本当と偽り
「お嬢様? 大丈夫ですか?」
頭上から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「なんで? なんで……あんたがここにいるの?」
なんで、水瀬海斗がこんなところにいるの?
「お嬢様がお戻りになられないので、迎えに参りました」
私、そんなに長くここにいたんだ。
すると、水瀬海斗は急に座り込んで、私の頬に触れた。
「泣いていらしたのですか?」
私、触れただけでわかるくらい泣いてたの?
パッン!
「泣いてない!」
私は水瀬海斗の手を弾いた。
「帰る」
私はすぐに立ち上がった。こんなところにいたって、しょうがないし。
「かしこまりました」
水瀬海斗も私の後ろを付いてきた。
どうして怒ったり、嫌な顔したりしないの?
私は部屋に戻りすぐに顔を洗った。
目、すごく赤くなってる。私、どんだけ泣いたんだよ……。そりゃああの執事も気づくはずだよね。
「本当素直じゃないよな、お前。自分の気持ちと反対のことばっかりしてさ」
リビングに戻ると、いつもきっちり締めているネクタイを緩めながらそんなことを言ってくる水瀬海斗の姿があった。
「あんた、さっきまでと全然性格違うと思うんだけど」
さっきまでと話し方も違うし、声も低くなってる。
「これが本当の俺。学園の俺は、偽りの俺」
ふうーん。こいつの裏の顔ってことね。まぁ人は裏表がある人のほうが多いし、私もいろいろな顔がある。エリートは性格悪い人が多いって言うしね。
「で、さっきの言葉はなに?」
「さっきの言葉って?」
とぼける気か。
「自分の気持ちと反対のことばっかりしてるってやつ」
素直じゃないことは、瑠香や翔も気づいてると思う。でも、私が自分の気持ちと反対のことをしているというのは誰も知らないはず。なのに、なんでこの人が知ってるの?
「それがお前の悪い癖だ。その他にも泣き虫だし、怖がりだし、心は弱いし。父親みたいに強くなりたいと思ったが、心のほうは強くならなかった。そうだろう? 碓氷華恋さん」
なんで私の短所を知っているの? それに私の本名まで。どうして? 私は誰かに教えた覚えなんてないのに。
「どうして、知ってるの?」
「あと、お前が無理してるっていうのも知ってる。星名グループの後継者としてそれにふさわしい人間にならなくてはならない。それがお前をもっと追い込んでるんだ」
なんで私のこと全部知ってるのよ。私の質問には答えないし。
「お願いします。そのこと、みんなには黙っておいてください」
私は頭を下げた。
とにかく、こいつが誰かに言ってしまえば星名家の名に傷がつく。それだけは、避けなくてはならない。もうこれ以上、おばあ様に嫌われるのは嫌だから。
「別にいいよ」
「本当?」
そうなってくれるとありがたい。
「そのかわり、条件がある」
「条件?」
不利な条件でなければいいけど。
「今から言うことを絶対に守ること。一つ、俺に嘘をつかないこと。二つ、契約を解除しないこと。三つ、俺のことを海斗と呼び捨てにすること。この三つだ」
えっ!? そんなことでいいの?
「あっ! 一つ目と二つ目は共通な。あと三つ目のやつは、あいつとかあんたって呼ぶのもなし。海斗しか許さない。それ以外は却下な。破ったら罰を与える」
罰なんて与えるの? それになんか楽しそうだし。それに仮契約が正式な契約になっちゃったじゃん。まあしかたない、秘密にしてもらえるんだからこのくらいは我慢しないと。
「これからよろしくお願いいたします、華恋お嬢様」
また性格変わってる。こんなにすぐ変わるもんなのかな?
「あの、二人っきりのときだけでいいからお嬢様扱いしないでくれる? 私、そういうの嫌いだから」
「人に何もかもやってもらうと弱い自分に戻ってしまいそうだから? まあ今も十分弱いけどな」
何ってこと言うんだ、この男は。あんなこと言わなければよかった。
「そんなことまで覚えてたの?」
「はい」
なんでそんなどうでもいいことまで……。
「とにかく、二人っきりのときはお嬢様扱いしないで」
「わかった」
これで少しは楽に生活できそう。
「華恋」
「はっ、はい!」
急に名前で呼ばれるから、びっくりした。久しぶりに名前で呼ばれたし、男の人に呼び捨てなんて初めてだから。
「どうかした?」
「急に名前で呼ばれるから、びっくりして」
なんか、心臓バクバクしてる……。
「だって、お嬢様扱いちゃだめなら名前で呼ぶしかないだろう?」
たしかにそうなんだけど、なんか恥ずかしい。
「名前で呼ばれるの、慣れてないから」
そう言って下を向いた瞬間、あたたかなぬくもりに包まれた。
「えっ!?」
私、抱きしめられてる?
「華恋、かわいすぎ」
たぶん、今私の顔真っ赤だ。
私は顔が見えないように隠した。
今すぐにでも離れたいけど、顔が赤いのは見られたくない。
「華恋、顔真っ赤でしょ」
ばれてる?
「見てないのになんでわかるの?」
見てもいないのに、わかるはずがない。
「そう言うってことは、顔赤いんだ?」
こいつ、むかつく。
「じゃあ、確かめてみよ。もし赤かったら、罰を与えるから、覚悟してね」
そう言った瞬間、海斗の口角が上がっていたことを私は見逃さなかった。
「ちょっと!」
私は壁に押し付けられて、身動きがとれなくなってしまった。やっぱり、Sクラスの執事なだけあって、抵抗できない。あの人たちとは大違いだ。こんなにも差があるの?
「ほら、やっぱり顔真っ赤じゃん」
しまった!
「罰って、何すんの?」
「さあね」
海斗はそう言ったあと、私に顔を近づけた。
「んっ」
私の柔らかいものと、海斗のそれが重なりあった。
私、キスされてる?
私は頭の中が真っ白になった。
「離して!」
私は海斗を突き放した。
「ごめん、華恋がかわいすぎてつい」
「もういい! 私、もう寝るから!」
バン!
私は寝室に向かい、勢いよく扉を閉めた。
さっきのキス、すごく優しかった。
私は自分の唇に触れた。さっきの感触がまだ残ってる。
海斗、優しいのはふりって言ってたけど、でも本当はすごく優しい人なのかな?




