表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/68

Lv.31

 スカーンと晴れた地竜曜日(テッルォディマ)、本日とうとう待ちに待った運動会である。

 もうね、面白かったのは、ちょっと澄まして貴族の嗜みがどうこう、運動会なんて下らない、なんて言っていた子供らが、開催日が近付くにつれソワソワしだして、挙げ句には俺達の班に混じって特訓を始めた事だろうか。ツンデレだ、と思った俺は悪くない。うん。


 俺達一年生しか居ないとはいえ、学年合わせて約百人は在籍している。そんな訳で、その父兄及び貴族で有るが故に従者や護衛、侍女なんて者まで観覧しに来ているので、観覧席はかなりごった返していると言うか、すし詰め状態だ。貴婦人方の色とりどりの日傘が更に場を狭くしている気がしなくもない。

 とは言っても其れは『観覧席』に限った事で、席に拘らなければ結構余裕はある。実際俺の応援に来ているマーシャやメイア、サージェントは確り木陰の特等席とも言える場所にシートを広げ、席を確保している。…良く見ると、フォル爺ちゃん(ヤーデ将軍)やリシャールさん、フィルさんにディランさん等、知った顔触れも同席していてちょっと驚いた。関係者以外は入場出来ない筈なんだが、どうやって入ったんだろう? 謎だ。

 父は国王として来賓席に居る。サーペンタイン隊長は今回も父の護衛、と称して――実際そうなんだが――ライの応援に来ている。美形二人が揃った来賓席は、其処彼処から熱い視線が注がれているが、慣れているのか二人ともガン無視である。珍しい事にあの(ヽヽ)表情の変わらないトリスティア先生まで、頬を染めて来賓席をチラチラ見ている。美形って凄い。


 式の流れは俺の前世の記憶と大差無い。

 開会の挨拶、来賓の祝辞、選手宣誓。無いのは校歌斉唱位か。あ、あと準備体操も無い。

 選手宣誓はザックが行った。俺は校長先生から打診されたが、謹んで辞退した。平民と目されている俺より、高位貴族と認識されているザックの方が反発は少ないだろう、と言う理由だ。先生は平民でもこうして代表になれる、としたかったようだが……今は未だ早い、周りの認識を変えてからだ、と言って納得して貰った。

 式の進行は先生方が行っている。そりゃそうだ、幾ら子供の自主性に任せようとしたって、俺達……俺以外は六歳児だ。真面(まとも)な式進行など出来る訳が無い。これが高学年、いや、せめて中学年にでもなれば変わるだろうが、所詮は一年生。素直に大人に任せておくのに限る。


 個人的にひっそりと準備体操をしていると、場内にアナウンスが流れ短距離走、長距離走に出場する選手の集合が伝えられた。

「よし、じゃあ行ってくる!」

「頑張ってねー!」

 一緒に走るルフトと共に笑顔で送られ集合場所に行くと、既に何人か集まっていて、各々グループ分けされて走る順番が決まっていった。俺は長距離なので順番とかは無いが、走るのに良いポイントは選ぶべきだろうか。


 因みに、式進行で使われているのは、当然の事ながら魔導具である。音声を取り込み、拡声させるマイクとスピーカーの役目を果たす物だが、それに加えて指定範囲にしか音声が届かない様になっている。今指定されているのは、この学校の敷地内のみ。

 コレが元の世界に有ったら、騒音問題なんか起こらないだろうなー、と真剣に思った。何せ前世の俺の家、道場での子供の声が煩いだの練習中の竹刀を打ち合う音や掛け声まで、抗議が来てた。

 古くから近所付き合いしていたお宅からはそんな話は一切無く、引っ越して来た奴等からばかりだったので、俺の親はにっこりと、あらあら初めから判っていて、それでも構わない、気にしないと言って越して来られたのに? 今更そんな事? と追い返していた。勿論騒音対策は別途行って、文句の来ないようにしてやったけどな!

 面白かったのは、警察沙汰にしてやると息巻いていた連中に、ウチの門下生が「警察官なら此処にいる」と言って出たら、逃げ帰った事かな? ウチの道場、門下生に警察官が多かった。そして爺さんや親父殿は警察署に赴いて、稽古をつけていたりしたのだ。何か権力を笠に着た様だが、腹が立っていたので気にしない事にしていた。


 話が逸れたが、魔導具のお陰で式進行に無駄がない。もうマイクとスピーカーと呼ぶが、マイクに向かっての現在進行中の短距離走の実況――担当は学校の職員、事務員だった。他にも看護担当やら会場案内、生徒の誘導に事務員たちの他警備担当まで駆り出されている――は、臨場感に溢れている。これでモニターでも有れば完璧じゃ無かろうか。

 実の所カメラっぽいのは既に有る。ただ魔石の消費が半端無いので一般的にならないだけで、モニター擬きも同様。

 そもそも有るものが何故広がらないかと言えば、魔法で同じ様な事が出来るからだ。但し魔力の消費量が……以下略。


 ちょっとだけ付け足せば、魔法で所謂動画や写真を作ったとすると、使用者の思い入れとか記憶とかがかなり加味されるので、実際と違う事も有ったりする。感情抜きでありのままの状況を写す魔法は、今のところ魔導具に頼るしかない。そして其れは高価だ。と言う訳で広まらない。


 そう言えば運動会に付き物の、競技の進行に不可欠とも言えるスターターピストルだが、剣と魔法のこの世界にも銃は有るので勿論使用されている。

 魔力を使った魔導銃と呼ばれるモノは、込める魔力の属性によって効果は変わる。銃そのものに魔石を組み込んで使うが、銃弾となるのは魔力そのものだったり、金属や石の弾だったり様々だ。組み込む魔石も一種だけの物も有れば、複数組み込む物も有り多様である。

 火薬式とかガス式とか短銃拳銃小銃は関係無い。十把一絡げで魔導銃と呼ばれる。…にしても、魔法を使うから魔導銃と言うのは判るが、何でコレしか銃は無いのに、わざわざ『魔導』と付けたのか。普通に『銃』だけで良いじゃないか、と思う。…作為を感じる。

 それでまぁスターターピストルだが。

 コレは単一魔石タイプ。引金を引くと雷管代わりの魔石を撃鉄が叩き、空砲を鳴らす仕組みだ。

 毎度叩いたら魔石が壊れるんじゃ無いかと心配したが、どうも叩くと言うより触れる程度のものらしく、それで良くあんな音が出せるな、と感心したが、ソコが魔石の見せ所らしい。


 それにしても思うのは、この運動会、絶対起源は俺みたいな転生者か、或いは異邦人や迷い人、落ち人と呼ばれる異世界人……ハッキリ言おう、日本人だと思う。

 何故そんな事を思うのかと言えば、プログラムの内容からして――俺が採用したい競技は、説明無しでも内容を理解された。と言うか既に中級学校等では一般的だった――そうだし、大体欧米では、運動会、又は体育祭なんて物は無かった筈だ。あ、この言い方だと語弊がある。起源そのものは欧米だが、細分化されて単競技の大会だった筈。複数の競技を行うのは日本と、影響を受けた近隣諸国位だったと記憶している。

 そして更に言うなら、今も流れているBGM。運動会の定番曲、クシコスポスト・天国と地獄・剣の舞・道化師のギャロップ等々……これでもかと言う位な定番曲、に良く似たメロディーが流れている。どう考えても、偶然良く似た曲なんぞではなく、意識して其れと作られている。

 此処まで似た曲が、然も定番中の定番と思われる曲ばかりが運動会で使われるとなると、明確な意図しか感じられない。俺同様、運動会と言ったらこの曲だろう!! と言う……まぁ異世界に来てまで著作権なんて発生しないだろうしな……しない、よな?

 あ、因みにこのBGMを流しているのは、サシャの親戚の商会が寄贈した、例の蓄音機擬きの魔導具である。サシャに渡したものに改良を加えたもので、売買契約を結ばなかったのは、単純に未だ改良中だった為だと聞いている。

 何と言うか、過去に現代知識を持った推定日本人が色々やらかしているらしき事を思うと、ちょっとだけ身につまされる。まぁ上下水道とか衛生面とか、快適にしてくれた事には礼を言いたいが。……マジに二階の窓から屎尿を捨てる様な環境じゃ無くて、良かったと思っている。


 ふと見ると短距離走に出場するライが、緊張した面持ちでスタートライン近くに居た。多分次なんだろう。胸に手を当てて深呼吸しているので、思わず声を掛ける。

「ライ! 大丈夫だ、何時も通り走れ!」

「! うん! クラウドも頑張って!」

「おう!」

 ニカッと笑うと、ライも笑って緊張が解れた様だ。順番が来て、位置について……走り出す。

 少し引っ込み思案と言うか控え目なライは、スタートに失敗してしまった。遅れたスタートだったが、その後は速かった。長いストライドでグングン距離を縮め、引き離してゴールに辿り着く。

 一着でゴールしたライは、嬉しそうに俺を振り返り、手を振ったので、俺も振り返す。

 嬉しそうなライに、此方も嬉しくなる。――――次は俺の番だ。



 屈伸運動と数回のジャンプで体を解し、他の生徒達と並んでスタートラインに立つ。三〇人ほどが一斉に走るからか、ライン際はかなり混雑しているので、後ろの方に回る事にした。ルフトは一応前列の方に。不安そうな顔だったが、ライと同じく笑って指を立てて大丈夫だと合図すれば頷いた。

 最後尾に回ったところで、負ける気はしない。寧ろ前列で一番に飛び出して一着だった場合に、下手な抗議を受けたくは無い。例えばスタートダッシュが早かったとか不正が有ったとか云々。

 一番問題になるのが強化魔法を使用した、と言われる事だが其れは先ず無い。体力にしろ能力にしろ、不正を無くす為に強化魔法の一切を禁じているからだ。俺の場合、強化ではなく負荷なので対象外となる。

 心配なのは、ライの護符だ。ピアスは護符と思われなかった為に取り上げられなかったが、ブローチ型の護符は取り上げられてしまった。一応強化目的では無いと伝えたが、ライの母、つまり俺の叔母の作った魔法陣が余程緻密で効果が判らなかったからか、運動会終了まで校長預かりになってしまった。

 護符に対して後ろ暗い事は全く無いので、罰則が与えられるとか苦言を呈されるなんて事は考えていない。俺が心配しているのは、ピアスのみの護符で、ライの美貌が隠しきれるのか、と言う事だ。


 すっかり忘れていたが、ライの素顔は超絶美少年だった。普段は護符で封じて平々凡々な見掛けだが、護符を外すとアラ吃驚。天使の輪が虹色に光るサラサラ銀髪に、金の星が踊る瑠璃色の瞳。美男美女の両親の良いトコ取りの整った顔。性格は穏やかで控え目(ちょっと引き過ぎの気もする)で努力家で、勉強も運動も卒無く熟し超優秀。

 どんなチートか、と羨むを通り越して呆れる程だ。寧ろもっと誇れ、と言う位、ライは自分に自信が無い。其れも此れも全て叔母が施した幻術のせい。彼は自分の素顔を見た事が無い。その為か叔母の誤導(ミスリード)か、自分が不細工だと思っているが、逆だから。どっちかと言えば傾国レベル。

 まぁ自信が無いからこそ、色々努力して優秀さに磨きを掛けているのだが。

 そんな彼の護符の効果が薄れて素顔が曝されたら、どんな騒ぎになる事か。それが正直怖い。

 以前はブローチを重点に護符が組まれていたが、俺が魔法陣が気になってブローチを外させて、素顔がバレて以来、そうそう外されにくいピアスに護符が組み込まれるようになった。時間が経過するにつれ効果が薄れて行くので、そうならない為にブローチは補助として着けていたのだ。

 乳幼児期はピアスのみだったが、段々と効果が薄れ、ブローチが追加されたらしいが……その内指輪(リング)腕輪(ブレスレット)首飾り(ネックレス)と追加されて行きそうで怖い。

 運動会が終わるまで、ピアスには是非とも頑張って貰いたい。


 パァン、と空砲が響き、一斉に駆け出す。たかだか千メートル、俺にはあっという間だが、負荷を掛けているので何時もより体が重い。

 チラリと前を見ると、ルフトと争う様にザックチームの助っ人、ギデオンが居る。

 騎士の家系らしく、誠実そうで運動が得意な彼に千メートルを走らせたのは、順当だろう。スタートと同時に全力で走り始めた数人は、既にバテ始めているが、彼は確りと自分のペースで走って居る。実家で鍛えられているのかな?

 俺も負けてはいられないので、少しずつ速度を上げて前へと進む。

 負けられないと言うなら、負荷なんかかけなければ良い。だけど其れでは俺が丸で不正をしたかの様に、あっさりと勝つだろう。俺にとって、実力差が判りきっていてハンデを付けない方が卑怯なのだ。上から目線、と言われようがそれが事実だ。

 ハンデを付ける事をザックがどう思うかは判らないが、此れは俺なりの誠意。莫迦にされた、と思うのならば……其れはそれで仕方無い。

 負荷が掛かって何時もより重い体だが、走るのに慣れているので足は動く。塊となった先頭集団に近付くが、見事に抜く隙間が無い。無理にすり抜けても怪我の元、と言う訳で彼等の外側に回り、抜こうとした所で――――わざとか偶然か。俺の直ぐ後ろを走っていた奴が、転んだ拍子に俺を巻き込んだ。


「ちっ」と舌打ちが聞こえたと同時にいきなり背中に衝撃が来て、俺が前のめりになると応援席から悲鳴が上がった。縺れ合って頭から倒れる所を、咄嗟に手を前に出して回避する。だが無様にも勢いそのまま転がってしまい、一回転した所で何とか立ち上がれた。その間に一人、二人と追い抜かされた。最初に追い抜いた奴が、チラリと俺を見て薄く笑っていた。

『何と言う事でしょう! クラウド選手、転んだマリウス選手に巻き込まれて、倒れます! が、直ぐに持ち直し華麗に一回転!! 体勢を整え……?』

 スピーカーから実況が流れるが、歓声と悲鳴に紛れて良く聞き取れない。が、どうせ大した事は言ってないんだ。其れよりも。


 振り返ると地面に膝をついて呆然としている少年――マリウスと言ったか?――が、俺を見上げていたので即座に近寄り、グイと手を引いて立ち上がらせる。

「え?」

 戸惑う彼の手を引き、前に走り出す。

「諦めるな! 最後まで頑張って走るぞ!」

 ニィと笑ってそう言うと、マリウスは泣きそうになりながらも頷いて駆け出した。小さな声でゴメンと呟くのが聞こえたが、そんな事はどうでも良い。未だコースは半分以上残ってゴールは遠いんだ、挽回のチャンスは有る。


『クラウド選手、マリウス選手を助け起こし、再び走り始めました! 最後尾から先頭集団まで巻き返しは出来るのでしょうか?!』

 あと少しで追い付く所だった先頭集団に引き離されたが、追い付けない距離じゃない。

 走るぞ! と言う意味を込めて振り返ると、マリウスはバテているのか苦しそうな顔で俺に言った。

「ボクのことは気にしないでっ、ハアッハアッ、さきに行って!」

 息も絶え絶えな彼に、俺と同じペースで走れとは流石に言えないので、判った、と頷いて少し早目だがスパートをかける。


 グン、と地面を蹴ると風景が流れた。歓声が聞こえる中、前へ前へと走り、先頭集団から零れた数人を抜くと、悔しそうに此方を睨むのが何人か。悔しいなら追い掛けろ! そんな俺の気持ちを察したのか、歯を食い縛って俺を追い掛けてきた。

 再び先頭集団に追い付くと、集団を引っ張っていたのはルフトとギデオンだった。大回りで俺が追い付き、隣に並ぶとルフトがあからさまにホッとした顔になった。見ては居なかったが、実況で俺の状態が判ったんだろう。心配をかけてゴメン、と言う意味合いで笑うと、ルフトも笑い返した。

 そのままルフトとギデオンを抜いてトップに立つと、そろそろラスト。直線の先にゴールが見えた。

 更に加速すると、負けまいと追い縋るルフトとギデオン。だが徐々に差が開いていき、真っ先にゴールに駆け込んだ俺に遅れる事数秒、ルフト、ギデオンの順にゴールした。


『一着はクラウド選手! 途中で転んでしまうと言う災難(アクシデント)に見舞われましたが見事一位を獲得です! 二位はルフト選手、三位はギデオン選手、四位……』


 実況が次々ゴールしていく生徒の名前を発表し続ける。その間、俺は軽く息を整え、一位の印である金のリボンを貰う。二位は銀、三位は青だ。以下六位まで色付きリボンが渡される。赤、緑、茶色。それ以外は白いリボン。

 このリボンの数と色で得点が決められる、と言う訳だ。

 判り易いので、ザックとの得点の集計はコレで良いや、と思っている。ザックも同意見。

 走り終わって応援席に戻る途中で、ルフトとハイタッチ。だが笑う俺に対して、ルフトは真面目な顔で訊いてきた。

「クラウド、大丈夫? 突き飛ばされた、って聞いたけど?」

「あー、それは……」

 どうしよう、言うべきか。

 迷う俺に、漸くゴールしたマリウスが近付いて来た。肩で息をして辛そうだが、俺を真っ直ぐ見つめ、驚く事に頭を下げた。

「ごめん、クラウドくん。ぼくがぶつかったせいで、きみまで転んでしまって……」

「謝らなくて良い、マリウスも被害者だ。どちらかと言えば、俺がマリウスに謝るべきだよな。ごめん、巻き込んで」

 俺の言葉にキョトンとするルフト。直ぐ近くに居たギデオンも聞き耳を立てていたのか、此方を不審そうに見る。

 マリウスは、と言えば俺が気が付いていた事にホッとした表情を見せた。


 俺が転んだのは、マリウスがぶつかったせいだが、そもそもマリウスが転んだのは――――恐らく、誰かに突き飛ばされた、か足を引っ掛けられたか。そのせいだ。

 犯人は多分転んだ直後に抜いて行った奴だ。あの笑い顔、思い出しても腹が立つ。

 動機はハッキリ言えないが、平民の俺に負けるのが我慢ならない、と言う所だろうか? 俺に抜かされ、近くに居たマリウスを転ばせて、俺を巻き込んだ。

 念の為マリウスに転んだ時の状況を確認したが、本人も余り確信は無いらしく曖昧な答え。良く覚えていないけれど、誰かがぶつかった様な気もする、と言うだけでは突き飛ばされたとは言えないし、況して実況されていた状態で特に誰も疑問を持たずにマリウスが転んで、俺が巻き込まれた、となっている。つまり誰が見てもわざとかどうかなんて事は判らなかった、と言う事だ。

 証拠も無いのに訴えた所で言い逃れされるのは目に見える。寧ろそれが原因で実家がしゃしゃり出てきても困る。

「そんな、泣き寝入りするのか?」

「泣き寝入りじゃない、様子見だ」

 ルフトは当然抗議するものと思っている様だが、今は得策では無い。

 俺だって怒っているのだ。関係無いマリウスを巻き込んで、俺に恥をかかせ様など、どうかしている。だが証拠が無い以上、言ってどうにかなる話でも無い。

 俺が気に入らないのなら、俺に仕掛ければ良いのに……そう思って該当者を探すと、隣のクラスに居た。

 最近同じクラスの子供達からは、これと言って嫌味も意地悪も無かったが、これは多分俺に嫌がらせをして居た筆頭のシールとラークが大人しくなったからだ。だがクラスが違えば俺への意識は変わらないんだろう。平民は大人しくしていろ、と言うのが態度で判る。

「…彼は最近ザハリアーシュ殿に近付いている者だ」

「えっ、それで妨害を?」

 眉を顰めて言うギデオンに、ルフトが訊き返すが其れは早計だろう。

「いや、多分俺が気に入らないだけだ。ザックに擦寄るのは、また別の話」

 俺との勝負の事を知らずに、近付く手土産に、ってのも考えられなくは無いが、流石にこの歳(六歳)でそんな事は考えないだろう。思い付き、衝動的にやった、と見る方が恐らく正解。

 俺がそう言うと、二人とも真面目くさって頷いた。

「然し良いのかギデオン。ザック班なのに俺と一緒に居て」

「? 別にケンカをしている訳でもないし、単にどちらが優れているか、の手伝いだ。問題はないと思う」

「なら良い。一応言っとくけど、俺はザックもあの二人も嫌いじゃないから。それだけは誤解しないでくれるか?」

「自分もザハリアーシュ殿の班だが、貴君が嫌いな訳ではない。それは承知してほしい」

「判ってる、有り難う」

 にこりと微笑むと、ギデオンは少し赤くなって、それでは、とザックたちの所に行った。


 応援席に戻ると、真っ先に怪我を心配されたが、受け身をとって起き上がったので、怪我は無い。服が汚れた程度だ。

 だが俺とマリウスが転んだ原因を知ったライたちが、一斉に怒って抗議しに行こうとしたので慌てて止めた。

「何で止めるんだクラウド! 放っておいたらどんどん増長(エスカレート)するぞ!」

 言いたい事は判るが、証拠も無いのに言った所で無駄な話だ。

「それより競技で勝てば良い。文句の付けようも無いくらい、完膚無きまでに潰せば良い」

 俺の言葉に、何故か全員蒼い顔をした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ