新しい執事
私は顔を洗い終わたあと、簡単な朝食を作って勉強することにした。
何かしてないと、海斗のことを思い出しそうだから。
でも、全然集中できない……。
コンコン
そんなことを考えていると、ノックをする音が聞こえた。
誰? もしかして、海斗!?
そんな期待をしながら、私は扉を開けた。
「翔!」
そこには、息を切らした、翔の姿があった。
走ってきたのかな?
「翔、学校は? もう授業始まってるよ?」
さっき時計を見たときには、もう11時は過ぎていた。当然、学校は授業中だ。
「そんなことより、お前、海斗と、契約解除したって本当か?」
息を整えながら、翔がそう聞いてきた。
「なんで、翔がそんなこと知ってるの?」
私、契約を解除したことはもちろん、海斗と契約したことすら教えてないのに。噂とかで聞いたのかな?
「海斗本人から聞いた。華恋と契約したことも、契約解除して、違う人の執事になったことも」
違う人の……執事。
「俺も一応Sクラスだからさ、海斗とも、1年の頃からしょっちゅう話すんだよ」
そうなんだあ。
「で、なんで翔がここにいるの?」
翔が海斗と仲が良いってことはわかった。でも、翔がここにいることとは何の関係もない。
「だから、華恋と海斗が契約解除したって聞いたから、華恋、落ち込んでるんじゃないかと思って」
心配してくれたのか。翔は相変わらず優しいんだね。
「余計なお世話。翔、さっさと教室に戻ったら? 成績下がっちゃうし。せっかくSクラスになれたんだし、それだけの才能があるんだから頑張らないと。私は大丈夫だから。じゃあね」
私は翔にそう言って、扉を閉めようとした。
「待った」
翔は扉の隙間に自分の足を入れて、閉められないようにした。
「その顔で、大丈夫はないと思うよ」
あっ! そういえば、顔は冷やしたけどまだ赤いままだった。
「これからどうするの? 契約しないと退学になるぜ?」
別に誰でもいいし。私の執事は、海斗しか考えられないから。
「うーん、なんとか決めとくよ。別に誰でもいいし」
もう、執事とかどうでもいい。
「誰でもいいってことは、俺でもいいってことだよな?」
俺でもって、翔、主にしたい人いないんじゃなかったの?
「翔、主にしたい人いないから、のんびりするんじゃなかったの?」
「それは数ヵ月前の話だ。今は、主にしたい人がいる。お前だよ、華恋」
私が、翔の主。
「俺が執事じゃ、だめか?」
知ってる人なら、わざわざお嬢様口調で話す必要もないし、そのほう楽だな。
「うん、良いよ」
翔は嬉しそうに笑いながら、
「はい、指輪」
私にサファイアの指輪を渡してきた。
「私も指輪持ってくるから、中入ってて」
私は翔を部屋の中に入れ、自分の寝室へと向かった。
指輪を持って、再びリビングへと戻った。
「翔、持ってきたよ。って、何やってんの!?」
リビングに行ってみると、翔が勝手に冷蔵庫を開けて、いろいろと食べ物を出していた。
「もう昼の時間だから、何か作ろうと思って」
確かにもうお昼の時間だけど……。
「いいよ。自分で作るし。翔ももう戻ったほうがいいよ」
いい加減戻らないとやばいって。
「俺はお前の執事だ。このくらいしたって別にいいだろう?」
確かに翔の言う通りだ。
私は何も言えなかった。
「華恋さあ、もう少し俺に甘えたら? 華恋、俺には甘えたことないでしょ?」
甘えろって言われても、そんなのわかんないよ。
「別に、翔だけじゃないよ。私、誰にも甘えてないし」
甘えてなんか、ない。
「嘘。少なくとも、海斗には甘えてたんじゃない? 華恋、人前で泣いたことなんてなかったのに、海斗の前では泣いてた。俺見たんだよ。華恋が、校舎裏で泣いてるところ。しかも海斗の前で」
翔、見てたんだ。
「ねえ、どうして海斗の前ではそういう自分をさらけ出して、俺の前ではさらけ出してくれないの? どうして俺の前だと泣くの我慢したりするの? 俺だったら、華恋を悲しませたりしないのに」
ってか、今日の翔、なんかいつもと違う。
「翔、どうしたの? いつもと違うよ?」
「違ってもおかしくないだろう!」
えっ!?
「焦ってんだよ、お前が海斗に取られるんじゃないかって」
取られるって、どういうこと?
「俺は、お前のことが好きなんだ。お前は俺のこと、ただの幼馴染としか思ってないかもしれないけど、俺はお前のこと、一人の女として見てきた。だから、海斗と契約したって聞いて、すごくショックだった。だが、契約解除したって聞いて、チャンスだと思ったんだ」
嘘……でしょ? 私、今まで翔に酷いこと言ったことだって何回かある。さっきだって、冷たく接したりして……。
「返事、待ってるから。俺は、華恋が決めた答えなら素直に受け止めるから。それと、華恋、指輪を渡してくれないか?」
そういえば、まだ指輪渡してなかった。
「はい」
持っていた指輪を、翔に渡した。
「ありがとう、すぐに飯作るな」
翔はご飯を作り始めた。
「ありがとう」
私はそう言い、ソファーに座った。
ごめんね、翔。翔の気持ちには、応えられないや。もう、自分の気持ちに、気づいてしまっているから。私の好きな人は……。