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Lv.20

 神殿での用事も終わり、皇都で一泊した翌日。

 渋る馭者を説き伏せ、迷いの森を抜けるルートを選んでみた。

 木立に囲まれた森を通る道は、人通りが少ない割には整備され、轍や草や石ころ等に悩まされる事もなく進んでいた。

 キチンと道として機能しているのが不思議で、父に訊ねる。

「父上。人通りが少ない割に、道が綺麗ですが何故ですか?」

「ああ、この道は作られた当時は街道として機能していたそうだ。だが迷いの森が範囲を広げて、街道を飲み込んでしまったと言う事だ」

 迷いの森の一部になる前は、頻繁に使われて居た為、踏み固められた道が劣化しないように、状態維持の魔法陣が組み込まれているそうだ。その為に魔法陣が壊されない限り、半永久的に使えるらしい。

 因みにこの魔法、王都の道にも使われている。馬車道は細かい砂利が敷き詰められ踏み固められ、瀝青らしき物が使われていて、歩道は石畳である。メンテナンスは魔法陣の確認と修復なので、所謂土木系現場にも魔法使いは必要とされている。魔法使いの就職先が結構雑多なのは吃驚だ。

 流れる風景を良く見ると、丁度道の両端に当たる部分から草が生い茂っている。逆に言うと、道に当たる部分のみが剥き出しの地面が出ている。

 真っ直ぐに延びた道を草が覆い隠さなかったのは、魔法陣のお陰と言うが、どの位の年月を掛けて森が広がったのだろう。

 これからも森は広がり続けるのかと不安に思ったが、森が広がる原因が有ったらしく、原因が取り除かれた現在は森の侵食は無くなったそうだ。だが旅人を迷わせるのは続いている様で、迷いの森を避ける道が現在の街道だそうだ。

 其れにしてもこんなにハッキリと森と道が分かれていると言うのに、迷うなんて有り得るのだろうか? 道に沿って行けば、迷い様が無いと思うのだが。

 俺の疑問に答えたのは、サージェントだった。迷いの森の噂は既に耳にしていたらしく、危険が無い様に対処法を考える為、色々訊いて回っていたらしい。侍従の鑑だ。

「我々が現在目にしている街道は、真っ直ぐ一本に延びていますが、迷った者から話を聞いた所に拠ると、道を進むに連れ脇道や三叉路が現れるそうです。然も誤った道を戻る事も出来ず、一向(ひたすら)先へ進むしか出来ず、気が付いたら元の入口に戻っていたそうで御座います」

徒人(ただびと)は元に戻され、悪人は森の中で迷い続ける、と言う事か……」

 俺の呟きに応じ、元の位置に控える。


 結構えげつない呪いだな。


 どう考えてもこれは『呪い』だ。誰が何の為に行ったかは知らないが、閉じ込める為か追い出す為か。迷いの森の中に何かが隠されている?

 ラディンが居る筈の水の杜は迷いの森に在るそうだが、周知の事実で隠されている訳では無い。第一水の杜に繋がる路は世界中に幾つも在るらしいから、此処が特別と言う訳でも無いだろう。

 ぐるぐると思考が廻るが、正解は呪いを掛けた本人にしか判らない。

 考える事を放棄して、溜め息を吐いた瞬間、馬車がゴトンと揺れた。


「何事か!?」

 今まで殆ど揺れを感じなかった馬車が、揺れたと同時に停まった事に、同乗していた侍従二人が馭者に叫んだ。俺も気になり、閉ざしていた窓を大きく開けて身を乗り出して前方を確認した。

「殿下! 危険です、御身を馬車の中に!!」

 騎乗して並走していた護衛が、慌てて制止したので俺も直ぐ様体を引っ込める。キッチリ何が起きたのか確認して。

 先導していた二頭の騎馬を、一人の男が止めていた。手に剣を持っていたが、冒険者には見えなかった。もっと野卑た雰囲気の、ギラついた瞳をした男で、一言で言えば盗賊、の類いだと思う。

 何故盗賊らしき男が独りで、迷いの森に居るのか。そんな疑問が浮かぶ中で男が叫んだ。

「てッ、手前等その馬置いていきやがれッ!! 金もだ!」


 ……何を言っているのだ、コイツは。


 思わず父と顔を見合わせた。

 盗賊が俺達を襲撃した事は判る。だが、たった独りで複数の馬車が連なり、騎士が護衛について居る集団を選ぶ意味が解らない。

 こんな人が通らない様な、然も一度踏み込んだら二度と出られないかもしれない森で襲う理由が思い付かない。

 困惑する俺達だったが、男が闇雲に剣を振り回した所で護衛騎士も漸く反応した。

 正直盗賊風情に引けを取る訳が無いので、簡単にあしらっているが、困惑しているらしいのは馬車からも判る。これが単純に多勢で襲って来ていたなら、騎士達もあっさり返り討ちにしただろう。だが相手が一人となると、何故こんな事をしているのか、と言う事が先立ち、対応も甘くなる。

 それでも殺られるつもりは無いので、キッチリ反撃はしているのだが。

 必死になる男が焦れば焦る程、剣の扱いは疎かになっていき、終いには剣を弾き返され飛ばされていた。

「クソッ! 何なんだよ!! 折角森から出られると思ったのにッ! このままじゃアイツ等が来ちまう!」

 狂った様に男が叫んだ。

 ―――アイツ等って何だ?

 戸惑う俺達を余所に、男は訊きもしないのに次々と経緯を話し出した。勿論その間に僅かに暴れる男を捕獲し、縛り上げる為に鞍から荷物を取り出す。

 この頃には危険が無いと判断したのか、馬車が進んで先導隊に追い付いた。近くなったので男の呟きが良く聞こえる。

「…騎士団に追われて森に隠れたら、追って来なくて喜んだって言うのに、今度は森から出られねェ……。もう一週間も彷徨っている内に、仲間は減っていくし……何なんだよ、ココはあッ!」

 最後に叫んで逃げ出そうとした所を、再度取り押さえる。

 つまりコイツは他国から出稼ぎに来た盗賊団の一味って事か? 王都で犯罪を犯していた所を警備隊に追い立てられて、迷いの森に知らずに入り込んで仲間と(はぐ)れて独りになった、って事だ。

「王都まで連れて行って、警備隊に引き渡しましょうか」

「悪意の有る者、だ。此方に被害が被らないか?」

「然し此のままでは……」

 男の処遇について意見が交わされる。

 ぶっちゃけ俺の加護がどの程度効くのか判らないので、男を連れて行った場合でも迷わないとは限らない。その気持ちは判るが、置いて行った所で寝覚めが悪い。

 此処は意見が別れるだろうが、縛り上げているなら、昏倒させて俺の馬車の荷台にでも積んで置けば良いんじゃないか? 意識の無い者にまで影響する呪いなのか?

 ―――等と考えていると、何処からか咆哮が聞こえた。複数の獣の叫び。

 ビクリと周囲を見回して間も無く、藪から獣が飛び出した。


 獣では無い、魔獣だ! と気が付くと同時に騎士達が動き、注意が魔獣に逸れた事で男への拘束が緩んだ。

「ヒイイィィ! 出たあッ!!」

「バッ、バカか!」

 縛られたまま男が走り出し、逃げ様としたが数歩も行かない内に転ぶ。其れを見計らったかの様に、魔獣の一匹が飛び出した。

「ギャアアアアッ?!」

 一匹が男を追い掛け、残りは俺達をぐるりと取り囲んでいた。馭者は真っ青に震えていたが、魔獣に囲まれ暴れる馬を上手く手綱を握り落ち着かせていた。

 悲鳴を上げた男の方に視線を向けると、何時の間にかもう何匹か増え、一匹は口に何か棒の様な物を咥えて居た。足下にはどす黒い染み。

「……ッ!」

 目を逸らしたくなる惨状に声を失う。父が抱き締め、目を塞いでくれたが遅い。

 魔獣が咥えて居たのは男の腕だった。

 既に肉塊となった男の体の下には血溜まりが有った。其れを魔獣共が貪るように舐めとり、肉塊に齧り付いている。ゴリゴリと骨が削られ、折れる音がする。

 睨み合う騎士と魔獣が動かない事を確認し、後ろに付いていた筈の馬車と騎馬を確認する。

 見ると既に其方でも睨み合いは始まり、叔父とフォル爺や他の護衛も武器を構えていた。見ると淡く光の魔法陣が描かれている。一行に加わっていた魔法使いが結界を張ったのだろう。惜しい事に、此方までは届いて居ない。

 結界が張られていれば、彼方は暫く無事だろう。結界の周りをグルグルと回りながら中を窺っているが、諦めたのか何匹かが此方に駆けてくる。フォル爺が慌てて追おうとしたが、結界に阻まれて動けない。彼方は彼方で何とかして貰おう。


 ―――問題は此方だ。


「グガアッ!」

 一匹が飛び出した。

 リシャールさんが薙いで吹き飛ばすが、クルリと回って着地すると再び牙を剥いて襲い掛かる。

 魔獣とは言えどうやら知能も低く、単純な攻撃しか出来ない様で、今の所何とか凌げている。だが多勢に無勢と言うか、血の臭いに惹かれて居るのだろう、次々と藪の向こうから新手が現れキリが無い。このままでは此方の方が先に参ってしまう。いや、更に強力な魔獣が出てきたらこのままでは一溜まりも無い。


 何とかしないと、と思うが、何をすれば良い?


 俺が出て何とかなるのなら、今直ぐにでも馬車から飛び出す。だが父に抱えられ護られている時点でそれは無理だ。余計に邪魔になってしまう。

 それでも何とかしたくて、リシャールさん達が傷付く度に、覚えて間も無い回復魔法を唱える。

「クラウドッ、無理はするな! いざと言う時の為に力は温存しなさい!!」

 そうは言われても、出来る限りの事はしたい! 早く決着を着けなければ、ライやルフトも危ない目に遭う。

 何とかならないか?

 目の前でまた一人傷付き、回復させる。有り難そうな、心配そうな視線を向けられ、俺が足手まといだと気付かされる。こんなチマチマした回復魔法じゃ間に合わない。其れに先に魔力が尽きそうだ。


 だけど。

 やらなきゃもっとダメじゃないか!!


 ふらつき始めた頭が考えたのは、ラディンの事で。

 そうだ。今もどうせ俺を見て居るんだろう? 少し位……。


 グイ、と父の腕から抜け出し制止する声も聞かず、俺は窓から身を乗り出して叫んだ。


「ラディン・ラル・ディーン=ラディン! 俺の事を覗き見しているんだったら、少しは手伝えッ! 其れともコレが、『客人』に対する態度なのか!?」


 俺の加護、【水の杜の客人】が機能しているのなら。俺は迷いの森に客人としている筈だ。此処は水の杜に繋がる道、庭先なのだから。

 水の杜の関係者に便宜を図って貰えると言うなら、今、直ぐ! そうしてくれ!


 思い切り叫ぶと、俺を狙って魔獣が唸りながら飛び込んできた。

 食い千切られる、と思った瞬間、目端に白い影が映った。

 それと同時に咆哮。

 先程聞いた禍々しいものでは無く、力強い勇気の沸く叫び。

 白い影が動いた方向に目を走らせると、俺に襲い掛かろうとして居た魔獣が、引き倒されて絶命していた。その傍らには真白な獣。金に光る双眸をチラリと俺に向けてから、空に吼えた。


 ―――オオォォォン


「ギャイン!」

「ギャアアアアッ!」

 咆哮に脅えた魔獣が後退り逃げ様とした所で、白い獣が跳んだ。

 喉笛を噛み、魔獣の体を振り回す。まるで猫が遊んでいる様で―――

 咄嗟に思ったのは、以前出逢った青龍の事。此の世界に四神が存在するなら、白い毛並に縞模様。どう見てもアレは虎だ。

「……白虎?」

 白い虎は白虎に違い無いだろう。只の獣にしては、醸す雰囲気が神々し過ぎる。

 大きな躰で魔獣を次々と倒していく様を目で追い掛ける。

 新たな敵が現れたと思った護衛の者達は、俺達に一切手を出さず魔獣だけを狙う姿を呆気に取られて見詰めていた。

「……やれやれ、西の虎め。遊び始めたか」

 いきなり近くで聞き慣れない、だが聞いた覚えの有る声がしてぎょっとする。慌てて振り返ると、何時の間にか一人の少年が馬車に乗り込んでいた。

 見覚えの有る水干姿。

「せ、青龍?」

「また逢うたの、幼子」

 苦笑気味の神獣が俺に挨拶した。



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