温かなぬくもり
海斗ともとに戻って、やっと落ち着いた頃にはもう冬休みが間近に迫っていた。
当然学校では、スキーや別荘・旅行に行くなどで、みんな楽しそうに話している。
まあ、私は家には帰らないので寮でのんびりと過ごすかな。
「華恋、冬休みも寮に残るの?」
「そのつもり」
瑠香には家のことを話してある。隠し事はなしという約束をしたから。癖のことは、瑠香が話さなくていいと言ったため話してない。
「一人、寂しくないの?」
寂しい、か……。
「慣れてるから大丈夫だよ。それに、家よりも寮のほうが落ち着くしね。あそこの空気は嫌いなんだ」
あの家には、私を笑顔で迎えてくれる人がいない。温かさを、感じられないんだ。
瑠香が心配そうな顔でこちらを見ている。
「大丈夫だよ。だから、私の分まで楽しんできてね」
私は笑った。
瑠香は、冬休み中、スキーに行くらしい。
「わかった。華恋の分まで楽しんでくる」
瑠香も安心したのか、にこっと笑ってくれた。
そして数日後、ついに冬休みに入った。
みんな自分の荷物を持って、次々と家へと帰っていく。
「海斗は家に帰るの?」
私はソファーで本を読んでいる海斗にそう聞いた。
「俺はここに残る。家にいてもつまんねえし」
年末年始、家族で過ごさなくて良いのかな?
「ここにいてもつまんないと思うけど」
せっかくの休みだし、家族で過ごしたほうが良いと思う。いつでも帰れるってわけでもないし。
海斗、私に気を使ってるのかな?
「別につまんなくない。だって」
海斗は急に立ち上がり、こっちに向かってきた。
な、何!?
「好きな奴と年末年始を一緒に過ごせるんだから」
海斗……大好き!
「あっそ。勝手にすれば」
でも、素直になれないんだよな……。本当はすごく嬉しいのに。
「華恋、可愛い」
そう言って、海斗は私の頭をなでた。
今年は、一人で過ごすかと思ってた。でも、海斗が一緒にいてくれるんだ。
私は少し安心した。
コンコン
誰?
「俺が出る」
海斗はそう言って、ドアのほうへと行ってしまった。
ガチャ
「あの、どちら様でしょうか?」
「申し遅れました、遠矢と申します。華恋様はいらっしゃいますか?」
この声……。
「申し訳ありません。華恋お嬢様は今――」
「遠矢さん!」
海斗の前には、黒色のショートヘアーと紫色の瞳を持ち、右目は前髪で隠れている男性がいた。
なんで遠矢さんがここにいるの?
「海斗、この人は遠矢直也さん。祖母の執事をしている人よ」
海斗に遠矢さんのことを説明した。
「水瀬海斗と申します。華恋お嬢様の執事をさせていただいております」
海斗は自分の名を名乗り、遠矢さんにお辞儀をした。
「君が華恋様の執事を。遠矢直也だ、よろしく頼む」
二人は握手をした。
「遠矢さん、なぜここに?」
おばあ様に関係することなのかな?
「総帥がお呼びです」
「祖母が?」
呼び出すなんて珍しい。
「はい」
遠矢さんをここに来させるんだから、よっぽどのことなんだろう。おばあ様が私を呼ぶために自分の執事を使わすなんて、滅多にないのだから。
「執事も、連れてくるようにとのことです」
海斗も?
「わかったわ。海斗、行くわよ」
「はい」
私たちは遠矢さんの車に乗り、星名家へと向かった。
「どうぞ」
「ありがとう」
ここに来るのも数か月ぶりだな。
私たちは、遠矢さんの案内でおばあ様の部屋へと向かった。
コンコン
「華恋様たちをお連れしました」
「入りなさい」
中からおばあ様の声が聞こえてきた。
ガチャ
扉が開かれ、中ではおばあ様が珍しく部屋の中央にあるソファーに座っていた。
おばあ様の部屋には、中央にソファーが向かい合わせに二つずつ置かれており、その間にはテーブルが一つ置かれている。部屋の奥には机が一つ置かれており、おばあ様は他の会社の社長などが来ていないときは、いつもこの机に座っている。机の左端には、資料などが収納されている本棚が置かれている。
「ここに座りなさい」
「はい」
私はおばあ様の座っているソファの向かい側に座った。
海斗は私の横、遠矢さんはお茶を出し、おばあ様の横にそれぞれ立っている。
「急に呼び出してすまなかったわね」
おばあ様が私に謝罪? 私を自分の部屋に呼び出したとしても、謝罪なんてしないでいつも用件だけ伝えてさっさと追い出すのに。
「いえ」
「学園にはもう慣れましたか?」
しかも、学園のことまで聞いてくる。私がどんなことをしていようと何も聞いてこなかったのに。
「はい」
今日のおばあ様、いつもと違う。冷たい感じじゃなくて、昔みたいな優しい感じに戻ってるような気がする。
「あなたが華恋の執事ですね?」
今、華恋って言った? いつもこいつとかあなたとかしか言わないのに。海斗の前だからかな?
「はい。水瀬海斗と申します」
海斗はおばあ様に向かって自分の名を名乗り、お辞儀をした。
「これからも、華恋を頼みますね」
「はい」
どうして? 今日のおばあ様、いつもと違う。
「さて、本題に入りましょう」
本題? なんか、部屋の中の空気も一瞬で変わった。張り詰めたような、緊張感のある空気だ。
「華恋、あなたの活躍は理事長から聞いています」
理事長から? お母さんと仲が良かったんだし、そういうことを聞いていてもおかしくはないか。
「華恋、優里たちからの手紙は、もう読んでいますね?」
手紙のことも、理事長に聞いたのかな?
「はい」
「では、あなたの両親があの学園に通っていたことは知っていますね?」
お母さんたちの話をするの?
「はい」
両親が死んだときに顔色一つ変えなかったくせに?
「もう少しあとに話すつもりでしたが、あなたに真実をお話しします」
真実?
「まず、あなたの誤解を解いておかなくてはなりませんね」
誤解?
「私は、優里と航さんの結婚を反対していたわけではありません」
「えっ!?」
おばあ様は、結婚を反対していなかった? だって、お母さんそう言ってた。
「あなたはたぶん、優里にこの話を聞いたのでしょう。『私が反対していた』、と。でもそれは嘘なのです。私がそう言うように言いました」
おばあ様が、お母さんにそう言うように頼んだ? どうして?
「優里は病気でした。発見が遅く、もう治らないと医者に言われました。そこで優里は、自分の娘が星名グループの次期後継者になることを確信した。それを知った私は、あなたをもっと強くしようと思った。そうしないとこの世界で生きていくなんて不可能だから。優里も同じ思いだった。だから優里に嘘をついてもらったわ。私が理由もなく冷たい態度を取ったら不自然でしょ」
そんな……。
「父はどうなるんですか? 母が病気だったというのはわかりました。ですが、父は健康だったんですよね?」
すごく元気だったもん。笑ってたもん。
「えっ!?」
おばあ様なら知ってるはずだ。
「あの日両親は、帰ってる途中で事故にあった。運転していたのは父だと聞きました。家で荷物を整理しているときに見つけたんです。父が母に向けて書いた手紙を。そこには、『俺は生きるときも死ぬときもお前と一緒だ』と書かれていました」
そんな手紙読んだら、嫌でも考えちゃうじゃん。
「華恋、何を言っているの?」
おばあ様が焦ってる。図星、なのかな?
「その手紙の内容と先程のおばあ様のお話から、父は意図的にあの事故を起こしたと考えられます」
やばい……。泣きそうだ。
「華恋、それは違うわ。あのとき運転していたのは航さんだったわ。助手席には優里が乗っていた。運転している途中、優里が発作を起こした。それに焦った航さんは正確な判断が出来ず、そのまま……」
私の、ただの勘違いだったってこと?
「そんな……」
勝手に涙が流れていた。
「お嬢――」
「華恋!」
おばあ様に思いっきり抱きしめられた。
「おばあ様……?」
私、おばあ様に抱きしめられてるの?
「ごめんなさい。あなたには辛い思いばかりさせてしまったわ。でもあなたは、星名家の次期後継者というプレッシャーにずっと耐えて努力してきたわね」
必死だった。おばあ様に認めてほしくて。
「いえ」
でも、まだ足りないんだ。もっともっと上に行ける。
「これからは気軽に家に帰ってきてちょうだい。たった一人の、血の繋がった家族ですもの。執事さんも一緒にね」
「はい!」
昔の、優しいおばあ様だ。
「今日は部屋でゆっくり休みなさい。遠矢、案内してあげて」
「はい」
「失礼します」
私はお辞儀をし、おばあ様の部屋を出た。
あれ? 海斗が出てこない。
それからしばらくして、海斗が出てきた。
「おばあ様と何を話してたの?」
「なんでもねーよ」
ん?
「真実がわかって、後悔してるのか?」
海斗は私の顔色をうかがいながらそう聞いてきた。
「ううん、満足してるよ。祖母の誤解も解けたしね。これからはもっと頑張って、星名グループのトップに立てるようにしていくわ。海斗は、これからもずっと私の執事でいてくれる?」
これからは今まで以上に頑張ってかないと。
「当然だ」
「ありがとう」
それを聞いて安心したよ。
お母さん、お父さん。私、二人みたいに強くて優しい人間になっていこうと思う。私の成長を、天国から見守っていてね。
私は次の日、おばあ様の部屋へと向かった。
コンコン
「華恋です」
「入りなさい」
ガチャ
「華恋、どうしたの?」
おばあ様は仕事を一時中断し、こちらを見た。
「おばあ様、私、おばあ様のような立派な人間になるのは無理かもしれません。ですが、星名グループを支えられるよう、あの学園で学び、強くて優しい人間になっていこうと思います。両親のように」
おばあ様には、私の決意を聞いておいてほしいから。
「あなたなら、きっとできるわ。応援してるわ」
「はい、失礼します」
昔に戻ったみたいだ。
私は後ろに振り返り、ドアノブに手をかけた。
「華恋!」
「はい」
私は再び、おばあ様のほうを見た。
「いってらっしゃい、華恋」
そう家族に言われたのは、両親を失って以来だな。
「いってきます!」
私は小さな子どものような無邪気な笑顔を浮かべた。
おばあ様もにこっと笑ってくれた。




