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第一話 イミネント・アブノーマル 3


 降りしきる雨の中、傘のために空けた空間を挟んで、俺は昔から馴染みのある少女と向き合っている。

「揚丞、昨日のことは覚えてる?」

 昨日のこと、あの工事現場のことか。

「……いや、何も」

 覚えているのは「わけがわからない」ということだけだ。

「じゃあ、あんたは『超能力』って信じる?」

 雨音のなかを切り裂くように、彼女の声が頭の中に駆け抜ける。

 「超能力」。

 確かに彼女はそう言った。何のことかさっぱりわからない。

 昨日のことと何か関係があるとでも言うのか。

「なんだ、何の話だ?」

「『超能力』、マンガやアニメの話じゃないわ。現実の話よ。今、間違いなくあんたはそんな世界に足を踏み入れてるのよ。だから、それを理解してもらうために話をさせて」

 彼女の顔は真剣そのもので、俺は何も言えずにただ黙っていた。

「いい、まずは『超能力』ってものがほんとうにあることを知ってほしいの。私が実際にやってみるから、そうね、ちょっとノート出しなさい。何でもいいから」

言われるがままに、カバンからノートを取り出して彼女に手渡す。

すると、彼女は無言でそのノートから数ページを引き剥がした。

「おい!」

「大丈夫よ。これから実演するって言ったでしょ」

 わけがわからない。真理は何をしようとしているのか。

 「超能力」だなんて言われても、信じられるはずがない。

「いい?私には物体を修復する『超能力』があるの。正確に言うなら『私が知っている最初の状態に戻す能力』。よく見てて」

 そう言って彼女は、破れたページをノートの上に重ねて、こちらに差し出す。そして、一瞬あたりの空気が微かに揺れた。

 何かが足元を高速で這っていったような感覚に襲われる。

「今、下をなんか通らなかったか?」

「『領域』の発生を感じれるってことは、大分進んでるわね」

 また分からない言葉が増えた。

 「領域」ってのはさっきのあれのことか?

「私の能力はこの『領域』の中でしか働かないの。さっきのはこれが展開される余波よ」

 にわかに彼女の手が光を放ち始める。当然、俺のノートもその光のなかに包まれていく。

 そして、それは一際強い輝きに飲まれて、反射的に俺の目が閉ざされる。

「直ったわ」

 聞こえてきた彼女の声は、到底信じられるものではなかった。壊れたものが道具なしで元通りに直るなんてことはない。

 まして「超能力」なんて尚更だ。

 そう思いながら、目を開けたとき、俺は目の前にある一冊のノートに目を凝らした。

 上に載っていたページは消えていた。しかし、それがすぐに直ったことには繋がらない。

 俺は彼女の手からノートを受け取り、パラパラとめくった。……どこにも破れた箇所は見当たらない。

「わかった?これが私の『能力』。『法外の診療所(イリーガルクリニック)』」

 中学生が考えたような名前だ。

「あ、あんたいま私のことバカにしたでしょ」

 心を読みやがった。

 これも「超能力」の内なのか?

「そんなことない」

「ウソ。絶対ウソ。あんた昔っから嘘つくの下手だもん」

 どうやら「超能力」ではなかったらしい。

「まあいいわ、これから先のことは学校に行きながら話すわ。それから、放課後に3階の『生存部』に来て。そこでもっと詳しく教えるから」

まくし立てるようにそう言うと、彼女は学校に向けて、歩き始めた。

俺はというと、どこか遠くに取り残されたような気がして、その場から足を動かすことが出来ずにいた。

「遅刻するわよ」

 10mと離れていない距離での呼びかけも、俺には遠い遠い場所からの声に聞こえる。なぜか、なぜか彼女がここではない場所に行ってしまったような気がするのだ。

「どうしたの?」

 気が付くと、覗き込むようにした彼女の顔がすぐ15cmくらい前の位置にあった。

 驚いて一歩後ずさる。

「早く行くわよ」

 そう言って俺の手を引いていく彼女の顔は、心なしかさっきまでよりも楽になったように見える。

 理由は分からないが、自分の表情がほころぶのを感じた。


 学校に着いたのは8時20分ぐらいだった。

 それまでに話したことといえば、彼女が言っていた「生存部」なるものについてのことだ。

 最初名前を聞いた時はサバイバルゲームでもやっているのかと思ったけど、どうやらそこには彼女と同じような「超能力者」、「生存者」と呼ばれる人達が集まっているらしい。

 なんで彼らが「生存者」と言われているのか、名乗っているのかは後で説明する、とも言われた。

「それじゃ、また放課後にね」

 玄関で彼女と別れ、いつものように二階まで階段を上る。習慣的なこの動きですらも、今日は彼女のせいで特別なことに思えた。

「おっす!よーすけ!また夫婦で仲良く登校か!死ね!」

「うるせーよバーカ。あいつはそんなんじゃねーっての」

「ハハハハ、爆発しろ」

 教室に入るなり、バカで友人の新山健人(にいやまけんと)に絡まれた。

 高身長・陸上部エース・おもしろい というモテる男の条件的なものが結構揃ったこいつは、女性関係に一切恵まれない哀れな男である。学年的には(本人は一切言及しないが)「バイ」ということで通っている。

 多分本当にそうだと俺は思う。それどころか口では言っているだけで、本来は「ゲイ」なのではないかとさえ疑っている。

「学年最高レベルの美少女と毎日学校に来る気分はどうだコノヤロウ」

 毎回こいつに言われて思い出すのだが、真理は確かにかなりの「美少女」……らしい。俺にはよく分かんないことだ、見慣れているから。

「普通じゃないの?」

「地獄に落ちろ!」

 俺の返答に新山は半ば叫び声を上げて、窓の方に走っていった。

 これもいつものことである。

 ふと時計に目をやると、8時28分、ホームルーム2分前だった。

 さっさと席に着いたほうがいいと思い、自分の席、窓際の前から三番目にカバンを置いて椅子に座る。それとタイミングを前後して、担任(35歳独身のゴリマッチョ)が教室に入ってきた。いつものように笑顔で、いつものように上下ジャージだ。

「おはよう!お前らニュースは見たか?この辺で訳わからん事件が起きてるらしいからな!注意しろよ!」

 そしていつものように暑苦しい喋り。

 そう、何もかもがいつもの通りであった。

 今日も、それから明日も、いつもいつも「いつも通り」が続けばいいと、そう思う。

 「超能力」も「物騒な事件」もない、ただただ平穏で静かな「日常」があればいいと、そう思っていた。


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