表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

初説 異郷・迷 ~メイドと主とヤモメな眼鏡~ 前編

今でも鮮明に思い出す


忘れない、忘れてはならない


・・・それこそが私の罰なのだ


















そこは山中の森であった。


太陽の光は届かず、立ち並ぶ木の群れはどこまでも同じような景色を作り出し、人を惑わす。


突如として降りだした雨による霧も、それに拍車をかけていた。





「しまった・・・道に迷ってしまった・・・」




全身を濡らす雨の中、そんな呟きが痩身の男から洩れる。


若くない、されども老いてもない、おそらく四十には届かないだろう、黒い喪服にその身を包んだ男だ。


それなりに整ってはいるが、しかしどこにでもいるようなありふれた顔。


ただ、全てを削ぎ落とされたかのような無表情が異彩を放っていた。



「参ったな・・・早く帰らなければ、あの子に叱られてしまう。」



そう呟きながら、彼は娘のことを考える。


よく出来た優しい娘だった。


あまり出来が良くない私と違って実に聡明な子だ、おそらく妻の血が濃いのだろう。


出来過ぎてあまり父親ぶれないのが少し寂しいと思ったこともあったが、今では感謝している。


まがりなりにも家族の形が保てているのは、間違いなく彼女のおかげだから。


駄目な父を支える、優しい娘。


そんなこの世に舞い降りた天使のような彼女でも、私の現状を知ればさすがに愛想を尽かすだろう。


・・・・母の三回忌に現れず、森で濡れ鼠になりながら遭難している父の姿を見れば。



「・・・・これ以上父の威厳を堕とす訳にはいかない。」



輝く銀縁眼鏡のつがいを押し上げ、そう強く決意する・・・無表情で。


だが悲しいかな、彼は気付いていなかった、彼の威厳など既に地に堕ち、マイナスに突入していることを・・・


眼鏡が放つ銀光がいっそう物悲しさを醸しだしていた。







森の中を男は歩く。


その足取りは重く、疲労の色が滲んでいた。


霧はますます深くなっており、もはや一寸先すら確認できず、あたりはどこまでも白い世界で閉ざされている。



「・・・まずいな。」



完全な遭難である。


もはや彼は自分がどこにいるのかを完全に見失っていた。


・・・この山はかつての彼の遊び場であり、泥だらけになって遊んだ馴染み深い場所。


そうした気安さからか、ついつい奥に入りすぎてしまった、その結果がこのザマである。



「・・これも報いか、君から逃げ出した。」



そう、彼は逃げ出したのだ。


妻の死から3年


その絶望から未だに立ち直れずいる自分を妻に見せるのがたまらなく恥ずかしく、妻の墓前に顔向けする心の整理ができなくて、気持ちを落ち着かせるために一人になりたかったのだ。


妻が死んだ日。


その日から彼は笑えなくなった、他のことはできる、ただどうしても笑うことができなかった。


妻は私に笑っていて欲しいと言っていたのに。


その願いを未だに叶えることが出来ない自分が不甲斐なく、合わせる顔がなかった。


だからだろうか、早く帰らなければと焦る一方、どこか安堵しているのは。


そんな矛盾を抱えて歩く、だから・・・



迷うのは必然であった。















・・・くらりと


目眩を覚えた。










雨に打たれすぎて風邪でも引いたかと思ったが、目眩は一瞬で、すぐに何事もなくなった。


・・・いや異変はあった。


目の前にはいつの間にか巨大な洋館が、その威容を湛えていた。


こんな山の中には似つかわしくない、見事な作りの館である。


霧はいくらか晴れ、雨はいつの間にか止んでいた。


霧の隙間から見える館の周りには、館を包み込むように満開の桜が見事に咲き誇っている




「いらっしゃいませ、お客様」



彼がその光景に目を奪われていると、その耳に清廉な声が聞こえた。


驚き、声に振り返れば、そこにある別の花に目を奪われた。


・・・メイドである


メイド服にその身を包んだ少女がそこにはいた。


年は十代そこそこであろうか、銀の糸のような腰まで流れる髪に、紅玉のような瞳が印象的な、可憐というよりは綺麗という言葉が似合うような大人びた少女だった


・・・そしてなにより巨乳である。押し上げる2つの塊は圧倒的な暴力であり、その威風に生粋の巨乳愛好家(おっぱい星人)である彼はなす術もなかった。



「・・・素晴らしい」


「どこを見て言ってらっしゃいますか?お客様」



眼鏡のつるを押さえ、銀光を放ちながら囀る愚者に、しかしてメイドはその笑顔を崩さず応対した。目は笑っていなかったが。



「・・・・コホン、当家に何か御用でしょうか?」


「じぃぃぃぃぃ・・・ハッ!?・・・失礼、とんだご無礼を。」



居住まいを正して彼は告げる。



「私は葛木辰也と申します。

 勝手にそちらの敷地に入ってしまい大変申し訳ありません。

 ・・・恥ずかしながら、実は帰る道がわからなくなってしまいまして、出来れば町に戻る道を教えて頂けないでしょうか。」



彼の言葉を受け、彼女は困ったような顔をして、次に笑顔で提案した。



「御丁寧ににありがとうございます。

 私は当家のメイドをしております九条詩織と申します。お気軽に詩織と呼んで下さいませ。

 ・・・案内して差し上げたいのはやまやまなのですが、何ぶん今は霧が出ていますので。

 どうでしょう?明日になれば霧が晴れると思いますので、本日は当家にご滞在なさっては。」



彼女の思いもよらない提案に彼は思案する。


たしかにこの霧では迷うのが関の山である、彼女の申し出は渡りに船であった。しかし、



「・・・よろしいのですか?このような不審な男を受け入れて。」



自分の格好を考える。


山の中で濡れ鼠になりながら徘徊する喪服の男、しかも無表情な。


常識的に考えれば関わるのはご遠慮したい出で立ちである。


しかし、彼女は笑顔でこう告げた。



「構いませんよ。これでも人を見る目には自信がありまして、お客様は悪い人には見えません。

 それに当家を訪れた方には精一杯のもてなしをするよう、主から仰せつかってますので」



殊勝な人もいるものだ。


彼女の笑顔を見ながら彼はそんなことを思った。


今の自分を見て、悪い人ではないと断言する彼女の人を見る目とやらは曇っていると思うが、せっかくの好意である、ありがたく受け取ることとした。


・・・これで娘の自分に対する株価が暴落することが確定したのが、ひどく憂鬱であったが



「すみません。それではお世話になります。詩織さん」


「はい、それではこちらに来て下さいませ、葛木様」


彼女に導かれ、館の中に入る



・・・これが始まりだった







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ