Lv.12
今日は珍しく父から呼び出しがかかった。何の用だろう、と疑問に思いつつ父の執務室に向かう。
俺が近付いたのが判ると、扉に控えていた騎士が侍従を呼び、中に招き入れられる。会釈して確認すれば、中には父の他、宰相と将軍、叔父が居た。
宰相は兎も角、騎士団関係者が二人も居るってどう言う事だろう? 頭に疑問符を浮かべつつ、全員に挨拶する。
「遅くなりまして申し訳有りません。父上、並びに宰相閣下、将軍閣下、サーペンタイン卿」
「楽にしなさい。何故呼んだか、説明するから座りなさい」
「はい」
勧められるままに部屋に据えられたソファーに座る。…勿論父が座ってからだ。俺の後を宰相と将軍が座り、叔父は立っていたが再度勧められて漸く腰を下ろす。
このメンバーで何を話し合うんだろう? と不思議に思っている間、目の前には茶菓子が用意されていく。…早速ヤーデ将軍が手を伸ばして摘まむ。
「急な話だが、クラウド。其方、余と共に西六邦聖帝国に行かないか?」
「ヘスペリア……ですか?」
意外な話に、思わず訊き返す。
頷いた父の代わりに宰相から説明を受ける。
どうやらヘスペリアの皇帝陛下が結婚するらしく、招待を受けたのだが、母の妊娠出産により遠出が出来なくなった。その為一旦断ったものの、外交的な話の兼ね合い等も有り、父だけでも出席して欲しいと再度打診があったそうだ。
流石に其処まで言われて断るのも、それこそ外交問題だろうと言う事で父が出席する事になったのだが。
「…若しかして一人じゃ寂しいから連れて行きたいとか言いませんよね?」
まさかねー、と思いつつも訊いてみると、父は目を泳がせ、叔父は苦笑し、将軍はニヤニヤ。そして宰相が一言。
「そのまさかだ」
……父上……。
寂しがり屋の父について行くのは良いとして、何故このメンバーかと言えば。
先ず宰相は説明役としてこの場に居るが、ヘスペリアには行けない。父不在の王城で色々目を光らせなければならないから、らしい。まぁ執務も溜まるしね。
将軍は護衛として参加。あと俺がヘスペリア訪問中に寂しく無い様に、ルフトも行くそうだ。息子夫婦、つまりカヴァリエレ伯爵夫妻も行くかと思いきや、不参加。こっそりヤーデ将軍が教えてくれたが、息子の世話より将軍と一緒、なのが嫌らしい。その代わりヤーデ将軍の奥方が随行。
そしてサーペンタイン隊長即ち叔父だが、元々ヘスペリア出身で十年も帰国していない上、この婚儀に合わせて領地に居る叔父の父親が王都に来るので、久し振りに帰国しろ、と連絡が有ったそうな。なので護衛としてついてくる傍ら、里帰りするらしい。そんな訳でライと叔母も一緒。
ライとルフトが一緒なら暇をもて余す事は無さそうだ。ああ、でもライは初めてお祖父様や伯父上に会うんだ、余り暇は無いかも知れない。
それにしても本当に十年も帰国していないとは驚いた。てっきり結婚した時にでも、報告しに行ったかと思っていた。
俺がそう呟くと、将軍が笑って否定した。
「いいや、クラウド殿下。この男はこの見てくれで皆騙されますが、実際はかなりの面倒臭がりですぞ。結婚の報告とて、儂に言われてやっと手紙を出した程ですからな! 下手をしたら三行で済ませてるかも知れませんぞ」
まさか、そんな。と叔父を見たら、苦笑して首を振っていた。…だよな、幾らなんでも……と思ったんだが。
「流石に五行は使いましたよ」
……叔父さん、アンタそれで良いのか!? あと叔父さんの実家も放置し過ぎじゃね? 確か公爵家だよね?
…………冗談だよな………………。
余談はさておき、俺が了承した事により初の外交先が決まった。
初公務である。緊張する……。
「そう緊張する物でもない。彼方は大国だが、愚帝と知られる初代皇帝が国力を低下させたせいで、続く二代、三代は苦労したらしい。今は漸く落ち着いて、外交に力を入れ始めたと聞いた。今回の婚儀の招待もその一貫だろう」
俺の緊張を感じ取った父が、安心させる様に俺に語りかける。
「既に花薫国と微睡竜国が招待に応じて居ると聞く。ヘスペリアと国交を結ぶのはどの国にとっても益になるから、恐らく各国から使者が立てられるだろう。皇帝の婚儀は外交の絶好の機会だからな」
成る程、婚儀に託つけ外交合戦をする訳だ。然しそれだとすると、父以外にも外交を担える大臣なり大使なりが居た方が良いと思うのだが、誰が行くのだろう。
今回、国主が行くが随行員は最低限に抑えるそうで、人数は調整中との事だ。参列を一度断った時に、調整していた予定を白紙に戻した為、再調整が難しいらしい。そりゃそうだ、と納得する。
所で何故ヘスペリアと国交を結ぶのが益になるかと言えば、あの国の特殊性に有る。いや、国と言うより、場所だ。
元々ヘスペリアはほんの20年程前までは西邦六連合王国と名乗っていた。六つの国が持ち回りで国主を務め、聖王国と呼ばれた小さな国を冠と仰いでいた。
トゥマの様な小さな国が、西大陸の冠とされたのには訳がある。
彼の国は創世の時代と言われた遥か昔から存在する旧い国で、存在し続けた理由は今でも世界各地で謳われる『竜の友』の伝説による。昔、世界が崩壊しかけた時に、六人の仲間と共に世界を救ったと言う伝説だ。仲間の中には精霊や竜、更には魔族も居たと言われているが定かではない。
ただ言えるのは、竜の友は確かに実在し、それまで人間が使用出来なかった不思議な力、魔法を竜や精霊たちに託され使えるようにした。魔法使いの始祖と言える伝説の人だ。
その伝説の竜の友の生地であり、終焉の地がヘスペリアの皇都トゥマと言われている。其処には竜の友を奉る神殿の他、魔法使いの最高位『賢者』を目指す者達が学び研究を重ねる賢者の塔が有る。神殿は聖王国の王が祭祀を務める。王の系譜は遡れば竜の友に行き着くと言う。ヴァチカン市国の様なもの、と思って貰えれば良いだろうか? 人々の尊敬と信仰の対象、それが聖王国だった。
それが20年前にたった一人の欲深い男に壊された。王は幽閉され直ぐに身罷られ、当時妊娠中だった王妃は出産後、産褥で亡くなったとされる。男は産まれたばかりの姫の後見に名乗りをあげ、己を皇帝とした。
男の在位中は国が乱れに乱れ、国力は低下する一方だったが、当時心有る貴族たちは力を削がれ、潜伏して機会を待つしかなかったと言われている。そして十年前、力を蓄え反旗を翻して初代皇帝を討ったのが、現在帝位を正式に聖王家から任された皇帝一族である。
聖王家の姫は長年神殿に軟禁されていて、政治など全く判らない自分よりも、彼等の方が国主に相応しいと考え、更に国力の低下により元の連合国体制より、このまま帝国とした方が国が纏まると訴えた。元々聖王家の復権の為に反旗を翻した彼等は、当然の如く辞退したが姫の最初で最後の強権により、ヘスペリア全土に新皇帝の即位が発表されて、今に至る。
つまり何が言いたいかと言うと。
魔法発祥の地であり、神殿の総本山でもあるトゥマと関われなかった十年を取り返すべく、ヘスペリアと国交を回復したい国は多いと言う事だ。
身を持ち崩すのは呆気ないが、建て直すには時間がかかる。その言葉通り、未だにヘスペリアの中央はゴタゴタしているらしい。だが今回、皇帝が結婚すると言うなら多少はマシになったんだろう。
あ、因みに叔父が留学してきたのは、この一連の騒動が原因だと思って間違いない。当時、結構な数の貴族子弟が外国に留学や亡命をしてきたそうだ。其等は全て成人前の子供で、恐らく革命が失敗した時に、処罰を受ける事の無い様に先手を打ったと言う事だろう。…叔父の場合、成功してもそのまま留学を続けた上、結婚までしたのは先方にとっては思いもよらなかっただろうな、とは思う。
その後は少ない随行員の内、護衛を何人にするかとか、外交に明るい役人は誰かとか、話し合いを始め、俺が手持ち無沙汰なのに気が付いた叔父が、俺を連れて退室してくれた。正直暇だったので有り難い。将軍は恨めしそうに見ていたが、せいぜい護衛の調整をして欲しい。
部屋に戻ると既にライとルフトが待っていた。そう言えば今日はダンスの日だ。二人とも練習用の服を着ている。待たせた事を詫びつつ俺も着替える。
「クラウドには今日話が行ったんだ?」
ダンス用の練習着は礼服に近いので、マーシャに袖の釦やクラバットを手伝って貰っていると、ルフトが話し掛けてきた。
「うん、母上の代わりにね。ルフトも行くって聞いたけど、いつ頃知った?」
「俺も聞いたのは昨日。お祖父様が護衛で暫く不在になるって言うのは、随分前に聞いたけど、結局無しになったって言ってたのに、やっぱり行くことになったって。殿下も行くから俺も連れて行くぞって言ったら、母上が『それではわたくし達はお留守をお守り致します』ってさ」
そう言って溜め息を吐くルフトを見ると何とも言えない気分になる。話を聞いていると、どうもルフトの母は悪い人では無い様なんだが、気の使い方が間違っている気がする。もう少し歩み寄れないものかね、と余計な事を考えてしまう。
「ライは? 初めてお祖父様や伯父上に会うんだろう? 何か聞いた?」
「ん? あー、何だか従兄弟が多いから、覚えるのが大変だろうって言われたかな?」
「へぇ、従兄弟? 何人か聞いた?」
この場合、従兄弟と言うのはライの従兄弟ではなく、叔父の従兄弟だろう。ああ、でも叔父の兄の子供かも知れない。確か五歳上と言っていた筈だから、一人か二人は居ても可笑しくない。
俺の質問にライは指を折って答えた。
「確か、六人、かな? 父様と仲の良かったディオって人は、冒険者をやった後、騎士になったって言ってた」
「へー、珍しい。冒険者と騎士って余り相性が良くないって聞いたけど」
「何だか伯父上に引き抜かれたって聞いた」
成る程。ライの伯父は騎士団関係者なのかも知れない。公爵家の血筋ならその従兄弟もそれなりの血筋なんだろう。
「それじゃあ若しかしたら、ヘスペリアに行ったら向こうの護衛に伯父上達が居るかもね」
「そうだね。ボクも父様の親族には初めて会うから、どんな人か楽しみだよ」
はにかみ笑うライに、俺とルフトは顔を見合わせる。
…言っちゃ何だが、ライの素顔と叔父の顔、それと以前叔父が言っていた『自分よりも美青年』の言葉を信じるなら、彼の一族は美形揃いなんでは無いだろうか。
……あ、何かちょっと泣きそう。俺、努力してイケメンになれるかな……てか、努力しなくてもイケメンが何でこんなに多いんだ。若しソイツ等が努力したら、どんな顔になるんだ。想像つかない。
「クラウド?」
「…何でもない。練習、行こうか」
ライが不思議そうに俺を見るので、にっこり笑ってやった。凹んだ顔は見せたくない。特にライには。
ライは元々美少年なのに、何故か普通の顔に見られる護符を付けられて、自分の素顔が不細工だと思い込んでいる。だから、努力して色々な事を勉強している。護符を外しても恥ずかしく無い様に、不細工でも胸を張れる様に頑張っている。…全然見当違いだけど! 寧ろこのまま進んだら、超絶美形の完璧王子様が出来る気がする。王子俺だけど。
頭の中にぐるぐると色々な感情が渦巻くが、取り敢えずもっと色々と頑張ろう、と心の中で誓った。
―――途端、何時もの効果音。
『【不屈の闘志】のスキルを得ました』
あら? 今の決意ってスキル得る程の事だった? 相変わらずスキルと加護の貰える条件が判らない。と言うか緩すぎる気がする。その内スキルの整理でもするか。
そんな事を考えながら、音楽室へ向かう。
ダンスの練習と言ってもソコは流石の四歳児と五歳児。相手は居ない。先生から基本のステップを習ったら、後はひたすら反復練習。先生の手拍子に合わせて前後左右に足を動かし、クルリとターン。
相手が必要な時は、先生からくたくたのぬいぐるみが手渡される。白いウサギと黒いウサギ、茶色のクマ。柔らかさも手触りも申し分無いが、何故ぬいぐるみ。軽いから良いけど。
一度先生に訊いてみたんだが、にっこり笑って「コレが萌えですよ」と言いやがった。因みに念の為確認したが、先生は転生者でも何でもなかった。…つまりこの世界に『萌え』を広めたヤツが居たって事だ。
…まぁ他人に迷惑かけなければ良いですよ。うん。