第一話 イミネント・アブノーマル 4
雨も止んで日も傾きかける午後4時、放課後になったので俺は真理に言われたとおり、三階に来ていた。
しかし、肝心の「生存部」が見当たらない。
一応全ての教室を確認したが、それらしきものはなかった。
こうなったら帰ろう……と言いたいが、真理との約束、ましてや何か重大なこととなれば、そんなことはできない。もう一回探し直そう。
そう考えていた時だった。
「こっちよ」
どこからか真理の声が聞こえてきたのだ。
辺りに人影はなく、教室なんてものもない。
なぜなら、今いるのは3階の端、外に出る非常階段の扉しかないような廊下だからだ。
「真理?」
どこにとでもなく、呼びかけてみる。傍から見れば頭のどうにかしたかわいそうな人間に思えるだろう。
「ここよ、ここ。見えるでしょ?」
声のした方を向くと、右手側の壁に、木製の扉が半開きになっていた。
「ここが『生存部』の部室よ」
扉が完全に開かれると、真理とその奥にまた人がいるのが見えた。
「さあ、入って」
突然のことに呆然としている俺を、朝のように真理が手を引く。
そして、俺は目の前に突如現れた謎の空間に引きこまれた。
そこは広さ以外は普通の教室と変わらない造りだった。タイル張りの床、大きな窓。
部屋の真中には長机が二本向い合ってくっつけられている。
広さは俺の家の居間+台所と同じくらいだから、多分12畳くらいか。
そんな部室の中では、机にいろいろなものを広げて、3人の人がそれぞれ何かをしている。
「あら、お客さん?」
まず声をかけてくれたのは、一番手前でお茶を飲んでいた美少女だった。
普段から真理で見慣れているのとはまたタイプの違う美少女だ。
真理が顔の目鼻立ちがくっきりとした外国人的な美しさなら、彼女は端正に整った大和撫子といったところだろう。茶髪気味のセミショートとしっとりとした黒髪ロングというのも対比できる部分だろう。
…………俺はこの人をどこかで見たような気がするのだが、思い出せない。どこっだたろうか?
「新入部員です、先輩」
真里はそう言って俺をその美少女の前に突き出した。近くで見るとなおのこと輝いて見える。
「新入部員?『能力』は?」
「まだです。けど、間違いなく持ってます」
「ふぅ~ん……」
俺を飛び越えて、美少女同士で会話が行われる。
新山が聞いたら発狂するだろうな。
「ところで、そこの彼が噂の真理ちゃんの旦那さんかい?」
部室の奥のほうから声がしたので、そっちを見ると何か分厚いハードカバーの本を読んでいるメガネをかけた男子生徒がいた。
「違います。というかどこからそんな噂が」
真理がわずかに顔をしかめた。
「僕のクラスだと陸上部の生徒からだね」
ああ、元凶は新山か。なんとわかりやすい。
「犯人は新山ね。何してくれてんのよあいつ」
1組でよかったな新山、8組だったら延々とお説教だぞ。真理は理詰めで人間性まで否定してくるから怖い。
「てかこういう時ってまずは自己紹介じゃね?」
部室の一番奥、机の上座でノートパソコンをしている人が居た。
こう言っては失礼だが、体型とか顔とかの見た目から、いわゆる「オタク」という雰囲気が漂っている。
「真理ちゃんはいいとして、まずは俺から。俺は3年5組の平山孝太。『能力』とかはこれから説明するから、まずは名前だけ。ほい次」
一番奥のオタクっぽい人、平山先輩は少し手前にいるさっきの眼鏡の人を指さした
「僕は3年3組の松木優聖。一応この部の部長ということになる。よろしく」
「じゃあ最後は私ね。3年5組の天野和枝よ。よろしくね」
3人の自己紹介を聞いたのだから、自分も名前くらいは言っておかねば。
「2年1組の飛騨揚丞です。えっと、その、自分がどうしたらいいのかよくわからいんですが、あの、よろしくお願いします」
見知らぬ先輩たちの前で自己紹介など初めてだ。やっぱり人前というのはどうにも慣れない。
ただ、この天野先輩にはやっぱりどこかで見覚えがある。このもやもや感を解消しないというのは、どうにも気持ちが悪い。
「あの……天野さんってどこかで……」
聞くは一時の恥、思い切って本人に聞いてみる。
「はぁ!?あんた和枝先輩知らないの!?2年連続ミス旭よ!?」
そしたら、横から大音量で真理の声が来た。
ミス旭、文化祭の時に行われるミスコンテストで選ばれる学校一の美女……だったはず。それでどこかで見たような気がしたのか。
「いやぁ……文化祭のイベントとかは大体寝てたし……」
「何それ。そういう時はちゃんと楽しみなさいよ」
「そう言われてもなぁ」
「……私も出てたのに……」
「え? そうだったの?」
「このバカ! もういいわよ!」
俺と真理がそんなことをやっていると、横で天野先輩がクスクスと笑っていた。
笑い方まで上品なのは、真理には真似できないな……などと言ったら泣きながら怒られてしまうだろう。
「あなた達本当に仲がいいのね。噂通り過ぎてちょっとびっくりしちゃったわ」
一体どんな噂が流れているのだろうか。それはそれで気になるところだ。
「自己紹介も終わったし、早速だけど僕達や僕達の『超能力』について説明させてもらってもいいかな?」
立ち上がったのは松木先輩。
部屋の隅から、他の先輩たちも座っているのと同じパイプイスを持ってきて、俺に渡した。
それを広げて、机の下座に座る。いつの間にか真理も椅子を持ってきて隣に座っている。
松木先輩が椅子をこちらに向けて腰を下ろすと、平山先輩と天野先輩もこちらに向いた。
「最初から質問で悪いけど、真理ちゃんからはどこまで聞いたんだい?」
静かでありながら確かな口調。
安っぽい表現だが、インテリって本来はこういう人に使う言葉なんじゃないだろうか。
「私が話したのは私と先輩方に『超能力』があるってことだけです。あとは、こいつの発現が『領域』を認識できる程度には進んでいるってことですね」
「そうですか。では、最初から始めましょう。僕らは世間一般に言われる『超能力』を持っていて、これを、あくまで内輪だけではありますが、『生存能力』と呼んでいます。そして『生存能力』を持つ人間を『生存者』と呼称しています。ここまではいいですか?」
俺は一つ頷く。
「では続けます。この『生存能力』は文字通りに『ある状況下で生存するための能力』で、『命の危機』から生き残るために発現するものである、というのが今のところ僕達が採用している仮説です。これは各自の経験から導かれたものですから、ひょっとしたら例外、例えば生まれついての『生存者』がいる可能性は否定できません。そこで飛弾くん、君は『能力』が目覚めるような経験、つまり『命の危機』に出遭った、もしくは実際に『生還した』経験はありませんか?」
突然の問に一瞬怯んだ。
「『命の危機』……」
記憶がある分全てを思い出そうと頭の中がグルグルと回転する。
「……多分……無い……と思います」
しかし、そんな記憶は思い当たらなかった。
ただ昨日の出来事のように、すっぽり記憶が抜け落ちているだけで、本当はそういうことがあったのかも知れない。けど、今はそんなことがあったようには思えないのだ。
「……バカ……」
横でポツリと真理が呟く。
彼女の方を向いても、目を逸らされてしまった。ひょっとしたら、なにか知っているのか?
そうだとしても、今聞くのは難しそうだ。
「そうですか……では一体どうして『能力』が……」
松木先輩は悩みこむように顔を強張らせた。
「生まれてすぐとか記憶のない内に何かあった可能性は?」
「確かに、それはありえますね」
天野先輩の発言に、松木先輩ははっとしたように顔を上げた。
そして言葉を続ける。
「その辺りのことは機会があれば、ということにしましょう。すいませんでした。さて、僕達『生存者』が有する『生存能力』は主に3種類に分けられます。『超能力』の塊である『人形』を召喚する『人形型』、『超能力』が使用できる、あるいは『超能力』そのもので満たされた空間を展開する『領域型』、そしてどちらでもないかどちらでもある『特殊型』です。ここで孝太が『人形型』、真理ちゃんと和枝さんが『領域型』そして僕が『特殊型』です。ちなみに、僕ら『生存部』の顧問の先生も『領域型』の『生存者』です。君の『能力』については後で分かることでしょうから、一応その時の参考にして下さい」
先生まで「超能力者」なのか……この学校大丈夫か?
「先生についても、いつか紹介するでしょうから、心にとめておいて下さい。……概要はお伝えしたので、さらなる詳細は追って話します。今日はやることがあるので」
一気に喋るのを終えた松木先輩は立ち上がって全員の顔を見回した。
「今日もいるかしらね、あの人」
天野先輩が持っていた茶碗を机において松木先輩を見た。
「確実にいるでしょ。ほら、犯人は現場に戻ってくるって言うし」
答えたのは平山先輩だった。先輩はノートパソコンを閉じて、松木先輩同様に腰を上げた。
それに天野先輩と真理も続く。
「あの……どうしたんですか?」
俺には4人が一体何をしようとしているのか、見当もつかない
「どうしたも何も、昨日の工事現場に行くのよ」
俺の顔を見下ろす形で、さも当然というように真理が言い放った言葉は、間違いなく俺の理解力を超えていた。
「え? 何で? え?」
真理は俺を見下すような視線を向けた。それこそ虫か何かを見るように。
「私たち『生存者』が持つ『能力』は極めて異質で特殊なものなのよ。もし、それを想像しうる範囲内で最大限に悪用する人間が現れたら、『生存能力』を持たないただの人にはとてつもない脅威になるわ。だから、私たちはそんな人間が大きな事件を起こす前に、未然に叩きのめす活動をしてるのよ」
俺の疑問に天野先輩は懇切丁寧に答えてくれた。なるほどわかりやすい。
しかし、こんな美少女から「叩きのめす」だなんてワードが聞けるチャンスは二度と無いだろう。
新山が聞いたら泣いて悔しがるだろうな。
「わかったら行くわよ」
真理に二の腕を掴まれ引っ張られる。今日だけで何度目だろうか。