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第一話 イミネント・アブノーマル


 翌朝、気が付くと俺は自室のベッドで寝ていた。

 昨日あの後にどうやって家に帰ったのか、帰ってから何をしたのか、全く記憶にない。覚えているのは、あの場所で見た異様な光景だけ。

 映画やアニメのように人の形になったショベルカーやクレーン車。

 重厚な破砕音と共に壊れていく建築中の社宅。

 そして……そんな場所で出会うとも思っていなかった『彼女』の姿。

 『彼女』の名前は「桜庭真理(さくらば まり)」。

 俺の隣人にして幼なじみ。幼稚園から小学校、中学校とずっと同じクラスの腐れ縁。

生まれた日と病院までもが同じという程だ。

 ここまでくると何か呪いめいたものすら感じる。

 現在同じ高校の8組。俺は1組だから、登下校以外の学校内で出会うことはまず無い。

性格は若干短気ではあるものの、概ね温厚。喧嘩や荒事とは一生縁がなさそうな少女らしい少女。

 成績は良好、苦手な物事は家事と爬虫類・両生類。

 幼稚園の時に俺に将来結婚しようと言ったことをまだ覚えているらしく、そのことをからかうと顔を真赤にする。

 何故そんな彼女があの場にいたのか、というよりはそもそも彼女がそこに居たということが疑わしい。

 あの出来事すべてが夢だったんじゃないかと思える。

 むしろそう考えるしか、今、心の中にあるモヤモヤとしたものを晴らす方法がない。窓の外に見える雨雲らしい黒雲が更に心を曇らせる。

 一日の始まりがここまで重苦しいなんて、いつ以来だろうか。

 中学時代に、好きだった女子に告白して振られた日の翌日よりも重たいのは確かだ。

 あの時は確か、「真理ちゃんがいるのに」と言われた気がする。「あれはただの幼なじみだ」って言っても信じてもらえなかったな。

 俺が悩んでたりする時はいつも、真理が関わっているんじゃあないか。

 考えてみると本当にそんな気がする。

 逆に、真理以外のことでは悩んでいないということになるな……いや、それは無いだろう。

 何か他に悩み事とかはあったはずだ。そう、あったはずだ。


 重い腰を上げて、ひとまずは朝食を摂りに一階の居間に向かう。

「おはよー」

「おはよう。飯できてるぞ」

「うーい」

 居間では半纏を着た親父がテレビを見ながらコーヒーを飲んでいた。台所との境にあるテーブルの上には、目玉焼きと味噌汁が置いてある。

「どうした暗い顔して。真理ちゃんと喧嘩でもしたのか?」

 ……どうやら俺は、本当に真理以外のことでは悩まないと思われているらしい。

「ちげーよ」

 そう、違う。断じて違う。

「うそこけ。お前が真理ちゃん関係以外で、浮かない顔してる時なんてないだろ」

「ちげーし。あんなやつどーでもいーし」

「ははは、お前は毎回そればっかりだなぁ」

「うっせ」

 こんなときはさっさと飯を食べてしまうに限る。

 そうしたらこの鬱陶しいおっさんとも無駄に顔を合わせなくて済むだろう。

「あ、そうだった、揚丞」

「なに?」

 目玉焼きの端っこを咥えながら親父のほうを見た。

 親父の手には今日の朝刊がある。

「昨日の夕方、ほら、お前の学校の近くに金田工業の社宅建設地あるだろ?あそこで重機とか建築中のコンクリ壁だとかが壊されたらしいぞ」

 親父が開いて見せたページには、昨日俺が『あれ』を見た工事現場の写真が載っていた。間違いなく、昨日のあの光景は現実であったのだ。

「お前もこの辺通るだろ?だったら、しばらくは近づかないほうがいいんじゃないか?ほら、昨日みたいに真理ちゃんと一緒だったりするだろうし」

 ……どうやら、昨日俺は真理に連れられて帰ってきたようだ。

 とは言っても、全く覚えていないのだが。

「ああ、気をつけるよ」

 少しして、7時になるとテレビから時報と共に最新のニュースが流れてきた。それによると、最近各地で不可解な事件や事故が多発しているらしい。なんとも物騒なことだ。

 しかし、俺もつい昨日、そんなことを目撃したのかと思うとゾッとしない。

「ごちそうさま」

 朝飯を平らげ、条件反射的に食器を台所に持っていく。

シンクにある洗い桶に濯いだ皿を入れ、ふと正面の窓に目をやると、隣の家のキッチンの窓の向こうに真理が見えた。

 何だか不機嫌そうな、面倒くさいと言いたげな顔をしている。すると、真理と目が合い、その場でしばらく見つめ合う形になった。

 俺の頭の中には、昨夜の彼女の姿が浮かんでくる。いたって平生、いつもと変わらない彼女の姿が。

 少しして、彼女は恐らくだが、ふぅとため息を付いて目の前から立ち去っていく。俺は、そんな彼女の様子に不審とも不安ともつかない、なんとも言えない複雑な気持ちになったのだった。


 7時45分、いつも通りに家を出て学校に向かう時間。

 制服に着替え、カバンを持って玄関を出る。

 家から学校までは歩いて20分くらいの比較的近距離だ。自転車ならもっと早いだろうが、俺は健康のために毎日歩いている。

 真理にはジジィ臭いと言われた。だけど、そう言いつつも彼女も通学は徒歩だ。

「ジジィ臭いんじゃあなかったのか?」

と、茶化してみたら

「うっさいわね。私の勝手でしょ」

と、突っぱねられた。

 まったく、女の考えることはよーわからん。

 そんなことを思いつつ玄関を出ると、今さっき降り始めた小雨の中、真理が彼女のお気に入りである赤い傘をさしながら佇み、こちらを重苦しいとも取れる表情で見据えていた。

「おはよう揚丞、話があるわ。ちょっと付き合ってちょうだい」

「おう。俺も聞きたいことがあったんだ」

 この時、俺は単純にいい機会が巡ってきた、とそう思っていた。

昨日、一体何があったのか、そして彼女が何を知っているのか、いろいろ聞けるチャンスであればいい……

 ……そう思っていたのだが。



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