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第一話 イミネント・アブノーマル 2


 朝、朝は好き。

 透き通る風に歌う小鳥、濁った空から降り注ぐ雨粒、淀んだ雲間に輝く朝日。

 一日の始まりに見るものはすべてが美しく見えるから、私は朝が好き。

 だけど、今は窓の外に広がる雨雲よりも、昨日あの場所で出会った『あいつ』のことが気にかかる。

 『あいつ』の名前は「飛騨揚丞ひだ ようすけ」。

 私の隣人で幼馴染。幼稚園以来の腐れ縁で、誕生日と生まれた病院も一緒。

 これではまるで何かよろしくない運命共同体なのではないかと疑ってしまう。

 今は同じ高校の1組。私は8組だから、登下校の時以外に会えるようなことはない。

 性格は若干内向的且つ鈍感でマイペース。喧嘩・暴力沙汰には到底縁がなさそうな少年らしくない少年。

 成績は理系科目のみ良好、趣味は家事と読書。

 未だに幼稚園時代の私が「結婚して」と言ったことを覚えているらしく、度々そのことでからかってくる。

 しかし、今の私は出来れば「あの日」にあった別のことについて覚えていて欲しい。何故あいつが忘れてしまったのかはいいとして、昨日のあれを見られたからには、思い出してもらわないといけない。

 帰った時の様子では、昨夜のことも覚えているか微妙なところだけれどね。まずは昨日のことの説明から始めないといけないのかしら。面倒ね。

 ……考えてみると、私の面倒事や心配事は全部揚丞が関係してるんじゃないかしら。小学校5年生の時、好きだった男子に告白したら「揚丞いるじゃん」と言われたりもした。

 あいつは間違いなく私の人生において最大級の障害物なのよね。

 そしてまた今も、私の心を悩ませる憎たらしいあんちくしょうは、こっちの気も知らずにボケーッとしてるんだろう。まったくもって腹が立つ。

「まりー。ごはんできたよー」

 下でお母さんが呼んでいる。

 いつものことだけど、私は料理ができないのでお母さんに任せっぱなし。けど、そこまで自分で何も出来ないと思っているのかしら。朝くらい自分で起きれるのに。

 ベットを降り、階段を下り、リビングに入ると真ん中に置かれたテーブル(いい加減に買い換えろ、と言いたくなるようなアンティーク)の上に私とお母さんの分の朝ごはんが置いてある。

 お父さんは先に食べて仕事に行ったんだろう。

「早く食べて学校行きなさい、揚丞くんのことで心配な事があるでしょ?」

「なっなんであいつが出てくんのよ!」

「だってあんた、あの子以外のことでそんな顔してるの、見たことないわよ」

 どうやら私は、親にまで揚丞以外に悩みや心配がないと思われているらしい。これはどうしたものか。

 ひとまずはお茶を飲んで落ち着こう。こういう時は落ち着くけ、と揚丞にも前に言われたしね。

 そうね、それがいいわ。

「さっさと結婚でもして、孫の顔を見せてちょうだい」

「ぶへっ にゃ、なにいって ゴホッ」

 思わずお茶を吹いてしまった。この四十路半ばのおばちゃんは何を言ってるのだろうか。

 「あの日」のあいつならいざ知らず、今のあいつは、なんというか、男として見ることは無理なのよ。そう、男らしくないのよ。

 お茶を拭いて、ご飯を口に運びながら納得する。

 お茶を吹いてから拭くとは、なかなかうまいことになっていると思う。

「男らしくない~とか思ってるのはあんたの言い訳でしょ」

 何です、心を読みやがりましたかこの母は。

「言い訳って何よ!言い訳って!」

 ご飯粒が飛ぶけど気にしない。

「だから、あんたどうせ『男らしくないからダメ』とか言って揚丞くんを無理矢理に恋愛対象から外してるんでしょう?そんなのはあんたが勝手に思い込んでるだけで、ホントは素直になりたいけどなれないだけなのよ。お母さんも昔そうだったからよく分かるわ」

 うん十年前の恋話を持ちだしたてきたよ。

 前にお父さんが「母さんは昔はツンデレだったんだぞ」って言ってたのはそういうことか。卵焼きと一緒に溜飲が下がる思いだ。

「うるさいうるさい。私はそんなじゃないわ。お母さんと一緒にしないで」

「はいはい、早くご飯てべて揚丞くんと学校行きなさい」

「だから……っ!」

 反論しようにも、言葉が見つからない。どう言っても返されてしまいそうだ。

 こんなときは、黙るに限る。ええ、黙ってしまえばいいのよ。

 さあ、さっさとご飯を食べてしまいましょう。

「あんたの悪い癖は、都合が悪いとすぐに黙ることだね」

 どこまで見透かしますかお母様。

「とにかく、あいつなんか対象外だから。学校行くのが一緒になるのも、たまたま家が隣だからで」

「たまたまでもあの子と帰ってきた時のあんたは嫌にうれしそうだけどねぇ」

「うるさい!」

 ああもう、ホントにお母さんは……

 将来間違っても、こうはならないようにしよう。

「ごちそうさまでした」

 朝ごはんを食べ終えて、食器を台所に。シンク台の上に平皿と茶碗とコップを置いて、洗い桶に水を溜める。

 しばらくの時間があるからふと前、隣の家の窓を見ると、件のバカの顔があった。

 何よ、何でそんな不服そうな顔してんのよ。一瞬言葉に出そうになる。

 ただ、多分ではあるけど、こっちも相当に面倒くさそうな顔をしていると思う。そこはお互い様ね。

 その辺りで金桶に水が溜まったので、中に食器を入れて、体を反転させる。その時に思わず、ため息が漏れた。

 これからやることを思うと、自然と出てくるのだ。はぁ、先が思いやられる。


 さて、7時43分。

 あいつよりも若干早めに、そう、あいつはいつも7時45分ぴったりに家を出るから、それよりも早めに私は家を出た。

 今の雨も午後にかけて強くなってくそうだから、お気に入りの赤い傘を持っていく。傘を差して少しの間、隣家のドアの前に立っていると昔のことが思い出される。

 一緒に登下校をして、一緒に遊びまわった小学校時代。

 一緒にいるのが気恥ずかしくなって、少し距離を起き始めた中学時代。

 そして何よりも、今日これからあいつに話すことで一番重要になってくる「あの日」のこと。

 「あの日」の事件もこんな場所で、いま私の立っているようなアスファルトの上で起きた。

 それを何としてでも思い出して、私と一緒に来てもらわなければ。

 雨の向こうで飛騨家のドアが開く。当然、扉の影からは悩みの種が顔を見せている。

「おはよう揚丞、話があるわ。ちょっと付き合ってちょうだい」

「おう。俺も聞きたいことがあったんだ」

 これで……多分こいつの人生は大分狂わされるのだろう。

 だけど、そうしないと、「自分の力」に気づいてもらわないと、こいつはおろかその周りの人達が危なくなるかもしれない。

 はあ、気が重い。

 何で私がこんなことをしなくちゃならないんだろう。生まれを恨むわ。

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