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Lv.18

 俺は呆然としていた。

 多分フォル爺も呆然としている。

 ルフトは……多分判っていない。



 本日はヘスペリア皇帝陛下の婚儀当日である。

 実は叔父が皇弟殿下だったとか、皇帝陛下が美丈夫過ぎてウチの女性陣の仕事が手につかなくて大変だったとか、前世の俺の弟子がその皇帝の伴侶になってたとか、色々有ったが婚儀当日。


 粛々と進む儀式と司祭の言葉に感動していると、言祝ぎを享けて現れた皇帝陛下の姿に歓声が上がった。

 白の正装に身を包んだ皇帝は、端整な顔を幸せそうに綻ばせていて、尚更男振りが上がっているせいか、歓声の他に黄色い悲鳴も混じっている。

 そして何故俺が呆然としていたかと言えば、幸せそうな皇帝の隣で、ガッツリ腰をホールドされて密着されている、弟子の姿のせいだ。


 厳かに始まった式は、祭壇の前で待つ皇帝陛下の元へ、弟子が父親の代理人に連れられ、引き渡されると言う、お馴染みの形式からだった。身内が居ないとは言ったが、何やかやで他国の高位貴族の養女となっていたらしいので、てっきり父親役は其方の義父が行うかと思ったが、其れは其れで問題の有った縁組みだったらしい。父親役は自国(ヘスペリア)の高位貴族、皇帝陛下の従兄弟が行う事となった。

 …噂ではフロリオンの王家の養女になっていたと言うが、本当だろうか。

 定番の白いドレスはデザインが斬新――俺から見ると、振袖をドレスにアレンジしたんだなと判る――で、レースをあしらったシフォンのヴェールは透ける程に薄い。弟子の姿を知っている此方としては、ドレスとヴェールで誤魔化す気だな、と始め思っていたのだが。

 皇帝に連れられ司祭の前に立った弟子が、婚姻のサインをして祝福を享け、誓いのキスとなり皇帝がヴェールをゆっくりと上げた時、俺は目を疑った。


 ―――誰だ、アレ。


 ガッツリと、誓いのキスにしては激しすぎて長過ぎるキスの間、弟子の姿をまじまじと見てしまった。遠目なので細部までは判らないが、化粧をした弟子はほぼと言うか完全に別人だった。

 長い睫毛とか、ほんのり赤く染まった頬とか、紅を引いた唇とか。何処を取っても美少女だった。


 あれ、センちゃんの少年成分何処に行った?


 然も彼女は結構背が高かった筈なのだが――確か百七十は有った筈――皇帝が更に背が高いせいか、華奢に見える。あれぇぇぇ?

 俺の周囲の参列者からは、可憐だのお似合いだの、好意的な言葉が漏れている。…年頃の令嬢が居る辺りからは、悔しいと言うか憎々しげな視線が送られているが、概ね好意的、だと思う。

 何だか今見た光景が信じられずに呆然としていると、先日一緒に街に出掛けたフォル爺も呆然としていた。

 街に出掛けた時、弟子は少年然としていた上名乗らなかった為、フォル爺は始め皇帝陛下の侍従だと思ったそうだ。

 それにしては弟子が結構皇帝をぞんざいに扱っていたり、皇帝がやたら弟子に引っ付いてベタベタ甘やかしていたりしていて、稚児趣味も疑った――なので、俺とルフトを連れ出したのは、そういう趣味(ヽヽヽヽヽヽ)かと疑って警戒していたらしい――そうだが、ギルドに着く辺りで弟子の性別とか立場が判ったとの事だった。

 それ等を踏まえてフォル爺が一言。

「いやはや……女は変わるものですなぁ……」

 うん、アレはちょっと変わり過ぎだと思うけど。化粧一つであそこまで変われるのか。


 ………………女ってコワイ。


 何時の間にか皇帝が弟子を横抱きにして祭壇を離れ、歓声と祝福を受けながら手を振り、腕の中に居る弟子にキスしたりして花道を歩いていた。…爆発すれば良いのに。

 呆然としている内に、用意されていた馬車に乗り込みパレードが始まった。ゆっくり進む馬車の中で、手を振ったり会釈する二人に、沿道で待っていた人々から祝福の言葉と花束が投げられており、このまま二人は王都を一周する。招待客達は次の予定の準備をする為に、三々五々散り始め、俺達も祭場を後にする。

 皇帝陛下夫妻(ヽヽ)が乗った馬車が王城に戻ったら、舞踏会と晩餐会が控えている。が、お子様の俺は不参加である。父は寂しそうだったが、時間を考えて欲しい。善い子は寝る時間だ。

 そんな事を懇々と諭し、父を晩餐会へ送り出して漸く人心地ついた。



「パレード凄かったね」

 留守番組の一人、ルフトが呟く。

「伯父上のお嫁さん……顔が……」

 納得いかない顔のライ。そう言えば皇家の席、云わば特等席で参列していたライ達一家は、俺達に負けず劣らずポカンとして居た。多分面識が有ったのは、普段の少年風センちゃんだったに違いない。

 先日のギルド訪問から鍛冶屋への流れは、大層面白かったのだが、ウチの護衛陣からは少々不満が出ている。キチンと護衛に付かしてくれれば良かったのにと、未だに言ってくるが、しっかりギルドの訓練所を使って居るので強くは言ってこない。

 ウチの国(エーデルシュタイン)では、冒険者と騎士は仲が良くない、と言う程では無いが、お互い距離を置いている感じだ。然し此方の国(ヘスペリア)では、ギルドと騎士団が協力しあって中々良好な関係を築いている。早々にその有効性に気付いたフォル爺や、訓練所でその事を肌で感じたリシャールさん達は、帰国したら関係の見直しを考えているらしい。まぁ、その事は良い。

 何が言いたいかと言えば、あの日護衛を増やした所で、皇帝に近寄らせては貰えなかっただろう、と言う事だ。そうと思っては居なくても、弟子に近付く男――年頃の見目も良い男――を排除しようとする皇帝の行動は、嫉妬以外の何者でもない。

 そしてその行動は、身内、つまり皇帝の弟である叔父に対しても、適用されたらしい。ライが教えてくれたのだが、皇帝の伴侶と紹介されたのは一度きりで、それも顔も覚えられない位、短い時間だったそうだ。印象としては『少年の様』。

 そのせいで、式の間中記憶と違う皇帝陛下の伴侶の姿に呆然としていた訳だ。

 改めて言う。

 女ってコワイ。


 式も終わり外交も滞りなく行っていたので、残る予定は皇都の本神殿への参詣と、観光もとい視察だけである。

 晩餐会と舞踏会をこなしてきた父は少々お疲れ気味だったが、日にちも無い事だしとっとと行くぞ! と檄を飛ばし皇都へと向かった。勿論行く前に帝国側に挨拶はした。離宮で世話になったのだ、それくらいは当然である。

 …本当は弟子にも挨拶をしたかったのだが、体調不良とやらで会えなかった。一応言伝てはしておいたのだが、皇帝の目の泳ぎ方とか周りの重臣達の生温い視線とか、婚儀翌日だと言う事を鑑みて、どんな体調不良やら、と俺まで生温い視線を皇帝に送ってしまったのは、仕方無い事だと思って欲しい。



 皇都に向かう馬車に揺られている間は、窓の外を流れる風景を楽しんだり、父と語らったりしていた。そう言えば普段公務で忙しい父と、こんなに長時間一緒に居た事は無い。母とも弟が生まれてからは余り構われて居ない気がする。いや、一応時間は取って貰っているのだが。

 何とは無しに寂しさを覚え父にすり寄ると、ぽふぽふと頭を撫で叩かれ、そのまま肩を抱かれた。

 ソレだけで嬉しくなる俺も現金だが、父も珍しく甘える俺が嬉しいのか、微笑んでいた。

 うん、まぁ前世の記憶のせいで、どうしても年相応に甘えたりするのは気恥ずかしいんだ。精神年齢は身体に引き摺られてかなり落ちているが、元々成人していたし。

 前世は前世、今は今、と割り切って居たつもりだったが、殊『甘える』と言う事に関しては一歩引いていた様だ。こうして『親に甘える』と言う懐かしい感覚が甦ると、今まで勿体無い事をしていたな、と思う。これ迄やりたい様にやってきたが、主に俺自身の能力向上の為の彼是(アレコレ)だった。これからはもうちょっと甘えても良いかもしれない。

「父上。偶にこうして甘えても良いですか」

「…聞かずとも甘えなさい。其方はしっかりしているとはいえ未だ子供だ。子供は甘えるのが仕事であろう?」

「そうですね……」

 父に凭れ掛かり会話を続ける。

 弟が生まれて驚いた事や、ヘスペリアに来てからの彼れや此れや。ギルドや鍛冶屋の件はフォル爺や隠れて護衛していたサージェント達から聞いていただろうが、俺から直接聞くのはまた違うらしい。驚きも交えて愉しそうに聞いてくれる。

 神殿までの道程は、こうして和やかに過ごして行き、到着して馬車を降りる頃、父が俺の手を握り呟いた。

「帰国したら『家族の肖像カンバセイション・ピース』を創らせようか」

「良いですね。丁度父上達の即位十周年の記念になります」

 確か即位五周年の記念に肖像画が創られた筈。それを踏まえて言うと、父は笑って言った。

「其方の五歳の記念にもなるだろう?」

「それでは五年毎の行事にしましょうか」

 クスクス笑いながら言うと、父は真面目に頷いた。馬車を降りながらの会話だったので、それを聞いた侍従がすかさず帰国後の予定をメモしていたのが、ちょっと笑えた。



 皇都(トゥマ)王都(アースィマ)とは雰囲気がガラリと変わっていた。

 総本山の神殿を構えているせいか、魔法使いの塔が在るからか、世界最古の図書館が在るからか、その全てか。王都の賑やかさとは打って変わって、静謐とも言える閑静な佇まいを見せていた。

 神殿は創始の時代の英雄、竜の友の子孫が聯綿と続くその系譜を護っている筈だ。王家の姫が代々神殿の祭祀を受け持っていると教わった。

 二十年前にその子孫である王を廃し、自らを皇帝とした初代皇帝でも神殿を潰し、系譜を途絶えさせる事は出来なかったのだから、その影響力は推して知るべしである。

 神殿に着いて先ず驚いたのは、その質素とも言える造りだった。古い様式をそのまま受け継いでいる様で、時代毎に増築はされている様だが、華美さは無い。正直、各国に在る支社の方が豪華だろう。

 だが神殿の中は毎日の掃除や信徒の奉仕のお陰か、驚く程快適な空間になっていた。静かなエントランスを抜け、祈りの間に行くと、待っていたのは光の洪水だった。

 ステンドグラスが絶妙な角度で配置され、鏡や水晶などに反射されて室内全体が柔らかな光に溢れていた。

 綺麗だな、と素直に思う。と同時に外観と内観の違いに驚いた。

 中庭を覗くと噴水が有り、植物が生い茂る憩いの空間となっていた。花壇で作業をしている人が居るが、薬草(ハーブ)を採って居るのだろうか。華美ではないが見窄らしい訳でも無い、落ち着いた空間に和んでいると父に呼ばれた。

「クラウド、見学は後で出来る。参拝を先にしなさい」

「はい、父上」

 慌てて父の元に駆け寄り、後を付いていく。

 着いた先には司祭だろうか、一人の老人と若い女性、護衛らしき男性が待っていた。


 俺達が前に立ち、拝礼すると――他国では神殿の、特に司祭クラスは此方が王族とは言え、身分は同等かそれ以上である。従って此方が願って参詣しに来た以上、此方から礼を取る事になる。ただし名乗りはしない。一種の決まり事だ――向こうも同じく礼を取り挨拶を口にした。

「ようこそいらっしゃいました。私は神殿の責任者、クレルスと申します」

 穏やかに微笑む老人は、隣に立つ女性を紹介する。

「此方は当代の巫女姫、リディミルア様です。仕来りにより、禊から儀式までの間はお声を発するのは禁ぜられております故、老輩よりの紹介になる由、御了承下され」

 軽く会釈する巫女姫に、慌ててもう一度礼をする。

 巫女姫と言えば、件の竜の友の子孫、帝国になる前のヘスペリアの聖王家の血筋である。噂では普段は神殿の奥で祈りを捧げ、滅多に人前には出ないと聞いた。

 出生時に初代皇帝に視力を奪われ、神殿に監禁されていたのを助けられて、その後は神託の巫女として過ごして居るそうだ。そう思い改めて巫女姫を見上げると、閉じた瞼にうっすらと傷が見える。

 ……嬰児に傷を付けるなんて鬼だな。滅びろ……って、もう滅ぼされた後か。

 明後日の方向で俺が憤って居ると、巫女姫と司祭は頷きあって祝詞を唱え始めた。男声と女声が混じり合う不思議な響きの其れは、此の場所の神聖な空気と相成って、心に染み入る様だった。

 跪いて祝福を受け、そろそろ終わりかと言う頃、司祭が俺達に向かって木の枝に掬った水を降り掛けた。

 榊で聖水を撒いたみたいだな、と思ったら、邪気を追い払い守護する(まじな)いだそうな。因みに聖水は神殿の奥で涌く泉の水と朝露を集めたもの。榊は神聖樹と言う御神木の枝だそうです。此方も神殿の奥に以下略。

 あ、神聖樹の枝は見た目は葉裏が銀色の柊っぽい。冬には赤と青の実が生るそうで。西洋柊と日本柊を掛け合わせた感じだ……。そう言えば株分けされた神聖樹が各国の神殿に有るらしいが、セガールじい様の所に秋口に良い匂いのする樹があったが、あれがそうだったんだろうか。

 取り敢えず参拝も終わり、祝福も受けたので俺の用事は終わり。大人達が寄進やら神殿関係者への伝言などを頼まれている間、中庭の散策でもさせてもらおう。御婦人方は休憩室でお茶を頂くそうだ。


 ライとルフトを誘い父に断って中庭に向かうと、巫女姫が立っていた。

「御機嫌よう、クラウド殿下」

 にこりと微笑み挨拶をされたので、此方も慌てて挨拶を反す。

「そんなに畏まらなくても良くてよ? 中庭に遊びに来たのね。今はお勤めの時間でも無いし、薬草園を荒らさないでくれれば、どうぞ幾らでも遊んで頂戴」

「良いんですか?」

 てっきり駆け回るなとか騒ぐなとか言われるかと思ったのだが。

 頷いた巫女姫に訊いた所、今日は俺達が来る事になっていたから遠慮して貰ったが、普段は孤児院や近所の子供たちが奉仕活動ついでに遊んでいるそうだ。文字や計算の仕方も教えているそうだから、寺子屋みたいなものだろうか、と考える。

 然しソレを言う為にわざわざ待っていたとも思えないので、一応訊く。

「何か俺……僕に用事でしょうか?」

「ええ、ちょっと確認したい事が有って。…手を貸して?」

 言われて素直に両手を出すと、そのまま握られた。

 何か弱い力が体を巡る感じがする。以前スキルを調べた時と似た感覚。若しかして巫女姫は他人のスキルを調べられるんだろうか?

 まじまじと見詰めていると、気が済んだのか手を離された。

「結構スキルを持っているのね……驚いたわ」

「えぇと、あんまり他人のスキルを覗き見するのは良くない事かと思いますが?」

「御免なさいね、どうしても確認したくて。貴方が【水の杜の客人】かどうか」

「は、あっ?」

 久々に聞いた加護の名前に、素っ頓狂な声を出した俺は悪くないと思う。



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