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Lv.26

 初等学校に入学して何ヵ月か過ぎ、初夏が来た。

 転生して良かった、と思うものの一つがこの国の気候に関してだ。

 島国であるエーデルシュタインは海流や気流の影響か、四季がある。元日本人としては四季の有る生活は馴染みがあり、必須とも言えるべきものだと思う。四季を感じられる生活は、潤いがある。風情がある。……爺臭いなんて言うな、判ってる。


 で、だ。


 基本的にどの国にも四季があるが、魔法も有るこの世界、そのお陰か環境問題とは無縁である。

 因みに二季や一季の国も有るが、正確には違う。砂巌国(サンディナ)は雨季と乾季の他はほぼ年間通して夏だが、短いながらも春秋冬が有るし、雪白国(アルビオン)も冬は長いが春夏秋が有る。

 明確な差は無くとも四季は存在し、俺達この世界に生きる人間はその恩恵を受けている。

 恩恵即ち精霊の加護。

 四季を司る精霊の采配如何で、過ごし易い季節や厳しい季節が有ったりする。大気に魔力を纒らせ循環させるのは精霊の役目。人間はその魔力を利用し、魔法を行使する。

 魔法使い達が魔法を使うのは当たり前として、一般人、魔法を使えない者達はどうなのかと言えば、多かれ少なかれ誰もが魔力を持っているので、小さな生活魔法を知らず使っている。魔石を用いた魔導具は、スイッチに触れた瞬間にその人が持つ魔力に反応し作動する。仕組みは電化製品と変わらない。電気の代わりに魔力を使うだけだ。

 そんな訳で電力が必要と思われる品々は、魔力がそれに取って変わられている為、発電施設等を必要としていない。環境を破壊する、巨大な施設も公害を撒き散らす原因も無い。

 ひたすらクリーンな空気。

 殆どの都市で完備されている上下水道も、都市に隣接した処理施設により、上水は蛇口を捻れば直ぐに飲める綺麗な水だし、各家庭から排水される下水も、一旦各家庭の排水管や浄化槽を通る際に濾過され、更に処理施設にて完全に浄化される。

 空気や水を綺麗にする、と言う行為は風や水の精霊たちに歓迎されるものだった様で、処理施設は魔導師達と精霊たちの管轄で徹底的に管理されている、らしい。

 因みに農村部や小規模集落は、個々の家庭に浄水器や汚水処理用の魔導具が設置されている様で、井戸や川、天水桶から水を汲み出す事を必要とするものの、濾過して飲用水にする事は簡単だし、排水された汚水は、浄化槽で綺麗にされた後、田畑や果樹園などの水源に利用されている。

 初めて知った時、俺の生きていた時代よりも未来か、少なくとも環境問題が深刻化し取り沙汰されるようになった世代が、この世界での過去にトリップしたんだろうなー、と思った。

 だって浄水施設を視察しに行った事が有るが、テレビで紹介されていた様な仕組みがあちこちで使われて、それを更に精霊が強化し魔導具に力を与えていたりしたのを目の当たりにしたら、そう思わざるを得ない。水道局とか発電所の、現役バリバリ現場の職員が頑張ったんだろう。

 そんな事が実際に有ったかどうかは兎も角として、環境に配慮しつつ生活が豊かになる取り組みのお陰で、日常生活は快適である。

 再度言わせて貰うが、環境に配慮したお陰でこの世界、公害問題がほぼ無い。せいぜい野焼きをした時の煙が(けむた)いだの、火が燃え移って火事になっただの、嵐で木が倒れて家が潰されたとか窓が飛んだとか桶屋が儲かるとか、個人の問題若しくは自然災害による問題で、公害由来では無い。

 公害が無いとどうなるか。

 世界規模での温暖化や寒冷化の様な、環境問題が無い、と言う事で。前世の俺が体感した地獄の様な暑さとは無縁の世界である、と言う事だ。

 茹だる様に蒸し暑く異常に気温が高かった日本の夏を記憶として持っている俺にはこの世界、この国の夏は素晴らしく過ごしやすい。

 カラリとした空気、爽やかな風、それでいて肌を射すのは夏らしい熱い陽射し。

 今は未だ初夏で、然程暑くはない。

 だが例え猛暑の時季となったとしても、蒸し暑さもなく、木陰に入れば爽やかな風がそよぐ、前世の俺が生きていた頃に体感してみたかった、理想の夏が待っている。


 花残月(四月)から夏初月(五月)にかけては風待月(六月)の長雨の前、晴れ間の続く農耕にうってつけの月で有る為、一週間程休みが取られ、農家は種蒔きや苗付け、秋蒔き麦の収穫に追われ、領主や商売人等は祭の準備に忙しい。

 祭と言うのは一年で四回有る四旬節(レント)に合わせた祭の事だ。…四季の区切りに合わせた祭と思って良い。

 キリスト教的に言うなら、復活祭の前を指すのだが、この世界では季節の区切りと言う意味合いが強い。丁度農繁期に合うのでお祭り騒ぎになり、屋台や露店、大道芸人が集まり賑やかに祝われる。

 そんな農繁期を過ぎて一休み出来るのが、風待ちの雨である。

 とは言え長雨と言っても日本の梅雨の様に長期間の雨ではなく、凡そ二週間ほど、昼間は霧雨、夜は小夜時雨程度である。こんなんで水源は大丈夫なのだろうか、と心配するが何とかなるらしい。精霊様のお陰ってヤツだ。


 そして現在、俺は一週間の休暇で城に戻っている。寮に居た所で誰も残って居ない――職員も休暇で居ない――し、実は新年早々俺が寝込んで出席出来なかった園遊会の予定が入った。

 どうやら俺以外にも流行性感冒にヤられた子供が多かったらしく、仕切り直しとなった。

 だが実を言うと出席するのは気が進まない。面倒臭いと言うのが最たる理由だが、学校に通い始めた現在、余り顔を晒したくない。何処から身バレするか判らないからだ。

 新年明け早々なら、直後に学校と言う隔離された世界に行く事が決まっていたから、気にはしていなかった。ほんの半日程度しか顔を会わせない人間の顔を――王子と言う肩書が有ったとしても――、覚えられるとは思えなかったからだ。それを今更、と思わないでも無い。

 第一幾ら社交デビューとは言え正式なものでは無いし、俺は兎も角、他家の子息女が夜会や茶会などの行事に参加するのはもっと先の話だ。多分十歳から十二歳くらいだと思う。

 本来なら俺の側近と成るべき子息たちも、この頃に選ばれる筈だった。しかし俺が少々……かなり異端で早熟だった為、前倒しであの二人(ライとルフト)を選んでしまった訳だ。二人にはこんなに早くから将来を決めてしまい、申し訳無い事をしたと思っている。今更変える気は更々無いけどな!

 それはさておき、どうやって顔見せの園遊会を回避しようか、絶賛考え中である。仮病を使ってもバレるだろうし。

 どうしたもんかなー、と既に小一時間、悩みながら剣を研いでいたりする。お陰で研磨スキルのレベルがかなり上がった。



「殿下。そろそろお時間です」

「もうか。…判った」

 サージェントの呼び掛けに、渋々頷き砥石や剣を片付ける。

 俺の作業が終わったのに気付いたのか、騎士団の面々がわらわらと寄って来た。

「うお、凄い! 新品同様ですね?」

「有難うございます、殿下!」

「また何かあったら言って下さい。良い気分転換になるので」

 口々に礼を述べる騎士達に、にこりと笑って訓練所を後にする。

 初めの内は俺に剣を研がせる事に躊躇いを持っていた様だったが、実際に研ぎ上がった剣を見てからは我も我もと頼まれる様になった。流石に鍛練の邪魔になるのでは意味が無いので、俺の鍛練が終わり時間があったら、と言う事で落ち着いている。

 今日は鍛練よりも考え事を優先させたので、何時もの倍は研いだと思う。立ち去った方向から、「遅かったかー!!」と何人かの叫び声が上がったが気にしない。気にしないったら気にしない。


 因みに。

 最近の俺の暇潰し及び考え事の友は、研ぎ仕事と編物だ。無心になれて尚且つ結果が見えるのが良い。以前は干物作りだった。

 魔法陣や魔石の作製も良いのだが、あれは頭を使う。考え事には向かないので、早々に諦めて他の物を模索して研磨と編物に辿り着いた。

 編物に関してはマーシャとメイアに教わった。腕前は御他聞に漏れずと言うか何と言うか。かなり上達し、先日は何故だか身体を動かす気がしなかったので、編物に没頭してたらかなりの大作が出来上がった。丁度良いので隠居している祖父母に贈ったら大層喜ばれた。

 レース編みはこの世界にも有るのだが、結構大雑把で、繊細な物はかなり高価だ。俺が贈ったのはどちらかと言えば繊細な方。編み図は俺の隠しスキル(ググレーカス)で調べた。

 ちょっと思い付いたのは、魔法銀(ミスリル)を編み糸にして魔法陣を組み込みつつ編んだら、結構良い装備が出来るんじゃ無いか、と言う事。問題は魔法銀を細く長く加工する事で、それはまた研究の余地有り、と思っている。

 そんな事を(つらつら)考えている内に、待ち合わせの場所まで辿り着いた。



「やぁ甥っ子。元気だったかい?」

「ミク兄様、ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです」

 キラキラとした笑顔を振り撒くのは俺のもう一人の叔父、ミクローシュ・アルジェント=エステルハージ侯爵子息である。母の弟で、現在十三歳。銀髪に紫瞳の見た目だけだと丸きり王子様だ。

 俺の挨拶にミク兄は苦笑する。

「こらこら、君がそんなに畏まっては、臣下の立場が無いじゃないか? …殿下にはご機嫌麗しく、御前での無礼何卒御容赦を願います」

「あー、もう、判りましたよ。俺もミク兄に慇懃にされたらうすら寒い」

「酷いな、殿下は」

 はっはっは、と笑うミク兄は外面王子様だ。内面は愉快狂と言って良いと思う。愉しい事が大好きで、俺が幼い頃から色々やらかしていたのを嬉々として眺めていた。…何処ぞの杜の主に似ている気がしないでもない。


 今日は久し振りに叔父と甥の語り合いをしようと申し出があり、席を設けた。新年明けから此方、全く会っていなかったので久し振りと言えば確かだが、ミク兄自身中等学校に通い始めてから会う機会がめっきり減ったので、俺が学校に通い始めたせいでは断じて無い。

 ニコニコと他人からしたら優しげな王子様スマイル、俺からしたら胡散臭い事この上無い笑顔のミク兄が今回こんな席を設けたのは近況報告と忠告、だと思う。近況報告に関しては、想像通りだ。学校での彼是を面白可笑しく話してくれた。…うん、貴族子息で準成人間近でも、アホな事はするんだなー、と言うのが良く判った。そしてミク兄の外面に皆騙されてるな、と。

 多分側近のクロイツェル伯爵子息位しかミク兄の実態に気付いていない。次代の社交界の貴公子なんて言われている様だが、俺からすれば御令嬢方逃げて超逃げて、と言いたい。


 因みにミク兄と俺の父は同じ名前だが、これにはちょっと拗れた理由がある。

 父はレフと言う名の他に、成人名として『ミクローシュ(勝利)』を神殿から賜った。本来なら上位貴族の嫡嗣の名前は採用されない筈なのだが、当時の神官は何を考えていたのか下調べが足りないのか。祖父が『ルカーシュ(光輝)』と言う名前なので、見合った名前を、と考えたのかもしれない。それに当時はミク兄は産まれていなかった。

 然しエステルハージ家は代々嫡嗣にミクローシュと名付けている。それを知っていればおいそれと付けない名前の筈なのだが……。

 お陰で侯爵家と王家と神殿で一悶着有った様だが、母も嫁ぎ、後日ミク兄が産まれた際に、わざわざヘスペリア本神殿から神官を呼び命名式を行ったのだから、何れだけ名前に固執しているんだよ、と思う。ミク兄本人は成人したら別の名を名乗る事だし、と気にしてはいない。エステルハージ侯爵家と言う爵位に付随する称号と言う認識だ。


 俺の方からも授業の事やら先生や、同級生の事等を思い付くまま話す。

 ニコニコ聞くミク兄だが、ふと気になって訊ねる。

「所でミク兄の側近の方は今日は居ないのですか?」

「ああ、イクセルは遠慮してもらった。クラウドに会わせたくは無かったからね」

 成る程。と言う事はやっぱり。

「イクセル殿は、ザハリアーシュの兄上ですね」

 断定してみると、何も言わず微笑まれた。答え合わせくらいして欲しいのだが、まぁこの微笑みが答えなんだろう。

 そう顔を合わせた事は無かったが、イクセル殿はザックに似ていた気がする。髪や瞳の色もそうだが、眉の形なんかそっくりだと思う。ザックに会ってから、どうも何処かで見た事が有るんだよなー、と考えていたのだが、ミク兄の顔を見て思い出した。うん、スッキリ。

 イクセル殿は俺の顔は覚えていないと思う。いや、会う度に包帯巻いてたり絆創膏を貼っていたりしていた筈なので、そちらの方が印象に残っていると思う。これに関しては、俺が怪我をした時にばかり見舞いと称してイクセル殿を伴って俺を弄りに来たミク兄が悪い。

 しかしザックの事をシールとラークの事も含めて色々言ったのだが、不味かっただろうか。一応悪口では無かったと思うのだが。側近の、多分面識も有るであろう弟の悪い話なんか聞きたく無いだろうしなぁ。

 そんな風に思っていたのだが。

「あの子の事は虐めない程度に鍛えて貰えないかな? どうも私もイクセルも弟分として見るせいか甘くてね」

 下手に優秀な為、特に問題も無く諌める事も無く。自分の限界を見極められなそうで不安だと言う。

「俺は良いんですか。図に乗るとか思わないんですか」

「え、誰が?」

「俺が、です」

 優秀な人間は得てして傲慢になりがちで、そんな危機感は無いのかと問うてみれば、ミク兄は一頻り笑い言葉を返す。

「そんな可愛い性格をしていたら、私もこんな風には付き合わないよ?」

 ただの臣下として、叔父としての立場を崩さず、自身の内面など(おくび)にも出さず完璧な貴公子として振る舞うだけ、と語るミク兄。

 自覚有るのか。

 コテンと首を傾げて言うミク兄に、溜め息を吐いた。


 その後はまた普通に話をしてお茶を飲んで。また今度、と挨拶を交わしてミク兄と別れた。

 ミク兄からの頼まれ事は吝かでない。ザックの事は嫌いでは無いのだ、本当に。ただ取り巻きの二人が鬱陶しいだけで。


 今現在、俺を取り巻く状況は三つに分かれている。

 味方と敵と傍観者。

 中立、と言わないのは彼等が本当にただ傍観しているだけだからだ。

 シールとラークの二人が俺に嫌がらせをし、ザックがそれをそれとなく止める。その繰り返しで、何時の間にかザックが黙認している、と言う認識の下二人に加わり俺に嫌がらせをする奴が出てきたが、それは敵。

 反対に、ザックは止めているし、俺が学業優秀な事を認め友誼を結ぶ方が良いと言う奴も居て、そちらは味方と言って間違い無い。

 どちらも採らず傍観しているのは、結果次第でどちらかに付こうとしている日和見か、紛う事無き中立者、だろう。齢六歳にしてそんな冷静な子供もどうかと思うが、自分やザックを思えば棚上げすんな、と一応自分を戒めてみる。

 幸い俺と言う対象が居るからか、子供同士の諍いは表立っては見られない。あれだけ身分は関係無い、と言われているのにも関わらず、庶子やら平民やらと言う理由で嫌がらせをするのだ、俺より弱い立場の子供が居たら、標的になるだろう。

 何で下位貴族に限って、選民意識が高いんだろうなぁ? 正直、学校の方針である身分に関係無く自由に学べる環境、と言うのが選民意識の高い彼等には理解し難いものの様だが、俺に言わせれば、そんなに身分に拘るなら其れらしく振る舞えよ、と言いたい。

 宴会で今日は無礼講だ、と言われて本当に無礼に振る舞ったら降格された、等と嘆く輩の話を聞いた事があるが、莫迦だとしか言い様が無い。普段言えない真摯な意見を忌憚無く言いなさい、と言っているだけで、部長その頭鬘ですか、等と訊けと言った訳では無い。

 貴族なら貴族らしく、己を律し矜持を持てと言っている筈なのだが……そろそろ手を打った方が良いかな?


 結局その後は考え事を優先させたので、また大作のレース編みが仕上がった。…俺は将来レース編み職人になった方が良いのだろうか。



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