数秒で語れる俺の過去
「いらっしゃいませ~」
いつものように挨拶をして、いつものようにレジを打つ。なんの変哲もない日常に戻った。
昨日や今朝までの出来ことがまるで夢のようだ。
「藤代くん。チェックおねげーしまーす」
この緩い感じで声をかけてきたのは、大学生バイトの真壁だ。
「わかった。行くよ」
「あー、ねみー」
彼はいつでも眠そうで、勤務態度も不真面目でしょっちゅうエロ本立ち読みしている。それだけならまだいいけど、年上の俺に全く敬意がない。いや、むしろ馬鹿にしているくらいだ。
「あの商品は、入り口のほうでって言ったよね? 真壁くん」
「え? そうだっけ? すんませーん。戻しておいてください」
「ええっ、俺が! …わかったよ」
情けない。でも強く言えない俺が悪い。
ゴミを出しに外へ出ると、小学生が朝の登校をしていた。
4,5人の少年たちが楽しそうに和気あいあいと歩いていく。
その暫く後ろから下を俯き、一人ぽつんと歩く少年。
(あ、あれは俺だ)
思わず自分の過去の姿を思い出した。
小学校の低学年の時はまだ普通だった。
友達も何人かいたし、俺はどちらかというと少し大人しいくらいで何も問題はなかったはずだ。ただ最初の亀裂は高学年に上がった時。みんながとあるゲーム機にはまっていたところ、俺は母さんに買ってと頼むことができず、ゲームを持っていない子は爪弾きにされだした。それから徐々に一人で帰ることが多くなっていた。そして、クラスの女子はいつの間にかピリピリと見えないバリアを張るようになり、俺みたいな地味な男子をキモイだとか近づくななど言い出した。なんだか怖くなって、女子というものに魅力を感じなくなっていた。
そんな時、出会ったのが魔法少女マジョデアルカだった。
彼女たちは、弱い俺になにも要求しなかった。否定もしなければ汚い言葉も言わない。それどころか己の頑張る姿を懸命に見せてくれた。その姿が、可愛くて、楽しくて、胸がどきどきした。
中学に上がると幸運にも趣味が同じ友達に出会えた。よく3人でアニメの話をして、それ以外のものを差別して自分たちを守って生きていけた。でもそれはあっという間の短い3年間で、その後、俺は高校へは進学しなかった。そして、2人はまともに進学をしていった。学校生活を送る彼らと仕事探しをする俺では日常のずれが生じ、繋がりが薄れ、とうとう連絡を取らなくなった。気づけば俺に残ったのは魔法少女マジョデアルカだけだ。
(それから今の状況に至る… って、最悪だよな)
自分自身が悲しくなる。
思わず目の前を歩く少年に声をかけたくなったくらいだ。
(頑張るなら、今のうちだぞ。お前も俺みたいになるなよ)
思わず見つめていたら向こうもたまたま視線をあげたようで、ばっちりと目が合ってしまった。
「やべっ」
少年は慌てたように驚いて逃げていった。
そのまま気づけば夕方となっていた。
俺は一度家に帰り、母さんに隆二さんとたまたま出会ったことから泊めてもらったことまでを説明した。あまり快い顔をしなかったけれど、相手を心配する言葉がちらほらでていたので少し安心した。
「まあ、相手がいいと言ってるならいいわ。あんたもたまには家を出たいでしょうしね」
「そんなことないよ!」
「ま、これを機に母さんもたまには一人の生活を満喫しようかしら」
くたびれたエプロンを着ていた母さんは、心なしか楽しそうな声色になってきていた。
「そんな大げさな。たったの二日じゃないか… やっぱりやめようかな、行くの」
母はいつだって強い。弱音を滅多に吐かないし、いつでも元気に動き回っている。でも、時々ふと気づく。その手はカサカサのボロボロになってるし、顔には皺が増えてる。俺の父親変わりにもなってくれているのに、俺は、母さんの支えになれていない。何一つとして返してあげれていない。
「バカね。あんた、いい加減に親離れしなさい。いつまでも母さんがいると思ったら大間違いよ」
「そ、そんなのわかってるよ! 女手一つで育ててくれた母さんにいつまでも心配させるわけにはいかないって思ってるけど」
「ちょうどいいわ。あんた、隆二くんの家に一週間くらい泊めてもらいなさい。あーいい案ね。お母さんから連絡しとくから」
この突拍子もないことを言いだすのも昔から変わらずで、いつも心臓に悪い。
「え? 何言って。電話番号だって知らないだろ!?」
「残念。あんたなんかより頻繁に会ってるからね」
「そ、そうなんだ(そういえば、隆二さんもそんなこと言ってたような)」
そう言うと行動力のある母はすぐに電話をした。あの優しい隆二さんでもさすがに断るとは思うけど、それで、図々しい奴だと思われるのはなんだか怖い。
「―――ええ、ええ。ありがとう。大丈夫よ。それじゃあ、悪いけどよろしくね。うん。また連絡頂戴」
数分話したかと思うと、ピッと携帯を切った。
そして、満面の笑みで俺にブイサインを向けてきた。
「いってらっしゃい。たまにはお互い羽を伸ばしましょ」
俺が何を言っても、母さんは意見を曲げたことはない。
「…わかったけど、俺の部屋勝手に入らないでよ。あと、一週間じゃなくて、2,3日で帰ってくるよ。隆二さんにも悪いから」
「あら、だめよ。母さんちょうど働きすぎで休めって言われているから久しぶりに実家に帰ってくるわ。一週間は向こうにいる予定よ」
俺はその言葉に単純にびっくりしてしまった。
「珍しいね」
「おじいちゃんのお葬式以来一度も帰ってなかったからね。そろそろ顔見せないと罰当たりでしょ」
「あれから十数年以上たってるし、十分罰当たりだよ。俺もついていかなくていいの?」
「なんで? 必要ないわよ」
親族やおばあちゃんたちと顔を合わせる気まずさがあるのではと思ったけど、ばっさりと断られてしまった。人が心配してあげているというのに。
俺はお泊り用の準備をして、元気に送り出してくる母を背に家を出た。
「いってらっしゃい」
「うん。いってくる」
たったの一週間だというのに、なんだかかなり遠くに行く気分になった。
(そういえば、裏DVDを見るのが目的だったはずなのに、まさかこんなことになるとは… 大丈夫かな、俺)
いざ、出陣! 魔法少女マジョデアルカはシリーズ13に突入。10年経っても続いている人気番組です。