契約解除!?
さっきの掲示板のことが本当ならば、私が不利になることなんてないはず。なのに、どうしてこんなに胸騒ぎがするの?
「華恋どうしたの? 浮かない顔しちゃって」
私、そんなに顔に出てたのか。
「ううん、なんでもないよ」
にこっと笑った。
「華恋、嘘ついてるでしょ。嘘じゃないですって、顔に書いてあるよ」
気づかれた!? まあ、小さい頃から私のこと知ってるし、いつも私と一緒にいれば、気づかれてもおかしくはないか。
「瑠香にはなんでもわかっちゃうね。藤堂さんとの勝負に勝ったのに、嫌な予感がしてるから、どうしてだろうなあと思って」
もうホームルームが始まるというのに、藤堂凜はまだ教室に来ていない。
「そう。でも、そんなに自分一人で考え込んじゃだめだよ。何かあったら、なんでも言ってね。私でよければ、力になるから」
こんなふうに言ってくれる人なんて、今まで私の周りには両親ぐらいしかいなかった。だから、すごく嬉しい。でも、それと同時に、迷惑をかけてはいけないという思いが込み上げてくる。
「ありがとう、瑠香」
瑠香はにこっと笑って、自分の席へと戻っていった。
ガラガラガラガラ
もうすぐチャイムが鳴るというときに、教室の扉が勢いよく開いた。
それを開けたのは先生ではない。藤堂凜だ。
彼女は思いっきり走ってきたのか、息を切らしている。
「星名さん、おはよう」
彼女は鞄を自分の席に置いて、わざわざ後ろに振り返って私に挨拶してきた。
「おはようございます」
私も笑顔で挨拶をした。
笑顔で挨拶してくるということは、掲示板は見ていないのだろうか。あんな自信ありげな顔で賭けを持ちかけたのだ。自分が負けたと知れば、こんな笑顔で負けた相手に挨拶するなんて無理だろう。どうせ知ることになるんだし、わざわざ言う必要もないか。
彼女に結果を伝えなかったことを後悔するなんて、このときの私は思いもしなかった。
私は自分の部屋に戻ると、すぐに眠りについた。
テスト勉強で全然寝ていなかったため、すごく疲れていたのだ。
「華恋、起きろ。晩ご飯ができたぞ」
目を開けると、そこには海斗の姿があった。
「ごめん、もうそんな時間?」
「ああ、もう7時過ぎだ」
そんなに長く寝てたんだ。
私はリビングに行き、ご飯を食べた。
「華恋、ちょっと話があるんだ」
なんだろう? 嫌な予感がする……。
「何?」
いつも通りに。そんなこと、あるわけない。
「あのさ、契約を解除してほしいんだ」
今、なんって言った? 契約を……解除?
「嘘……だよね? 冗談でしょ?」
そう、冗談に決まってる。
「俺は本気だ。冗談なんかじゃない」
海斗は何かを決意したかのような真っ直ぐな目でこちらを見た。
「理由は? 私が、嫌になったとか?」
それなら考えられるかもね。私、すっごく性格悪いもん。
「違う!」
海斗は思いっきり机を叩いて、立ち上がった。
「じゃあ、何?」
海斗は再び座り、私の目を見た。
「俺はお前と契約する前、ある人と契約していた。その人が帰ってきたから、あっちの執事にならないといけないんだ」
帰ってきた? つまり、今まで違う場所にいた。だが、最近こっちに戻ってきた。それってまさか……
「藤堂さん?」
海斗は首を縦に振った。
なにそれ。じゃあ彼女は、あの賭けで損することはなかったんだ。私はあの人に遊ばれてたってこと?
「じゃあ私は、あの人の身代わりだったんだ」
私はそんな言葉を言い捨てて、立ち上がった。
「華恋!」
私はそんな言葉も無視して、自分の部屋へと入っていった。
私は布団の中に入り、声を殺して泣いた。
目を覚ますと、いつの間にか朝になっていた。
今何時?
近くにあった時計を見てみると、もう9時過ぎだった。
今日、学校休もう。こんな時間じゃ、もう授業始まってるし。目も赤くて腫れてるだろうし。
私は顔を洗おうと起き上がったときに、あることに気が付いた。
指輪が……ない。
ふと辺りを見渡すと、机の上にルビーの指輪と、紙が置いてあった。
そこにある指輪が、契約が解除されたことを物語っている。
海斗は、あの人のところに行ったのか。
机の上に置かれていた紙を見た。
『My Lord』
そこにはそう書かれていた。
意味は、私の主。
あいつ、何言ってんだよ。もう、私の執事じゃないじゃん。私が泣いてたって、傍にいてくれないじゃん。困ってるときも、助けてくれないじゃん。
私は再び涙を流した。
私、海斗がいないとだめだよ。海斗がいてくれたから、今まで強くなろうって、星名家にふさわしい人間になろうって、頑張ってきたのに、これじゃあ、頑張れないよ。今まで一人で乗り越えてきたのに、今は、そんなことすら、できなくなっちゃったよ。海斗……。