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Lv.30 レティシア・エマィユ=シーモア

「ただいま戻りました」

 寮の部屋に戻ると、同室のフェリシティーさまがむかえてくれます。

「おかえりなさい、早かったのね」

「ええ、家にいては勉強できませんもの」

 わたくしがそう言うと、心当たりがあるのかフェリシティーさまは苦笑なさいました。

 そうしてフェリシティーさま付きの侍女が二人分のお茶を用意し、二人きりのお茶会が始まります。


 家で勉強できないと言うのは、弟が産まれたためです。古くから続く名家であっても、高位貴族ではないわが家、嫡男の兄と家の結び付きを強くするために他家へ嫁ぐ娘のわたくし、二人いれば充分なのですが、もう一人、となったのは、先年お産まれになった第二王子殿下に関係があります。

 王妃さま第二子ご懐妊の発表がされてから、社交界では次々と同様の報告があげられたそうです。これはすべて次にお産まれになるお子の、伴侶もしくは側近に、というオトナの事情がありますの。さすがにわが家は男爵家、名家とはいえ身分が釣り合いませんので、婚約者に、などと思いはしませんが、男児であれば側近か騎士となって護衛になれれば、という思惑があったようです。それに兄に万が一の事があった時の保険にもなりますしね。もちろん第一王子殿下の婚約者に、と娘を望む貴族もたくさんいらっしゃいます。

 噂に聞く第一王子殿下はとにかく優秀の一言で、聡明で思慮深く、剣にも優れ魔法も極められ、その上お優しく素晴らしい方だと誰もがおっしゃるそうです。

 正直わたくしとしてはそんな夢のような方がいらっしゃるわけがない、と思っておりました。昨年までは。

 それを覆したのが、今年初等学校に入学して知り合った、クラウドさま、という存在です。

 クラウドさまは口調こそ平民よりですが、人当たりもよく成績も良く、かなり、というより大変に優秀な方です。貴族ではないとおっしゃっていましたが、それを差し引いても未来のだんな様候補と考えるのはおかしな事ではありません。下位貴族であれば充分対象ですし、婿として迎えるなら子爵家くらいならば問題はないでしょう。養子と言う手もありますし。

 わたくしはレイフさまという婚約者がおりますので、そんなことは考えませんが、他の方、たとえばフェリシティーさまやチャリティーさま、婚約者の決まっていないご令嬢方は、クラウドさまを婿がねとして見きわめようと情報を集めている真っ最中です。

 何人かは身分が低い平民なんて、とバカにしているようですが、わたくしに言わせればそれこそ愚者の極みです。

 身分だけで頭の空っぽなご子息など、没落を招いているようなものでは無いですか。たとえ優秀な側近や家臣がいたとして、当主の決定を無視するなどありえません。諫言や箴言をして当主の意向を変えさせ、道理を通すのが優秀な家臣というものですから。それをしてなお愚かな決定を下すようなら、その家は没落の一途をたどるのみでしょう。

 フェリシティーさまはその辺りをキチンと理解し、クラウドさまを見きわめようとなさっています。そしてその情報源はわたくし。

 こうしてお茶を飲みながら世間話をしている体を装い、情報収集の真っ最中です。


「そう……ダンスがお上手なんて意外だわ」

「でも普段のご様子も良く見れば洗練されていますわよ? あの口調がそう感じさせないだけではないかしら?」

「そうですわね、騎士の家系とザハリアーシュさまが見立てていましたけれど、そのせいかもしれませんわ」

 フェリシティーさまはザハリアーシュさまと同じ班で活動していますので、良くお話しされているようです。

「ザハリアーシュさまは……クラウドさまをどう思っていらっしゃるのかしら?」

 ポツリと呟くと、さあ? とご返事。

「好敵手として見てはいらっしゃいますけれど、嫌ってはいないようですわ。シールさまもラークさまもあの(ヽヽ)一件以来、一目おいていらっしゃるようですし、ね?」

 あの一件、と言うのはクラウドさまが落とし穴に嵌まられた時の事です。


 ただの平民が自分たちよりも優秀だと立腹され、クラウドさまと何かにつけて対立していらっしゃったシールさまとラークさま。ザハリアーシュさまは我関せず、とよほどの事が無い限り諌めもせず三人のやり取りを見守っていらっしゃいました。

 多分ですけれど、クラウドさまがお困りになられたら助けるつもりはあったように思われます。

 ですがそんな思惑もクラウドさまには必要ありませんでした。

 乱暴されそうになればサッとかわし、持ち物を隠されてもすぐに見つけて騒ぎにもならず。悔しがるシールさまとラークさまをしり目に、飄々とにこやかにしていたクラウドさま。そんな態度に、彼は貴族と対立する気は無いのだな、とみんなが思いだしたころ……事件は起こりました。


 シールさまとラークさまが作った落とし穴に、クラウドさまが落ちたのです。

 たまたま食堂にいたわたくしも、この時一部始終を見ていたのですが、落ちて呆然としていたクラウドさまを囃し立ててバカにする男の子たちには心底呆れてしまいました。

 そしてクラウドさまは、と言えば。

 呆然としていたのは一瞬でした。

「こ、んの、バカたれどもがーー!!」

 叫ぶと同時に主犯二人に詰め寄ったクラウドさまは、淡々と落とし穴を掘って人を落とすと言う事が、どれだけ危険かと言うことをわかりやすく語られました。特にわたくしたち女の子が誤って落ちる可能性を指摘したときのシールさまたちの真っ青なお顔。それと比べてキリリとしたクラウドさまの騎士のようなお姿に、それまで中立、または無視を決め込んでいた令嬢たちが、あっという間にクラウドさまの味方となりました。

 しかもその後、この話を聞いた他のクラスの方々もクラウドさまに興味を持たれ、何人かは恋心を抱いたご様子でした。ですが身分違い、と言うことですし、まだわたくしたちは子供です。気持ちが変わることもありますし、ここは恋とか言うよりも友情をとり、仲良くなることを目的としましょうとなりました。

 そしてコッソリとファンクラブが作られ、クラウドさまの動向を見守り情報を集め。わたくしは仲良くなったことで、情報の提供を求められています。


 実を言うとファンクラブを作ったのはレイフさまです。何でも寮の部屋を変更する事になった時、色々お世話になった上、クラウドさまの持ってくるお菓子が美味だとかで……。わたくしも今回班をご一緒になって、行動を共にすることが多くなって知りましたが、確かに時折差し入れられるお菓子は美味しゅうございました。その大半がクラウドさまの手作り、というのには驚きましたけれども。

 今フェリシティーさまといただいている焼菓子も、クラウドさまの手作りです。

「この位なら簡単だぞ?」

 そうおっしゃられて、卵や小麦粉、砂糖にバターなど必要な材料をそろえてあっという間に完成させ、まるで魔法を見ているようでした。…そういえばつい先日いただいたミートパイとタルトもおいしくて……。

 わたくしがうっとりとケーキのお味を思い出していると、フェリシティーさまが焼菓子を食べ終えられていました。

「ハァ、それにしても先日いただいたビスケットもそうですけれど、今日いただいたものも美味しいですわね……。これもクラウドさまが?」

「ええ。実はあんまりにも美味しいので、レシピをいただきましたの。なので次に帰宅するときは、いつでも食べられますわ!」

 家で両親や兄に食べさせたときのお顔を思い出すと、今も笑えます。何の飾りもない素朴な焼菓子があんなに美味しいなんて、ビックリです。

 ふふふ、と笑うわたくしに、フェリシティーさまは羨ましそうで……でもレシピをねだるのは、はしたないと思っていらっしゃるのか何も言ってきません。ですからここはわたくしから申し出るべきでしょう。

 すっと差し出した紙片に、フェリシティーさまは目を丸くなさいました。

「この焼菓子のレシピですわ。どうぞフェリシティーさまもお試しになられて?」

「……良いのかしら?」

「秘密でも何でもないそうですわよ?」

 クスクス笑いながら言うと、フェリシティーさまも笑って受け取られました。

「そういえばご存じかしら? 最近西の帝国(ヘスペリア)から新しいお菓子のレシピがもたらされたそうですわよ」

 フェリシティーさまが思いだしたようにおっしゃった事は、わたくしも聞いたことがあります。

 何でも今年の初謁見園遊会、参加者のほとんど、今年五歳になられて初めて公の場に姿を現すはずだった第一王子殿下までが流行性感冒にかかり、延期されたのです。そして日をあらためて行われた園遊会で振る舞われたお菓子が、最新の流行となっているそうです。何でもクリームやフルーツをふんだんに使った、とても美味しいケーキだそうで……わたくしも食べてみたいです。


 それから二人であれこれとおしゃべりしましたが、話題はどうしても偏ります。近く開催される運動会のこと、その練習について。

 わたくしたち女の子は出場する競技が限られています。体育の授業では男の子たちに混じることは無いですが、一緒に授業を受けて走ったり跳んだりしています。ですが父兄や来賓が迎えられる運動会では、男女同じは難しいらしく……クラウドさまが言うには、オトナの事情、だそうです。

 わたくしたちも思いきり走り、優劣を競ってみたいと思わなくも無いですが、それは淑女としてはしたない事ですし、ダンスで頑張るしかないです。

 ダンスと言えば。

「フェリシティーさま、わたくし用事を思い出しましたわ。失礼してよろしいかしら?」

「あら、構いませんけれど……うかがってもよろしくて?」

「寮に戻ったら、クラウドさまを訪ねるように言われていましたの」

 地竜曜日、週一回の帰宅の際にクラウドさまはわたくしを呼び止め、寮に戻ったら渡したいものが有るから寄ってほしい、とおっしゃられました。今は無理ですかと尋ねたら、手元に無いとかで。ダンスの時に使って欲しいとか何とか。良くわかりませんが、一応確認しませんと。

 ちょうどレイフさまとサシャさまのお部屋のお隣ですし、レイフさまのお届け物のついでに寄れば問題はないでしょう。

 わたくしがそう言うと、フェリシティーさまは少しお考えになられてから、「ご一緒させてもらってよろしいかしら?」とおっしゃいました。

 もちろん一人でとは言われていませんし、否やは無いのですが何か理由があるのでしょうか? 首をかしげるわたくしに、フェリシティーさまは事も無げに「レシピのお礼をしたいだけよ」とおっしゃいました。

 それなら納得です。

 …あとはやはり直接お話しをして、クラウドさまの人となりを確かめたい、と言うところでしょうか?


 二人で会話を楽しみながら、まずはレイフさまのお部屋へ。

 幼馴染みでもあるわたくしたちは行き帰り同じ馬車で移動することが良く有りますが、今回はわたくしの方が先に寮に戻りました。なので両親からレイフさまへ渡すように申し付けられているもの、それとサシャさまにも。

 婚約者のレイフさまには贈り物ですが、サシャさまには彼の母君のご実家、商会で取り扱われている商品の注文や試作品の使い心地の感想などを伝えます。

 フェリシティーさまも交えて四人でお話ししていると、どうやらクラウドさまも戻られたようで、扉の方からどなたかと挨拶を交わす声が聞こえます。

「クラウドさまが戻られたようですわね」

「ボクも行くよー」

「では皆さまで参りましょう?」

 ゾロゾロと四人でクラウドさまの部屋を訪ねると、扉を開けた瞬間ビックリした顔になりましたが、直ぐに笑顔で出迎えてくださいました。

 …何だかクラウドさまがキラキラして見えます。髪が何時もよりもサラサラしているせいでしょうか? 見るとフェリシティーさまがほんのり頬を染めていらっしゃいます。

「レティ嬢、わざわざ来てもらって済まない。直ぐ持ってくるから、待っていて……」

 クラウドさまはそこまで言って、フェリシティーさまを不思議そうに見つめました。そうだわ、紹介して差し上げなければ!

「クラウドさま、こちらはわたくしと同室のフェリシティーさまですわ。クラスも同じですからお顔はご存じかと思いますけれど……」

「ああ、うん。話すのはこれが初めて、なのかな? 宜しく、フェリシティー嬢」

 にこりと笑って挨拶をするクラウドさまに、フェリシティーさまも優雅に膝を折って挨拶を返します。

「ご機嫌よう、クラウドさま。わたくしの事はフェリスとお呼びくださいませ」

「…フェリス嬢は確かザックの班だったと思うけど、俺に何か伝言でも?」 

「いいえ。先ほどレティさまから、クラウドさまのお宅で使われている焼菓子のレシピをいただきましたので、お礼に、と思ったので参りました」

「気にしなくても良いのに。でもわざわざ有り難う」

 爽やかに笑うクラウドさまに、フェリシティーさまの目が釘付けです。これはもしかして……?

 わたくしがよこしまな事を考えていると、クラウドさまはちょっと待って、とわたくしたちを部屋に招き入れ、何やらごそごそと取り出して持って来られました。

 部屋にはすでにラインハルトさまとルフトさまがおられました。先ほどのご挨拶は彼らにだったのですね。会釈して座ります。

「これを渡そうと思って。先週家に帰った時、洗濯を頼んでいたんだ」

 そう言って渡されたものは、繊細なレースのリボンでした。細いものから幅広のものまで、何種類もあり、その繊細さに目を奪われます。

 でもこんなに繊細なレースは、かなり高級です。何故わたくしに? と思っていると、驚きの発言が。

「暇潰しに俺が編んだものだから、高級って訳じゃ無い。気にしないで良いから、今度の運動会のダンスの時に飾りにでも使ってくれるか? フェリス嬢も何だったらどうぞ?」

「え、わたくしまで良いのですか?」

「? ああ。ザックとの事は知っているだろう? 対等に勝負するなら、ドレスの装飾で優劣付けられても困るしな」

 驚きです。この繊細なレースのリボンを、クラウドさまが……。侍女に言えばすぐに着る予定のドレスの装飾に加えてくれるでしょう。髪飾りにも出来るはず。

 頭の中でこのレースを使った髪型や装飾を色々と考えていると、サシャさまがレースをじっくりご覧になって一言。

「クラウド……これ、売る気ない?」

 驚きの発言に目を丸くしたクラウドさまでしたが、手を振ってお断りになりました。

「素人の暇潰しなんて売れる訳無いだろ? そりゃあ俺だって結構上手に編めたとは思うけど、売るとなったら話は別だ」

「いや、これはかなり上質だよ! 高級レースとして売れる!」

 食い下がるサシャさまでしたが……。

「そう言って貰えると嬉しいけど無理。暇潰しに編んだって言ったろ? 売るほど無いよ」

 アッサリそう仰っるクラウドさまでしたが、ガックリとうなだれるサシャさまを可哀想に思われたのか、仕方無さそうに提案します。

「現物じゃ無くて、編型(パターン)はどうだ? 貴婦人の嗜みは刺繍か編物なんだろ? 需要は有ると思うぞ?」

「編型ってナニ?」

「えっ?」

「えっ?」

 聞き慣れない単語に質問するサシャさまと、意外そうなクラウドさま。ぱちくりと目を瞬かせてお互いを見やり……わたくしたちを見ますので、首をかしげました。

 編型ってなんですか? 初耳です。


 クラウドさまの説明によれば、編型は編物をするときに使うもので、刺繍の図案のようなものだそうです。一目編むごとの記号を図案にすることで、誰でも同じ模様を編めるとか。びっくりです。

 淑女の嗜みで教わる編物は、母から子へと引き継がれるもので、直接編み方を教わるので編型と言うものは有りません。職人もその工房独自の編み方は師匠から教わります。ですので、工房ごとの特色があるのですが……。

 編型はそれに使われている記号を覚えれば、どんな編み方も出来るそうです。それはスゴい! とクラウドさまが見せてくれた編型は……何がなんだかわからない、複雑なものでした。


 成績優秀で運動神経抜群で、優しくて……お菓子作りが上手で編物もお上手で、他にも気が付かないだけで色々とお出来になるかもしれませんが。

 クラウドさまって不思議な方だなぁ、という印象が強くなった日でした。



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