも知れない。
客車は雨の心配が無いので、屋根は作られていない。転落防止の柵が有るので、落ちる事は無いが風がもろに当たるので、結構寒い。その上天井から偶に水滴が落ちるので、ヘルメット代わりの帽子が一寸しっとり。
其れでも見学者を喜ばせよう、飽きさせないようにしよう、と言う努力なのか、トロッコの移動経路はライトアップされて、雲母か石英か知らないがキラキラ反射して星みたいだったり、壁に光で絵が描いてあったりと結構楽しく、あっと言う間に最深部の驛舎に到着。
言われるまま降りると、ガコンと音がして無人のトロッコが動き出し、二台目が続いて驛舎に滑り込んでくるのが見えた。
事務所と言うか食堂は大きかった。優に百人は一度に座れて、使用当時は嘸かし作業員が働いていたのだろう、と思わせる広さだ。
訊いたら正式な収容人数は、百二十人だそうだ。後一クラス入れる計算だ。
閑話休題。
採掘は魔法と魔導具が基本だが、最終的には人力となっている。
何故かと言えば、結局人力に勝る物が無いからだ。
魔法で岩盤を壊すと、途中で鉱脈が有っても気付かないし、鉱脈の部分だけ避ける様な術式を組み込むには、複雑な呪文や魔法陣を作らなければならない。
土の部分だけ壊すようにしたらどうか、と言う研究は早々に廃れた。何せ『土』と一括りにした所で、場所により組成が変わるし、目的の鉱脈の成分が含まれていたりする。そんなの避けられる訳が無い。
そんな訳で、人力。ドワーフ族が結構鉱山で働いていたりする。
採掘方法は、先ず区画を決めてブロック状に魔法で切り出す。取り出したブロック状の岩盤を、鑿で少しづつ崩して鉱脈を探していく。切り出した跡は、作業員が目視して鉱脈を探し、有ればその場で採掘作業開始、無ければ再度魔法による切り出しが行われる。
その繰り返しで、一時保管場所的に大きな保管庫が作られたり、採掘用小部屋が作られたり、色々有ったらしい。
そんな理由もあって、坑道は妙に綺麗な壁面が有ったり凸凹していたりするそうだ。
昼食は一時間。
何時もの休憩時間と比べると、一時間短いが、時間は限られているのだ、仕方無い。其れに俺に限って言えば三十分で食べ終わるし。余り関係無い。
昼食として出されたのは、何故か松花堂弁当だった。
誰だ、これ広めたヤツ。俺じゃない。考えはしたけど。括弧笑い括弧閉じ。
黙々と食べて食後のお茶をまったり楽しんでいると、目端に案内役のオッチャン数名が難しい顔して集まっているのが見えたので、気になってそっと忍び寄る。
事務所らしき場所で話していた内容は、どうも良くない話の様で。
未だ採掘中の坑道で、異臭騒ぎが有ったらしい。何人か倒れたと言う事で、若しかすると此方の坑道に異臭が流れ込んでもおかしくない、と魔法使いに頼んで穴を幾つか塞いだそうだ。
「コッチの穴も何処からガスが流れるか判らん。さっさと見学は切り上げて、地上に戻った方が良い」
「そうだ。お貴族様の子供に万が一被害でも出てみろ、俺たちの首が飛ぶ所か、路頭に迷う羽目になるかも知れんぞ」
「然し下手に予定外の事をしたら、其れはそれで問題になるだろう?」
何か未だ意見を交わしていたが、基本情報は手に入ったので、そっとその場を離れて元の場所に戻る。と、ルフトが心配そうに聞いてきた。
「何か有った?」
「う~ん……有ったような無かったような?」
言いふらして良い話じゃ無いよな? 向こうは穏便に済ませたくて、話し合っている訳だし。
だが俺の返事で不安を煽られたらしいルフトに、誤魔化すのもどうかと思うので、一部分だけ切り取って説明する。
「何だか早めに地上に戻したいらしいから、その相談、だったみたい」
「……何か有った?」
うん、誤魔化されないか。だが此方も今はこれ以上言う気は無い。オッチャンたち次第だ。
ルフトを誤魔化していると、オッチャンたちが戻って来た。結論が出たらしい。
「さて生徒様方には、お食事を楽しんで頂けたでしょうか? 休憩時間も残り僅かとなって参りました。此処でお待ち頂いても宜しいですが、暇を持て余しているのでしたら、地上に土産物屋が御座います。そちらでお買い物などされては如何でしょう?」
ニコニコ言うオッチャンに、先程の深刻そうな表情は無い。
然しこの話は予定に無かったんだろう、と言うか予定では昼食後に地上に戻ってそれから買い物だった。予定の前倒しに、先生方が眉を顰めて困惑している。
先生には言った方が良いな。
そう判断した俺は、ヘンドリクセン先生に先刻盗み聞きした内容を耳打ちする。
今度はハッキリと眉を寄せた先生は、暫く考えて頷いた。
「クラウド氏……殿下は大事にしたく無いとのお考えですな?」
「はい」
初めて先生に殿下と呼ばれたが、責任は誰が取るかの確認だ。間違えてはならない判断の責任を、誰が取るかは重要だろう。
本来なら校長か、引率責任者のヘンドリクセン先生だろうが、王子の俺の判断だとすれば多少責任は軽くなる。其れに仮令俺が言ったからと、意見が一致していなければ俺の判断には従わない筈だ。
此処で俺に諾と受け入れるなら、先生自身も其れが最良と思っている事になる。
この場合、オッチャンの言う通り早目に地上に出た方が良いと判断した訳だ。
オッチャンの説明を聞いて、ゆっくり食事をしていた連中があっと言う間に食べ終わった。
オッチャンの説明に拠ると事務所の脇に、昇降機が有るそうだ。三十六人乗りで、最深部から一気に地上まで運んでくれる。
大人で三十六人、なので計算すると半々に分かれて大人六人、子供四十五人の二回で済む。
こうなるとクラスなんか関係無くなるので、先に女の子たちと小用を済ませたい連中、後は先生二人と護衛二人、職員二人が昇降機に乗り込む。
スーッと上に行く昇降機を見送り、残った面子を確認する。
「……何で居るの?」
「ご挨拶ですわね、クラウドさま」
何故かウチのクラスの女の子が全員残っていた。




