第一話 イミネント・アブノーマル 7
「この人顔がくぼんでるわよ」
「少年漫画みたいな感じになっててワロタ」
ふと見ると、不良は泥の上で伸びていた。クレーン車も元通りの姿を取り戻している。
平山先輩と天野先輩は倒れている不良の顔を見て笑っているようだ。
俺の後ではさっきまで戦っていた松木先輩が疲れたような様子もなく、携帯で話をしている。誰かに連絡をしているみたいだけど、さっき言っていた先生だろうか。
「揚丞」
真理が呼ぶ声の調子はいつもよりも幾分か高かった。
「よくやれたわね」
「真理のお陰だよ」
「……そう」
そう言って微笑む顔も、どこか嬉しそうだった。
「先輩、こいつどうするんですか?」
まだ不良を眺めていた先輩たちに尋ねると、二人は同時に顔を上げた。
「私たちに協力してくれる人がいるから大丈夫よ」
「これで安心暗黒神」
…………暗黒神?
「今丁度その人に電話をしていたんですよ」
「暗黒神に?」
「えっ」
「えっ」
俺と松木先輩のやり取りに、横で真理と天野先輩はクスクスと笑っている。
「コピペ乙」
平山先輩も何か言っているが、意味はわからない。
「協力者って誰ですか?」
今日は質問してばかりの気がする。
「警察の人」
「えっ」
真理はなんでもない風にそんなことを言った。当然、俺は驚く。
まさか警察まで絡んでいるとは思ってもみなかったからだ。いったいこの部活はどうなっているのだろう。
なんだか大変なことに首を突っ込んだのではないかと、今更になって不安が募る。
「大丈夫よ。安浦さんは普通の優しいおじさんだから」
天野先輩が言うことには、どうやらその刑事さんは「安浦さん」というらしい。どこかで聞いたことがあるような気がする名前だ。数年前に終わった人気の刑事ドラマシリーズだったか。親父がよく見ていた。
「さて」
松木先輩は現場の様子を見渡し、場を区切るように言った。
「事後処理が終わるまでさっきの続きで『生存能力』について改めて説明させてもらいましょう」
清澄な空気の中、松木先輩は能力についての話をした。
「さっきも言ったとおり、僕達の能力は一般的に言う『超能力』です。使い方を知らなければ邪魔にしかなりませんし、使い方を誤れば身に余る大変厄介なものになります。いわば剥き身の日本刀です。君がそれで闘うことを知らなければ、洗濯物を掛けられない物干し竿にしかならず、使い所を誤れば人を傷つけるだけの危険物です。そうならないためにも、まずはよく理解をしてもらいたい」
先輩が息継ぎをしたタイミングで、俺は軽く頷いた。
「では、続けます。これも先に説明したことですが、『生存能力』は形を持って現れるものとそうでないものがあります。君の能力は見た限りでは前者の『人形型』のようですね。この『人形型』にはある特徴があります」
「何ですか?」
「『人形の状態』が『本体』、即ち『生存者』にフィードバックされるということです。ダメージを受ければそれに相当の痛みと傷が伴います。これを利用すると『生存者』の特定や今回のような荒事で役立ちます。ただ、中にはこの特徴を克服していたり、例外的に影響を受けないものもありますから、注意が必要です。更にその名の通りに『人形』には『糸』があります。つまり射程範囲が決まっているのです」
ほう。
「その距離以上に『人形』を離して動かすことはできません。『糸の長さ』は個人によって違いますから、見極めが肝心です。そして次に『領域型』についてですが、こちらは『人形型』と違い超能力を空間に広げるものですから、『本体』に直接ダメージを与えることしかできません。しかし逆にこれは近づかなければなんとも無いと言えます。ですから、『糸』の長い『人形』は非常に有利に働きます」
なるほど。
「それから、僕のようなものは珍しいのですが、両方の定義に当てはまったりそうでなかったりする変わった型である『特殊型』では、『人形』を持っていなかったり『領域』が必要でない場合があって、一見すると普通の人です。ですが間違いなくこちらの『生存能力』を認識できています。ああ、分かっていると思って説明を省きましたが、『生存能力』を認識できるのは『生存者』です。君のように素質が開花し始めていたり、無意識下で『生存能力』を発動しているような人も含まれます。……で、話を戻しますが、僕たちの先輩はそういった超常的な『生存能力』を悪用する人間たちに対抗するために『生存部』を作りました。もちろん正式な部活動などではなく、『生存者』による集まりです。あの部室は初代の部長が12年前に作ったものだそうです。僕らはそれを今でも拠点として使っているんですよ」
先輩はそこまでを大体一息で話しきった。
すごい量だけど、不思議と内容が頭に残る。
というか、12年も前から「生存者」がいたなんてのが驚きだ。いつ頃からいるのだろうか。
「『生存者』の存在を確認できる最初は14年ほど前の人です」
この人も心を読めるらしい。
「生存者」は皆そうなるのだろうか。
いや、多分、俺の顔に全部出ていただけかな。
「その人こそが今、僕らが待っている安浦さんです」
「…………ってことは、その刑事さんも『生存者』ってことですか?」
「はい」
松木先輩はあっさりと言い切った。
こちらにとっては結構重大なことなのだが……
しかしまあ、刑事さんが協力してくれている訳は、なんとなくわかった……にしても、この町は大丈夫なのだろうか。
「それから、この『生存者』の発生について不思議なことがあります。そのことについて研究するのも僕達の活動の一部です」
先輩の顔がいっそう真剣さを増す。
俺たちみたいな能力の存在以上に不思議なことなんてあるのだろうか。
「『生存者』はこの町でしか確認されていないんです」
………………あったわ。
「この町だけって、どうしてですか?」
「それはわかりません。分かっていることは、言ったとおりに『生存者』がこの町、もっと正確に言うなら、概ね旭高校を中心とする円で囲まれた地域でのみに『生存者』が存在しているということだけです」
それはつまり……
「それが何かしらの物体なのか、それても地理的な問題なのかは分かりませんが、『生存者』発生の原因は間違いなくこの周辺の地域にあるということです」
先輩の言葉が切れると同時に、撫でるような風が山から吹き抜ける。
それは何か得体の知れない、不思議や未知を運んできているようだった。
俺達5人の間をひんやりとした空気が満たした。
「……そろそろ安浦さんが来る頃ですかね」
松木先輩が懐から携帯を取り出した。バックライトが薄く広がる。
俺も腕時計で時間を確認すると、5時45分を指していた。
学校を出たのが4時45分ころだったはずだから、1時間くらい経ったことになる。
たったそれだけの時間で、こんなにも自分に変化が訪れるなんて……考えもつかなかったし、今でも信じられない。
一体俺はこれから先、どうしていくべきなのだろうか。
わからない。
「なあ、真理」
無意識の内に呼びかけていた。
「俺の力って、役に立つのかな」
なんにも考えてないだけあって、我ながらえらく抽象的な問だ。
「……それは分からないけど、少なくとも1度は私を助けてくれたんだし……役に立たないことはないんじゃない?」
答えてくれた彼女は、微かに笑っていた。
かつて彼女を守れた。
ついさっき思い出したことだけど、確かに俺の力が人を救えたのだ。
…………少しだけ、俺のやるべきことが分かった気がする。