けいおんぶ!
お父さんお母さん、本日は例年以上に良い入学式日和です。
きっと、前日に沢山の首吊り坊主を作ってお祈りしたおかげですね。
大きな私立の高校を目の前にして、あたしは天にいない両親にそんな現状報告をしていた。
他にも、真新しい制服を着た新入生がたくさん、胸いっぱいに溢れんばかりの希望を秘めて登校していることでしょう。
敬語で統一するのか、それともタメで話すかどっちかにしろ?
いやはや申し訳ない。
これがあたしのキャラ設定なので、直すに直せないんですよ、はい。
嘘。
設定とか。
何の世界にトリップしたとか、そんな話ではないのでね。
そんな話を期待していた人には悪いけど、ここはただのリアル。
現実。
非現実お断りです。
「さぁ、行きますか」
小声で気を引き締め、let's enjoy学園生活!
期待を新たに、一歩足を踏み出した。
全国共通のつまらない入学式を終え、あたしは伸びをしました。
いや、はっきり言ってこの学校、滑り止めだったわけで、本意ではなかったわけで、中学の友達は第一希望に受かったわけで。
つまりぼっち。
すでにクラスでは、幾つかのグループができていて、楽しげな話し声が溢れていた。
いいもん。
あたしは一匹狼を貫くんだもん。
別に涙を隠したかったわけではないけれど、ただなんとなくだけど、あたしは机に突っ伏した。
しかし、それは視界を遮ってくれるけど、音はシャットダウンしてくれない。
あたしはバックの中から秘密兵器、ウォークウーマンを取り出した。
それを制服の下に通して、耳にイヤホンを当てる。
本体はスカートのポッケに入れて、電源をオンに。
イヤホンはあたしの髪色とくりそつだから、今までこのことが暴露たことはない。
あたしは実は悪い子なのだよ。
べ、べつにぼっちが寂しいわけじゃないんだからね!
一匹狼なだけだからね!
誰に弁解してるんだろう。
さらに泣きたくなって、再び机に突っ伏しました。
部活何に入るー?
そんな話し声が耳に入りました。
今はイヤホンを片方外してるので、声が聞こえるわけです、はい。
ついでに、今はすでにオリエンテーションも終わり、帰宅途中で廊下を一人で歩いてるところでござる。
いやしかし、確かに何に入るべきか。
この学校は私立なだけあって設備は良いし、部活も多い。
だからこそ迷う。
できれば音楽系がいいんだけれど、それでも吹奏楽と軽音。
選択肢があるわけですよ。
「ピアノ出来るのは、軽音だろうか?」
どちらも良く分からないのだけど、どっちもグランドピアノを使うことはないような気がする。
そう。
何を隠そう、あたしはピアニストなわけですよ。
本物じゃないけど。
自称だけど。
これでもかなりの腕はあったのです。
でもまぁ、上には上があるもので、あたしよりも上手な男の子がいて、あたしの影は薄かったんだけどね。
「クラッシック部なんてのも、あれば良かったのに」
どちらも、今までのあたしとは方向性が違う気がする。
「クラッシックではないけど、ジャズならできるよ?」
ビクッ!
突然横から話しかけられた。
驚いてばっと横を向いたけど、い、いない…だと…!?
「ここだよぅ!ここここ!この四連発!」
下を向くと、いた。
あたしの胸くらいの位置に、女の子が、大手を振って見上げていました。
さっきも言いましたが、ここはまだ学校の敷地内なんですよね。
「どうしたの?こんなところで?迷っちゃったのかな?あたしも今から帰るところなんだ。一緒に行こうか?」
屈んで、女の子に目線を合わせる。
なるべく優しく言ったつもりだったのに、女の子は目を潤ませた。
そして無言で、首を振る。
長いポニーテールがそれに合わせて揺れた。
「あれ?大丈夫?おねーちゃんは怖くないよ〜」
にっこり笑って、仲間だよアピールをします。
すると、女の子はキッとあたしを睨みつけ、言いました。
「私、貴方よりも先輩です!」
驚き。
驚愕。
こんなに小さな子が先輩…!?
「今、小さいって思いましたね!私は魁皇高校二年の宇海 くくる!名前通り、海を束ねるほどの大きな人物なのですよ!」
そう言って胸を張るくくる…先輩。
あたしより大きい…だと…!?
いや、あたしの胸がちょっと控えめなのもあるけど、でも、こんな、こんな小さな子に負けた…!
「…負けました」
「え?…はい!そうなんです!私は貴方よりもずっと強いんです!」
突然のあたしの敗北宣言に戸惑うも、きちんと持ち直したくくる先輩。
自慢気に胸を張り、あたしを見上げた。
「ですので、勝った者の権限で貴方を部室まで連行します!ついてきてください!」
意気消沈するあたしの手を引き、何処かへ連れて行こうとする先輩。
あたしはそれどころではなかったけれど。
「栗原先輩!新入生連れてきましたよ〜!」
目的地は、音楽室だったらしい。
ガラガラと建て付けの悪そうな音を出す扉を開け、くくる先輩はあたしの手を掴んだまま入って行った。
そこで待ち構えていたのは、ひょろりとした、背の高い男の人。
顧問か何かだろうか。
男の人はあたしを見て、にっこりと笑った。
「ようこそ、僕らの秘密基地へ。僕は部長の栗原 宏大だ。好きに寛いでくれ」
寛いでいいのか。
つかこの人部長なんだ。
普通に先生だと思っていました。
「栗原先生!違うでしょう!まずは新入生歓迎の演奏ですよ!」
「あぁ、そうだったそうだった。じゃあ、そこの椅子に座って待っていてくれ。今準備するから」
そう言って、栗原先輩は音楽室のど真ん中にあったドラムに座った。
くくる先輩も、奥から何やら取り出す。
ギターとかその辺ですかね?
しかし、くくる先輩はあたしの予想を遥かに上回った。
くくる先輩が、その小さな体で必死に支えるそれは、クラッシックオーケストラでよく見られる、あの…。
コントラバスゥゥゥウウウウ!!
「えー、えっと、貴方お名前は?」
くくる先輩が尋ねた。
その間も、あたしはくくる先輩がそのあまりにも体に不釣り合いなコントラバスに潰されないか心配です。
「えっと、佐藤です。佐藤 りりか」
くくる先輩は、お酒の瓶とかが入ってそうな黄色い籠を逆さにしたものの上に乗った。
「そっか。りりかちゃん。えーっゴホン!これから、りりかちゃんを歓迎する演奏会を始めます!ベースは私、宇海 くくる。ドラムは栗原 宏大先輩。サックスは…ってあれ?!聡美ちゃんは!?」
「勧誘に行ったよー」
栗原先輩が答える。
「えぇ!?」
とにかくハプニングらしい。
主旋律がいない!とくくる先輩は嘆いた。
すると、突然音楽室の扉が開かれた。
「私の出番のようね!!」
現れたのは、若いスーツ姿の女の先生。
手にはファイルとトランペットを持っている。
この人が顧問のようですね。
って、トランペット…?
「馬場ちゃん!いいところに!!」
あれ?
やけに親しげな呼び方。
くくる先輩は、救世主が現れたとばかりに歓喜した。
トランペットの先生は、黙ってセンターに立ち、ファイルを床に置いてトランペットに口をつけた。
そして次の瞬間、目の前で爆発が起きたかのような感覚に陥った。
若干暴走君のトランペットが主旋律を奏で、ドラムもそれに負けじとくらいつく。
そんな二人が行き過ぎないように、ブレーキのような役割を果たすくくる先輩のベース。
一曲が本当にあっという間だった。
「えーっと、トランペットは我らが顧問。馬場ちゃんこと、馬場 由紀子でした!」
くくる先輩が締めた。
あたしはまだぐわんぐわんする頭を抑え、パチパチと拍手した。
たった一曲なのに、馬場先生と栗原先輩の額には汗が浮かんでいた。
しかし、三人とも満足げに笑っていた。
「あの…上手く言葉にまとめられないんですけど、すっごかったです!かっこよかったです!」
あたしがそう言うと、くくる先輩が嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう」
馬場先生は、そんなくくるを孫でも見るような目で見つめてから、ファイルを拾い上げ、中から一枚の紙を取り出した。
そして、それをあたしに差し出す。
「はいこれ」
見ると、それは入部届け。
希望部の欄にはすでに軽音部と書かれている。
…軽音部?
「ここって軽音部なんですか!?」
「え?言ってなかったけ?」
とくくる先輩。
聞いてませんよ!
ドラムはまだしも、トランペットとコントラバスが軽音部!?
明らかにジャズ系の曲だったのに!!
軽音と言えば、あれじゃないのか!?
放課後音楽室に集まってお茶を飲む奴じゃないのか!?
「いやー、ありがとう。軽音部は人気なくてねぇ、今年新入生が二人以上こないと廃部だったんだ。いやー、助かった」
なんてぬかす栗原先輩。
「私がジャズ好きなもんでね。趣味全開で教えたらこうなっちゃった。毎年、先生がたには怒られるんだけどね」
なんて軽く言い、その巨乳を見せつけるように上のボタンを外す馬場先生。
「りりかちゃんが入ってくれるなんて、嬉しい。やっぱり、私の目に狂いはなかったね」
と微笑むくくる先輩。
あたしの気持ちを一言で表すなら、やっぱこれでしょう。
「詐欺だ!!」
あたしはばっと駆け出し、この魔の巣窟から逃げ出す。
開けようとした扉が、突然勝手に開かれる。
そこにいた人に、あたしは咄嗟に対応できなかった。
「ただいまー。誰も掴まんなかったわ〜ってわぁ!」
見事、先輩のお胸に体当たり。
ま、負けた…!
この中で一番小さいのはあたしか…!!
「「「ナイス聡美ちゃん(サットー)(聡美)!!」」」
「えっ、この子誰?」
サックスの聡美先輩らしい。
戸惑う聡美先輩を放って、お祭り騒ぎの三人。
抗う気力を無くしたあたしは、その胸にずっと頭を押し付けていた。
今回の最大の被害者聡美ちゃん