Lv.09
新年明け早々、ライとルフトと言う俺にとって将来の腹心とも言うべき存在と出会い、ほぼ毎日のように遊び……元い、勉強をしている。
一歳違いと言うのは幼児期には結構な差があるのか、何をするにしても二人の方が先に出来るのが、何とも悔しい。
剣術と魔術は俺の方が上だと慰めてくれるが、それはただ単に俺の方が先に訓練を始めたからであって、同時に始めていればどうだかな、と思う。取り敢えず此方は二人に抜かされない様に、他は追い付けるように頑張る所存である。
剣術は最近では近衛のリシャールさんが教えてくれる。…と言うか、ルフトの祖父、ヤーデ将軍がやたらと俺達を構いたがり、ライの父、サーペンタイン隊長がそれを回収、序でにリシャールさんに指導を頼むと言う構図だ。何だかかなり迷惑を掛けているのだが、本人は然程気にしていない様でホッとしている。
俺としても、そろそろ前世の記憶頼りの自主練よりも、此の世界での剣術を覚えるべきだと思ったので、良い機会である。メインは居合いになってしまうだろうが、余り変な癖が付かない内に本格的に始めるべきだろう。
朝一番の走り込みや柔軟体操、打ち込みと素振りは相変わらず行っているが、三人で訓練する時はリシャールさん指導のもと、地道に長剣を振っている。後は馬上ではやはり槍が有利なので、槍も少々教わっている。
馬と言えば、つい先日俺を拐って連れ回した青毛だが、その後何故か俺の事が御気に召したらしく、姿を見掛ける度に寄って来ては俺の髪を食んでいく。しかも馬術の訓練で小馬に乗ろうとすると、必ず邪魔をする。
どうも俺が他の馬に乗るのが気に入らない様で、かと言って練習に使うには青毛は俺には大き過ぎる。仕方が無いので馬術の訓練をする時は、青毛には違う馬場に行って貰っている。
…この話が示す通り、青毛には決まった主人は居ない。
実はあの時、青毛は未だ騎士団に来たばかりで、慣らしている最中だったそうだ。立派な体躯の青毛は見映えが良く、近衛か聖騎士の隊長の騎馬にしようかと話が進んでいた所にあの騒ぎ。
どうやら青毛は俺を主人に選んだらしい。
だが待て。俺はアイツを乗りこなす自信は全く無い。大き過ぎる。幾ら努力するとは言っても限度と言うものがある。
なので、此処は引き下がって貰おうと、訓練が終わった後、フィルさんに頼んで青毛に会わせて貰った。
言葉は通じないが、青毛は頭が良い。此方の言う事は何となく理解しているだろう、と言う前提で撫でながら言い聞かせてみた。…その間、髪の毛は食まれっぱなしである。
「お前、俺が好きか?」
食みながら鼻を鳴らす。…是と判断して続ける。
「俺は見ての通り未だ小さくて、お前に乗るのは難しいんだ……痛ッ、ちょ、話は最後まで聞けッ!」
途中でへそを曲げたのか、俺の毛を引っ張って抜かれそうになったので、慌てて宥める。後ろで見守ってくれているフィルさんが、身を乗り出してきたが手出し無用と制する。
「…俺が小さいのはお前だって判るだろう? 俺を選んでくれるのは嬉しいけど、それだとお前も思うように運動出来なくてストレスが溜まるだけだから……って、だから咬むな、引っ張るな!」
俺の言う事が相当気に入らないのか、青毛は頭まで咬みだした。加減はしてくれている様だがマジで痛い。
「だからな、サイズを考えろ、と言ってるんだ。今すぐは無理だけど、もう少し俺が大きくなったら乗るから! 後、速歩くらいなら時々で良ければ付き合うから! 今は騎士団の人達の言う事を聞いて大人しくしてくれーーッ!」
途中から咬むのを止めた青毛は、俺にグイグイ鼻面を押し付けてきた。その勢いで転がった俺に更に鼻面を押し付け、身動きが取れない。流石にこれはマズイと判断したフィルさんが、俺を救出してくれた。
取り敢えず俺の言う事が理解出来たのか、これ以降訓練の邪魔はしなくなったが、終わる頃には鞍と轡と鐙を前に、「さぁ、乗れ」と言わんばかりに待ち構えるようになった。…乗ってやると言った手前、無視は出来ない。だが『時々』と言った筈なんだが。
そう言えば馬の寿命って何歳なんだろう。俺が成人するまで元気なんだろうか。そして待つつもりが有るのだろうか。
そんな疑問を後でこっそりフィルさんに訊いてみれば。
「20年から30年位ですから、殿下が成人なさる頃まで元気ですよ。訓練次第では、繁殖用種牡馬にして、優秀な仔を殿下の馬にするのも宜しいのでは無いですか?」
と、そんな答が返ってきた。
…まぁ其れまで青毛が俺に厭きていなければ考えようと思う。
さて、そんな最近の俺の心配事は、学校についてだ。
実は俺は、この世界に学校は有るのだろうかと疑問に思っていた。
魔法学園が有るのは知っている。士官学校も知っている。だが俺の言う『学校』は、特殊な技能や才能を必要とする特殊学校ではなく、万民が通える、普通学校の事だ。はっきり言えば、小学校は有るのか、と言う事。
何故そんな事を気にするかと言えば、俺が通いたいからに決まっている。
学校が特別好きだった訳では無いが、今のまま、ライとルフト二人としか友人、と言うより人間関係を築けないのは如何なものか、と思う。
あの二人が嫌いな訳では無い。寧ろあの二人が腹心候補で良かったと思っている。それに実際、あの二人だけでなく騎士団や魔術師団の人々とも関わりはある。だが同世代となると……限られる訳だ。
然し人間と言うのは色々居るわけで。俺としては色々なタイプの人間と付き合ってみたい。話してみたい。喧嘩もしたい。
それが、ライとルフト二人しか知らないのでは、やり合うパターンも限られる。出来れば学校と言う大きな空間の中、色々やってみたいと思っていたのだ。
幸いな事に、学校自体は有った。六歳から十一歳迄の六年間、平民から貴族まで分け隔てなく教育を受けさせてくれる、義務教育だ。
義務なので当然国費で運営され、授業料は掛からない。教科書代は掛かるが、これは内容が余り変わらなければ以前の物が使えるので、再利用が主流だ。
そしてこれが俺にとって一番心惹かれた点だが、学校内では一切身分の上下を問わない、と言う事だ。
まぁ実際にはそんな事は無いだろう、とは思っている。だが例え建前だろうが、身分を問わないと言う事は、学校にいる間は俺はクラウド・アルマース=エーデルリヒトでは無く、ただのクラウドと言う事で。傅かれる事も無く、対等な付き合いが出来るかも知れないではないか。はっきり言ってそれはかなり魅力的な話だった。
そんな訳で就学年齢になれば学校に通える、と楽しみにしていた俺だったが、それに待ったを掛けたのはルフトだった。
「下位なら兎も角、伯爵以上の貴族は家庭教師を付けるのがほとんどだよ? 男爵位でも付けられれば付けるそうだし、貴族子弟が学校に通うのは珍しいと思う」
何ィ? と思いライに視線を向けると頷かれた。
「ボクは母様の意向で学校に通う予定だけど、クラウドは……王族だから難しいと思う」
何と。貴賤を問わず通える筈の学校に、王族だから通えないとはそんな莫迦な話があるか。
思わずそう叫ぼうとして―――堪えた。
考える迄も無く、確かに王族がそう簡単に外出なぞ出来る訳が無い。護衛だって必要だし、先触れだって必要だ。学校に通うともなれば、常に護衛を控えさせる必要が有るだろう。俺の我儘で余計な人員を割いて良いのか? 良い訳が無い。
ノブレスオブリージュ――身分の高い者はそれに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務がある――と言う言葉がある通り、俺は王族として相応しい振る舞いをしなければならない。
平民の中には貴族は搾取する存在で、贅沢な暮らしをしていると誤解している者も少なくない。実際、そう言う領主が居るのも事実だ。
だが実際に多いのは、領民からの少なくはないが多くもない税で、ギリギリの領地運営をしているものが殆どだ。贅沢に見える暮らしも、必要に迫られて、だ。自領の産物をアピールし、流通させ益を得る。その最大のアピール出来る場所が社交界であり、利用しない手は無い。
其れを贅沢と非難するのなら、非難すれば良い。だが領民の生産したもの――農産物でも加工品でも――を消費し内外に知らしめるのは領主の役目だ。消費し流通させ雇用を産む。大事な仕事だ、言いたい奴には言わせておけば良い。
そしてそんな貴族としての役目を、王族が無視してはならない。
エーデルシュタインは宝石の産出国だ。王族は煌めく宝石を身に付け、外国の賓客や大使をもてなす。国の顔だ。身に付けた物が見事なら、加工が素晴らしければ、それだけ取引がしやすくなる。宝石の取引が多ければそれだけ国が豊かになる。国が豊かならば……後は言わずもがなだ。
俺が学校に行きたいと言うのは簡単だ。だがその為に他人を巻き込むのは本意ではない。
大人しく退くべきだ、と頭では理解している。だがこの程度の事なら少し位我儘を言っても大丈夫だ、とも思っている。
何だかんだ言った所で、俺は未だ四歳なのだ。王族としての義務やら矜持など、知らないふりをしても問題は無い。無いが、前世で経験した社会人としての常識が、責任を放り投げるなと訴える。
いっそ記憶など無ければ、悩まず学校に行きたいと言えただろうか。
贅沢な悩みだとは思う。あと二年の間に結論が出ると良いのだが。
俺の悩みは先送りにするとして、ライは学校に通い、ルフトは家庭教師が就くようだ。
正直な話、逆だろ、と思う。それはルフトも感じていた様で。
「侯爵家のライが学校に通って、伯爵家のオレが家庭教師って変だろ」
「そうかな?」
「そうだよ。だいたい、伯爵家だって家庭教師は最近つけなくなっているって聞いたよ」
「え、どうして?」
二人の会話に思わず割って入る。
「義務なのに入学しないのはおかしいって話が有るみたいですよ」
個別に家庭教師が就くとはいえ、上位貴族が子供を学校に通わせないのなら、平民の、しかも子供を働き手として必要とする家は、学校に通わせるより働かせる事を選ぶだろう。
そんな話もあって、義務教育が形骸化するのなら、いっそ王都だけでも全寮制にしてしまうか、とか、身分毎に学校を分けるか、と言う話が出ているらしい。
流石に全寮制はやり過ぎだが、身分毎に分けるのは一つの手ではある。公立と私立と考えれば判りやすい。
伯爵家以上の貴族が家庭教師をつける、逆に言うなら学校に通わせないのは、平民、つまり身分卑しい者と同列に扱われたくないと言外に言っている訳だ。後は無料の学校に等通わせなくても、同等の教育を受けさせる財産が有るとも。
そう言った連中は貴族子弟しか通わない学校が有れば、そちらに通わせるだろう。
ふむ、と腕組みをして考える。
俺は確かに学校に通いたい。だが其れは現状難しいと言う。特に例え俺が身分を偽って通ったとしても、護衛が付けられてしまうであろう時点で、それなりの身分だとバレる訳で。身分の上下を問わないと言っても、平民は遠巻きにするだろうし、貴族は身分を確認しようとする。バレたら要らぬ取り巻きが出来る。
―――これは避けたい。ただの予測で考え過ぎと言われるかも知れないが、不安要素はなるべく取り除きたい。学校に通って妙な取り巻きが出来るなら、家庭教師の方が未だマシだ。
二年先送りにしようと思った話だが、既に何らかの話が出ているなら話は別だ。
此処はもしかすると俺が我儘を言った方が話が進むかもしれない。
こう言った事は即断即決が良い。
俺は直ぐに執務中の父の所に赴き訴えた。
「父上、俺もライやルフトと一緒に学校に通いたい!」
…初めは俺の我儘と思い、諫めようとしていた父だったが、義務教育云々を言ってみた所、話を聞いてくれる気になったようだ。父は俺が前世持ちな事を知っている訳だし、何か思う所が有ったのだろう。
宰相も交えて話し合った結果、新たに私立学校を設立する事になった。私立と言っても、実際は公費で建てられる。違うのは、此方は入学金の他、授業料や施設運営費など徴収される点だ。金の無いヤツお断り―――庶民は公立へ、金持ちや貴族は私立へと言う構図だ。
これ等は差別化を図りつつも、等しく教育を受けさせる為の手段だ。貴族には、公立よりも良い環境で更に高度な教育を受ける事が出来るとアピールし、庶民には教育を受けるのは義務である事を知らしめる。
上手く行くかは判らないが、現状よりはマシになると俺は踏んでいる。聞いたところでは義務教育はかなり前から行っていたようだし、その割に通わせない家庭が多いのも問題になりつつあった。読み書きや基本的な計算など、教えることは山ほどあると言うのに、妙なプライドや働き手の確保などと言う理由で子供の権利を奪ってはならない。
貴族の方は通わせる事がステータスだと思わせれば簡単だろう。庶民も少なからず教育の大切さは浸透しつつ有るようだし、此処は子供を働かせるより学校に通わせる方が得だと思わせれば良い。
公立は給食を支給し、ある一定の収入以下の家庭にはその家族の一食分のパンを、出席すると支給したらどうかと提案してみた。
パン一食にも事欠く家庭なら飛び付く話だと思う。幾ら子供を働かせても、家族全員のパン代にはならないだろう。それを考えての提案である。
初めは公費が掛かりすぎると渋っていた宰相も、どうせどちらも運営するのは国だ、と俺が言ったら気が付いたようだ。
無いなら、有るところから回せば良いのだ。
私立から徴収する運営費や学費、給食費から回せば良い。元の世界と違って、経費の使い途が関係無い所に回っても、予め了承されていれば問題は無い。どうせ学費も運営費も、公立の運営費に回す心算で高めに設定されている。
知らぬ事とは言え、貴族が享受している利益を還元する。これこそノブレスオブリージュじゃね? と言ったら、父も宰相も笑っていた。
そんな訳で俺は私立に通うことにした。貴族子弟が中心の学校なので、最初から警備は厳重だし、公立同様、身分の上下を問わないのが前提となる。其れならば下手に公立に通うより、私立の方がバレにくい。
さて、これで二年先には楽しい…かどうかは判らないが、学校生活が待っている。其れまで頑張って勉強するか。
……と思っていたんだが。
一年早まりました。
俺が王子とバレたく無いなら、年齢誤魔化しちゃえよ、と宰相が言い出し、ライとルフトが一緒なら安心だよね、と父も言い出す。
その為にも勉強しっかりな、と笑って執務室から出されました……。
確かに二人と一緒なのは心強いけど、何か。何だか上手く言いくるめられた気がするのは、俺だけでしょうか?